留学終了。エメラルド王国に戻ってきました!! part4-2
第42章 愛にはいろんな形があるけれど、どんな愛も尊く、そして美味しいらしい。
「そろそろ結界を解く?」
「いや、まだもう少しこのままで」
なんで? アルベルトらしくない返答だ。
「今、自分の気持ちのテンションがうまく把握できないから、何かまずいことを口走るかもしれん」
確かに。
私もそうかも。一応念のためにもう少し結界を、とセレステに頼む。
「いいわよ。いいわよ。恋の話は上下左右に揺れるものだからね」
上下左右?
というか、精霊は恋をするのか?
「だよね。私も恋で右往左往する人間を見るのは大好き。それに恋や愛は美味しいもの」
ヴェルデがまた奇妙なことを言いだす。
「美味しい?」
思わず声が出る。
「誰かが誰かを愛して慈しむと、その周囲の魔素がちょっと甘くなるんだよね。これが深ければ深いほど美味しいの」
そうなのか。
信じがたい。お菓子ばっかり食べているからなんでもかんでも甘くて美味しく感じるのでは?
「じゃあ、憎しみや恨みは?」
「不味いに決まってるじゃん」
ロッホが顔をしかめる。
「だから、そういう感情を持つ人間に精霊は近寄らないよ」
そう言われれば確かに。
なんでもかんでも美味しい、というわけではないらしい。
「アルベルトの愛はとっても美味しい。ふふふ」
セレステが揶揄うようにアルベルトを見る。
アルベルトは見たことがないほど、真っ赤だ。顔だけでなく指先まで。
私は彼に救いの手を伸べるごとく、話題を変える。
「近々、二人の植物学者が学院に来られるそうです。私とカーリー、アルベルトとの共同研究を望まれています。それに協力して欲しいんだけど」
「別に問題ないが、会ってから断ることもありえるぞ? その背景に政治的な絡みがあったり、最悪君の能力を害したり狙ったりしていることもあるかもしれないからな」
まさかそんなこと、とは言わない。
公爵令嬢であることも、精霊の加護持ちであることも、邪な欲望に晒される十分な理由になり得るから。
「そうね。とりあえずお会いして、お話を聞きましょう。共同研究に関してはその後で検討するということでお兄様にはお願いしてあるわ。それに、どの研究なのかもわからないのでは返事のしようもないもの」
「まったく、そういうことは事前に提案書を出しておくべきものだろう? 学生相手だからって侮っているのなら、どんなにいい提案でも一緒に取り組む気にはならないが」
それはまったく、そのとおりだ。
ただ、彼らはアデル殿下に私たちのレポートを見せてもらったらすぐに国を飛び出したようだ。
だからこれは私の想像だが、レポートのどこかに興奮して舞い上がって、そういう段取りをすっ飛ばしたのではないだろうか?
思い立ったら即実行!
私自身もそういう側面があるので、彼らを非難はできない。
「でもまあ、研究者という人種は、君のような猪突猛進的な人たちが多いからな。悪気はないのかもしれない」
はい、おっしゃる通りです。
こちらの世界にも研究バカという言葉はあるものね。
「それと、カーリーが正式に男爵令嬢になったお祝いの会なんだけど、行くよね?」
「ああ。彼女の祝いの席に君が行かない選択はあり得ないから、当然俺も行く」
「うちの両親も来るそうよ。あなたのところも」
「らしいね」
アルベルトが苦笑する。
「どうやら、ヴォーヴェライト公爵に、レイナードを跡継ぎにして俺を公爵家に託すことを、父が話すようだ」
「あなたも、承知しているのね?」
「もちろんだ。俺が父に申し入れたのだから」
そうだったのか。
「君と第二王子との確執、その結果、公爵家が国を出る可能性もあることも話してある。どんな状況になっても、俺は君を守り続ける立場でありたいと、両親やレイナードには話した」
「辺境伯は反対されなかったの?」
「公爵家が国を出ることはなんとしても避けなければならない、というのが父の思いだ。しかし、俺が君を守りたいという気持ちに反対はなかった。シュミット辺境伯家の面目や立場は気にせず剣を捧げた主人に尽くせと」
意外だ。
シュミット辺境伯にお会いしたことはないが、父や兄の口ぶりから、国や王家への忠誠心が極めて高く、どんなささいなことであれ、そこと対立する者には厳しい、そんな印象だった。
「私は、あなたの未来も変えてしまうのね」
辺境伯の跡を継ぐ人生、レイナードが継いだとしてもそれを助け領地の運営をしていく未来、アルベルトほどの才があるのならどちらを選んでもうまくやれたはずだ。
だけど彼はそのすべてを捨てても私の護衛騎士としての道を行くと言う。
私に、彼の人生をも背負う覚悟はあるのか?
彼が樹里であろうとなかろうと。
ある、と思っている。
この先、アルベルトとの未来にどんな関係が築いていけるのか、それはまだあいまいでぼんやりとしている。
惹かれ合い、恋に落ち、いつかは結婚するんだろうな、と前世で樹里に感じていた想いを、アルベルトにも感じている、とまでは言えない。
なぜなら、この世界での婚姻には政治がつきまとうからだ。
私の両親は恋愛結婚だ。しかしそれは、二人の身分や年ごろ、経済的環境が婚姻にふさわしいものだったからで、何かが一つ足りなければ、おそらく違う相手と結ばれていたはずだ。
兄とカーリーも、お互いの気持ちは確認し合っているようだ。
だから、一緒になるために身分差をなくす努力をしている。
ヴォーヴェライト公爵家は身分差を気にはしない。
しかし、貴族社会は気にする。
エメラルド王国を出たとしても、どこにいっても貴族である限りそれはついてまわる。
それこそ、冒険者にでもなれば話は別だが。
平民のままの方が気楽でいいと言っていたカーリーがエルスター男爵家に実の娘として戻ることを決意したのも、結局はそういうことだ。
必要なら、さらに父の寄子である伯爵家に養女に入ることもあるかもしれない。
ただ、経済的な心配はない。
カーリーはすでに多くの特許でひと財産を築いているから。
平民向けの薬の売り出しに成功すれば、大儲けとはいかなくても、広く、息の長い儲けになるはずだ。
「そういえば、オスカーも腹をくくったらしいぞ」
「どういうこと?」
「学院は次の試験ですべてを終え、スキップで魔法省に入るそうだ」
まあ、それはアリだな。
オスカーは、魔法科から、というよりフィリップ殿下と距離を置きたがっていた。
マルクスの件を決着させれば、学ぶこともない、人間関係ばかりが面倒なこの学院から去っても、彼は何も困らないだろう。
「それに、マリアンヌに交際を申し込んで、いい返事をもらえたようだ」
「ほ、本当!?」
「何をそんなに驚いているんだ? あの二人が互いに惹かれ合っていることは、仲間内では周知だろう?」
そうなんだけど。
それって、シュエリー・プリンセス的にはとっても重要なことなんだよ。
つまり、ヒロインであるマリアンヌは、攻略対象をオスカーに絞り、そしてハッピーエンドに向かっているということだから。
それだとどうなる?
確かゲーム上のオスカールートのハッピーエンドだと、エリーゼの元平民であるマリアンヌへの嫌がらせにオスカーがブチ切れて、それを盟友であるフィリップ王子に訴える。自らの恋心は封印し、フィリップ王子は、例の断罪イベントでエリーゼの悪行を告発し、婚約を破棄し、エリーゼを小さな修道院に幽閉するよう公爵家に命じる、という感じで、エリーゼ的には比較的ましなエンドだったはず。ただし、バッドエンドが、例の顔焼きだから、絶対に避けたい。
そんなことにかかわらず、もちろん二人の恋を応援する所存だが、いっそう応援に力も入るというものだ。
大事なことだから、確認のため、美花からもらった情報はすべて記録してあるから、もう一度読み直しておかないと。
そうだ。
この際、アルベルトにも私のこの先見の素が乙女ゲーム『ジュエリー・プリンセス』であることも話しておこうかしら?
マルクスにその知識があるとすれば、アルベルトにも理解してもらっていた方がいい。
私も、オスカーに倣い、腹をくくる時期だろう。
「アル、前世にあった、ジュエリー・プリンセスという乙女ゲームを知っている? もしくはその言葉に何かしら記憶を刺激されたりする?」
「いや、知らないな。何か思いだすような感触もない。ただゲームという存在は知っている。前世には様々なゲームがあったからな。乙女ゲームとはその一種だろ?」
ゲームへの理解があれば大丈夫。
兄でも理解し信じてくれたのだから、アルベルトもきっと私の言葉を笑ったり不審に思ったりしないはず。
私は、アルベルトにこの世界が前世の乙女ゲーム『ジュエリー・プリンセス』にきわめて類似点が多いことを話す。
ゲームでは、私エリーゼ・フォン・ヴォーヴェライトが悪役令嬢としてヒロインのマリアンヌに数々の嫌がらせをしかけ、最後には、卒業記念パーティーで婚約者であるフィリップ王子に断罪されること。その罰はマリアンヌが選んだ攻略対象やその恋の結末によって様々だということも話す。
「それが本当なら、この世界はいったいなんなんだ」
アルベルトが眉根を寄せる。
「わからないわ。でも、わかっていることもある。この世界に生きる人々は私たちも含めてちゃんと命があり、幸せになる権利を等しく持っているっていうこと」
「そうだな。ここがどういう世界かというより、現実、ここをどう生きているか、生きるかの方が大事だからな」
「クリスで私が現在過去未来を視られることは知っているよね?」
「ああ」
「それで定期的に、私は断罪が行われる卒業記念パーティーを視ているの。自分の未来は視えないから、フィリップ殿下の未来を視るわけなんだけど。その結果は一度も変わったことがないわ。何度視ても、私は彼に悪行を告発され断罪されるわ。ヒロインであるマリアンヌが誰と恋に落ちその恋がどんな結末を迎えるかで、ゲーム上でも私の断罪場面は変わっていくはずなのに、それさえもないの。いつも同じ国外追放という場面が繰り返されるわ」
「不思議な話だな。それに、そのゲームの世界上のエリーゼと君は、僕の知っている限りまったく別人のように思えるが、そこも考慮されていないということだよな」
「そうなの。私は、クリスを通じてこのゲームに詳しい友人と連絡がとれて、悪役令嬢にならないように兄の力も借りて破滅フラグをスルーしてきたし、フラグとは関係なく、マリアンヌともいい関係になれたし、他の敵対するメンバーともフィリップ殿下を除いて信頼関係を築けているのに」
「ちなみに、そのゲーム上の攻略対象とはいったい?」
「フィリップ殿下の他に、アデル殿下、兄のマテウス、レイナード、オスカーの五人よ」
「ああ、なるほど。とてもわかりやすいな」
「アルが入っていなくて、がっかりした?」
「まさか。俺には、特上の身分も、剣の腕も魔法の腕もないからそれは当然だ」
「アルには、たくさんいいところがあるわ。頭の回転が速いしリーダーシップもある。剣も魔法も、一番ではないけれど、最上級の実力がある。これ以上ない護衛騎士よ」
アルが微笑む。
「俺は、たくさんの人に攻略される存在より、たった一人を守り切れる騎士であれればそれでいい」
「そうか。だから、オスカーとマリアンヌの仲が一歩進んだことに、君は驚き、そこに意味を感じたんだな」
「そうよ。この世界があのゲームとほぼ同じ世界で、その理が生きているとしたのなら、マリアンヌの恋人がオスカーに決まったことには、大きな意味があると思うの」
「なるほど」
「今まで以上に、私は、オスカールートのイベントや破滅フラグに気を配り、二人の恋の行方を見守らなくては」
「しかし、君がゲームのエリーゼとはまったく違う人生を生きている今、そこまでイベントや破滅フラグを気にする必要があるのか? だいたいオスカーもそうだし、俺やエリーゼがまともに卒業パーティーに出る可能性も低い」
「そうね。もうそういうことを気にせず生きていく、というのも一つのやり方だと思う」
というか、今までも気にしていたのは、学院に入るまでと入学当初だけで、後はスルーしていたようにも思う。
ただ、私がゲーム上では悪役令嬢で、呪いが解けるまでは周囲に大きな迷惑をかけていた事実はあるし、忘れてはいけないことだと思う。
あの今では超シスコンの兄でさえ、当時の幼い私を地下牢に閉じ込めようとしていたほど、私は酷い少女だったのだ。
あの時の兄の言葉がきっかけで、人を蔑んだりいじめたりしないよう自らを戒めていたから、なんとか今日までやってこれたのだと思う。
「でもね、油断は禁物よ。断罪場面が変わらないことにはなにかしら意味があるのよ。だから、できることは精一杯やっておきたいの」
「備えあれば憂いなしか」
「転ばぬ先の杖よ」
顔を見合わせて微笑む。
前世のことわざを気兼ねなしに使えることに、互いにホッとしたのだろう。
「それでね、マルクスなんだけど」
「フィリップ殿下の侍従だね」
「彼も、おそらく私たちと同じ転生者だと思う」
「それはそうかもな。さっきのエリーゼのゲームの話を聞いて俺も思った。彼はいくつもエリーゼの不幸への道筋を予言していたから。それって、ゲームのエンディングがルートで変わるってことだよな。しかし不思議に思うこともある。俺には乙女ゲームの知識などこれっぽちもない。おそらく前世でもそういうことに興味がなかったのだろうが、それにしても乙女ゲームの知識がある男が転生者だなんて」
「それは色々考えられるわよ。同じ性別に転生するとは限らないし。男が乙女ゲームに興味がないともいえないし、自分の近しい存在が嵌まっていたとも考えられるし」
実際、私の知識も美花を通して得たものばかりだ。
「それもそうか。俺には、柔軟性が足りないな」
「確かにね。アルは、いつもちょっと堅めだね」
「反省するよ」
「しなくていいよ? エリーゼみたいに柔軟すぎるのも問題だからね」
ほう、ロッホ、言いますね。
「エリーゼは優しいし柔軟だし、みんなの幸せを考えるけど、だから僕たちはエリーゼが大好きなんだけど、だからってそういう存在をみんなが好きだとは限らないんだよ。エリーゼはそれなりに妬みや嫉みにさらされているよ。それを守るためには、ちょっと頑固すぎるほどの人がそばにいた方がいいよ」
なるほどね。
「とにかく、アルベルトは絶対にエリーゼを信じて守り続けて。僕らもそうするから」
アルベルトがロッホに、騎士の礼をとってうなづく。
ロッホは満足そうだ。
その口周りにお菓子のクズがいっぱいついていなければ、それなりに神々しかったようには思う。
セレステがクスクス笑っている。
だけど、セレステの口も拭ったほうがいいからね。
ヴェルデは、私に指摘される前に手で口を拭い、その手を私のドレスでふいていた。
まったくもう。
ミラやハンナが大変なんだからね。
「マルクスのことは、確かオスカーが調べているんだよね?」
「兄さまの指示でね」
「もうすぐアデル殿下も戻ってこられるようだから、調べが進めば、王家での対処もある程度可能になるだろう」
「そうね」
「マルクスと君が直接相対する機会はほぼないはずだ。フィリップ殿下とも今までどおり共有スペースでの出会いさえ気をつけていればそうないだろう。しかしいっそう、今まで以上に出会わないように気をつけよう。ヴェルデ様にもご協力いただけますか?」
「もちろんよ。こっちももうすぐアマリージョが戻ってくるから、出会わないよう操作はしやすくなるわ」
アマリージョ、そういえば、そろそろ顔が見たいわね。
こんなに離れていたことがなかったから、寂しいな。
「もうすぐっていつ頃?」
「カーリーのお祝いまでには戻ってくるって言っていたから、明日までには」
なんと!!
早く部屋に戻ってアマリージョとインディゴのためにご馳走とお菓子を作らないと。
マリアンヌにも手伝ってもらえると嬉しいな。聞いてみよう。
オスカーとのことも、彼女の口から聞きたいし。
カーリーへのお祝いの品の相談もしたいわ。
一応候補はある。
用意もしてある。
カーリーが攫われた赤ちゃんだったと知った時から準備に励んでいたから、後は仕上げをするだけだものね。
「アル、私、戻ってくるアマリージョたちのために色々作ってあげたいので、部屋にもどるわ。マリアンヌにも声をかけてみて、時間があればいっしょに」
「そうか。では寮の前まで送っていこう」
「ありがとう」
セレステが阿吽の呼吸で結界を解く。
幻惑魔法は部屋に入るまでかけておいたほうがいいというので、そのままにしてもらう。
私は、ハーブ園で文官養成科のみんなとハーブの手入れをしていたマリアンヌに声をかける。
幻惑魔法がかかったままのせいか、マリアンヌは、きょろきょろと周囲を見回して私を探していたが、そっと手を触れると、私を認識してくれたようだ。
幻惑魔法は精霊によって若干性能が違う。
声を出したら解けるものや、こちらが触れた者にのみ存在がわかるもの、なにがあっても術者が意図しない限り解けないものなどがある。
私がかけると、その場から少しでも動くと解けてしまうので、まあ効き目は小さい。
そのうち、黙っていれば解けない、というところまではいきたいと思っている。
「マリアンヌ、部屋に戻ってお菓子を大量に作って、それからご馳走の下ごしらえもしたいの。いっしょにどうかしら?」
「喜んで」
というわけで、私とマリアンヌはアルベルトに見守られながら女子寮に戻った。




