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フラグはフラグでも、しあわせフラグはめいっぱい立てたいよね part1

第55章 お祝いの前にひと仕事。


 試練のダンジョンを制覇し、私たちは教会の地下に戻ってきた。


 蝋燭の灯を見て、少し驚く。

 蝋燭は、私たちが出立した時とほぼ同じ長さなのだ。

 もし私たちが試練に向かってから誰もここに入っていないのだとすれば、体感では丸一日経っていたとしても不思議はないのだが、おそらく、さほどの時間経過は無かったことになる。


「戻ったか」

 マレ様の声だ。

 なぜか涙声だ。

「無事に戻ったことを、そして指輪を手に入れたことを寿ぐ(ことほぐ)ぞ」

「ありがとうございます。おかげさまで、皆の協力もあり無事に指輪を授かりました」

 私は、予備にリュックに残っていたクッキーを全てマリアンヌに手渡す。

 ロッホが、ええっ!!という顔をしたけれど、小さく帰ったらプリンと囁くと騒ぐことはなかった。


「お礼には改めて参りますが、どうか、これをお納めください。試練の途中で作ったクッキーです」

 マリアンヌが跪き感謝の祈りを捧げる。もちろん私たちもその後ろで感謝を捧げる。


「おお、エリザベートが食していたものだな」

 どうやら、私たちの試練のあれこれは把握しているようだ。

 

 マレ様の声はとても嬉しそうだ。

「また、かならず来るのだぞ! 待っているからな。あまり長い間待たすと、こちらから行くからな」

 

 その言葉に、セレステがこめかみを押さえる。

 他の精霊達も生温い笑みをこぼしているが、お菓子への意地汚さはあなた達も大差ないからね、と私は思う。


 地下から聖堂に上って行くと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 祭壇の前で司教様が覆面男に刃物で脅されていたのだ。


「何をしている! 司教様を離せ!」

 兄が男を怒鳴るが、男は余計に司教様を強く拘束する。

 まあ、そうだろう。

 離せと言われて離すくらいなら、聖職者を脅すという暴挙には出ないだろう。司教様を脅すということは大精霊マレ様を、その背後におられる海の女神セリーヌ様を脅すということなのだ。

 良くも悪くも神々への信仰が篤いこの世界の人間なら、まず、そんなことはしない。


 そんな男を見て、アマリージョが兄に何かをささやく。

 兄が大きく頷く。

 そして、男に向かってもう一度言う。

「司教様を離せ、マルクス。そのような狼藉、いくら王族の侍従とはいえ許されることではないぞ」

 なるほど、あれは、マルクスなのか。

 うちの諜報番長のアマリージョが断定したのなら、間違いないはずだ。


 男はビクッとする。

 正体がバレて驚いているのだろう。

 精霊相手に覆面など、あってなきが如くだ。その者の気配や魔力の匂いで、彼らは人を判断するのだから。アマリージョは、兄の意向もあり、マルクスをマークしていたはずだから、すぐに彼とわかったのだろう。

 

「司教を脅しても無駄だ。指輪はすでに我々がマレ様から賜った」


「では、それをこちらに寄こせ。そうすれば、この老いぼれの命は助けよう」


「この指輪は、試練を乗り越えた乙女に与えられるもの。試練もこなさずお前が手にしても、なんの効果もないのだが?」

「指輪は、こちらでふさわしい女に与える。心配はいらぬ」

「女であればいいと思っているのか。試練をこなしていない者に、この指輪は無価値だ」

「だとしても、そこのエセ聖女を追放するためには有効だ。指輪なしでは魔力を増やせないのだから」

「ほう。馬鹿ではないようだな。愚かではあるが」

「なに!」

「愚かであろう。聖職者を脅すなど、神を敵に回すのと同じこと」

「神など、おらぬ。人の弱い心が生み出す想像の産物だ」

 いや、それはないわ。

 ここにも、一人、正真正銘の女神がいるし。


「セレステ、お願い。あの愚かな者から司教様をお救いして」

 私たちだと、例えばレイナードやオスカーなら瞬く間にマルクスなど制圧できるだろうが、司教様が傷つけられない保証がない。


「私は女神ではないけどいいの? プラータに頼めば?」

 そうかもしれないけれど。

「でもここはマレ様の聖堂内。あなたが適任だと私は思うんだけど。それにセレステなら十分な威厳があるから問題ないわ」

 ここに着いた時の司教様のセレステへの恭しい態度を思い起こしながら私は告げる。

「そういうことなら、任せて」


「早く指輪を寄こせ!!」

 マルクスがもう一度怒鳴った瞬間だった。

 マルクスはナイフごと水の膜に覆われた。

 

 何と見事な、とオスカーが感嘆の声をあげる。

 確かに。

 セレステの水の膜は、司教様には全く影響していない。司教様を掴んでいたマルクスの指先もナイフを持つ手も覆われているのに。

 

 なにが起こったのか分からず呆然としていたマルクスだが、数秒でもがきだした。それはそうだよね。息ができないもの。

 もがいても、もがいても、マルクスは水の膜からは抜け出せない。

 このままだと、窒息するのでは?

 いくらなんでも、王家の専属侍従の命を私たちの手で奪うわけにはいかない。


「命は奪わないで」

「心得ていますよ」

 セレステは頷き、司教様を安全な場所に兄が匿ったところで、マルクスを水の膜から解放した。


「神を信じぬ愚かな人間よ。私は海の女神、セリーヌの遣いセレステ。お前は水の女神の愛する者を脅かした罪で、この先、水からの恩恵を失うことだろう」


まだ息苦しいのか、マルクスは喉を押さえながら黙ったままだ。

「水の恩恵を受けられないとはどういうことかわかるか? おまえは水を飲むことも浴びることもできぬということだ。水はおまえを拒み、雨さえお前を避けて降る」

「そんな……。バカな。そんなことはあり得ない。そんなことができるわけがない」

「疑うのなら、そこの聖水を指につけてみればいい」

 マルクスは、フラフラと聖水盤に近づいていく。彼が指を聖水につけようとした瞬間、聖水は全て蒸発していく。

 そ、そんな。これは何かのまやかしだ、と言いながらマルクスは教会を飛び出す。そして、目の前の広場にある噴水に飛び込んだ。

 しかし、彼を迎えたのは大理石の彫刻だけ。なみなみとたたえられていた水が、瞬時に消える。

「そんな」

 マルクスは目の前の事象が理解できず途方にくれているようだ。

 やりすぎでは? と私はセレステを見る。

 水も飲めないのなら、死んじゃうよ? 

 セレステは怖いくらい優しげに微笑んでいる。

 まあ、もう少し様子見しよう。セレステが私の気持ちを鑑みないはずがない。私は私の精霊たちを信じている。


「なぜだ? なぜおれがこんな目に遭う?」

 それは、色々悪巧みをして、挙句に精霊や女神の目の前で、神を冒涜したからでは?

「あっちで会社に殺されたと思ったら、こんな馬鹿げた世界にモブで転生して、それでもシナリオどおりならあの王子さえ丸め込めば栄達も夢でなかったのに」

 彼はいわゆる社畜だったのだろうか? 会社に殺されたって、不憫だよね。いや、親族に殺された私が言うことじゃないかもしれないけど。

 それに、モブと悪役のどちらが幸福なのか、不幸なのかも議論の余地があるよ?

 

「何を訳の分からぬことを、あれは言っているんだ?」

 レイナードが首を捻っている。

「混乱してるんだろう。死を宣告されたのと同じだからな」

 オスカーが答えている。 

 オスカーは、転生者についてどこまで知っているのだろうか?

 兄どこまで明かしているのか。彼自身の鋭敏で聡明な頭で、どこまで理解しているのか。


「そこの聖女もどきも、ヒロインならヒロインらしく、悪役令嬢と連んでるんじゃないよ。なんなんだよ、この世界は。どうなってるんだ? 運営、なんとかしろよ。ここはバグだらけだぞ」


「おまえの話しはさっぱり分からぬ」

 兄は、転生のことも、マルクスが転生者だろうということも知っているが、知らぬ体で通すつもりらしい。

 まあ、その方が無難だろう。

 同じ転生者である私やアルベルトへの影響もあるものね。


「しかし分かっていることもある。それは、お前が、なぜ、どうしてと、自分の不幸を何かや誰かのせいにするばかりで、自らを顧みることをしない愚か者だということだ」

「ここがどういう世界か、本当のことを何も知らないお前たちが、何を偉そうに」

 知ってますけど。

 私や兄やアルベルトはね。

 うちには、女神や精霊や、クリスもいるんだからね。クリスの向こうには美花もいるし。


「本当のことを知らぬのはお前の方だよ。この世界はな、お前が何を知ってどう思おうと、私たちやお前が生きる、明日は今日の自らの選択が変えていく現実なんだ」

 その通り!

 さすがお兄様。

 私の前に立っているアルベルトもウンウンと、頷いている。

「そうであれば、変えられない、変わらない、誰かが描いたシナリオなどここにはないんだよ。運命の筋書きは、それぞれが自ら描き出していくものだからな。そんなこともわからず、大きな口をたたくな」

 ですよねー、お兄様。

 素晴らしいです。


「うるさい、うるさい。お前たちが知らないだけで、ここはな、あらかじめ決められたストーリーのある世界なんだよ」

 まだ言ってるよ。

「俺には前世の記憶がある。俺の前世はここよりずっと科学が発達している素晴らしい世界だった」

 でも、こんなふうに魔法に満ち溢れてはいなかったけどね。

 私には、どちらが素晴らしい世界とは言えない。

 言えることは、そこで現実を生きるしかない、ということ。良いことも悪いことも、喜びも悲しみも、どこの世界に生きていようと、自らの糧にしていくしかない。

 

「その世界で作られた、遊びのための架空世界にここは瓜二つなんだ」

 それは私も認める。

 世界観は、そっくりだね。

「その架空世界には、ストーリーがある。いくつも選択肢は用意されているが、主な筋書きは変わらない。

 

「ほう。例えばそれはどのようなストーリーなのか?」

「いくつか道はあっても、どれを選んでもそこの悪役令嬢は破滅し、そのエセ聖女が成り上がる、というストーリーだ」

 マルクスは、憎々しげに、私とマリアンヌを見る。


 兄は、ジュエリー・プリンセスの筋書きを私と同程度には知っている。美花のメモを全て読んでいるから。

「では聞こう。エリーゼの何が、どこが悪役なのだ?」

「そいつは、影で悪口を言いふらしいじめを繰り返し、平民上がりだとマリアンヌを罵り、次期皇太子のフィリップ殿下の婚約者の座を奪われぬため策略を張り巡らせている」

 まったく心当たりがないんですけど。むしろ、ゲーム上のその設定に触れぬよう、気をつけていますから。でもうっかり、無自覚で威張ったり人を傷つけたりしたことはあったのかもしれない。それなら反省しないとだね。


「そのような事実無根のデマで、エリーゼを陥れるとは、悪役とは、お前のことだ、マルクス」

 そう言ってくれたのは、なんとレイナードだ。

「まず、エリーゼは陰で悪口を言ったりはしないぞ? 文句や反論があれば正々堂々と面と向かって罵るからな」

 うん?

 レイナード、それってフォローになってるのかな。

「それに、身分で人を判断したりしない。どんな身分の者であっても友人となるし、敵にもなる」

 さっきよりはいい感じだけど、フォローとしては微妙かな。

「それに、マリアンヌとも仲がいいぞ?」

 そうよね。

「一番の問題は、エリーゼがフィリップ殿下との婚約を望んでいないということだ。婚約など、今すぐにでも喜んで解消すると思うぞ? お前の言葉のほとんどは私には理解できないが、これだけは言える。エリーゼには光の女神様の他に五つの精霊様の加護があるのだ。エリーゼにとって、王家の威光などどうでもいいことだろう」

 あれ?

 レイナード、そうだけど、そうなんだけど言い方がまずいのでは?


「私も、フィリップ殿下の婚約者など、望んではいません。わ、私には他に愛する人がいますから!」

 おお!!

 マリアンヌ、愛する人がいます宣言! 素敵だわ。

「マルクス、残念ながら、お前の言には何一つ証拠も真実のかけらさえもない。第一、精霊様はな、心清き者にしか加護を与えてくださらないのだぞ? エリーゼがたくさんの精霊様に愛されていることがどういうことか、優れた前世の記憶があるというのなら、よく考えてみろ」

「だから、これはバグなんだ。誰かが、このゲームシナリオに操作をして、ストーリーをめちゃくちゃにしたんだ。そうじゃないなら、マリアンヌはちゃんとした聖女で、悪役令嬢と友人になったりしないはずだから」

「バグが何かはわからぬが、お前のいうシナリオを変えたのが誰かはわかっているぞ」

「何!?」

「それはな、私たちだ。なぜなら、この世界を生きる者、一人一人が紡ぐ日々が、一つのおおきな時代という物語をつくっているのだからな」

 お兄様、ドヤ顔ですが、さっきから同じ趣旨のことを言い方を変えているだけでは?

 それで、このマルクスが納得するでしょうか。


「私たちは、神々を敬い時にその人智の及ばぬ教示にひれ伏すことはあるかもしれない。しかし、何もかもがその掌であったとしても、私たちは自分の頭で考え自らの足で未来を選んでいくべきなんだ。それが神々に創造していただいた人の生きる道だ」

 レイナードは、マルクスの言うシナリオライターを神々と理解したんだね。


 その時、アルベルトが兄に向かって言った。


「我々には他になすべきことが沢山あります」

 そうだよね。

 想定以上にお菓子を消費したから、帰ってもう一度、みんなの好物も考えながらお菓子作りをしないと。

 それにマリアンヌは明日の祝いの準備もまだあるだろうし。

 レイナードもレイチェルに会いたいよね。


「もうこの者は放って帰還いたしましょう。どれほど時間と言葉を尽くしても、この者と分かり合えるとは思えません

「それもそうだな。行くか」


「ま、待て。待ってくれ」

 慌てたのはマルクスだ。

「もうお前に割く時間はない」

「このままでは、死んでしまう」

 だよね。

 水が飲めないんだもの。

「それは、俺たちには関係ない。お前と水の女神、精霊様たちとの問題だ」

「しかし、エリーゼの加護精霊ではないか、俺に水の呪いをかけたのは。だとすれば、俺が死ねばエリーゼの責任ということになる」

 なんという言いがかり。


「愚かな。自分のしでかした責任を我らの愛し子エリーゼになすりつけるとは」

 セレステより先にアマリージョが切れた。

「そんなに死にたくないのなら、おまえが言う水の呪いは解いてやろう」

 アマリージョが目くばせするとセレステがやれやれといった感じでマルクスに何やら魔法をかける。

 どうやらこれで、マルクスは水から避けられるとはないようだ。


「しかし、お前はもう、人であることをやめろ」


 その瞬間、マルクスは黄色い豚に変わった。

 


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