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乙女ゲームの世界に転生したけれど、ゲームをしたことがありません。それでも私、愛と勇気で破滅フラグに立ち向かいます。part4

第4章 私、王子様の婚約者になりました

 

 

 結局、ハンナの弟エデルに呪いをかけたのは、ハンナの実家ベンダー家の主、ベンダー男爵の愛人だと判明した。つい最近男の子が生まれ、エデルがいなくなれば自分の子を跡継ぎにできると思ったかららしい。

 

 我が子可愛さに伝手を頼み、国で禁止されている『死の呪い』を裏の黒魔術師に依頼した。そして、呪い返しを受けた。

 呪いはかけた者と依頼したもの双方に返る。幸いにも二人とも命は失わなかったが、黒魔術師は魔力を失い、愛人は若さと視力を失った。しかも、禁呪を行ったことが発覚した上は、重い刑罰を受けることになる。この国に死刑はない。だから二人は、一生をかけて罪をつぐなうことになる。

 魔力を失った黒魔術師は犯罪奴隷として罪を強制労働で贖うことになるのだろうが、老女となり視力も失くした愛人の行く先は、私には想像もできない。

 

 愛人の生んだ子は、ベンダー男爵家の馴染みの商家に引き取られることになった。エデルは自分の命が狙われたのにもかかわらず、その子の身を案じ、父親によい養い親を探すように頼み込んだらしい。そんな健気な子の命を助けられたことが、後味のよくない今回の件の、せめてもの救いだった。

 

 そして、ハンナはあの日の誓いどおり、侍女として公爵家に戻ってきてくれた。ミラと二人、今は私の身の回りの世話をしてくれている。ハンナはお茶入れるのがとても上手で、日々増殖する私お手製のハーブティーでさえ、私よりおいしく淹れてくれる。

 そして今私は、ミラもハンナも追い出し、自室にこもってクリスを視ている。クリスが呼んでいる、とプラータが教えてくれたからだ。クリスの言葉をプラータが通訳してくれたところ、私の未来にこの先を左右する大きなできごとが起こるそうだ。

 

 自分の過去は視えても、未来は視えない。

 そこでまず、私にとても近い存在、父の未来を視てみることにした。すると、とんでもないことが視えた。これは大変だ。私にとっても、このヴォーヴェライト公爵家にとっても。

 


 私はあわてて兄の部屋を訪ねる。父はまだお城でお仕事中だから。兄は王立魔法学院の入試に向けて勉強中だったようだ。しかし、私の切羽詰まった声が聞こえたのか、あわてて部屋を出てきてくれた。

「マテウス兄様、大変です。大変なことになりました!!」

「エリーゼ、どうした?」

「だって大変なんです」

「わかったから、まず落ち着きなさい」

 

 そうだ、落ち着かないと。慌てて得をすることは何もない。前世ではそれで命まで失ったのだから。

 兄はハンナに二人分の紅茶を用意するように言い、私を応接室に連れていった。おそらく、日当たりがよく、この屋敷の中で一番落ち着いた印象のある部屋で私をリラックスさせようと思ったのだろう。

 ハンナの淹れてくれたお茶を一口飲み、私は大きく一度深呼吸をしてから兄に言った。


「私、第二王子フィリップ殿下の婚約者に決まったようです」

「どうしてそれを?」

 兄は驚いてはいるようだが、私がフィリップ殿下の婚約者に決まったということより、それを私が知っていることに驚いたようにみえる。

「お兄様、婚約のこと、ご存知だったのですか?」

「いや、まあ、何度か三人のうちの王子の誰かに、と父上に打診があったとは聞いている。しかし、父上は時期尚早とそれを辞退されたとも伺っている。エリーゼがまだ幼いこともあったが、宰相であるヴォーヴェライト公爵の愛娘が婚約者になれば、その王子が皇太子に指名される可能性が高くなるからな」


 私は、いまひとつ、自分の公爵令嬢という立場の利用価値をわかっていなかったようだ。

「それより、決まったとはどういうことだ? 父上もまだお帰りではないのに、いったいどこからそんな情報を?」

 精霊か? 精霊情報なのか? というように兄は部屋を見まわしている。ヴェルデは花瓶の花に腰掛けているしアマリージョもカーテンにぶらさがるように揺れてはいるけれど、ロッホの姿は見えない。プラータとインディゴは、どうしても伝えたいことがない限り呼ばないと姿は見せない。


「プラータの助言でクリスを視たのです。すると、お父様が国王陛下から、フィリップ様との婚約、これは決定事項である、と王命を賜っていらっしゃいました」

「まことか?」

「はい」

 兄は、眉根を寄せる。

「何か問題が?」

「第二王子の婚約者、というところがな」

 

 私はフィリップ王子にお会いしたことはない。あるのかもしれないが、九歳までの記憶が曖昧なので覚えがないと言ったほうがいいかもしれない。たいそう美しい容姿で国中の女の子の憧れの的だという噂は知っているが。


「何か問題のある方なのですか?」

「フィリップ殿下は、容姿端麗で頭も悪くない、悪くないんだが王にふさわしいほど良くもない。プライドが高すぎて傲慢なところがある。そのせいで取り巻きにはろくな者がいない。おだてにのせられやすく、自分に都合のいい言葉だけを信じる傾向もある」

 陰での悪口を嫌う兄にしてはかなり辛口だ。けれどそれが本当なら、将来の夫として嬉しくないタイプといえる。


「おそらく、エリーゼの全属性魔力を王家に取り込むべく王妃様が動かれたんだろうな」

 精霊のことはまだ秘密だが、全属性魔力のことは国に報告してある。直後に教会での確認もされている。それはこの国に住むすべての人間の義務だからだ。

「しかし、よりによって第二王子か」

 お兄さまは、本当に嫌そうに顔をしかめた。



「よりによってあの、第二王子か」

 お城から戻った父も兄と同じような苦いお顔です。

 今日はまだ、国王陛下からその件についてのお話はなかったようですが、父も兄も、私の言葉をみじんも疑っていないようです。クリスはとっても優秀だからね。


「第一王子のアデル殿下ならまだよかったのだが」

「アデルは、つい先日、王位継承権を辞退しましたから。王家としてはエリーゼを取り込む駒としては弱いと判断したのでは?」

 第一王子のアデル殿下とも面識はない。フィリップ殿下と違って耳に入ってくる噂もほとんどない。兄はとても親しいような口ぶりだが。


「アデルと敬称なしで名を呼ぶほどに、お兄様は殿下と親しいのですか?」

「ああ。アデルとは同い年だし、魔法省でともに研究をしている仲だよ」

 そういえば、兄はとても優秀で七歳の時に魔法省にスカウトされ、客員としてすでに研究職に就いている。たしか、今は発掘された古の魔道具に使われていた魔法陣を研究しているとか。


「来年にはともに王立魔法学園にも通うことになる。といっても、私たちには学園で学ぶことはほどんどないから人脈づくりをしにいくようなものだ。アデルともどもさっさと飛び級(スキップ)で卒業しようと思っている」

 王族や高位の貴族は魔力も高く幼いころから優秀な家庭教師をつけてもらっているので、兄ほどではなくてもそういう者が多いらしい。ただ、この学院を卒業しないと国の要職に就くことができない、下級貴族の場合は魔力がないのではと疑われ結婚相手が見つけにくい、そういった理由で、ほとんどの貴族が通うことになる。

 また、平民であっても学院に入学し卒業できれば同じように国の機関に雇ってもらえる。しかし、そもそも魔力の有無が入学資格なので魔力をもつ者が極端に少ない平民には狭すぎる門だといえる。前世では間違いなくド平民下級国民だった私には、胸の痛む話だ。

 

 魔力がなくてもできることは多いはず。魔力万能主義のこの国に埋もれている優秀な頭脳や技術、想像力はどれほどのもなのか。

 この辺りもなんとしないと、と思う。しかしそう考えれば、王家に嫁ぐのはアリかもしれない。今以上の富と権力が手に入るわけだし。それって政治に必要な二大条件だよね? 

 

 正直私はこの世界での結婚にどんな夢ももっていない。貴族として生まれた以上政略結婚は当然だとも思っている。それになにより、今も私の心には樹里がいる。彼以外の男性に、私の心はきっと動かない。この先ずっと、何度転生したとしても。

 ただ選択肢は欲しいよね。これほど 父や兄の眉間にくっきりしわを出現させる第二王子しか、本当にお相手は考えられないのだろうか。


「アデル様はどんな方なんですか?」

「ひとことでいえば、変人だ。天才で博識だが、魔力に興味はあっても権力にはまったく興味がなく、フィリップ殿下とは違う意味で王にはふさわしくないな。成人したら世界中をめぐる放浪者になることが夢らしい。だから早々に王位継承権を放棄した。政争に巻き込まれるのは人生の時間の無駄だと言って」

 確かに変人だ。でもちょっと興味あるな。少なくとも第二王子よりはずっと魅力的だ。


「第三王子のバラード様は?」

「バラード様は3歳だから、どんな方ともまだ判断はできない」

 なるほど。9歳とはいえ精神年齢24歳でもあるわけで、さすがに私も、3歳児との将来を想像することはきつい。

 やはり第二王子しかないか、と父と兄と私はそろって大きなため息をついた。



 全属性魔力保持者で複数の加護持ちの私の水晶玉占いが外れることなどあるはずもなく、ほどなく私は、10歳の誕生日の翌日、フィリップ殿下の正式な婚約者となった。

 婚約式で私は初めてフィリップ王子と会った。

 フィリップ王子は、噂どおり金髪碧眼のいかにも、という容姿の王子様だった。私がふつうの女の子なら、うっとりと見惚れ、自分の幸運に酔いしれたかもしれない。

 でも前世で24歳までの記憶を持つ転生者の私は、たった一日で、まだ私と同い年の子どもであることを差し引いても、その傲慢な態度と薄っぺらい中身にうんざりし、この婚約をどうしたら破棄できるかばかりを考えるようになった。

 

 それは家族も同じだ。

 最近の家族会議の議題は、どうすればフィリップ王子との婚約を破棄できるのか、これにつきる。

「やはり、あちらから婚約破棄をしてもらうしかないな」

 王命は絶対だ。王家につぐ高位貴族、公爵家であってもそれを破ることはできない。王命は王によってのみ覆すことができる。

「とりあえず、まだ時間はたっぷりあります」

「王子と一緒に王立魔法学院に入学する時まで5年ある。それまでは、極力顔を合わせないようにしましょう」

「入学したら婚約者としてふるまうのはしかたないけれど、できれば科を違えたほうがいいな」

「あちらは凡庸ですもの、魔法科一択でしょう?」

 魔法科は魔力がある者なら誰でも選択できるらしい。

 それにしても母、王子に対し歯に衣着せぬ言いようだな。いつもマナーにうるさいくせに。


「他にはどんな科があるのですか?」

「騎士科と文官養成科、それと芸術科だな」

 ふつう、貴族の令嬢は、魔法科か芸術科のどちらかを選ぶものらしい。

「あちらがアデルと同じ芸術科を選ぶ可能性もゼロではないから、エリーゼは私と同じ文官養成科にすればいいのではないか?」

 文官養成科は、歴史、経済、法律、数学、自然科学、語学などを学ぶ、いわば、前世の大学の教養課程のようなところらしい。そのレベルはとても高く、卒業後はすぐに国家機関に即戦力として雇ってもらえるという特権もある。


「文官養成科だけは、入学時に試験があるのですよね?」

「ああ。しかし、エリーゼなら歴史さえ頑張ればきっと合格するよ。数学や自然科学などは、私と同じほど優秀だと先生から聞いているよ?」

 前世では、リケジョだったしね。それにこちらの数学は、正直中学生レベルだ。自然科学もずいぶん遅れている。むしろそんな私と同じほど優秀な兄がすごいのだ。理系の学問が遅れているのはやはり魔法絶対主義の弊害だろう。


「だけど、エリーゼはできれば飛び級(スキップ)制度は使わないほうがいいと思う」

「なぜですか?」

 さっさと卒業してしまえば、フィリップ王子と過ごす時間は短くできるのに。

「卒業を早めると結婚の時期も早まるかもしれない。それに学院にいれば、限られたエリアで相手を監視することもできる。いくらエリーゼに先見の眼があっても、実際に自分の眼で見るということでわかることもあるのでは?」

 そうだった。魔法の力に頼りすぎてはいけない、と誰より知っているのは私のはずなのに。マテウス兄様、さすがです。


「私は、とりあえず精霊とクリスの力を借りて、入学までにフィリップ王子の情報を集められるだけ集め、嫌っていただけるよう努力しますわ」

「ああ、それはいいな」

「でもね」

 母が口ごもる。

「ゲルダ?」

 父が心配そうに母を見る。


「それでもどうやっても婚約破棄がかなわなかったら、嫌われた分だけエリーゼの結婚生活が苦しいものになりはしないかと、それが心配で」

「ゲルダ、心配するな。どうしても王命が覆らなかった時は、皆でこの国を出てサファイア王国に亡命すればよい」

 父は、宰相の地位も公爵家としての名誉も捨てる覚悟なのか。なんて愛情深いんだ。


「そうですよ母上。あの王子が王になるこの国に、私もさほど未練はありません。エリーゼのためなら、それくらいどうってことはないです。それに母上の母国でもあるサファイア王国は、以前から父や私の能力を高く評価してくれています。きっとあたたかく迎えてくれますよ」

「そうね、そうしましょう。それなら、亡命の準備もしっかりしておかなくては。最悪を考えて準備しておけば、どんなことがあっても慌てずにすみますものね」

 母、立ち直り早いな。

 この日より、ヴォーヴェライト公爵家、婚約破棄及び亡命準備計画が粛々と始まった。



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