新しい日常が始まりました。part2-5-1
第50章 ちょっと面倒な相手をスルーして洞窟を進むと、そこはなぜか、まごうことなき海岸でした。
賢者の間の中には、美しい漆黒のドレスを纏った、プラータの光にも似た銀白色の髪をした美しい少女がいた。よく見れば、彼女自身も銀白色に輝いているようだ。少女の手には、それ自体が宝物ではないかと思うほど、美しい宝石箱がある。
「ごきげんよう、皆さま」
優雅な礼をとるその少女に、プラータが答える。
「久しいですね、姉上」
姉上?
この少女が、プラータの? つまりインディゴの姉でもあるということ?
「プラータ様、其方があなた様がご加護を与えた少女ですか?」
「そうですよ。インディゴも彼女から名をもらいました」
インディゴの名が出たとたん、その少女は、チッと舌打ちをする。
プラータたちの姉なのに、見かけは少女のこのたぶん精霊は、他の賢者の間の番人と同じく、やはり下品だ。
「プラータ様のおこぼれで名をもらった、出来損ないが」
なんですって。
インディゴは出来損ないなんかじゃないわ。そりゃあ、最初はあれだったけど、今では私の、いいえ、私たちの大切な仲間なのよ。私の闇魔法の頼もしい先生でもあるわ。プリンが大好きで、お茶目なところも可愛いんだから。
「インディゴは私の欠けてはならない大切な弟。そうと知っていて、インディゴを貶めるとは、さすが姉上。そんなふうだから名無しなのでは?」
「なんですって。許さないわよ。女神になったからっていい気になるんじゃないわ」
「いい気になってなどいないですわ。正直に事実を述べただけ。あなたは、人を見極めずにただ名をもらうために加護を与え、加護を与えた者が堕落し、罰を受け、名を没収された堕精霊。女神たる私に口を慎まなければ、次は魔物になりますわよ」
「魔物? いっそそうなれば嬉しいわ。魔物らしくその娘を殺してやればいいのかしら? そんなに加護をジャラジャラつけている娘をやれば、魔物の王になれるかもしれないわね」
「エリーゼに手出しはできませんよ。女神の加護のある彼女に手を出せば、滅されるのはあなたの方」
「もうやっちゃえば? 私がぐるぐる巻きにして奈落に放り込もうか?」
ヴェルデは、このめんどくさそうなプラータの姉に、すでに戦闘態勢だ。
「ヴェルデ、ここで質問に答えないと最後の試練に向かえないのよ。やるならその後にしてよ」
セレステ、なんだかウキウキしているわね?
あ、そうか。
次は確か、海のダンジョン、セレステの活躍の場だからかな。にしても、お口にチョコがついているわよ? つまみ食いも盗み食いも禁止しますよ? 他の子たちもいい加減にしてよ? あなたたち、食べ通しじゃないですか!
「それもそうね。はやく問題を教えてちょうだい」
ヴェルデも面倒そうに言わないの。
「あなたはあなたのお仕事を。真面目に頑張っていれば、いつか光ある場所に戻れるかもしれませんよ?」
それ、絶対無理だと思っている顔だよね、プラータ。
「そうね。はやく問題を与えて、答えられなかったお前たちを嘲笑うのも一興」
なんだろうな。なんでここまでひねくれちゃったのかな。プラータの姉妹なら、仲良くしたいのにな。
「答えるのは、お前だ」
その名無しの堕精霊は私を指差した。アルベルトが庇うように私の前に立つ。
「では問題だ」
名無しはそんなアルベルトを無視する。
「この宝箱には、二つの物が入っている。一つはこの身代わりのネックレス、もう一つはただのダイヤの指環」
ダイヤの指環も結構な代物だと思うけど。
だって前世では見たことのないほど大きなものだし。
「これらは、二つで110億ギラン。ネックレスは、指輪より100億ギラン高価だ。ネックレスはいくらだ?」
「105億ギランです!」
即答する。
期待していたが、また、小学生の算数レベルだ。つまんないこと。
ちなみに、1ギランは前世なら1万円くらいの価値だろうか。
つまり、この宝箱の中身は、国家予算並みの、個人では買えないほどの高価な国宝級の物だということだ。
ひ、100億ギランじゃないの?
だよな?
と言い合っているのはマリアンヌとレイナード。オスカーと兄は、私が答えた時には眉根に皺を寄せていたが、すぐに頷いていた。
アルベルトは問題を聞いている途中で、有名なひっかけ問題だ、と小声で呟いていた。
そう、これはごくごく簡単な錯覚を誘導するひっかけ問題。
「正解だ。こんな難問を秒で答えるなどあり得ん」
「では通してもらいますね」
「待て。これはお前のものだ」
名無しは、宝箱を私に差し出す。
「いりませんわ」
身代わりのネックレスは、その宝石の数だけ何度でも持ち主の命を救う。あれば便利だろう。でも、私はすでに色々守られている。こんな厄介なものを持ち帰ったら、また、王家とトラブルを巻き起こすかもしれない。ダイヤの指環もヴェルデがいれば、いつでも手に入る。なんならこれより凄いものだって。
「い、いらないだと? 無欲にも程がある」
無欲ではなく、厄介ごとを避けているだけですから。
「だからなのか。だからプラータは女神になれたのか」
わけがわからないけど、多分違うわね。
「違いますよ」
やっぱりね。
「私が女神になれたのは、加護を与えたエリーゼが賢く優しい娘だったからでもありますが、彼女の作ったプリンを%#€〆様が気に入ったからですよ」
%#€〆様って誰?
名前のところに判別できない言語が使われている。
多分、あの金色の光を振り撒く女神様だとは思うけど。
それにしても、プリンか。
だってさ、マリアンヌ。
私がプリンに反応してマリアンヌに振り向くと、マリアンヌも大きく頷いている。戻ったら、そろそろカボチャの季節。カボチャプリンも作ってみようかしらね。
「それならこれは、後ろの娘にやろう」
まぁ、それはありかもね。
本来、ヒロインのマリアンヌが受け取るべきものだから。
「私には過ぎたるものです。ご辞退いたします」
「ならば、誰でも良い。誰かこれらを持ち帰れ!」
ここまでくると、なんとなくもらったらヤバいのでは? とみな察するよね。
仲間たちは誰も、それを受け取らない。
「なら、僕が受け取ろう。その闇の呪いまみれの宝飾品を」
やはり呪い付きか。
「お、お前にはやらん。呪いが効かぬではないか」
「姉上、お下がりなさい」
「嫌じゃ、嫌じゃ。私も名が欲しい」
もう何がしたいのか、わからない。名が欲しいからって、なぜ、呪いの品を渡そうとするのか? まさか、脅しの道具にするつもりだったのか? プラータがいるのに? 私には呪いは無効なのに。
面倒だし、スルーした方がいいよね。こういう堕精霊は。
兄もそう判断したのか、次の階層に進むよう手振りで皆に指示する。
嫌じゃ、嫌じゃ、私も名が欲しい、を繰り返すそれを放置して、私たちは次に進んだ。
そこは、紛うことない、海岸だった。
前世で、写真集で見たような、真白でサラサラした砂浜と、青く果ての見えない海。
洞窟の中のはずなのに。
「これは、どう進めばいいのか」
兄が途方にくれたようにつぶやく。
「文献によると、この先に古代遺跡の残る島があるようです。その遺跡の神殿の奥の祠に、我々が求めている指環があるとか」
うーん、なんか混乱する。
すでにここが、教会の地下から侵入した洞窟のはずなのに、海があり、その海に島があって、その島の古代遺跡まで行く、ということなのか?
いったい、どんな作りでそんなことが可能になるのか。
「おそらく、ここは今までいた洞窟から強制転移させられ場所なのでしょう」
なるほど。さすがオスカー。それなら、ここが果てしなく広がるように見える海辺なのも納得できる。
「問題は、その島がどこにあって、そこまでどう移動するのかだな」
見渡す限り島はない。船もない。
その材料になりそうなものもない。
風魔法を使えば飛んで行けるかもしれないけど。全員で、となると厳しいかもしれない。
私の転移魔法も、一度行った場所でなければ使えないし。
「島へは歩いていけばいいのです」
「歩いてですか?」
「そのためにマレ様に人魚の腕輪をもらったでしょう?」
セレステがやれやれ、という風情で教えてくれる。
そういえばもらったね。もらった時は国宝が六つも、と大騒ぎしたけれど色々あったせいで忘れていたわ。
「それを身につければ海の中を陸と同じように移動できますよ。泳いだ方が速いけれど、手足を使って泳いでいると、戦いには不利でしょうから、まぁ、歩く方が無難でしょうね」
「水圧はどうなるのかな? 海底を行くとしても、深い場所では、人が耐えられないのではないの?」
「それも、その腕輪があれば問題ないわ。人魚が行ける場所には問題なく行けます」
人魚が行ける場所がどこからどこまでなのかはわからないが、セレステの口ぶりだと、島まで海底を行くことに少なくとも身体的な問題はないようだ。
「海中では、魔法は使えるのかしら?」
「使えるものもあれば使えないものもあるわ。水魔法はもちろん使えます。光や闇魔法も使えるわ。でも、火魔法は残念ながら使えないし、風魔法は威力が半減するわね」
なるほど。
「それで、島はどこにあるのかな?」
「島は、移動しておりますが、進んでいけば、自然と流れはそこに向かって行くのでたどり着けるらしいですね」
そう言いながら、オスカー自身が首を捻っている。
「移動している? 島が?」
「もしかして、それは島ではなく島のように巨大な海亀なのでは?」
前世のゲームには、島だと思ったら亀だった、そういうシチュエーションはありがち、とアルベルトは、兄にそう進言した後、私に囁く。
「その可能性はあるな」
「なるほど。さすが文官養成科の秀才だな」
「では、その可能性も考慮しながら進もう。みな、腕輪を装着してくれ」
兄から順番に、セレステの誘導で海に入って行く。ちなみに他の精霊たちは、海上を飛んでいくらしい。
違和感しか覚えない。
今、私たちは海底を縦列で歩いているのだが、陸を行っていた時と全く何も変わらない。服も濡れているのに重さやまとわりつくような煩わしさは感じない。
だけど、海の生き物はふつうに泳いでいる。水温が高いのか、カラフルな熱帯魚が多い。
水棲の魔物は、今のところ見当たらない。
なるほど、セレステの言ったとおり、その島がどこにあるのかは潜ればすぐにわかった。
海の中に入るとすぐに、島のように巨大なウミガメが、その甲羅に樹々をはやしたまま今は海底で休んでいるのが見えた。ほんのわずか、海上に樹々の緑が出ているようだが、あれを岸から眺めても見えはしないだろう。
「あれを目指せばいいのよね?」
「ええ」
セレステがうなづく。
目標がわかれば、後はそこに向かって進むだけだ。
「それにしても、なんだか、ここは海底というより街道みたいよね?」
私は足元の海底のつくりを見回して言う。
「かつては、そうだったから」
「え? どういうこと?」
「かつて高度な文明を誇り世界にその名を轟かしていた、ヒルネムンド帝国という国があったの。それが天変地異によって一夜にして沈んだその成れの果てだから、この辺りは」
おお。
絵本で読んだことがある、『幻のヒルムンド帝国の財宝』はただの作り話ではなく、財宝はともかくヒルムンド帝国は実在したのか。
私がその事実に感動していると、オスカーの厳しい声がかかった。




