愛憎とは距離を置いて、研究三昧したいんですが。part2
第59章 それぞれの愛が動き出し、面倒ごとも増えていきます。
フィリップ殿下との婚約解消が現実的になってきた。
それはやはり、私に少しの安堵感をもたらした。
それなのに、兄がこう言った。
「その後、以前にも話したとおり、ここはアデルに代わりの婚約者となってもらおう」
それでは、まったくもって、私はフリーではありませんが。
私の未来への甘い想いは、いきなり霧散した。
「そんな必要ありますか? あの頃とはもう事情が変わっています。アデル殿下の庇護がなくても、私には頼れるたくさんの仲間がいます」
多少キレ気味なのは、許して欲しい。お兄様だって、カーリーとの将来を、やはり身分違いだ諦めろと言われたら、キレますよね?
わかっていますよ。
貴族の婚姻にさほど愛は必要ないことぐらい。
でもね、私の仲間たちを見てくださいな。みんな、愛ある婚約をしていますよ? お兄様だって、着々と、愛するカーリーとの婚約を目論んでいるではありませんか。
それなら私も夢見たい。
この人となら、と思える人と恋をしたい。
いや、アデル殿下に不平不満があるわけじゃありませんよ?
アデル殿下は、とても魅力的で高潔な人です。権力欲が少ないところも好ましいです。
でもね、そうですね、アデル殿下は、もう一人のお兄様、という感じるなんです。
アルベルトへの恋心を自覚した今、たとえ偽りであったとしても、他の誰かとまた婚約をするというのは、大人の思惑で婚約者を決められた10歳の時とは状況が違う、と思うんです。
「それでもアデル、すなわち王族の庇護があった方が、安全だ」
そしてまた、時がくればその婚約も解消するのか。
私は傷だらけの令嬢だね。
いや、傷なんかいくつついたっていい。問題は、なんだかんだと流されてまた、別な権威にぶら下がる、そんな私が、アルベルトの目にはどう映るかということ。
きっと、何を思っても彼は何も言わない。
黙って、それでも全てを飲み込んで私を守ろうと傍に従ってくれるだろう。
私はアルベルトをもう一度見る。
いつも通りのポーカーフェスだ。だけど、私は知っている。そのポーカーフェイスの下に、一途で尊い愛があることを。だから、ビリジアンが彼に加護を与えたことを。
「大丈夫だ。何があっても、どんな立場でも、俺は君を守る」
アルベルトが、わたしの視線にそう答えた。
ならば私も、彼を、彼の心を守りたい。
「お兄様、アデル殿下との婚約は不要です。私と私の仲間を信じてください。私は王家の庇護などいりません」
「そう感情的になるな。落ち着いて考えてみろ。王族との婚約を解消すれば、どちらから解消を申し入れようと、お前は貴族社会から傷物として扱われる」
そんなこと、全然、平気だけど。
フィリップ殿下の、愛されていないのに王家の権威にぶら下がる情け無い婚約者として見られている今よりも、ずっと。
「しかし、お前には精霊様と女神様の加護がある。そこに旨みを感じる連中も少なからずいる。傷物だからこそ、うちでも大丈夫じゃないかと、高位だけでなく幅広い貴族から婚約の申し入れはあるだろう」
なんと面倒な。
「その煩わしさから逃れるのに、アデルはいいカモフラージュになる」
「そんな、アデル殿下を駒のように扱うなんて、いくら親友でも酷いですよ」
「あいつなら喜んで駒になってくれると思うが? 少なからず、あいつもお前を想っていことはわかっているだろう?」
だからこそ、困るのだ。
そんな殿下の心を弄ぶようなことは。
私はもう、愛に偽りや嘘を混ぜ込みたくない。そんな人間にはなりたくない。
「マテウス様、私はエリーゼには、王族の庇護は必要ないと思います。もし、どうしても誰かと婚約した方がいいのなら、アルベルトと婚約をすればいい。彼には精霊の加護もあり辺境伯の嫡男なので、身分にも問題はない。王家の権威より精霊の加護のある騎士の方が、周囲の納得を得やすいのでは? 何より、本人同士に愛と信頼があり、かたい絆が結ばれているのですから」
オスカー、なんていい人なの。
さすがマリアンヌの選んだ男ね。
そうよ、それよ。
私が思っていても、当人だから会えなかった言葉は。
「本人同士に愛と信頼がある?」
「なにを今さら。わかっていて目を逸らすのは情け無いことです。シスコンもほどほどにしないと、カーリーに嫌われますよ」
そうよ、もっと言ってやってよ。
自分は素敵な恋をしていて、それなのに妹離れが出来ないって、ダメ兄すぎるから。
「オスカー、婚約が整ってから、いやに強気だな」
「マリアンヌの笑顔を守り続けることが私の役目ですからね」
そうよね、オスカー。
マリアンヌの笑顔は、天使レベルの可愛さだもの。
「エリーゼ、天使って、可愛くないよ? 堅物でそれでいて腹黒いから」
ヴェルデさん、心は読まないで!っていつも言ってますよね!
ははは、って、クッキーを頬張りながら笑っても、何一つ誤魔化せてませんよ。
確か以前にも、アマリージョがそんなことを言っていたわ。天使の評判悪いわね、精霊間では。
でも、天使のように可愛い、は前世でもこの世界でも、とりあえず最上級の褒め言葉ですからね。
幸いなことに、ヴェルデの余計なひとことは、私とアルベルトにしか聞こえていないようだ。
兄とオスカーの対話は続いている。
「そのマリアンヌがエリーゼをどれほど大事に思っているかマテウス様もご存知でしょう? エリーゼがいなけば、今の聖女として歩み出したマリアンヌも彼女を支え人々の幸せをともに願う私の人生もなかったのです。そんなエリーゼの幸せを、今一番、マリアンヌと私が願っているのは当たり前です」
オスカー。
泣きそうなんだけど。
「その幸せが、エリーゼとアルベルトの婚約か?」
「そうです。私はそう思います。アルベルト、お前はどう思う? お前の愛はどこにある?」
「私は、エリーゼが幸福なら、婚約の相手は自分も含め誰であってもいい。私の愛は、エリーゼと出会った瞬間から、ずっと彼女の元にある。たとえこの想いがとげられなくても、彼女をこの命に代えて護る、それが俺の唯一の愛だ」
素晴らしい、とてもとても、この上なく芳しい香りだ、とビリジアンがアルベルトの肩で煌めく。
ビリジアンは、本当に「愛」がというか、愛の香りが好きなんだね。
「エリーゼ、君の愛はどうだ?」
「私の想いもアルベルトの元にあります。もし思い通りに恋をして愛を育んでいいと許されるのなら、迷わずアルベルトの手を取ります」
言ってやったわ。
とうとう、兄や友人の前で。
アルベルトに向き合って、私は本気の想いを言えたよ。
照れずに、よく言ったよ。
こういう時は、スパッと言う方が恥ずかしくないもんだね、案外。
いやぁ、よかった。
うーん、いい匂い。
エリーゼ、大好き! とヴェルデが私に寄り添う。他の精霊たちやプラータもわらわらとまとわりつく。
「なるほど、そこまで二人の気持ちが固まっているのなら、認めざるを得ないな。寂しいが、なんだか虚しさもあるが、それにムカつきもするのはなぜだろう?」
お兄様、途中から愚痴に、しかもほぼ独り言になっていますよ。
「しかし、まずは、婚約解消だ。二人のことは、それからなるべく穏便に話を進めていこう。それまでは、護衛騎士として、アルベルト、エリーゼを頼むぞ」
そう逃げたか。
まあ、とりあえずは、認めてもらえたってことでいいのかな?
まあ、認めてもらえなくても、もはや私は決めているけど。
自らの想いは、自分自身で叶えていくと。
それでも、家族にはやはり認めて祝ってほしくはあるけど。
「もちろんです。必ず、何があってもエリーゼを護ります」
「僕も護るよ、アルベルトを」
ビリジアンが頼もしく宣言する。
「私たちも護るわよ、今までどおり、エリーゼの笑顔を」
ヴェルデの言葉に合わせ、私の他の加護精霊たちプラス女神プラータも光り輝く。
ありがとう、みんな。
「それで、婚約が解消できたとして、次に取り組むのは、やってくるゲラルド侯爵令嬢を、彼女が近づくフィリップ殿下をどう扱うかだな」
「婚約が解消され、しかし想いを寄せているマリアンヌはオスカーとの婚約が整ったとなると、フィリップ殿下は、やはり孤独を感じられるだろう。慰め寄り添うような友人もいないようだしな」
「フィリップ殿下の取り巻き連中も減ってきていますね。リベルタースの掃除の過程で家が没落し退学した者もいれば、距離を置いて様子を伺っている者もおります。今一番、フィリップ殿下が頼りにされているのは、メルホルン伯爵令嬢リリアでしょうか」
へえ、リリアが。
もうアマリージョが化けているわけじゃないよね。
アマリージョもインディゴも、マルクスの代わりで忙しそうだし。
「もし、リリアがフィリップ殿下を傍でしっかり支えてくれれば、ゲラルド侯爵令嬢よりはずっと良きパートナーになるかとは思いますが」
「思いますが?」
「二人は今のところ、良き友人同士でしょうか。リリアもマリアンヌへの歪んだジェラシーを全て吹っ切ったわけではないようで、彼女に想いを寄せる殿下への恋心は、芽生え辛いというか」
「でも、友人としてでも、彼女にそばにいてもらった方がいい、とオスカーはおもうのよね?」
「リリアは、魔法科の中では、私とマリアンヌを除けば、トップクラスの、フィリップ殿下かそれ以上の魔力がありますし、魔力上げの鍛錬や魔術の習得にも熱心です。最近は差別意識もほぼないようで、身分の低い者ともそれなりにうまく交流しています」
すごい進歩だわ。
アマリージョの「真実の愛」教育の成果かしら? アルベルトへの想いを自他ともに明確にした今でも、未だに正解がわからないけど。
「それなら、婚約解消後、リリアには私からある程度腹を割って話をしてみよう。フィリップ殿下を、友人として支えてもらえないか、それが国の安寧を守ることになると」
お兄様なら、リリアを丸め込む、もとい、フィリップ殿下の良き学友に誘導するのは簡単だろう。それにいざとなればアマリージョがいる。
「そうですね。それがいいでしょう。ただ、彼女の問題、マリアンヌへのジェラシーだけが拭えないという、これを先に解消した方がリリアにもマリアンヌにも良いのではと思います」
この先、婚約を公にして、オスカーが学院を去った後のマリアンヌが心配なんだね。
マリアンヌには、もう本物の光の精霊の加護があるんですもの、心配ないとは思うけど。
でもオスカーの気持ちは分かる。
「それなら、マリアンヌは文官養成科に転科すればいいのでは? 彼女は優秀だし、うちのクラスでももうすっかり仲間扱いだ。問題ないのでは?」
おっと、アルベルト、それはいい案だわ。
距離を置くことで、関係は希薄になるもの。私がフィリップ殿下とそうであったように。
「転科ですか!? それは考えていなかったな。良い案だ。マリアンヌ次第だが、さっそく相談してみる」
「文官養成科への転科には試験があるが、オスカーとカーリーやレイチェルがついていれば問題無いだろう」
私は?
私もついていますが。
私のジト目に気付いたのか、兄が付け加える。
「数学や薬学は、エリーゼが得意だしな」
「文官養成科への転科の前例、どの程度の試験内容だったのか、資料はありますか?」
「ここにあるぞ。この閲覧室に過去10件ほどあった文官養成科への転科試験なら過去問題がある。ちなみに合格率は60%ほどだな」
微妙な数字だな。
でも、マリアンヌならきっと大丈夫。聡明なのは間違いないし、頑張り屋さんだもの。
「それで、ゲラルド侯爵令嬢並びにゲラルド侯爵への対応はどうしますか?」
「取り急ぎ、父上と相談して、あちらに諜報機関の者を送ろう。その報告を待って、次の対策を練る」
「エリーゼにクリスであちらの様子を伺ってもらうのは?」
オスカーが聞く。
「ゲラルド侯爵もその令嬢も会ったことも見たこともないから、無理かも」
経験上、視たい対象の情報が少ないと、視えるものも少ないし、曖昧模糊なものしか映らない。
「そうか」
「そういえば、母上が近く、商会の仕事でサファイア王国へ出向かれる。王宮にしばらく滞在されるからゲラルド侯爵にもお会いになる機会があるかもしれん。そうすれば、母上を視ることで、あちらを視ることができるだろう? 一度視れば次からは問題ないのでは?」
それって、母の耳にこの件を入れておいて、ゲラルド侯爵と接点を持ってもらうということだよね?
危険はないのかしら?
「ゲラルド侯爵が母上を危険に晒すことはない。未だに手に入れようと虎視眈々と狙っているくらいだから」
私の心配顔に、兄はそう言った。
「でも、令嬢がいるのだから奥方もいらっしゃるのよね?」
「母上の従姉妹と婚姻されたが、令嬢はそれ以前からの愛人の子だ。他に側室が4人いる。それが原因で、奥方は気を病み、王家の離宮へ引き込もられていて、婚姻関係は破綻している。離婚しないのは、王家との繋がりを断ちたくないからだ」
「よく、王家がそれを許していますね」
「あちらの王家はお盛んでな。側室や愛人がわんさかいる、ハーレム気質だからな。自らがそんなことでは、よそに文句は言えんだろう? だから、母上は国を出て父上に嫁いだ。愛する人に自分だけが愛されたいと願って」
そんな国に、まさかの時は亡命しても大丈夫なんだろうか?
「とはいえ、国の政治、経済、その運営は、しっかりとなされている。周辺の人材がとても優秀だからな。派閥も、跡継ぎがそういうわけで異様に多いせいか、かえって誰につけば良いかも分からずほとんどない。そのおかげで次代への権力移譲もスムーズだ」
「要は、あそこの王家は、権力欲より色欲優先なのだな」
アマリージョ、言い方!
兄は苦笑いだ。
「ヴォーヴェライト公爵家は、サファイア王国の王家にも歓迎されるわ。だって奥方一筋の公爵なら、自分たちがお花畑で色欲に耽っていても我関せずちゃんと国を運営してくれそうだし。それに私たちがもれなくついてくるって、願っても叶えられない奇跡が舞い込んでくるってことですもの」
なるほどね。
てもまあ、亡命はできれば避けたい。別荘地でまったりくつろぐのは楽しみだけど。
「では、ゲラルド侯爵の周辺は情報待ちということで」
「ああ。兎にも角にも、婚約解消だ。この後すぐに父上に話をして、国王陛下並びに王妃様に、この件をできるだけ早く無難にまとめて頂こう。アデルにも報告はしておく。婚約解消後の婚約は保留ということで」
まず兄が動いた。
それからオスカーが。
「これから、魔法科で、マリアンヌとの婚約を報告してくる。彼女には転科の話をして、君たちの助力を願うことになると思う」
「ああ。幾らでも、俺たちにできることはするから」
「ありがとう。君たちも、ようやく前に進めそうだな。良かったな」
私たちは顔を見合わせる。
まだ、何も結果は出せていない。でも、スタートラインには立てたと思う。
互いを信じて、仲間を信頼してともに歩み続けるしかない。
この先、また思いもよらない荒波にさらされようと。




