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愛憎とは距離を置いて、研究三昧したいんですが。part1

第58章 初めて、運命が変わった。だけど私たちは困惑の渦の中。


 私は先に、ヴェルデが連れてきてくれたアルベルトと合流し図書室に向かう。兄の元には、アマリージョが行ってくれている。

 

「何事だ?」

 アルベルトが、図書室に向かいながら尋ねる。

「今朝、クリスでアレを視たの」

「……卒業記念パーティーのアレか?」

「そう。マルクスを捕らえたことで何か変化があるんじゃないかって思って」


「アレとは?」

 美しく輝きながら、緑の蝶(ビリジアン)が尋ねる。

「エリーゼには、特別な水晶で未来を視る力があってな、そこに映る、ある断罪の場面のことだ」

「その断罪とは?」

「エリーゼが、彼女の婚約者でもあるこの国の第二王子に婚約を解消され、その上、ありもしない無実の罪を着せられ国外追放になる、という信じ難い未来なのだが」

「その王子、バカなのか? これほどの魔力と加護を持ち、あれほど美味い菓子をつくる者を、追放する!? それも冤罪で」

「まあ、賢くはないな」

「そんなバカとは、さっさと婚約の解消をしておけ」

「まあ、こちらとしては、何度も婚約の解消を申し入れているのだが、王家がなかなか首を縦に振らない」

「その王子はバカだが、王は利口なのだな。エリーゼの価値をちゃんとわかっている」

「まあ、そうだ。この婚約を牛耳っているのは、王妃様だがな」

「王妃といえば、水の精霊の加護持ちのあの女か」

 ビリジアン、口が悪いのは精霊らしいけど、王妃様にそれは、不敬過ぎるよ。


「あの女はかなりのやり手だ。しかし、心根は清く正しいと聞いているが」

「まあ、王家にも事情があるのだろう」

「そういえば、跡継ぎにふさわしい第三王子が成長するのを心待ちにしていると聞いたな。つまり、時間稼ぎか」

 ビリジアン、あからさま過ぎる。

 でもやはり、そうなのか。

 王妃様は、バラード殿下の成長を待っていらっしゃるのか。

 アデル殿下は、王家の一員としての義務は果たすが、王位継承権放棄を覆すつもりはないらしいし。

 まあ、向いてないかもね、アデル殿下は王には。優しすぎるし、リーダーシップにやや欠ける。好奇心のままに動くから、王座に落ち着いて座ってられないよね、きっと。

 指導者として優秀な兄がサポートすればいいようなものだが、兄が優秀過ぎるので、それだと権力が兄に集中しアデル殿下がお飾りになる可能性が高い。フィリップ殿下でもそれは同じだ。いやもっとタチが悪い別の誰かがいいように王家を支配することになるだろう。

 王妃様は、それを危惧されているのかもしれない。

 そこで、バラード殿下の登場だ。

 バラード殿下は、インディゴの呪いが解けてから、驚くほどの成長ぶりで、今や天才の誉れもたかく、武道にも才を見せ、思いやりも深く人望もあるという。

 アデル殿下も、バラード殿下のこととなると手放しで褒め称えるくらいだ。あれこそ王の器だと、周囲に弟自慢をしまくっているらしい。

 王妃様は、誰もが王の器と認めつつあるバラード殿下が、皇太子の座に争いなく就ける、その時期を見極めていらっしゃるのだろう。


「だがな、あちらの思惑はどうあれ、こっちはこっちで、もうこんな厄介な縛りからは解放してほしいけれど」

 その通り。

「おそらくそれは叶うと思う」

「婚約が解消できたのか? それがクリスに?」

「自分の未来は視えないって知ってるよね?」

「ああ」

「だから正確なことはわからないけど、あの卒業記念パーティーに、私の姿はなかったと思う。それで詳細は後で話すけど、問題は、断罪場面は変わらずあるんだけど、断罪されていたのが、私ではなくフィリップ殿下だったということなの」

「はあ?」

 そうなるよね。

 意味がわからないもの。

 途中経過がわからないから。


 図書室のいつものエリアに着いた。兄はすでに来ていた。オスカーを連れて。

 アデル殿下はいない。

 兄がどこまでアマリージョにクリスでの予見を聞いたかどうかはわからないが、兄の判断だろう。

 オスカーは、すでにヴォーヴェライト公爵家と一蓮托生なのだろう。マリアンヌのこともあるから、できることなら穏便な未来を模索したいのだけど。


「エリーゼ、詳細を」

 はい、と私は兄に頷く。

「今朝の先見では、初めて、例の断罪場面に変化がありました」

「うむ」

「フィリップ殿下の隣には、マリアンヌではなく私の知らない令嬢が寄り添っておられました」

 オスカーが、安心したように笑みをこぼす。

 マリアンヌが、この断罪イベントに巻き込まれていない、ということがオスカーにとっては一番の僥倖なのだろう。

「そして、王妃様が、フィリップ殿下とその令嬢に国外追放を宣言されていました」

「ほう。それで罪状は?」

「バラード殿下の毒殺を目論んだ罪で」

「それはまた、とんでもないことだな」


「フィリップ殿下は、まあ、凡庸な方ですが、そこまで愚かな方でしょうか?」

 そうなんだよね。

「そうだな。そういう犯罪に、しかも身内の殺人に手を出すタイプでもないよな」

「それもまた冤罪なのでしょうか?」

「わからん。しかし、冤罪であろうとなかろうと、そもそも、フィリップ殿下が断罪されることは、とてもまずい」


「なぜですか? エリーゼはずっとフィリップ殿下の謂れなき悪口雑言に晒されてきました。その報いだと思えば、私は同情できませんが」

 アルベルトは、私より私側だからそうなるよね。

 だけど私は、ずっと自分の断罪イベントを憂いてきたからこそ、こう思う。フィリップ殿下の断罪もできることならなんとかなかったことにしたいと。

「王家に不調和音が起こると、少なからず国が乱れる。ましてや国外追放など、他国がフィリップ殿下を抱き込めば、侵略戦争の大いなる理由になる」

「しかしそれはエリーゼが追放されても同じではありませんか」

「エリーゼは公爵令嬢だ。国を追放される前に穏便に国外に逃れる道はある。しかし、王子となれば話は変わる。自ら出るという選択は許されない」

 だよね。

「だから、あれほど世界を放浪したいと公言しているアデルでさえ今は国にとどまっている。王位が次代に正しく継承されるまで、勝手はできないとわかっているからだ」 

 王族には、そこに生まれた限りは、そうすべき王族の権利と義務がある。


「エリーゼがわけのわからん断罪から解放されたことは喜ばしい。しかし、だからといってフィリップ殿下が断罪されては、面倒ごとが増え過ぎる」

「そうですよね。なんとか手を打たないと」

「精霊様たちは、そのフィリップ殿下の傍にいた令嬢の存在をご存知ないだろうか。エリーゼの先見によれば、その令嬢とフィリップ殿下が二人で断罪を受けていたのだな?」

 そうなんだよね。

 王妃様は、二人を、それは激しく非難されていた。

「アマリージョ、何か情報あるかしら?」

「その令嬢の特徴は?」

「髪は艶やかな赤毛で、瞳は薄い茶色だったわ。エキゾチックな雰囲気もあり、そうね背が高かったわ。フィリップ殿下とさほど変わらないくらい」

「なるほど、それならおそらく、まもなくこちらに留学してくる、サファイア王国のゲラルダ侯爵令嬢でしょう」

 おお、さすがアマリージョ。身内一番の情報通、諜報番長。


「それは厄介だな」

 兄が眉間に皺を寄せる。

「なぜですか?」

「ゲラルダ侯爵は、我が父を長い間憎んでいるらしいからな」

「父上を?」

他国の侯爵が?

「ゲラルド侯爵と母上は、いわゆる幼馴染だ。侯爵は、幼い頃から我が母に懸想していたらしいが、留学生である父にあっさり母を奪われた」

 恋の恨みか。

 それが原因で私は前世で人生を絶たれたわけで、その恐ろしさは、骨身に染みている。

「まあそんなわけで、ヴォーヴェライト公爵家の別荘が、サファイア王国に建設中だということで、どうもあちらはピリピリしているらしい」


「それだけではあるまい。あれは、よからぬことにかなり手を染めている」

 アマリージョ?

「民からの領主としての評判は甚だ悪い。裏では禁止されている奴隷売買に手を出している」

 断言ですか。

 ということは、またまた、悪人登場、ということですね。

 リベルタースだけでお腹いっぱいなのに。

「サファイア王国での奴隷売買の噂はかなり以前からあるが、その元締めが、ゲラルド侯爵だと?」

「マテウスも、疑っていたのだろう?」

 兄とアマリージョが意味ありげに笑い合うと、背中がゾクっとするんだけど。

「別荘を建てるために、サファイア王国の王家から母上の賜っていた領地を事前に調べると、どうにもそう推察せざるを得ないようなあれこれが」

「それはどういう?」

 ゾクっとするが、アマリージョと兄の会話の内容はまったく理解できない。オスカーやアルベルトも首を捻っているので、代表して兄に詳細な説明を求める。


「そこは、他国に嫁いだ母上の領地であるがゆえ、しばらく前までは遊休地扱いだったのだ」

 なるほど。

「しかし、一年ほど前から、そこに移住してくる者が増えた」

「移住者はどこから?」

 領民の移動は、貴族間の軋轢を生む。税収が増減するからだ。

「彼らは、近隣諸国から逃れてきた難民たちだ」

 難民か。となると、税収は関係ないか。

 サファイア王国だけでなく、エメラルド王国にも、最近はかなりの数の難民が流れてきている。

 リベルタースが引き起こした戦争のせいだ。


「遊休地で、管理者がおらずいわば無法地帯であることをいいことに、かなりの数の難民が住み着いた。母上はそれをご存知だったが、特に排除する必要はない、と静観されていた。ところが、その難民の子どもたちが最近、数多く行方不明になっているらしい」

「らしいではありませんよ? ゲラルダが、難民の子どもを攫って売り捌いていることに間違いはありません」

 アマリージョが断言する。


 なんて、恥知らずな。

 子どもたちを攫うと聞いて、私の血が沸騰する。 

「難民キャンプと化していたそこに、国王の愛娘を娶ったヴォーヴェライト公爵家の別荘が建つとなると、領主とまではいかずとも、何かしら責任のある者が難民も含め領地を管理することになる」

「つまり、法と秩序が生まれるということですね?」

「そうだ。難民は、良くも悪くもある程度管理されるはずだ。そうなると、簡単に誘拐はできなくなる」

「ただでも憎いヴォーヴェライト公爵家が、さらに煩わしい存在になるということですね」


「そうだ。そんな最中、その家の令嬢がエリーゼと同じ学院に留学してくる。何かしらの意図を感じるな」

 オスカーが言う。

「フィリップを誑かして、エリーゼというか、ヴォーヴェライト公爵家を窮地に追い込め、と侯爵に言い含められているのですよ」

「アマリージョ様、決して疑うわけではありませんが、そう断言される何か確証がおありなのでしょうか?

エリーゼがたくさんの精霊や女神様の加護持ちだということは、すでに大陸中で有名です。そんなエリーゼを陥れるなど、リベルタースでさえ出来なかったのに」

 えっ!そうなの?

 大陸中で有名と言われてたじろぐ私にアルベルトが囁く。

「例の、オニキス大公国でのプラータ様降臨の件は、吟遊詩人たちの今や一番の演目らしいからな」

 ああ、あれか。

 あれは、派手にやったからね。


「風の精霊の噂ですよ」

 そう言われて、兄もオスカーも深く頷く。

 風の噂はあてにならないが、風の精霊の噂には絶対的な信憑性があるからだ。

「お前がエリーゼから婚約者を奪い、エメラルド王国を手中に入れ、ヴォーヴェライト公爵家を破滅に追い込め、とアレが娘に言い含めていたとか。しかも、フィリップを手に入れたら、ライバルになるバラードを毒殺せよと言っていたらしい」

 あの断罪場面は、そういうことだったのか。

 王妃様が、あれほど険しい顔で、そうまでして皇太子の座を欲することがすでに王の器にあらず、それ以前に人としての道を踏み外している、とフィリップ殿下を責め立てていたのは。


「お兄様、これは黙って見ているわけには参りませんわ。フィリップ殿下が誰と結ばれようとかまいませんが、兄であるフィリップ殿下の手で弟君のバラード殿下の毒殺など、計画さえさせてはなりません」

「もちろんだ」

「同時に、サファイア王国での難民の誘拐、奴隷売買も許せません」

「そうだな」

「とりあえず、再度のうちからの婚約解消の申し入れは、もう少し様子を見ますか?」

 嫌だけど、婚約者という立場を保持していた方が、この件には対処しやすいのではないのか?


「いや、婚約解消は、一刻も早くしたほうがいいだろう」

 ところが兄はそれをあっさり否定する。

「なぜですか?」

「向こうは婚約者を奪うことで、お前を傷つけたいのだ。しかし、その婚約が先に解消されていたら、その企みはまず肩透かしになる」

 なるほど。

「でも、それだと、マリアンヌもオスカーと婚約したわけですから、ゲラルド侯爵令嬢は、あっさりとフィリップ殿下を手に入れるのでは?」

「そうかもしれない。しかし、それはそれで手を打つしかない。まずは、エリーゼへの意趣返しを防ぐことで先手をとりたい」

「私も同じ意見です。エリーゼは、一日も早くフリーになった方がいい」

 オスカーも兄の意見に賛同する。


「父上から、強く、場合によってはこの度の先見のことも正直に両陛下にお話しして、フィリップ殿下との婚約解消を申し入れていただこう」

 そこまで、踏み込んで話せば、おそらくこの婚約は無かったことにできるだろう。


 ようやく私もフリーになれるのか。

 面倒ごとはまだまだ沢山あるけれど、もし叶えば、少しだけ肩の荷がおりる、そんな気がして、私はアルベルトを見て微笑んだ。


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