敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part6-1
第30章 後始末は大事なところから。
無事、蒼の森から戻ってこられた。
私はもちろん、アルベルトも無事だ。ただ、戻ってきて気づいたが、アルベルトには手足と頬に軽い擦り傷があった。私は、あわてて彼に『クラシオン』をかける。
「これは、大げさだよ」
アルベルトはそう言って照れたような笑みを浮かながら、それでも、エリーゼの魔法は温かくて心地いいね、とも言ってくれた。
「おかえり」
マテウス兄がまず出迎えてくれた。
続いて、みんなが口々に、私たちの帰還を喜んでくれた。
意外なことに、ミケランジェロもそこにいた。
安全のために念のためにみんなと一緒にいて欲しいと頼んではあったが、そういうことを気にする人ではない、と知っていたから、少し驚いた。
あ、そうか。
蒼の森に興味があったのかも。
「創作に戻ってもいいよ?」
「そうだな。元気そうで安心したから、戻るか。……アルベルトもご苦労様だったな。ほんと、エリーゼの護衛というか、精霊様たちとのお付き合いは大変だな」
どうやら、ミケランジェロの心配はそっちらしい。
ルクスとのあれこれには、まったく懸念はなかったと笑った。
「いや、それほどでもない。精霊様たちの筋書き通りに動けばいいだけだったからな。蒼の森の力業とも言えるが」
「あの森は凄いな。ほとぼりが冷めたら、一度連れて行ってもらいたい。特に、あのウリンダの群生のある場所」
「ミケランジェロって、ああいうものに興味があったっけ?」
意外だ。
「あの緑のグラデーションもすごいし、花々の色もランダムであるようで、どこか調和がとれている。計算され尽くした景観に見えたのだ。それ故、一度この目で直に見てみたいと思う」
なるほど、ウリンダの実の中身に興味があるわけじゃなく、彩りに惹かれたわけか。目の付け所が違うわけね。
「ミラ、ハンナ、まずはお茶を飲みたいわ」
さっきからソワソワしながら私を見ている二人に甘えてみる。
私の言葉に、二人は満面の笑顔になって、いつもよりいそいそとお茶の用意に行ってくれた。
それだけで、心配をかけていたのだと実感する。
美味しいお茶とお菓子。
精霊たちや仲間たちと、まずはそれを堪能することにする。
「ラピスタ、ユークリッド。みんなに紹介するわ。こっちに来て」
そう言っても、二人はどうしていいのかわからない顔で、立ち尽くしている。
「是非、仲間として蒼の森作戦の打ち上げに参加して欲しい」
兄もそう促してくれる。
精霊たちは、そんなやりとりを待つ気もないようで、お菓子の山に突撃している。
いや、あなたたち、森でも結構たべていたよね?
ようやく二人が用意されたティーカップの前に座ってくれた時には、精霊たちのせいでお菓子のクズしか残っていなかったが、さすがミラ、追加のタイミングもバッチリだ。
「まず、こちらから自己紹介しよう。アデルお前からな」
「おお。では私から。エメラルド王国第一王子アデルだ。王位継承権は放棄しているので気楽に頼む」
あ、アデル殿下!? と二人が口を開けたままフリーズする。
「次は私だな。私はそこのエリーゼの兄で、エメラルド王国のヴォーヴェライト公爵家嫡男、マテウスだ。アデルと私が、まあ保護者枠だな」
あの高名なヴォーヴェライト公爵家の嫡男⁉︎ とますます二人は膠着する。
「あとはエメラルド王国王立魔法学院の生徒たちだ。オスカーから順番に頼む」
それを和らげるためなのか、兄がオスカーにバトンを渡す。
「魔法学院魔法科のオスカーだ」
身分も家名も告げず、オスカーが簡単に自己紹介をする。
「私は、騎士科のレイナード。そこのアルベルトとは双子の兄弟になる」
「私はマリアンヌといいます。魔法科の学生です」
「私はカーリー。文官養成科の学生です」
「レイチェルよ。カーリーやエリーゼと同じ文官養成科の学生です」
ミケランジェロは?
もう創作に戻ったようだ。
アデルと兄の肩書が、ラピスタとユークリッドを萎縮させたようなので、聡いオスカーからは名前だけの自己紹介になった。
「私はアルベルト。文官養成科の学生でエリーゼの護衛。今は共にここ、オニキス大公国に留学中だ」
「で、私がエリーゼ」
「君たちも自己紹介を頼めるかな?」
兄がラピスタに視線を向ける。
「私は、ラピスタ。今はもうない王国、アンバーの南にある小さな村で生まれました。生まれつきこの忌まわしいドレイン体質だったのですが、村には魔力を持つ人がおらず誰に迷惑をかけることもなかったせいかふつうに暮らしておりました。それが大きく変化したのは五歳の秋、隣国のジャスパー共和国にアンバー王国が滅ぼされたことがきっかけです」
「ジャスパー共和国も今はないな」
兄が地勢や国家情勢に疎い私に教えるようにつぶやく。
「ええ。武力で近隣の小国を侵略しつくした後、無謀にもラピスラズリ神聖帝国に戦いを挑み滅ぼされました」
「二十年前だったかなあれは。帝国に、武力だけで勝とうとするなど、無謀にもほどがあると他国はあきれたものだ」
アデル殿下がため息交じりに言う。
神聖帝国の強さは神聖騎士団の攻撃力と、神聖魔法騎士団の鉄壁の防御力にあると言われている。
武力だけで魔法の防御を崩すことなどできないと、誰にでもわかるようなことだと思うのだが、この世界に魔法を操る人々が暮らす国は少ない。
エメラルド王国のあるジュエリー大陸にある18の国を含め、四つの大陸にある大小80ほどの国のなかで、魔法を使える人々が暮らす国は神聖帝国周辺にある八か国と他大陸にあるエルフの国、ドワーフの国の住人のみとされている。
もっとも、海を隔てた別の大陸のすべてがわかっているわけではないので、もしかしたらもっとあるのかもしれないけれど。
ジュエリー大陸に魔法を使える人々が多く住まうのは、その中心であるラピスラズリ神聖帝国が神々の信を得て、その恩恵を得ているためだと言われている。
中でも、エメラルド王国は、その建国神話のよれば、女神ラピスラズリの長女ローザモンド様が初代女王であるということもあり魔力は他を圧倒している。
正直、今では大陸中から集まってきた人々で構成されている神聖帝国より、魔法に関しては魔力も威力もし強くその種類も豊富だ。
しかし、エメラルド王国がその魔力を使い神聖帝国のみならず他の国々に刃を向けることは絶対にない。
建国以来、ローザモンド女王の遺言により、侵略に魔力を使うことを禁止されているからだ。
もし女王の遺言を守らなければ、すべての精霊がこの国を見捨て、国を覆っている魔力の根源はすべて消え去ると言われている。
本当かどうかはわからない。しかし、賭けに出るリスクが高すぎることもあり、代々、少なくとも王家はこの遺言を守り続けている。
一方で、魔力のまったくない人々が暮らす国では、魔法への正しい知識がない。
また、魔力がないゆえ、武力に頼りがちにもなる。
魔力のない人たちの中には、武力で魔獣が倒せるのだから魔法師も倒せるはず、と本気で信じている人も多い。
そのせいで、数十年に一度程度、武力で神聖帝国に戦いを挑む国や、エメラルド王国やサファイア王国など、魔力はあれど他国への侵略にはまったく興味がないように見える国々を手に入れようとする国が出てくるらしい。
エメラルド王国も攻められれば防衛はする。そして、しばらくは攻めてこようとは思えない程度には痛い目に合わせておくらしい。その時、活躍するのが南の国境を守っている、シュミット辺境伯家だ。
エメラルド王国は、西と東を友好国、ラピスラズリ神聖帝国とサファイア王国と接しているので、侵略の危険があるのは北と南。しかし、北にはたくさんの魔物が棲む森と標高三千メートルを超す山々が聳え立っているため、そこを超えてやってくることは極めて厳しい。なので、南のタイガーアイ王国と、マラカイト王国との国境線をしっかり防衛しておけばいいということになる。
シュミット辺境伯家は、お花畑頭のエメラルド王国の貴族たちの中で、唯一、国を守るために日々武力と魔力に磨きをかけている貴族といえる。
もちろん、騎士団や魔法騎士団も訓練はしている。
しかし、緊張感が足りない。そのことを憂いている兄が、最近、魔法騎士団の訓練方法を改革しつつあるらしいと、小耳に挟んだが、今はそれはいいだろう。
「その神聖帝国との無謀ともいえる戦いで、多くの民が帝国の奴隷になり、鉱山や魔の森での危険な仕事に就かされました。しかし、私はこの体質のため神聖帝国のヨリンダーナ枢機卿の元に送られました。そこで人間兵器に調教されるためにです」
「人間兵器?」
「そうです。魔力を持つ人間から魔力を奪い、土地からも魔物からも魔力を奪いつくす、そんな人間兵器です」
「なぜ、そんな。帝国の枢機卿が」
「神聖帝国には、エメラルド王国以外の国々から魔法を一掃したいという野望があるのです。いやできるのならエメラルド王国からも魔法を奪い取りたいのです」
「まさか。なんのために」
「この大陸唯一の魔法帝国になるためにですよ」
「信じられない。そんなことに意味があるのか。その前に不可能だろう。たとえラピスタ、君のような者を何百何千と集めようと、精霊の加護や導きがなければおそらくエリーゼ一人で君たちは全滅すると思うぞ」
まさかそれはないよ。
「そうだよ。だっていくら魔力をむしり取っても、精霊が加護を与えている者は魔力が枯渇することはないんだもんね。だからみんな吸いすぎでボンってなるから」
インディゴが言う。
「ボンッというのは?」
「爆発? 魔力って吸いすぎると器である体が耐え切れずに破裂しちゃうんだよ」
ラピスタが身震いする。
「ラピスラズリ神聖帝国がそこまで腐っているっていうことは問題だが、まあそれはしばらく放っておいてもいいだろう」
「なぜですか? 王妃様が帝国の出身だからですか}
レイナードが兄に尋ねる。
「エリーゼがいる限りどうにでもなるからだ」
なるほど、と精霊たちも一緒に皆がうなづく。
私だけが納得できない。納得できるわけがない。
私に、あの、ラピスラズリ神聖帝国を相手に何ができるというのか。
「それに、母娘国ともいえる我が国をそう簡単につぶせはしないだろう。やるのならラピスタくんが言っていたとおり、最後の最後にうちを奪いにくるはず。だとしたら、まだまだ長い時間がある」
それはそうかもしれない。
「いざとなったらエリーゼに頼むしかないが、まずお王妃様が打って出るはずだ。母上もまた加護持ちだ。しかも、法王家で加護持ちは母上だけ」
そうだった。
王妃様がいるではないか。
あの王妃様にまかせておけば、おそらく私の出番などはない。ないと信じたい。
それに。
それにそんな先なら、私はもうエメラルド王国にはいないかもしれない。
「それで、ヨリンダーナ枢機卿の元で人間兵器にされていた君が、なぜルクスの奴隷になったのだ?」
「リベルタースが、神聖帝国の三種の神器の一つ、『ラピスの涙』を盗まれたことはご存知ですか?」
「ああ」
「あれを手助けしたのは私です。ドレインの力を使って見張りをすべて排除しました。その代わりに私をヨリンダーナ枢機卿から解放してくれるという約束で。リベルタースがどんな組織かも知らず、ただ逃げ出したくて、彼らの口車に乗りました。そのせいで、今度はルクスの奴隷に」
「そうか」
「助けていただいたことに、心から感謝しています。けれど、私は救っていただくのには値しない人間です。呪われた体質に生まれ誰かに命じられるままたくさんの魔力を奪ってきました。死ぬこと以外でこの罪を償う術があるのでしょうか」
「あるよ。おそらくたくさんの人の命を救える」
「それは、どういう?」
「君は魔力過多症という病を知っている?」
「いえ」
「器に対してその者が持つ魔力が大きすぎることによっておきる病だ。両親の魔力の大きさが極端にある場合などにおきる。たとえば貴族の父親と平民の母親の間に生まれた子どもや、貴族同士でも、その魔力差が大きい時にも。稀に両親の魔力に大差がない時でも、本来魔力を持っていないはずの平民同士の親から生まれた子どもにも起こる場合がある。理由は様々だ」
「その子供たちは、みな、十にも満たない間に亡くなる。体の成長が持って生まれた魔力量に追いつかないためにな」
アデル殿下が悲しそうにつぶやく。
「アデルのすぐ下の妹は、その病のせいで亡くなったのだ」
知らなかった。
「かわいい子だった。素直で優しくて」
「教会の高位回復魔法なら効いたのでは?」
王家なら、どんなに高額でも高位回復魔法の費用を払えたはずだ。
そして、それを行使できる権力もあったはず。
アデル殿下が頭を振る。
「魔力過多症は、どんな回復魔法でも治ることがない。むしろ症状が酷くなることが多かった」
そうなのか。
なぜなんだろう?
「けれど、そこのオスカーがある魔道具を作り出した。魔力を吸い取る魔道具だ」
「それなら、その魔道具でよいのでは?」
「しかしその道具では加減ができないんだ。相手が敵ですべてを奪いつくしてもいいのならいいのだが、魔力過多症の患者の大半は小さな子どもだ。現段階では危険すぎて使えない。それと、その魔道具に使う魔石が高価すぎる。しかも一回の使用で取り換えが必要だという欠点がある。なので実用化にはまだまだ時間が必要だ」
「それは」
欠点が大きすぎる。しかも出来上がっても、貴族の子女かお金のある商人などしか使うことはできない、というこの国のあるある魔道具になる可能性大だね。
「けれど、君なら訓練次第で、ドレインの加減ができるのでは?」
「今でも、ある程度加減はできます。多少はひそかに訓練したので」
「ちなみに聞くけど、君は、相手の魔力量がある程度わかるのか?」
「見ただけではわかりません。でも触れればだいたいは」
「じゃあ、ためしに、エリーゼに触れてごらん?」
兄が、いたずらそうな笑みを浮かべてそう言う。
「マテウス様、それは」
アルベルトが眉間にしわを寄せ、私の前に立つ。
「じゃあ、アルベルトでもいいよ。ラピスタ、彼に触れてみて。ただしドレイン禁止だよ」
ラピスタが申し訳なさそうな顔で、アルベルトに触れる。
「どう?」
「かなり多いです」
「もしドレインしたら、全部吸い取れる?」
「はい。たぶん」
アルベルトが、軽くショックを受けたように見える。
「じゃあ、やっぱりエリーゼにも触って欲しいかな」
「マテウス様」
「アルベルト、いいのよ。ラピスタ、では私と握手しましょう」
私が手を差し出すと、ラピスタが軽くその手を握る。
そして、すぐにその手を離し、後退った。
「どう?」
「この方は、魔王です」
失礼な。
「ほんの数秒で私の測れる魔力の上限を超えました」
「だろうな。これでエリーゼは今日、転移魔法で魔力を削っている状態だ」
「やはり、魔王ですね」
違うから。絶対に。そんな噂が出たら、また、変なフラグがいっぱい立っちゃうからね。
「もし、君が本気でその力で誰かを助けたいと思うのなら、援助はしよう」
「ただ、覚悟は必要だ」
兄とアデル殿下が、少し厳しい顔をラピスタに向ける。
「まず、訓練が必要だ。魔力過多症のほとんどは幼い子どもだ。ドレインには細やかな調整が必要だ」
ラピスタがうなづく。
「そして、誓約も必要だ」
「お兄様、彼はもう仲間ですよ」
私が、思わず口を出す。
精霊たちが連れて帰ると決めた時点で、私に迷いはない。仲間に誓約など必要ない。
「エリーゼ、私とアデルの間でも、時に誓約は交わす。知っているだろう?」
知っている。そうだった。
私は、二人がそれを交わす場面を見ている。
「誓約は、ラピスタのためでもある。彼を保護するのなら魔法省で、ということになる。魔法省は国家機関だ。いくら私の推薦でも、なんの担保もなく彼を受け入れてはくれない。誓約はその担保になる」
「誓約をしてもしなくてもいいけど、彼、裏切ったりしないから」
ロッホが、マドレーヌをかじりながら言う。
「なぜでしょうか」
兄がロッホに丁寧にお伺いをたてる。
「彼はいい匂いがする」
間の抜けた返事だ。
しかし、他の精霊たちも、お菓子を口に詰め込みながらうなづいている。
彼らは、人を魂の香りで判断する。
「だから連れてきた。……きっとたくさんの子どもを助けるよ」
ロッホの背中からミニロッホも出てきて、嬉しそうに拍手している。
なぜ拍手なのかはわからないが、かわいい。とてもかわいい。
「ロッホさまがそこまでおっしゃるのなら、誓約の魔道具は使わずに彼を見守りましょう」
「いえ、誓約はさせてください。そのほうが面倒が少ないのですよね?」
ラピスタがあえてそう言う。
「まあ、そうだね」
「それならぜひ」
「わかった。では誓約の魔道具にサインをしてもらってから、ラピスタ、君は魔法省の嘱託職員として、魔力過多症の研究に専念してもらおう」
「わ、私にも、ぜひ、その研究に参加させてください」
カーリーが手を上げる。
「理由を聞いても?」
「私のいた修道院でも、一年に一人ほど魔力過多症の子どもが亡くなっていました。イチヤクもまったく効かなくて、辛い思いをしていました。もし、そんな子どもたちを救えるのなら、少しでも役に立ちたいのです」
「なるほど。魔力過多症について多少とも知識のあるカーリーなら、よいアドバイスができるかもしれないな。許可しよう」
カーリーが、嬉しそうにうなづく。
カーリーの笑顔は、本当にいいわ。癒される。
「じゃあ、次はユークリッド、君だね」
兄が、今まで黙ったまま皆の話を聞いていたユークリッドに視線を向けた。




