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留学終了。エメラルド王国に戻ってきました!! part4-1

第41章 大切なものは何? 


 カーリーやレイチェルと、食堂を出てハーブ園に向かう。


 文官養成科の仲間が大勢、ハーブの手入れをしたり薬草を摘んだり、なにやら集まってデータを見ながら検討中だったり。

 いいなあ、こういうの。

 教室で講義を静かに聞いて学ぶこと、図書館などで文献や資料を読み込むことはもちろん大事だけど、体を動かして自らの目と耳と指先で脳を励ますことも大切だと思う。

 

「エリーゼ、いいところに来た。ちょっとこれについて意見を聞きたいんだ」

 手をあげて私を呼ぶのは、レスター。彼は商家の次男坊。経営学に深い造詣があり新商品を売り出す際のアイデアマンでもある。その誠実さと才能で、魔法省や財務省からすでにスカウトを受けているが、学院を出たら我が母ゲルダの商会に就職を希望していて、すでに内定をもらっているとか。後は会長、つまり母との最終面接のみらしいが、優秀で気立てもいい彼なら、母ももろ手をあげて向かい入れるはずだ。


「これは何?」

 私は、レスターに渡された紙の束を見つめる。

 何かの図面とその説明書きのようだけど。

「王都の検問所を出て、すぐ右側にひろがる空き地があるだろう? あそこの有効活用について提案書を出していたんだが、王妃様より直々に、俺たちの提案に沿って計画を実行するようにと依頼があったんだ」

 ほう。

 それは素晴らしい。

 

 確か、あそこは以前対魔獣戦用の練習場所だったはず。

 しかし、道路の拡張に際し、検問所が少し移動したせいで検問所に近くなりすぎて、待ち時間にじれた冒険者たちが勝手に戦闘やら訓練を始め治安に問題が出たとかで、二キロほど先のプラット平原に移転されたと聞いている。

「王妃様はうちのハーブ園とそれを取り巻く遊歩道や林を気に入っていらして、同じようなコンセプトでお願いしたいということなんで、緑と香りのいい花々で遊歩道を飾り、こんなふうに広場の三方を囲む感じにして、ここに小さなフォンテーヌを作る。そんで、ミケランジェロに頼んで女神の彫像を置くつもりだ」


「いいわね。でもあと少し、インパクトがないというか」

「インパクト?」

「こんなふうに作れば癒しとか憩いにはいいけど、王都に来たんだ!っていうちょっとした興奮剤みたいのものもあったほうがいいんじゃない?」

「たとえば? それがミケランジェロの彫像じゃだめなの?」

 

 ダメなわけじゃない。

 だって、あのミケランジェロの女神像なら、多くの人々の心を揺さぶるだろう。

 でも、そういう人の手で作られたものではなくて。

 たとえば。

「シンボルツリーとか?」

 いつかそれが、広場の通称として広く定着するような、そんな大きくてたくましく、神聖が感じられてだけど優しさもあって、いつかまた会いたくなるような、そんな樹木があれば。

 そう、前世で、私が辛いことがあった時、よく見上げていたあの神社のご神木のような存在。


「ヴェルデ、どうかしら?」

「世界樹の苗木でも植える?」

 はい? 絶対だめだから。

 そんなものを植えたら、そのご利益に与ろうと、いやそれ以上に利益をわがものにしようと、人々が欲にかられ群がってくる。そしてその後で、神々の怒りが降りかかるに決まっている。

 想像しただけで怖いわ。


「もう少し穏便な樹木でお願い。人々の欲をそそるようなものではなく、それでいて神の恩恵を感じられるような印象的な木がいいな」

「じゃあ、リンデは?」

 リンデンバウムのことだよね? 

 いいかも。

 リンデンバウムは守護の木として有名だし、中世ヨーロッパでは『自由を象徴する木』として尊重されていたとか。シューベルトの歌曲「菩提樹」でも有名だ。

 確か、前世の日本では西洋科の木(せいようしなのき)と言われていたはず。通っていたキャンパスの理学部棟の裏手にも植えられていた。

 花の香りもとてもよかった。

 実は、アロマの原料としても割とオーソドックスだったはず。花は葉とともに「コモンライム」の名でハーブとして広く知られていた。


「リンデはいいわね。花の香りもいいし、葉はハートの形で可愛らしいし、それに秋には黄褐色に色づいてそれもまた趣があり美しいもの」

 エメラルド王国にも一応四季はあるが、冬は前世の晩秋程度の寒さで、夏はとても暑い、春と秋は温暖で過ごしやすく、花々が美しい。

 シンボルツリーから、アロマの原料として何を取り出すつもりもないが、学院の中に植えてハーブとして育てるのもありかもね。


「じゃあ、黒の森のものが良質だからそこから分けてもらってくるわ。植樹の時に私とエリーゼの二人で魔力を与えればいいわ。そうすれば末永く王都を守る木として凛々しく育ってくれるわよ」

 その代わりに、王都がエリーゼに仇成せば守護の力はなくなり、不幸の実をまき散らすかもしらないけどね、とヴェルデが小さくつぶやいたけれどおそらく聞こえたのは私だけ。


 そんな呪いは必要ないから。

 植樹の際には、私がいてもいなくても、どうか王都に暮らす人々と王都を行き来する人たちを見守ってください、と忘れず必ず願おうと誓う。


「そうだ、さっきカーリーたちと話し合ったんだけどね、水辺の植栽を計画しているでしょう? その途中の遊歩道の脇にビターオレンジを植えようと思うの。香りもよくていい精油が採れるし、実からはおいしいママレードというジャムが作れるから」

 商品化や売り出しのアイデアなど、ぜひレスターのアイデアを借りたい。

「それは面白そうだな。ぜひ、いっしょにやらせて欲しい」

「もちろん、歓迎するわ」


「何をいっしょにやるんだ?」

 その時、レスターの背後からアルベルトのいつもより低い声が割り込んできた。

「アル、訓練は終わったのね?」

「ああ」

「レイナードは?」

 レイチェルが聞く。

「汗を流してからくるそうだ。レイチェルに汗臭いって言われたら嫌なんだろう」

 レイチェルが、汗臭いなんて言ったことないのに、と頬を赤らめる。


「で、何をいっしょにやるのか聞かせて欲しいんだが」

「アルベルト、怖いぞ? いっしょにやるって言えば、研究に決まっているだろう? 研究にまでナイトは口出しするのか?」

「そうよ。アル、そんな声を出さないで。男の嫉妬はみっともないわよ」

 カーリーが言う。いつもながら、カーリーは男前だ。

「別に嫉妬など」

 そう答えながら、まだアルベルトは不機嫌だ。

 きっとお腹が空いているんだろう。


「クッキーとハーブティーがあるから、いっしょに食べましょうよ」

 私は、アルベルトを少し離れたベンチに誘う。

 結界を張れば話を誰かに聞かれることはない。

 少し姿が見えているほうが、変に誤解を受けることもない。

 あとで、第二王子派閥に色々言われないよう、ヴェルデにも姿を見せて一緒にいてもらおうっと。


「訓練で、お腹が空いたかしら? サンドウィッチの方がいいならミラに頼んで運んでもらうけど」

 本当は、二人きりでもっと真剣な雰囲気の中、話し合いたいと思っていた。

 前世のこと。

 これからの二人の関係について。

 でも、こちらに戻ってハーブ園を散策している間に気が変わった。

 ここがいいのではと。

 今世の二人が出会い、志に共感し深め合った絆が、ここにあるから。

 もちろん、どんな話をしているのか、聞かれることは好ましくない。

 ここにいる仲間は、どんなことを目にしても耳にしても言いふらしたりはしないだろうが、やはりリスクはある。

 でもそれは、結界を張り幻惑魔法をかけておけば大丈夫。

 さりげない休憩タイムに、お菓子を食べて他愛のない話をしているだけ、のように見せることができる。


「いや、君のクッキーとお茶でいい。魔力も補給されるからな」

「ヴェルデも食べる?」

 聞くまでもなく、すでに手が伸びている。

 おや、ロッホもセレステも来たわね。

 ちょうどいいので、セレステに結界を頼みヴェルデに幻惑魔法をかけてもらう。

 お菓子を食べながらだと注意散漫になるので、ヴェルデにだけ頼むとどちらかがふいに解ける可能性もあるから。

 まあ、その時は自分でかけなおせばいい。

 ヴェルデたちに比べれば質は落ちるができないこともない。


 アルベルトと私の間に、バスケットを置き精霊たちにも自由にクッキーを食べてもらう。

 さっき食べたばかりなので、私は遠慮しておく。

 

 まったく、精霊たちのお腹って無限大なのかしらね?

 アルベルトも、遠慮せず次々と口に運んでいる。やはりお腹が空いていたのね。あんなことで不機嫌になるなんて、それしかないもの。


「何か話があるのか?」

 かなり機嫌も直ったらしく、いつもの声色で安心する。

「アルベルト、ずっと聞こうと思っていたのだけれど、あなたは私と同じ転生者でいいのよね?」

「ここで、いきなりそんな質問?」

「結界は完璧。誰にも話の内容はわからないわ。あまり長居はできないけどね」

「そうか。以前にもその質問には答えたように思うが」

 はっきりと聞いたことはないよ?

 それらしいことは言葉にしたかもしれないけれど。

「俺がこの世界とは別の世界から生まれ変わってやって来た者だということは、間違いない」

 ようやくちゃんと聞けた。彼の口から。

 でも、なんとなくすっきりしない返答でもある。消極的というか。

 なのでもう少し踏み込んでみる。


「その世界は私と同じ?」

「おそらく。しかし断言はできない」

  

「あなたは樹里なの?」

 少し声が震える。

 その名を口にすると。


 アルベルトは黙ったままだ。

 その沈黙に首をかしげる。

 彼が樹里なら、ためらうことなく肯定するはずだ。

 では、彼は転生者だけど、樹里ではないのか?

 だとすると、なぜ彼は私を守ろうとするのか、命をかけてでも。

 

「私は前世で二階堂碧という名だったの。こちらに来る前は大学院で植物学を専攻していた学生だったわ。恋人の名が神戸樹里。とても、とても大切な人だった」

「そうか。僕は、そうであって欲しいと願ってはいるが、僕が君のいう、君の大切な人、神戸樹里かどうかはわからない」

 どういう意味? 

「僕が前世の記憶を取り戻したのは、この学院に入って君に出会ってからだ」

 えっ、そうなの?

「それまでこちらで、この世界の人間だと信じて生きていた。そのせいなのか、前世の記憶がずいぶん曖昧なんだ」

「それは」

 では、アルベルトは、自分が前世でどんな人間だったのかはよくわかっていないということ?

 だとすると、このタイミングで彼にこんな話をしたのは、私の勇み足だったのかもしれない。

 留学中に、アルベルトと二人きりの時間が長かったせいで、私もけっこうモヤモヤしていた。

 だから、結論を急ぎすぎたのだろうか。

 

「君と出会いスイッチが入って確信できたのは、僕がこの世界とは全く違う別の世界から生まれ変わってやってきたということと、僕がある女性を心から愛していたということ。けれど僕はその人を不幸から救えなかったということ。だからこそ、今度こそ何があってもこの手で愛する人を守りたいという気持ちだけなんだ」

 真摯な声色に、彼が真実を話していることがわかる。

 もっとも、それが嘘なら、すぐに精霊たちに暴かれるだろうから、そのことを承知しているアルベルトがここで嘘を言うはずもない。


「前世の詳細な記憶はないということ?」

「例えばミケランジェロという名を聞けば、前世に同じなの偉大な芸術家がいたことは思い出す。君がピアノでメロディーを奏でれば前世での音楽家の名前はすぐに思い出す。君が前世の歌を口遊めば、歌詞が思いだせる。だから僕が君と同じ世界の住人だった可能性は極めて高い。だけど、現状、僕は前世の僕の名前さえ思い出せていない」

「つまり、きっかけがあればその周辺の記憶は蘇ってくるのね?」

「そうだな」

「でも自分のかつての名も、恋人の名もわからない? 恋人の不幸がどんなものだったのかも?」

「ああ。実は、その辺りのことを考えると、とてもひどい頭痛になる」

 アルベルトはとても我慢強い人だ。

 その彼がそう言うのなら、それはよほど酷い痛みなのだろう。


「とても辛い想いをしたんだよ。だから思いだせないし思いだそうとすると体が拒否する。人にはよくある現象だね」

 ヴェルデ?

「無理に思いださなくてもいいと思うよ。時が来て、その記憶が愛する人を守るために必要ならきっと思い出す」

「ヴェルデ様」

「愛というのは、人と精霊にとってかけがえのない大切なものなのよ。精霊は愛がなければ生きていけない。誰かが誰かを、何かを愛する気持ちが精霊の生きる糧の一つだから」

 お菓子もそうだよね? と茶々を入れられる雰囲気ではないので黙っておく。


「ヴェルデ様、私は前世である人をとても愛していたようです。記憶の中のその想いの強さは、自分でもたじろぐほどです。それがエリーゼならいいと何度も思いました。でも確信は持てません。けれど最近はそれでもいいと思うようになったのです。この世界に私が転生したことに意味があるのなら、きっと今度は大切なものを守り抜くことなのではないかと、そう思うようになったのです。どんな形でも、私は彼女に寄り添い彼女を守り抜こうと思うのです」

「だから、エリーゼの護衛騎士になったのね」

「はい。それが今の私にとって、一番願いが叶う立場だからです。私は自分が前世でどんな人間だったのかほとんど思いだすことはできません。だからこそ、前世がどうあれ、今この世界で自分が大切だと思う人をこの手で守りたい。アルベルト・フォン・シュミットは、エリーゼ・フォン・ヴォーヴェライトの護衛騎士であり続けたいのです」


「エリーゼ、アルベルトは、今この世界で立派にエリーゼを守っている。エリーゼはアルベルトが前世で愛したその人じゃなければ、この世界で彼との絆は結べないの?」


「そんなわけないよ。エリーゼはアルベルトが大好きだもんな」

 ロッホ!?

「そうよ。エリーゼがアルベルトをアルって呼ぶとき、その声に愛の魔力がたくさん纏わりついているもの」

 セレステ!? 愛の魔力って何? なんかの比喩だよね? まさか本当に声になにかしらの魔力がこもっているのなら、これは要注意事項ですよ。

 あとでプラータに聞かないと。

 

「彼が樹里でなくても、誰であっても私はアルベルトとの絆を結べるし、すでに繋いだこの絆を切るつもりはないわ」

 それだけは伝えておこう。

 私もアルベルトが樹里ならいいと何度も思った。

 でも、樹里でなくてもアルベルトが私の大事な人だという事実は変わらない。

 そう変わらないのだ。

 ヴェルデたちの言葉で、ようやく自分で自分の気持ちを認めることができた。

 

「だから、改めてお父様にお願いして婚約を破棄していただけるよう、王家に働きかけてもらうわ」

「エリーゼ」

 そんな必要はないんだ、と言うアルベルトの言葉にかぶせるように私は告げる。

「私とあちらの当事者はそういう意味では同じ気持ちなのだから、王妃様さえ説得できればいいと思うの。でも、そうなると成功しても失敗しても、おそらく私もあなたも卒業をまたずこの学院を去ることになるだろうけど、それは大丈夫?」

 まあそうなれば、卒業パーティーで断罪されることもなくなるわけだから、悪くない気もする。

 実際、私がどう変わり、破滅フラグっぽいものをスルーして周囲が変わろうとも断罪の予言が変化しないのなら、スキップや自主退学も一手だと兄も、考えを変えてきているようだし。


「もちろんだよ。僕にとって、この学院の卒業はまったく意味がない。君に巡り合うためだったとすれば入学には意味があったけれど」

「アル、最悪、家も友人も国も捨てることになるわよ?」

「それも問題ない。家を捨てても僕の家族となら絆は切れない。学院をやめてもここで育んだ友情に終わりはない。国を出ても、人々を愛し守ろうとする君に寄り添うことはできる。僕は、ずっと君の護衛騎士であり続けるよ」


 彼のきっぱりした言葉に、私の頬に涙が一筋こぼれる。

 それを、ヴェルデがお菓子まみれの手で拭ってくれた。

 おかしくて、愛しくて、泣きながら私は微笑んだ。


 

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