愛憎とは距離を置いて、研究三昧したいんですが。part5-2
第65章 やれやれ。
久しぶりに、本当に久しぶりのフィリップ殿下だ。
相変わらず、美麗な容姿で王子様然としている。
さすが、攻略対象第一位。
ですが。
「フィリップ、なにごとだ」
突然、たった一人で取り巻きの一人も護衛もなしに研究室に飛び込んできたフィリップ殿下に、なにか言葉をかけられるとしたら、アデル殿下しか、この場にはいない。
アルベルトと私とカーリーは、学院では身分の差は関係ない、とはいえ、魔法科にあっては、少なからず身分差があることは分かっているので、とりあえず因縁をつけられるのは面倒だと、皆が皆思ったのだろう、心中はどうあれ、揃って礼をとる。
「あ、兄上、なぜ、こんなところに!?」
フィリップ殿下は、少し慌てている。アデル殿下がいることは、想定外だったらしい。
「それはこちらのセリフだ。私は、魔法省の研究員として彼女たちの研究の保証人となるべくここにいるのだが、そなたは、魔法科の一学生。ここにはなんの用事もないはずだが」
「保証人? またそれは酔狂なことで。金と時間を無駄にして恥をかくだけですよ」
相変わらずの皮肉屋だね。というか、殿下は私たちの研究の、論文の一本でも読んだことがあるのか?
ないはずだ。
あったとしても理解できているかどうか。
学院の教師陣でも、文官養成科の一部にしか理解が及ばない研究がほとんどだ。
どんな根拠があって、そんな言葉を吐くことができるのか。
アルベルトの握った拳が震えている。
慣れ切ってしまって怒りもしないわたしの代わりに、怒ってくれているのだろう。
「ほう。研究の内容も知らず、というかそなたでは理解さえできぬだろうが、よくもそんなことが言えるな。すでに彼女たちは多くの研究成果をあげ、我が国に多大なる貢献をしているが?」
「そ、それは、エリーゼが公爵家の威光をひけらかして周囲を脅して手に入れたものです」
へえ、初耳。
どこの誰に、どんな脅しをかけたのか、教えて欲しい。
「そう言い切るからには、ちゃんと証拠があるのだろうな。もし、それがただの暴言、誹謗中傷なら、いくら王族とはいえ、それなりの処罰の対象となるが?」
「し、証拠ならあります。マリアンヌへの洗脳、その結果としての彼女とオスカーとの婚約です」
部屋にいる全員の顔がハテナ?顔になる。
「オスカーとマリアンヌは、学院で出会い魔法科でお互いを切磋琢磨した結果、恋が芽生え、両家から認められ、国王陛下に正式に婚約を認められている。それのどこが、エリーゼの洗脳なのだ?」
「おかしいからです」
おかしいのは、殿下の頭の中では? とカーリーが小さく囁く。
「何がだ? 慎重に答えろよ? 今そなたは、陛下の認めた婚約を侮辱しているのだからな」
「父上の認可を貶しているわけではありません。そもそも二人が惹かれあったことが間違いなのです」
やれやれ。
もう、無理だ。
何を言っているのか、言いたいのか理解することは放棄した方がいいかもしれない。
「そなたに、他人の恋路を正しいとか間違っているとか、判断する権利があるのか?」
「マリアンヌのことは私が守ると決めていたのです。それをエリーゼが妨害したのです。おそらく自分が王族の婚約者の座から下ろされることを恐れて」
「そなたの言動で、はっきりと間違っていると言わずに済むのは、そなたがマリアンヌを守りたいと思っていた、そこだけだ。後は暴言、妄言の類だ。そして、おまえのその想いを、世間ではこう言うんだ。片想いだと」
「片想いではありません。マリアンヌも私を想ってくれていたはずです。それなのに、ある時から急に私と距離を取り、気づくとオスカーが彼女の側にいるようになったのです。オスカーは、今やヴォーヴェライト公爵家の犬。おそらくマテウスの指示で私から洗脳されたマリアンヌを奪ったのです」
まあ、ある意味、それは間違いではない。
オスカーは、兄の指示でマリアンヌと私の仲を取り持ってくれた。
そのことが二人がお互いに惹かれ合うきっかけにはなっただろう。
でもね、犬って何?
オスカーは、エメラルド王国の未来を左右する至宝、って呼ばれているのよ。あれほど優秀な人をつかまえて。
「……はずです、……おそらく。おまえの言葉は推測ばかり。なんの証拠もない。これ以上、証拠もなくエリーゼを侮辱するのなら、陛下に私からそなたの妄言を進言するぞ」
「兄上、あなたもエリーゼに洗脳されているのですね。お可哀想に」
だめだねこれは。
ちょうどその時だった。
兄が、部屋を訪ねて来た。
兄は、フィリップ殿下の姿に少し驚いていたけれど、すぐに慇懃無礼な笑みを浮かべる。
「マテウス、ちょうどいいところに来たな」
アデル殿下も悪い笑みを浮かべる。
「今、フィリップにとんでもない因縁をつけられて、困惑していたところだ」
「因縁ではない。真実だ。エリーゼがマリアンヌを洗脳し私から彼女を引き離したということは、紛れもない真実だ」
「エリーゼが、婚約者の座をマリアンヌに渡したくなくて目論んだことだと、フィリップは言っているのだが」
「それは、また、とんでもない因縁ですね。エリーゼは、フィリップ殿下の婚約者の座にしがみつくような者ではありませんよ? マリアンヌも聖女。そう簡単に催眠や洗脳の魔法などにかかるわけもありません」
「エリーゼにできなくとも、あの緑の精霊になら可能だろう。あの精霊が、無闇矢鱈に草を集めているハーブ園とやらで、マリアンヌに纏わりついているところは、多くのものたちが見ている」
カーリーの顔色が変わる。
丹精込めて作り上げ、日々手入れに勤しんでいるハーブ園を草の集まりと揶揄されたからだろう。
私?
私はこの程度では怒らない。慣れているから。
「なるほど、精霊様に罪をなすりつけるおつもりか? お覚悟があってのことでしょうか?」
「精霊を利用しているのはエリーゼであって、私は、エリーゼの罪を暴いているだけで、精霊を貶しているわけではない」
「時間の無駄なので、はっきりお伝えしましょう。フィリップ殿下のお言葉の悉くが事実ではない証拠を、今、私はこの手にしておりますので」
「無礼な。王族に向かって、時間の無駄だと!?」
「これをご覧になれば、無礼ではなく、ただ真実を述べただけとご理解いただけます」
そう言って兄が差し出したのは、一枚の豪華な羊皮紙だ。
『王命により、フィリップ・フォン・メイヤーとエリーゼ・フォン・ヴォーヴェライトの婚約を解消する。この婚約解消に、ヴォーヴェライト公爵家には、一つの瑕疵もないことを王の名において宣言する』
やっとだ。
ようやく、婚約解消できたんだ!!
それにしても、父上、完全勝利でしたのね。流石です。押し付けられた婚約とはいえ、王家への婚約解消の申し入れにはなんらかのペナルティーがあっても当然。そこをこうも見事にクリアされるとは。
しかもこの文言だと、我が家には瑕疵はないが、フィリップ側にはなんらかの問題があったのでは? と推察されても仕方ない。
父上、グッジョブです。
「こ、これは」
「フィリップ殿下もずっと望んでおられたエリーゼとの王命による婚約の解消が、本日をもってなされたという証ですが?」
「なぜ?」
「なぜ? とは異な事を。殿下は、婚約が整ったその日から常に、周囲に、エリーゼとの婚約を解消したい、いや婚約などしていない、あれはただの婚約者候補だ、とおっしゃっていたではありませんか」
「そんなことは言っておらん」
いや、言ってたから。
こちらとしてはその方が良いので、抗議の一つもしませんでしたが。
「その上、婚約から6年、贈り物も手紙の一つもなく、顔を合わせれば悪口雑言を浴びせるばかり。陰でも証拠のない妄言の積み重ね。あまつさえ、皇太子の座さえ手にいれば、すぐにどこかの修道院にでも押し込んでしまうつもりだとおっしゃっていたとか」
そういえば、婚約者には折に触れ、手紙やプレゼントを贈るものらしいわね。興味もなかったので、ないということに疑問も抱かなかったけれど。
「我がヴォーヴェライト公爵家は、その不誠実なあなた様の態度に失望し、再三にわたり、この婚約を解消していただけるよう国王陛下に申し入れをしておりました。本日、ようやくその願いが叶ったしだいです」
兄が、超したり顔で宣言する。
「つまり、エリーゼがそなたとの婚約に固執している、などというのは、そなたの思い込みであり、全くの事実無根であるということを、この王命証書が示しているということだ」
アデル殿下も、結構なしたり顔だ。
一方で、フィリップ殿下は無言だ。
兄やアデル殿下に口で勝てる者はそうはいない。
おそらく、プラータとアマリージョぐらいだ。
「分かったのなら、戻ってこれからのことでもゆっくり考えるといい。ヴォーヴェライト公爵家との縁が切れた今、皇太子の座がそなたからどれほど遠くなったのか、わからぬほど馬鹿でもあるまい」
「クッ。兄上は、王位継承権放棄を覆されるおつもりか?」
心なしか、フィリップ殿下のアデル殿下への言葉遣いが丁寧になったような。
ようやく、今のこの自体を理解してきたのだろうか。
「いや、私は、王位継承権にも、それに伴う政争にも興味はない」
「それなら、公爵家との縁など私には必要ない」
「私は、皇太子の座には興味がないが、この国を将来委ねるのなら、バラードがいいと思っている。なので、皇太子が決まるまでは、この国でバラードの支援をするつもりだ」
「なっ!」
フィリップ殿下は、唇を噛み締め、何故か私を睨む。
「なぜ、お前は、私をそこまで嫌い憎み、陥れようとするのか。私がお前に何をした!?」
そして、そう叫ぶ。
お前って、私ですか?
はい?
「私は、殿下を陥れようとしたことなど一度もありません。ただし、あなた様に親愛の情を抱いたこともありません。憎まれて蔑まれて冷たくされている相手を、愛しく思うことなど無理ですから」
「それはこちらのセリフだ。お前は兄や弟とばかり仲良くし、学院でも私を避けるように文官養成科に入り、そこにいるアルベルトやレイナード、オスカーとは仲良くするのに、私のことは避けてばかり。そんな相手を愛しく思えるわけがない」
確かに。
一理ある。
私は、断罪を避ける=フィリップ殿下を避ける、という認識だったから、彼を避けまくっていた。
クリスが視せてくれる断罪シーンは、いつも変わらずフィリップ殿下の婚約破棄から始まるから、フィリップ殿下とは関わらず、ほかの攻略対象とは友誼を結ぶよう、ずっと努力してきた。
それが、結果として、フィリップ殿下を蔑ろにしてきた、と言われれば、否定はできないかも。
「そうですか。それでは、お互いに、色々すれ違っていたということですね。けれど、もはや覆水盆に返らずですわ」
アルベルト以外が、何それ? という顔をする。
「もはや取り返しのつかないことですから。今までの私の態度もあなた様の暴言も。結果としての、婚約解消も」
「そして身軽になって、そなたも、バラードにつくということか」
それはないわね。
私は、我が家は、もう政争には関わりたくないのだから。
「ヴォーヴェライト公爵家は、だからと言って、王家の皇太子選びに口出しをするつもりはありませんよ」
兄が言う。
「なぜだ? 私が皇太子の座につけば、ヴォーヴェライト公爵家の追放もあり得るぞ」
「まだそんなことを言っているのか。まったく。そなたには、エリーゼの存在が我が国にとって、いや、この世界にとってどれほどのものなのか、まだわかっていないのだな」
アデル殿下がため息を溢す。
「たかが、加護精霊がいるだけで、それがなんだというのです? それなら母上にもマリアンヌにも加護精霊がおりますから」
「なぜ、知らないのか。そなたが聞く耳を持たないのか、あえて周囲が隠しているのかわからないが、どちらにせよ、それでは王族と名乗るのも恥ずかしいぞ? エリーゼ、すまないが、精霊様たちを紹介してはもらえぬか? この愚かな弟に」
アデル殿下が私に頭を下げる。
いや、やめてくださいよ。王族に頭を下げられるなんて、困るんですけど。
「フィリップは、愚かとはいえ、この先、どんな立場であれこの国を支えるべき者、間違った道を歩んでいるのなら、兄として王家の一員として、それを正してやりたい」
私は兄を見る。兄が少し考えた後で頷く。
私は皆を呼んだ。そして姿を見せてもらう。
ヴェルデ、アマリージョ、ロッホ、インディゴ、セレステ、そして女神プラータ。
ヴェルデの次にアマリージョが姿を見せた時点で、フィリップ殿下の眼が大きく見開く。そして、次々と姿を見せる精霊たちの名乗りを受け、口も開き、壁のギリギリまで後退る。プラータが女神の名乗りを上げた時には、膝が崩れ、フィリップ殿下は、土下座をする様に床に額をつけた。




