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敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part6-2

第31章 新しい仲間は、なかなかに重い過去を背負っています。


 兄に促され。ユークリッドが口を開く。

「私は、マラカイト王国を追放された、リンドグレーン伯爵家の三男です」

「うん? リンドグレーン伯爵といえばあの?」

 兄は、知っているようだ。

「確か、一族すべてが処刑されたときいたが」

 アデル殿下も。

「はい。謀反の咎で処刑された、そのリンドグレーン家です」

「君は生き延びたのか」

「当時私は、ラピスラズリ神聖帝国に留学中でしたので」

「しかし、リンドグレーン伯爵は正義の人として名高く国民にも人気があったせいで、あの暴虐王は、他国に嫁いでいた長女やその息子まで暗殺したとか」

 ユークリッドが、涙を堪えるように天をあおぐ。

 マラカイト国王は、かなり悪辣な人らしい。

 関わり合いたくないが、いずれ関わることになりそうな予感。

「マラカイト王国の国王は、無慈悲な暴虐王と呼ばれている、と噂では聞いていたが、そこまで酷いのか」

 レイナードが、眉根を寄せる。

「国民は税金を搾り取るための道具、その命は家畜と同じ、と言い切っているとか」

 アルベルトも同じような表情だ。

 さすが双子というのか、眉根の寄せ具合がそっくりだ。


「留学中の私も、犯罪人の家族としてマラカイトに引き渡すように神聖帝国に要請がありました。しかし、それを帝国は拒否しました」

「へえ。神聖帝国もいいとこあるじゃないか」

「しかし、君は、ルクスの奴隷になっていた。それはなぜだ?」

「私は神聖帝国でヨリンダーナ枢機卿の保護下にありました」

「ヨリンダーナ枢機卿!?」

 ここでまた、ヨリンダーナ枢機卿か。

「私は、命を救ってもらった神聖帝国とヨリンダーナ枢機卿のため、神聖騎士団に入りその剣技を磨きました。副団長にも匹敵するほどの腕前になったある日、私はヨリンダーナ枢機卿の護衛としてオニキス大公国に同道しました」

 あ、これは、想像できるよね、成り行きが。

 

「もしかして?」


「はい。その道中、薬で眠らされそのままリベルタースに引き渡されました。目を覚ますとすでに隷属の首輪を嵌められ、私はルクスの奴隷となっていました」

「ヨリンダーナ枢機卿は、ルクスと繋がっているのか?」

「ルクスというより、ニュクスでしょうか。ニュクス、元ブロイ枢機卿とヨリンダーナはは乳兄弟だそうです」

「ほう。それは新しい情報だ」

 兄が、悪い笑みを浮かべる。

 ニュクスは、今、こちらで確保できている。鶏にされたままだけど。

 対ヨリンダーナ枢機卿として、使い道があると思ったのかもね。


「それからは、祖国で極刑になった方が良かったような日々でした。自分の意思とは関係なく、ルクスの護衛として命じられるまま、見知らぬ誰かを傷つけ、時に命を奪うことも。私の手は、すでに血塗られています」

 その罪に一番傷ついているのは、おそらくユークリッド自身。

 気にするな、とは言えない。

 忘れろ、とも言えない。

 誰かを傷つければ、同じ痛み、それ以上が彼にあったはず。その痛みは積み重なり、彼の奥深くに沈殿していることだろう。

 自由になった彼だが、そこから逃れることはできないだろう。

 大きな深い傷を抱えつつ、再生していくしかないのかもしれない。

 それなら、できるかぎり、私も彼を支えたい。

 

「ユークリッド、君はこれからどうしたい?」

 兄が問う。

「言っておくけど、死んで詫びる、とかいう選択肢はないからね」

 アデル殿下が、先に釘を刺す。

 

 ユークリッドは、黙ったままだ。

 死んで詫びる、以外の選択肢がないのかもしれない。


「マラカイト王に復讐したい? それともヨリンダーナ枢機卿に?」

「あるいは、すべてを忘れてエメラルド王国で新しい人生を歩む、という道もある」

「ただ、ルクスとニュクスへの直接の復讐はできない。彼らは、これからじっくり私たちが油を搾り取る予定だから」

 いつもながら、兄とアデル殿下の息はピッタリだ。


「私は、復讐は望んでいません。自らが復讐されても仕方のない身ですから。しかし、ルクスやニュクスのことはお任せするとしても、ヨリンダーナ枢機卿をこのままにしておくわけにはいかないと思います。彼は、私と同じように大勢を、今も、神聖帝国の金と権力で戦士や魔法師に育て上げ、騙し、リベルタースに引き渡しています」

「ヨリンダーナ枢機卿か」

「できることなら、神聖帝国に戻り、彼の罪を法王に罰してもらえるよう尽力したいと思います」

「なるほど。それは応援したいな。しかし、すぐには無理だ」

「なぜですか?」

「証拠が必要だ。ヨリンダーナの罪を証明する確かなものが」

「私が生き証人です」

「冷静に考えてくれ。リベルタースという闇の組織に隷属させられていた君の言葉に、神聖帝国のお偉いさんの面々に、どれだけの信をもらえると思う?」

 そ、それはと、ユークリッドが口ごもる。


「仮に、その事実を隠して神聖帝国に戻れたとしよう。しかし、そこには、未だに権力を持ったままの、君のすべてを知っているヨリンダーナ枢機卿がいるんだぞ? 今の君にそれに対抗する術があるのか?」

 あるはずもない。

「では、どうすれば?」

「まず、君の証言以外に、ヨリンダーナ枢機卿の不正の証拠を集めるべきだろう。リベルタースに通じていたのなら、探せば多くの悪だくみの証拠があるはずだ」

「しかし、神聖帝国に戻らずしてどうやってその証拠を集めることができるのでしょうか?」


「神聖帝国には行くさ。ただし、君ではないもっとそういうことに長けた者たちがね」

「お兄様、諜報機関を使うのですか?」

 公爵家のものか、国のものかはわからないけれど。いや、国の諜報機関は無理か。

 使うには国王の許可がいる。

 この時点で兄が、おそらくアデル殿下も、今回のゴタゴタを国王に報告する気はないだろう。

 ラピスラズリ神聖帝国は、王妃様の祖国だけに、扱いが難しい。

 ラピスラズリ神聖帝国の汚点を、エメラルド王国の諜報機関が暴く、という形は避けなければならないだろう。


「まあ諜報機関といえばそうなるかもしれないな。エリーゼ、私は、君の諜報機関に期待しようと思うのだが」

 ああ。

 それは、すすんでやってくれるはず。

 しかも、何がばれたところで、誰も彼らを咎めることなどできはしない。


「アマリージョ、どうかしら?」

 諜報、といえばアマリージョだものね。

「そうですね。以前と同じくロッホに頼むのがいいかと。もちろん私やインディゴも手伝いますが」

 そういえば、ラピスラズリ神聖帝国には、ロッホの親族が多いって言っていたわね。

「おまかせしてもよろしいでしょうか?」

 兄がロッホに丁寧に尋ねる。

「いいよ。あそこもちょっとテコ入れが必要だって、みんな言ってるからね。きっと協力してくれるよ」


「テコ入れとは?」

 アデル殿下が、少し心配そうに聞く。

 王妃様の祖国だからかしらね。

「法王が病におかされてるてことは?」

「命にかかわるような病ではないと、聞いていますが」

「それは正確ではない。今すぐ死ぬような病ではないが、あの国の魔法や薬では治る見込みもない」

 ロッホとは思えないほど、含みのある言い方だわ。

 今すぐ死ぬような病ではない、ということはしかし死の病ではあるということでは?

 あの国の魔法や薬では治る見込みもない、ということは、他に治せる魔法や薬が存在しているということだよね?


「そのせいで、次の法王を狙って暗躍している者たちが大勢いる」

「なるほど」

「一番いのは、法王の病を治し、そのことを伏せたまま膿を出すことかな。膿の中心がヨリンダーナだからな」

 ロッホ、もしかして、あなたはなんでも燃やしたいだけのアレな精霊ではないのかしら。

 今日のロッホは、とても凛々しいわ。

 口に、クリームがついているのはいただけないけれど。


「そうですね。今の法王はなかなかの傑物。いい意味で清濁併せ呑むこのができる人間です。このまま失うには惜しい人物かと」

 アマリージョが言う。

「でも、私はあまりすきじゃない。好きな匂いじゃないもの」

 おや、セレステ?

「でも嫌な匂いでもないでしょう?」

「ラピスラズリ様の国なら、もっといい匂いの人がいい」

「あそこまで国が大きくなると、それは難しいかも」

 セレステとアマリージョが言い合う。

 珍しいね。新鮮でいいけど。


「いいじゃん、あっちの匂いなんかどうだって。おいしいお菓子と、めずらしい料理、緑を愛するエリーゼならセレステの大事な水も大切にしてくれる。いい匂いのエリーゼのそばにいるかぎり、僕らは幸せ。それで十分」

「それもそうね」

 インディゴの言葉に、セレステが矛を収める。


「法王様の病は、どのようなもので、どうすれば癒せるのかご存知なら教えていただきたいのですが」

 アデル殿下にとっては祖父でもある人だ。

 そして、法王様の健康がラピスラズリ神聖帝国という大国のみならず、大陸の安定にも関わってくる。

「筋力がだんだん衰えていって、やがて話すこと、食べることができなくなって、呼吸もできなくなる病気だよ」

 それって、前世でも原因不明で治療方法がなかった、あの病では?

「そのような、病が。もしかして、毒や呪いの類で?」

「いや、そういうんじゃないと思う。それなら、神聖帝国の神官の高位回復魔法で治せるからね」

 やっぱりあれだよね? 難病指定されていたあの病。

 前世でも治療方法が確立されていなかったあの病が、この世界で治せることができるのだろうか。

「たとえば、マリアンヌの聖なる癒し魔法なら、どうでしょうか?」

 兄が尋ねる。

「たぶん、少しは効き目があると思うよ。ただ進行を止めるだけで回復は難しいかも」

 そうなんだ。

 なら、私の魔法でもだめだろうな。

「エリーゼのエスペランサなら、まちがいなく回復するけどね」

 え? そうなの。

「ただ、あの魔法は光魔法と闇魔法の融合だからね。それを、闇属性を悪、闇魔法を悪魔の魔法としている神聖帝国のトップが受け入れることができるかな?」

 インディゴが意地悪い口調で言う。

 闇の精霊として、ラピスラズリ神聖帝国には、思うところがあるのだろう。


「しかし、それで、法王様の病は治るのですね?」

「ああ」

「アデル、ここは孫として祖父の見舞いに行き、そのことをお伝えしてはどうだ? 同時に、闇魔法の属性への偏見を、まず、法王様から正していただこう」

 もともと、ニュクスやルクスが拗れたのも、闇の属性への誤った認識、偏見が原因だったともいえる。

 そこが解決すれば、第二第三のニュクスたちを出さずにすむかもしれない。


「そうだな。早急にラピスラズリ神聖帝国に向かおう。そしてできる限りのことをする。もし、説得できたなら、エリーゼ、法王様の病を癒してもらえるだろうか?」

「もちろんです」

 私はうなづく。

「それなら、私がエリーゼの名代として同行しましょう。光の精霊がいたほうが、説得しやすいのでは?」

「プラータ様が一緒なら、これほど心強いことはありません」

 アデル殿下が、興奮し感激をかくさない。


「ユークリッド、君が神聖帝国に赴くのは少なくとも法王様の病が癒えてからでいいのでは?」

「え、いや。はい」

「その間に、ヨリンダーナの悪事の証拠をロッホ様たちに集めていただく。それをどういうふうに使うのか、ユークリッドと私たちで検討し、最終的には、法王様にその審判を委ねてはどうだろうか?」

「もし、そのような、奇跡のようなことが可能ならば、私としては異論はありませんが」


「ユークリッド殿、それなら心配ない。エリーゼの周囲には奇跡しか起こらない」

 オスカー? 何を言っているのでしょうか。

「そうよ。よく寝ていっぱい食べてじっくり準備して、奇跡を目の当たりにしてもたじろいでしまわないように心身を鍛える、それが一番大事」

 カーリー?

「そうですわ。エリーゼとエリーゼの精霊様のすることに奇跡以外はありませんから」

「その間に、新作のお菓子、考えておきますわ」

 安定のマリアンヌに、ホッとする。


「では、まずアデルが神聖帝国に向かう。隠密行動になるので他には頼めない、レイナード、アデルの護衛を頼む」

「はっ」

 レイナードが騎士の礼で、アデル殿下の護衛を引き受けてくれる。

「精霊様たちには、ヨリンダーナの悪事の証拠の取集をお願いいたします」

「もちろん、ご褒美はいつも以上にはずむわ。私とマリアンヌで、おいしいものを山盛り用意するから」

 精霊たちは、大喜びで引き受けてくれる。

「ユークリッドとラピスタは、まず、新しい環境に慣れ体調を整えること。そして、時期がきたなら、それぞれの力を貸してくれ」

「もったいないお言葉です。身命を賭して励みます」

「この先の人生、すべてを捧げて励みます」

 二人とも、似たような言葉で兄に応える。


「それから、ついでにマラカイト国の国王にもお仕置きしないと」

 ロッホ?

「燃やしてもいい?」

「だめです」

「水に閉じ込めるのは?」

 それって、窒息するよね。

 私は、頭を振る。

「茨で巻くのは?」

 それぐらいなら。

「ネズミにするのは?」

「国王がいきなりいなくなるのは、それはそれで国が乱れるから、やっぱりだめかな」

「不幸のネズミを贈りましょう」

 アマリージョがニッと笑う。

「どのみち、蒼の森には通いますからね。ついでに仕入れてきますよ」


「ユークリッド、いずれ、時が来れば、君の手で復讐ができるように手助けしたいとは思っているが、今はそれで堪えてくれるか?」

「はい。十分です。すぐに命を刈り取るより、あのネズミの不幸に塗れるほうがよほど、あの男には堪える罰となりますでしょうから」


 ようやく、その先の方針が決まった。

 とはいえ、私のすることはほとんどない。

 アルベルトとミケランジェロとともに、あと少しで終わる短期留学をまっとうし、この先は問題を起こさず、オニキス大公国との友誼を深め、帰国するだけだ。


 ミケランジェロが、帰りに、ラピスラズリ神聖帝国での美術鑑賞を望んでいたが、この情勢ではそれができるかどうかは微妙だ。

 あと一月余りで、どうなるやら。


 そんなことを考えていた私だったが、次のアマリージョの爆弾発言で、私たちは驚き慌てふためくことになる。

 精霊たちに振り回される私たち、この構図はこの先も変わらないのかもしれない。

 



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