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新しい日常が始まりました。part2-2

第46章 ダンジョン、第一の試練は罠の階層。


 私たちは、祭壇の奥にある扉を潜りそこから洞窟に入った。


「文献によれば、第一の試練は罠のダンジョン。魔物や魔獣はほとんど出てこないようです。まあ吸血蝙蝠ぐらいは常に出るらしいですが」

 オスカーは、この洞窟ダンジョンの下調べは念入りにしてきているようだ。あくまでも文献での文字を通してだけど。

 私が美花から得た情報もある。前もって、先見の結果として、オスカーに伝えてある。

 それらがどこまで真実なのかはわからないけれど、心強い糧であることは間違いない。


「そうか。しかし、吸血蝙蝠の中には毒をもつ個体もある。そちらへの対処も怠らずに注意して進もう」

 兄はやはり頼もしい。リーダーになるべくしてなった人だな。


「まずは、先頭は私とオスカーだ。罠の感知や解除には慣れているから」

 慣れている?

 お兄様、あなたはいったい、いつも何をしているんでしょうかね。

 公爵家の嫡男が、罠に慣れている!?


「エリーゼとマリアンヌを守るように、アルベルトとレイナードは剣の準備を」

 二人がおまかせ下さい、と頷く。

「インディゴ、お兄様についてくれる?」

 インディゴは闇の精霊だ。

 兄がどれほど罠に慣れているのか知らないが、罠や呪いのプロ、インディゴほどではないはずだ。


 インディゴが子犬の姿で兄の傍につく。

 私も剣を手にする。

 魔剣を持ったこともないのに、『魔剣の女王』の二つ名を持つ女ですからね、私は。


「エリーゼは剣をしまえ」

 張り切る私に、アルベルトが水を差す。

「君は魔法で戦うべきだ。上からの攻撃や剣の届かない場所からの攻撃には魔法の方がいい」

 そうだけど。

 久しぶりに剣が振るえると思ったのに。

 と、少しへこんでいる私に向かって吸血蝙蝠が飛んできた。

 アルベルトが、私がちゃんと剣をしまうかどうかを確認しながら、サクッとそれを剣で真っ二つにする。

 レイナードもマリアンヌに向かって飛んできた吸血蝙蝠を、すでに三匹もやっつけている。

 さすが、学院一の剣の使い手。

 二人ともカッコいいんだけど。

 私がやりたかったんだけど。

 魔法の出番あるのかな? これなら上からの攻撃も剣でいいんじゃん。


「エリーゼ、アルベルトの言うとおりだ。ここは、魔法で支援をしてくれ。マリアンヌも支援魔法と回復魔法を頼む」

 はい、と笑顔で頷くマリアンヌの隣で、私も渋々頷く。


「あの、3番目の石、罠ですね」

「マテウス、さすがに優秀だな。その通り。あれを踏むと奈落の底だ。といっても、教会の外に放り出されるだけの仕様みたいだが」

 インディゴが、兄に答え、その隣でなぜかロッホも偉そうだ。

 

「あの石を避けて壁伝いに行けばいいんだけど、ほらあそこ」

 インディゴが尻尾で差す場所を目にしたオスカーが、あれも罠ですねと頷いている。

 私には何が何だかわからない。

 同じような岩壁が続いているように見える。

「あれは、おそらく槍や矢の類が出てくる感じのスイッチでしょうか?」

 へえ。

 前世の冒険映画で見たことがあるような感じかな?


「踏まないようふれないよう進めばいいんだけど、うっかりもあるから、ここは僕とロッホに任せて」

 インディゴが自信たっぷりに言う。

「お願いいたします」

 兄が頭を下げた途端、インディゴが罠の石を踏む。

 すると大きな落とし穴がポッカリと現れる。

 同時にロッホが壁のスイッチらしき岩に飛んで行き、それに触れる。

 天井から槍が、壁から矢がいっせいに放たれる。そして、全ては穴に落ちて行った。


 力技なわけね。

 君たちは。

 私だけでなく、パーティーメンバー全てが、呆れていることだろう。


「ほら行くよ。穴を避けてね。エリーゼは特に気をつけて」

 いやロッホ、私だって、穴ぐらい避けて歩けますけどね。

 そう思いながら進んでいく最中に、つまずき、穴に向かってこけそうになり、アルベルトを慌てさせた。


 マリアンヌは落ち着いている。

 しんがりのレイナードを心配させることも慌てさせることもなく、無難に穴を通り過ぎた。

 なんか、へこむ。

 

「また罠か」

 どこが?

「二重三重にかかっていますね」

「しかし、こういうものはわかっていてパニックにならなければ問題はない」

 オスカーと兄が言葉を交わす。


「あの、天井の赤い石を通り過ぎると、おそらく右か左かどちらかの壁から何かが飛び出してくる」

 センサー付きなのか。やるな。

「それをやり過ごしても、上か下から何かが出てくる。そんな感じだな」

「また、力技で通り抜けますか?」

 兄がロッホに聞く。ロッホは首を傾げる。

「ここは無理だね。最後に出てくるのは、毒の類だろうから」

 応えたのはインディゴ。その言葉を受けて、オスカーが魔法具の眼鏡をかける。

 あれをかかると視力が十倍になるらしい。

 十倍だと、気持ちが悪くなりそう。オスカーは平気そうだけど。私は嫌だな、見ないでいいものも見えちゃいそうだし。


「インディゴ様のおっしゃるとおりですね。あの辺り、小さな穴が均等に空いているところが不自然です」

「そこからよくないものが噴き出すとすると、同時に密閉される可能性もあるな」

 なにそれ?

 そういうの、お決まりなわけ?


 オスカーが天井を見つめる。

「あそことこの辺りから壁が降りてきて、岩壁に囲まれる仕様ですね」

 閉じ込めてからの毒ガス注入?

 想像しただけで息苦しくなる。


「さて、どうするかな」

「最初の、赤い石を壊してしまえばいいのでは?」

 レイナードなら剣の一閃でできるかもしれない。

「いや、おそらく壊せばそれもトリガーとなるだろう。私ならそう作る」

 お兄様、それは、そんなに自信たっぷりに言うことでもないかも。

 進言したレイナードが若干引いているし。

「それなら、まず私が先行しましょう。鍛えていますので、五分程度なら息を止めていても岩壁を壊すことぐらいできますよ」

 レイナードが言う。

 ほんと、彼は勇気がある。毒が出てくるかもしれない、閉じ込められるかもしれない、そう分かっていて自分が行くと言うのだから。


「いや、レイナードには毒耐性がないだろう? 即死性のある毒ならまずい。それに毒への対処もせずに壁は壊すわけにはいかない」


 あ、いい考えが!

「だめだからな。毒が効かないからって、エリーゼが先に行ってみるなんて、論外だ」

 まだ何も言っていないのに、アルベルトったら、酷い言い草だ。

 またもやへこんでいたら、兄がこう言った。

「いやエリーゼ、ここはお前の出番だな。他に選択肢がない」

 ヤッホー。


「私も行きますよ」

 アルベルトは、無駄だと思ったのか、兄に抗議せず自分も行くと宣言だけする。レイナードが心配そうにアルベルトを見る。あたりまえだ。アルベルトにも毒耐性はないのだから。


「いや、君もダメだ。護衛は精霊様たちに任せよう」

「いやしかし」

「アルベルト、こんなチョロい罠や毒にやられる精霊はいないわ」

 

 そうだろう、そうだろう。

 いや、そうなのか?

 セレステは自信たっぷりだが、精霊といえば、淀んだ空気や水が苦手なイメージだなんだけど。ましてや毒だよ?

「確かに、毒や呪いは臭いから嫌いだけど、私たちぐらい大物になると、それでダメージを受けたりはしないわよ」

 とヴェルデ。

 今、私の心、読みました?

 読んでないよと首を振るヴェルデ。読んでるの、確定!


「アル、そう心配しないで。大丈夫だよ。だってアマリージョが余裕の笑みだもの」

 これで結構、アマリージョは私に過保護だ。

 以前、転移の訓練をしていた時も、それはそれは幾重にも安全策をとっていたもの。その彼女があんなに余裕たっぷりなんだから、この程度の罠は、何があってもどうとでもできるのだろう。


 それにしても美花の情報だと、片手間でクリアできるほどの簡単な罠をいくつか抜けると、次の階層に進めるということだったけれど。

 ゲームと現実では大違い。

 ちょっとしたことで、命を失うレベルの罠だよ、これは。


 アルベルトが、眉根を寄せ、それでも了承してくれた。

「それより、毒がこちらへ漏れた場合が心配だから、セレステとロッホはこちらに残って」

 

「おそらくエリーゼがあのエリアに足を踏み入れると四方が壁に囲まれるはず。天井からどんなものが噴き出してくるかはわからないが、光と闇の融合魔法なら大抵は中和できるはず、ですよね? アマリージョ様」

「クラシオンならば、中和できない毒はない。もちろん呪いであっても同じこと」

 つまり何が出てきても問題ない、ということだね。


 兄が安心したように頷く。

「ならば、すべての毒を無効化にしたら念話で連絡を。壁はこちらで壊そう。その間は、結界で身を守れ。いいか?」

 私は頷く。そして、改めて私はマリアンヌを見つめる。

 ゲームなら、ここで毒を無効化するのはマリアンヌだ。

 今のマリアンヌには、ゲームの彼女ほどの魔力はない。それにここへ来るまでのイベントのいくつかが抜け落ちているせいで、毒を無効化するペンダントも手に入れていないはず。

 彼女は、どうするのか?

 

 マリアンヌが進み出る。

「私もエリーゼと共に行きます。私の欲する指輪です。私が行かなくては、手にする資格がなくなります」

 なるほど。マリアンヌがこう言うのは、わからないでもない。

「しかし、君は私以上に足手纏いだぞ?」

 アルベルト、言い方。声色もちょっと怖い、オスカーが睨んでるよ。気をつけよう?


 オスカーがマリアンヌを庇うように前に出てくる。

「マリアンヌには、私が毒耐性を上げる魔道具を渡してある。即死性の毒でも10分なら耐えられるレベルだ。その間にエリーゼと力を合わせて毒を中和すればいい」

 さすがオスカー、用意周到だね。


「そんな便利なものがあるならそれを身につけ私が行こう」

「アル、それだと意味がないの。これはマリアンヌの試練なんだから。私たちは、あくまでも協力者じゃないと。自分の得意な分野で、それぞれがマリアンヌを支援しないと、ね?」

 オスカーだって、だから我慢している。マリアンヌと共に行きたいのは、誰より彼のはず。

 オスカーは理解している。

 無事にここを抜けるには、私が必要だと。


 ゲームとは違い、マリアンヌがそれまでのイベントで手に入れるはずの魔法や古代遺物の魔法具はない。その代わりに、彼女は愛と友情、信頼でこの試練を乗り越えていかなければならない。


「そうだな。マリアンヌの試練だ。よく言ったね、マリアンヌ」

 どうやら兄も、最初から私とマリアンヌの二人で行かせるつもりだったようだ。

 アルベルトだけがまだ憮然としているが、ここは知らん顔でスルーしよう。


「それなら、クラシオンではなく、エリーゼは闇の癒し魔法、ダークリフレを使えばいいわね。マリアンヌの光の癒やし魔法を同時にかければ、クラシオンか、それ以上の効果が得られるはず。その上、クラシオンほど魔力は消費しないから、この先への貯金にもなるわ」

 なるほど。

 ダークリフレはあまり使ったことがないが、それほど難しい魔法ではない。これとリフレを融合させてクラシオンにするのはとても難しかったけれど。


「マリアンヌ、一緒に頑張ろう!」

「はい。エリーゼといっしょなら、絶対できる、って思えます」

 おお、可憐な笑顔。

 オスカーでなくても、惚れちゃいそうだ。

「じゃあ、ヴェルデとアマリージョ、プラータとインディゴは一緒に来て」

 ヴェルデは、とにかくいつも私と共にあるべき。

 アマリージョは毒に詳しい。プラータがいれば、結界が特上になる。インディゴはもしも呪いが飛んできた場合の要員として。

「セレステはみんなを守って。毒が漏れたらオスカーと一緒に水魔法で対処して。壁を壊す時は、ロッホがお兄様を支援して。誰も怪我をしないように、慎重にね」

 洞窟での火魔法は、本当に危険だから。


「壁は火魔法で壊していいの?」

「なるべく煙が出ないように頼むわ」

 まぁ、多少なら煙も問題ないだろう。アルベルトもレイナードも風魔法が使える。身体に影響がない程度に煙を飛ばしてくれるはず。


 さあ、行こう!

 私はマリアンヌと微笑み合う。

 今こそ、友情の見せ所だ。

 見てなさい、ヒロインと(悪役)令嬢の美しく強力な共同作業を。

 まあ、見てろという対象が、誰ってことではないけど。

 強いて言うなら、ゲームにそっくりな世界に私を送り込んだ誰か、でも、心優しい仲間に合わせてくれた誰か、かな。


 赤い石センサーを通り過ぎる。

 すると、即座に前後に壁が降りてくる。言われていた通りだ。

 咄嗟に振り返ると、アルベルトが、剣を手にこちらを睨みつけている顔だけが最後に見えた。


 猶予なく、天井から毒が噴き出してくる。マリアンヌを見ると、薄い膜のようなものに包まれている。魔道具はちゃんと機能しているようだ。私は全く平気だ。そのままで、何もかも平気すぎて引くほどだ。

 ほんのりと収穫前のアーモンドの香りがする。

 ってことは、これは青酸ガス!?

 平気なんだね、私、青酸ガスでも。凄くない!?

 アマリージョが、自分に感心している私を覗き込む。毒の影響があるのかと心配させたようだ。

 にっこり笑って問題ないと答える。


 マリアンヌと呼吸を合わせ、二人でそれぞれの癒し魔法を発動する。

 けれど、私たちの魔法は融合しない。

 あら、困ったわね。

 アマリージョを振り返る。

 するとアマリージョが、空間をかき混ぜるように杖でをゆっくり回して、私たちの魔法を融合させてくれた。

 こんな手があったのか。

 光と闇が勾玉の形になり、合わさり、やがて一つの円になり段々と大きくなっていく。

 円に包まれた箇所から、だんだん毒が消えていく。

 やがて、すっかりアーモンド臭がなくなった。


「全部中和できたかな?」

「中和どころか、浄化もできましたね。この中の空気は、とても清らかです」

 プラータがそう言うのなら間違いないね。

 ね、ヴェルデ? 

 あれ?

 ヴェルデがグッタリしている。

 まさか、毒にやられたの?

「あ、アマリージョどうしよう。ヴェルデが」

「寝てますね、これは」

 はい?

 顔を近づけると、小さな寝息が聞こえてくる。

 なぜこの場面で寝るのかな? ヴェルデ。


「ヴェルデは、アーモンドの臭いがすると眠たくなるんですよ。出番もないし、我慢できなかったんでしょうね」

 そういうこと、事前に申告しておいて欲しいんだけど。肝が冷えたわ。


「インディゴ、呪いの気配はない?」

「ないね。大丈夫。オールクリア」

 

 では、兄に連絡だね。

「お兄様、無事解毒できました。壁を壊しても大丈夫です」

「そうか。よくやった。二十秒後に壁を破壊する。結界を強めに張ってくれ」

 兄の念話が、精霊たちにも聞こえているようで、プラータとインディゴが二重に結界を張る。

 その一番内側に、私も結界を張る。ヴェルデが寝ているから、私がやるしかない。心許ないけれど、プラータとインディゴの二重結界を突破するような火魔法や水魔法は、流石に使わないだろう。


 ヴェルデを抱きしめ、マリアンヌと寄り添って、壁の破壊を待つ。

 背筋を伸ばしたマリアンヌのその風情は、なんだか肝が据わっていて凛々しい。

 ゲームのヒロインなのに、マリアンヌは、最近、フワフワキャピキャピしたところがなくなって、どっしりしている。頼もしい。

 フィリップ殿下に守られていただけの時とは全然違う。オスカーが彼女をこんなふうに凛々しくしたのかしらね。素敵だわ。


 結界の向こうに、兄たちが見えた。結界が丈夫すぎて破壊の音も聞こえなかったが、壁は無事取り払われたようだ。

 プラータとインディゴ、そして私が順に結界を解く。

「ヴェルデ様、どうされたのだ?」

 アルベルトが心配そうに私の腕の中を覗き込む。

「出番がないので寝ちゃったみたい」

 私がそう言うと、全員が微妙な笑みを浮かべる。

 でもね、まあこんな感じだよ。私が知る限り、精霊様っていうのは。暇があったら寝るし、お菓子があったら食べ尽くす。


「では、こちら側の壁も破壊しよう。エリーゼたちはアルベルトたちと一緒に下がっていなさい」

 兄とオスカーが、ロッホとセレステを連れて前に出る。

 右からロッホが兄と火魔法で、左からオスカーがセレステの支援を受けながら、まず魔法で岩壁を砕く。

 融合しているわけではないが、真ん中で二つの魔法は重なり合って、壁を砕いた後は、たがいを鎮め合っている。

 なかなか、これは被害が小さくなるよう工夫された、素晴らしい使い方だ。さすが魔法省の精鋭だね。


「ここは、最後の賢者の間で、番人の質問に答えることができればクリアですね」

 オスカーによれば、この賢者の間は、それぞれの階層にあるそうだ。

 美花の情報では、最後にあるだけなんだけどね。


 やっぱり、同じようで違うんだなあ。違うようで同じことも多いけど。


 賢者の間に入ると、どこからどう見ても、スフィンクスが鎮座していた。

 

 私とアルベルトは顔を見合わす。

 ということは、ここはクリアできるはず。答えはあれだよね? 


 次は、魔物のザクザクいる階層らしい。

 ふふふ、ようやく魔剣の女王の出番かしら。

 バッタバッタとやっつけて、マリアンヌに癒してもらおうっと。

 不敵に笑っているはずの私の横顔を、ものすごく顔を顰めて、アルベルトが見ていた。



 

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