敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part5-2
今回で、蒼の森の件は終わりにするつもりでしたが、長くなったので二章に分けました。次もなるべく早くお届けします。
第28章 奇跡が日常となっても、やはり奇跡は奇跡だと感じたその日 byオスカー。
エリーゼたちが蒼の森に足を踏み入れた、その瞬間から、エリーゼの魔力で育てられたというクリスタルにさまざまな場面が映し出される。
私が作り上げた10個の魔道具カメラが、ヴェルデ様経由で蒼の森の樹人族の手に委ねられ、移動可能な若い樹人がそれを持ちながら森を移動すると聞いている。
時に高さが必要な時には、大きく深く根付いている年配の樹人族の手も借りるとか。
初めて知ったが、樹人族は、樹齢百年を超えると根が深くなり移動が難しくなるので、それまでに自らの定住地を探し求めるらしい。
蒼の森は、樹人族にとって水分や魔素が最高の環境にあるため、そこで生まれた者だけでなく大陸中から移動してきた樹人族が大勢いるらしい。そのすべてをとりまとめているのが、オリエント様という樹人族の長老だとか。今回は、そのオリエント様の号令のもと、樹人族すべてのサポートを受けられることになっている。すべてはオリエント様と旧知の仲だという、大地と緑の精霊ヴェルデ様のおかげだ。
エリーゼのクリスタル、クリスはとても優秀だ。
過去や現在、おそらく未来を映し出すことができ、自らを変形することでそれを多くに見せることもできる。光の精霊プラータ様の力を借り、遠く離れた場所の情報収集にも余念がないとか。
もはや、魔道具ではなく、魔道具精霊だと私は思っている。
クリスは、時に大画面で、ある時は二分割で、4分割で、ズームでアップで、様々な角度から、神秘の森のあれこれを映し出してくれる。
周囲からは、何度も感嘆の声が漏れる。
「オスカー、お前、本当にいい仕事をしたな」
尊敬すべき上司であり、政治家であり、我が国有数の魔術師、天才魔道具師、錬金術師でもある、ヴォーヴェライト公爵家嫡男、マテウス・フォン・ヴォーヴェライト様が、私を褒めてくれた。
「ありがとうございます」
少々照れ臭いが、素直に礼を言う。
「いや、これは凄いよ。もちろんプラータ様やクリスのお力あってこそのこのクオリティだろうが、ここまで鮮明で詳細な映像を多岐多様に映しだす魔道具をモノにするとはな」
アデル殿下にもお褒めの言葉を頂戴した。
のほほんとしているようで、この方は存外人を見る目は厳しい。だから、やはり全身がむず痒いような感覚を覚える。
「もしかしたら、現地にいるエリーゼたちより、私たちの方がたくさんの情報を手にしているのかもしれませんね」
学院一の才媛カーリーがそうつぶやく。
なるほどと思う。
「ならば、私たちにも、ここで結界に守られ見ているだけでなく、他にもっとできることがあるかもしれないな」
「そう感じるならば、必要に応じそなたたちの言葉や想いを私やプラータが繋げよう。こちらから、エリーゼたちへの助言があれば遠慮なく言えば良い。ともに戦う仲間として」
さすがはセレステ様。
セレステ様は、エリーゼの水の加護精霊だ。それにもかかわらず、一友人に過ぎなかった私に水魔法、氷魔法の上位魔法を指南してくださっている。
「よろしいのですか」と問うたことがある。すると、こうおっしゃった。
「オスカーが強くなればなるほど、エリーゼを護る盾として使えますからね。利用されるのは嫌ですか?」
嫌なわけがない。
精霊様から魔法を教えていただけることなど、本来ありえないことなのだから。
奇跡以上の、奇跡だ。
それもこれも、エリーゼという、それこそ奇跡の存在のおかげなのだと、私は感謝の気持ちを忘れない。
エリーゼは、王家の血もひく、公爵家の令嬢だ。
その容姿は気高く、特に王家の宝玉『女神の心』にも似たそのエメラルドグリーンに輝く瞳は、時にひれ伏したくなるほど神々しい光を発することがある。しかし、ふだんはとても気さくで、少々猪突猛進なところもあり、身分差を感じさせない態度で周囲に溶け込んでいる。
セレステ様がおっしゃるには、彼女の魂は、とてもいい香りがするそうだ。その香りに精霊たちが集まり、精霊の中でも高位のものが争うように彼女に加護を与えたそうだ。
幼い頃、今はエリーゼの加護精霊でもある闇の精霊インディゴ様の呪いで、彼女はその魂を闇に包まれたことがあるそうだが、そのインディゴ様の呪いで、兄のマテウス様によれば、彼女は手のつけようもないほどわがままで傲慢な少女であったそうだが、学院に入学してからの彼女しか知らない私には、信じられないことだ。傲慢、ほど彼女に似合わない言葉はないからだ。
闇の膜が剥がされた後は、本来のエリーゼに戻り、それからは彼女自身の並々ならぬ努力で、今のエリーゼがあるという。
「あれは?」
マテウス様が目を細める。
「ウリンダの群生地ですよ」
クリスには、エリーゼが見つけたい、と熱心に言っていたウリンダの群生が映っている。
まず、花の色の多さに驚く。
学園の図書室の図鑑には、薄緑色の実をつけたウリンダの絵しか載ってはいない。
花が咲くことにも驚くし、その彩の華やかさにも感嘆する。
「ウリンダの花と、すでに実になっているものもありますね」
カーリーは、花に驚いた様子がない。
どうやってどこで調べたのか、ウリンダについてかなり知識があるようだ。そういえば、前回エリーゼが学院に戻ってきた際に、あちらの授業のノートを借り受けたと言っていた。おそらくそれを元に、それ以上を知ろうとして、ヴェルデ様に教えを乞うたのではないか。
本当に、この才媛は知識に貪欲だ。
「花の色に意味はあるのかしら?」
レイチェルが誰にともなく問う。
レイチェルはやはり文官養成科の生徒で、騎士科レイナードの恋人だ。
カーリーほどではないが、やはり成績優秀で、とくに経済にとても精通していて、言い方は悪いかもしれないが、金もうけへの嗅覚が優れている。
だからといって欲にしばりつけられているわけではない。時に利益を度外視しても新しい試みに挑戦することもあるそうだ。そして彼女がそうした時には、必ず、利益が何倍にもなって返ってくるとか。
まず正しくあれ。そして賢くあれ。その結果がもたらすものが真の利益、それが彼女の信条だ。
彼女も、本人によれば、エリーゼと知り合ったことでその才能を開花させ成長したという。
今ではエリーゼの母が会頭を務めるフロール商会の相談役にもなっているというから、その手腕は学生のものではないはずだ。
「花の色で、実になった時に何が育つかがわかるのよ」
セレステ様が答える。
「たとえば、あの赤色の花は、ネズミ」
「不運率がアップするネズミですね」
カーリーがメモをとる。
マテウス様が、手に入れたい、と悪い笑顔でつぶやいている。
蒼の森に立ち入るのには、基本霊様の導きが必要だ。ウリンダは蒼の森特有の魔草だと言われているので、それを手にすることは至難の業だ。
それでも、なくはない。
その際、幸運のウサギと同じほど、意外なほど人気があり、高値で取引されるのがこの不運のネズミだという。
「水色の花は、世界樹の葉」
それは、なんと貴重な。確か、四肢欠損を回復させる聖魔法の魔法陣にはこの世界樹の葉をすり潰したインクを使うはず。
「ウリンダの実からは、小動物が生まれるだけではないのですか?」
カーリーが何かを思い出すような顔で尋ねる。
そういえば、エリーゼは授業でそう習ったと言っていたな。
「小動物に限らないわよ。森の魔力が生み出すものだから、植物も多いわ」
カーリーがさっそく、メモをとっている。
おそらく、あとでエリーゼと色々答え合わせをするのだろう。
「エリーゼが黄金のウサギを出したぞ」
アデル殿下が興奮している。
一方でレイナードは、ロッホ様がウリンダの実から取り出した、火の精霊に目を瞠っている。
レイナードは、剣士だが、風と火の属性があり、魔物相手では魔法剣も巧みに使う。火の精霊には特別に心が揺れるのだろう。
「場所を移動したな」
「おい、あの大樹は、まさか」
あれはおそらく、ヴェルデ様がおっしゃっていた樹人族長老のオリエント様。
「樹人族だな。あの大きさはおそらく族長様だ」
そういえば、オリエント様のことをマテウス様に報告していなかっったな、と今さら思い出す。
「神話に出てくるあの?」
カーリーがマテウス様に聞く。
「そうだ。蒼の森にいらっしゃったとは、知らなかったな」
「あの樹人族とは?」
レイチェルが首をかしげている。
「樹人族といっても、彼らは人ではなく人より霊的にはずっと格上の樹の精霊様だ。緑に棲む精霊の守り神といわれている」
やはりマテウス様は知識が豊富だ。
私が、今回の作戦に必要な魔道具を作成する際ヴェルデ様に教えていただいたことを、すでにご存じのようだ。
「おお、エリーゼが族長様から赤い実をいただいたようだぞ」
「どんな効用があるのでしょうか?」
それは、私も知らない。
魔道具には関係がないことだからだろう、ヴェルデ様からそのお話はなかった。
「すまない、あの実に関しての情報はない」
マテウス様が、少し悔しそうにカーリーに応えている。
「あれは、命の実。完全なる死でない限り元の状態に戻れるのよ」
セレステ様が教えてくださる。
欲しい、とまたマテウス様が小さくつぶやいている。
この方の場合、もしもの時にこの実が欲しいわけではない。ただ研究したいのだ。この実の成分がどんなものなのか、どれほどの効果があるのか、それが知りたい。ただそれだけで、それこそが望み。
ちなみに、さきほどの不運のネズミは、その上で使用することも考えての、あの笑みだろう。
「また移動するようだ」
「どこへ行くのかしら?」
みな、首をひねっている。
おそらく、時間的に、決戦の地に精霊様たちが選んだ場所へと向かっているのだとは思うが。
「古の神殿跡です」
プラータ様がキラキラ輝きながら教えてくれる。
「神殿があったのですか? あの森に」
「そうですよ。ヴェルデを祀った神殿がね」
「「「ヴェルデ様を!?」」」
「蒼の森は、あの神殿を人から遠ざけるため、ヴェルデが作り上げた森ですから」
なんと。
「人の欲望の深さに辟易したヴェルデが、怒りに任せて一晩であの森を生み出し、それから三千年ほどでしょうか、あの森もよく育ちましたね」
精霊様たちは悠久の時を生きるということを、今さら思い知る。
三千年とは、とほうもないことをサラッとおっしゃる。
「今回、その神殿遺跡を、アマリージョが罠の地に決めたのよ。転移の魔法陣からあそこまでは、ほんの十分ほど歩くだけ。彼らはもう何度もあそこに足を踏み入れ、珍しいお宝を手に入れている。あの遺跡は彼らの欲を大いに刺激する場所です」
そのお宝を用意したのは、精霊さまたち。
おそらく、餌としては最高なものを惜しげもなく撒かれたのだろう
金銀財宝なら、お手の物のはず。
ヴェルデ様ときたら、どんな鉱物でも簡単に取り出すことができ、それを加工することも得意だという。
セレステ様は、真珠やサンゴなどをザクザクお持ちになる。
なので、エリーゼが身にるけるアクセサリーは、どれもこれも国宝級のものになりつつある。
エリーゼは、それをさほど喜んでいないようだが。
おそらく、彼女は珍しいハーブをもらった方がずっと喜ぶ。
「そんな宝の地を踏み荒らされるのは、彼らも嫌だよね」
「しかも、相手はエリーゼ」
「餌としては十分だ。けれど、私ならそれを怪しみあそこには行かないが?」
マテウス様のお言葉はもっともだ。
罠ではないかと十分に疑え得る状況で、なぜ、彼らはそこへ向かうのか。
「欲望にとりつかれた者は、ものごとを自分たちに都合のいいように解釈するものだからだろう」
アデル殿下は、さすがに王族の一員。欲にとりつかれた者との交友が多いだけあり、その言葉にも説得力がある。
彼らは、欲にまみれ理性を削られているのだ。
「斥候が来たね」
クリスが、ルクスの手先と思われる黒装束の男をアップで映し出す。
「手練れだね」
動きに隙が少ない。
ルクスの『リベルタース』という組織は、驚くほど優秀な者を多く抱えているのだ。目的が違えば、国を支える重要な組織になりえたのに、惜しいことだ。
「けれど、アマリージョ様にとっては赤子も同然だろう」
そのとおりだ。
魔力も積み重ねた知恵も、人は精霊の足元にも及ばない。
どれほど優秀でも、精霊様たちにとってはゲームの駒のような存在。
泳がされていることには気づかない様子で、斥候が転移魔法陣に向かって駆け戻る。
画面が入れ替わり、転移魔法陣周辺に集まる者たちがアップで映る。
魔道具を手にしたまま、これほど近くに寄っても気づかれないとは、樹人族はやはり神にちかい存在なのだろうと感心する。
「全部で七人か。ルクスの魔力でよくそれだけを運べたものだ。魔力が小さくなったと聞いていたが」
「転移にはアマリージョが魔力を貸したから。こっそり」
なるほど。
「あの一番大柄な男が、ルクスかな」
一番偉そうにしているのだから、おそらく間違いない。
「そうだ」
マテウス様に、ルクスとは面識のあるアデル殿下が答える。
「あの、灰色のベストを着用している者が、ドレイン体質の者ですね」
プラータ様が告げる。
「彼の者はどれほどの力があるのだろうか?」
「マテウスなら、干からびてしまいますね。アデルなら二人は」
「すさまじいな」
驚くマテウス様の隣りで、地味にアデル殿下が落ち込んでいる。
本来、魔力は王家の血が濃いほど大きいものだ。それなのに、殿下はマテウス様の半分の魔力と、はっきり言われたわけだから。けれど、仕方がない。ヴォーヴェライト公爵家はその枠ではない、と割り切るしかない。
「でも、エリーゼの魔力なら、三分の一も無理ね」
そして、そのマテウス様をはるかに超えて行くエリーゼの魔力。
エリーゼはもはや人ではないのでは、と一瞬だが、私は彼女が空恐ろしくなった。
「エリーゼだもんね。そうこなくっちゃ」
けれど、レイチェルのその言葉で、私の肩の力も抜けた。
そうだった。
エリーゼとは、彼女だからしかたない、彼女だからそうに違いない、そういう存在だ。
「それなら、心配はアルベルトですね」
カーリーが眉根を寄せる。
「兄なら大丈夫だ」
「どうして? アルベルトも魔力は高いけれど、マテウス様でも魔力が底をつくほど吸い取られるのなら危険なのでは?」
「兄は、辺境伯家の魔道具を身につけている。黒龍の牙と鱗で作られた魔力補給の魔道具だ。補給なら十分すぎるだろう?」
レイナードが胸を張る。
さすが辺境伯家と言わざるを得ない。そういえば、三代ほど前の辺境伯がドラゴンスレイヤーの二つ名を持っていたな。
彼らの本屋敷には、まだまだ驚くべき魔道具があるのだろうか。一度、マテウス様とゆっくり見学させてもらうべきだな。
「兄は、エリーゼを守るためには、家の秘宝をすべて使い果たしてもいいと思っているようです。もちろん私も、レイチェルのためなら何も惜しくない」
レイナード、臆面もなく言い切ったな。
レイチェルのみならず、マリアンヌも頬も染めている。
少々、不快だ。
「おっ、彼らも遺跡に向かうようだ」
「アマリージョ様に、連絡を」
私があわててセレステ様に言うと、うなづいて微笑んでくださった。
すでに連絡済みだったのかもしれない。けれど、セレステ様は私を気遣ってくださったのだろう。
「あっ、あの斥候がパーティーを離れました」
プラータ様が中継用の魔道具を持つ樹人族の一人に、斥候を追うよう、指示を送られたようだ。
クリスに、斥候の姿が途切れることなく映し出されている。
「何か持っていますね」
「あれは、簡易爆弾だな」
「神殿の反対側に回り、壁を壊すつもりだろう。あの斥候は魔力がさほど大きくない。魔法だけでは壁を壊すことが難しいのかもしれない」
「今、壁のそばにはエリーゼが。石板をまだ写しています」
確かに、エリーゼがなにやら古代文字を石板から写し取っている。
古代文字の研究にも熱心なカーリーがついさっきまで、かなり興奮していた。
聞こえはしないだろうに、エリーゼに感謝の言葉を叫んでもいた。
愛してる、とも言っていたので、マテウス様が少し拗ねた顔をされていた。
「今、インディゴに伝えたから大丈夫」
プラータ様の声は落ちるいている。
斥候が壁に爆弾を仕掛け、それに向かって杖を向ける。
その瞬間、斥候が闇に溶けた。
そして、再び斥候が姿を現す。
どういうことだ?
「あれは、インディゴよ」
プラータ様が、おっしゃる。
私の目には、先ほどの斥候と瓜二つに見えるが。
ということは、斥候は闇に囚われ、彼に化けたインディゴ様が、ルクスの元に駆けて行っているということなのか。
「爆弾が不発だったとでも言い訳しているのでしょう」
なるほど。
ルクスは大いに顔をしかめ、斥候に厳しい顔を向けていたが、やがてため息とともに皆に指示を出し始めた。
「オスカー、音声もとらえることはできるのか? あの魔道具で」
「はい、しかし、中継でずっと音声も入れていると魔力の使用量が跳ね上がるので今は映像だけにしています。クリスにはすべて録画されているので、後程エリーゼの魔力を頼れば音声と映像、両方が確認できるかと」
「そうか。しかし、必要な時には音声も頼む」
「遺跡に彼らが入ってきたら、音声も伝わる手筈になっているから、もう少し我慢してね」
セレステ様がマテウス様に微笑む。
「正面から挑むようね」
隷属の首輪を嵌められたドレイン体質の男を先頭に彼らが遺跡に近づいていく。
「学生ばかりの集団だからね。彼らにしたら、怖いのはアルベルトぐらいでしょう」
「ルクスは精霊様の力を理解していないのか?」
「イザベラ様を捕らえたとき、彼女を人質にしてマリンを封じ込めることができたから、エリーゼさえ確保できれば、精霊たちは手が出せないと思っているのでは?」
「でも、イザベラ様とエリーゼは違うと思うの。というか全然違うわ。イザベラ様は深層の令嬢だけど、エリーゼは引きこもっていただけの令嬢。それにエリーゼの精霊たちはみんな武闘派ですもの」
マリアンヌ、エリーゼと仲が良くなったのは良かったと思うけど、ちょっと言いすぎかもしれないぞ?
あれでも、エリーゼは公爵令嬢だ。本人がそう言っていたのかもしれないが、引きこもっていただけは、いくらなんでも。
「あら、私は平和主義ですよ」
プラータ様がツンとした声で言いのける。しかし、それは無理があります。
「私も、武闘派ではありません」
セレステ様、あなたはそうですね。ただ一人の平和主義の精霊様かもしれません。私はうなづく。
マリン様も水の精霊。もしかしたら、水の精霊様は平和主義なのでしょうか。
「ふふ、セレステ、あなたがエリーゼに加護を与えるまで、あなたが眠らせた者のうち、目を覚ました者は果たして何人いるのかしら?」
プラータ様がセレステ様に問う。
「悪しき心の者は一人もいませんが、そうでない者は、半分は目を覚ましましたわ。エリーゼが怒るので、今はみな目を覚ましますが、私としては少々温いのではないかと思っております」
セレステ様も、まちがいなく武闘派だった。
彼らが遺跡の入り口に到着した。
「まず、手前の学生たちから魔力を奪え。その惨状でエリーゼの心を砕くのだ。誰のせいでこうなったのか、思い知らせればいい」
なんと理不尽な言い草だろう。
ドレイン体質の者は、無表情だ。
隷属の首輪が嵌まっているので、逆らうことはできない。しかし、それは彼の本意ではないのだろう。
「できれば、彼も救済したいな」
アデル殿下の言葉に、皆がうなづく。
「行け」
ルクスがドレイン体質の者に命令する。そしてインディゴ様が化けた斥候にともに行くよう命令する。
こちらとしては、都合がいいだけだ。
「お前たちは、アルベルトを叩け。今こそ、自慢の剣の腕を見せる時だ」
命じられた剣士二人は、「おまかせください」と揃ってうなづく。
「お前たちは、私を護れ」
聖騎士の恰好をしている彼は、おそらく防御に特化しているのだろう。
もう一人は、魔法師と思われる。
「ほう、あれには光の属性もあるな。他には緑の族性もある。魔力もそこそこある」
プラータ様が笑いを含みながらおっしゃる。
「あの魔法師がいちばん危険だわ。ふつうなら」
セレステ様も笑っている。
ふつうなら?
「この森で、ヴェルデ様に敵対する者が土魔法や緑魔法を使えるはずもない」
なるほど。
インディゴと組んでいるドレイン体質の男が、生徒のふりをしているヴェルデのゴーレムに手をかけた。
一瞬でゴーレムが、土くれに変わる。
次のゴーレムも、その次のゴーレムも。
これには、ドレイン体質の者だけでなく、周囲も驚いている。
これほど精巧なゴーレムが存在するとは想像ができないせいか、すべてはドレインのなせる業と認識しているからだろう。
「これほどとは」
ルクスが満面の笑みを浮かべる。
一方でドレイン体質の者は、呆然としている。命令に逆らうことができないとはいえ、自分のした罪の大きさに途方にくれているのかもしれない。
一方で、インディゴ様は、ゴーレムから土くれに変わる時に吐き出される魔石をルクスたちにばれないよう回収されているようだ。
魔石が見つかれば、あれがゴーレムだとすぐにばれてしまうからな。
立ち尽くしていたドレイン体質の者が、ルクスに怒鳴られ、次のターゲットに向かう。
ロッホ様が化けている生徒だ。
その時、エリーゼが、ロッホ様に向かって駆けてきた。そしてロッホ様を庇うように前に出る。
なんと無謀な。
アルベルトはどうした?
アルベルトは、剣士二人に足止めされているようだ。しかし、すぐに見事な剣捌きで彼らを石床に沈めた。それをヴェルデ様が茨で巻いている。
そしてすぐに、アルベルトは、ロッホ様を庇うエリーゼのさらに前に出て剣を構える。
アルベルトは、あれほどの手練れだったのか、と感心する。
弟のレイナードは天才騎士として名高いが、それに勝るとも劣らない腕ではないか、あれは。
「アル、素晴らしい剣捌きだ」
レイナードも誇らしげだ。
「アルベルトも、あんなに剣の腕がいいのですね」
「兄は、エリーゼの護衛になってから、アマリージョ様に剣の指南を受けているらしい。私と同じように風魔法の剣も使えるようになったと聞いている。火魔法の剣はまだらしいが時間の問題だろう」
レイナードは、すでに火魔法の剣も使えるらしい。
兄弟で切磋琢磨とは、素晴らしい。
私にも兄が二人いるが、仲が悪いわけではないが同じ目標や目的に向かって切磋琢磨など、一度もした覚えがない。常に、別々の方向を見て、互いに関わり合いにならないように生きてきたように思う。
「私も負けないよう、精進しなければ」
「レイナードなら大丈夫よ。努力は、貴方を裏切らないわ」
「ありがとう、レイチェル」
この緊迫した場面で、どうにも場違いな雰囲気が流れる。
「あなたたちの狙いは私でしょう? なぜ、罪もない者たちに、あんなことをするの?」
アルベルトの背中越しにエリーゼが叫ぶ。
「あれが全部ゴーレムだと、エリーゼは知っているんだよな?」
エリーゼのあまりの必死さに、マテウス様が首をひねる。
「エリーゼにすれば、彼らがゴーレムだとしても、一緒に蒼の森にきて探索をした以上、等しく仲間ですもの。仲間をあんなふうにされて、理性がぶっ飛んでいるんでしょうね」
マリアンヌが冷静に解説する。
エリーゼのぶっとびに、ここ最近一番付き合わされている者のうちの一人だからか、説得力がある。
問われたドレイン体質の者は黙っている。
「あなたは、まだこれを続けたいの?」
エリーゼは、重ねて問う。
「この隷属の首輪がある限り命令には逆らえない。死ぬことも許されない」
彼は短く答える。
やりたくはないが、逆らえない。せめて死ねればと願っているがそれもできない。
彼のやるせない思いが伝わってくる。
「ルクスの闇魔法に染められた隷属の首輪ね。……、インディゴ、外せる?」
すると斥候に化けていたインディゴがスルッと彼に近寄り、首輪に手をやる。
パキンっと音がして、首輪が砕ける。
さすが、インディゴ様だ。いともかんたんに隷属の首輪を破壊した。
本来、隷属の首輪は、それをつけた者の魔力以外では外すことができない。
「もう言い訳できないわよ。まだ、続けたいの?」
エリーゼの言葉に、彼はボロボロと涙をこぼす。
そして、首を横に何度も振る。
「お前たち、裏切るのか」
ルクスが焦った声を出す。
「最初から、味方じゃない」
インディゴ様の答えは簡潔だ。
「あなたに忠誠を誓ったことなど、一度もない。ずっと無理やり従わされてただけ」
隷属の首輪が外れた男は、感情があまり見えない。
「何をいまさら。お前はもう償いきれないほどに罪を重ねているのだ。いまさらそちらに寝返っても、罪が許されることはないのだぞ」
「許されようとは思っていない。これで、死ぬ自由が得られた」
清々しくも見える笑みを見せ、彼は一歩一歩ルクスに近づいていく。
ルクスのそばには聖騎士と魔法師がいる。
彼がルクスに触れることは、叶わないだろう。彼の言葉どおり、死ぬつもりなのだろう。
魔法師が杖を構える。
「死にたいのなら、死ね」
ルクスがうなづくと、魔法師が呪文を唱え始めた。
しかし、その呪文は途中で途切れる。
クリスが映し出したのは、先ほどまでロッホ様のポケットに入っていた生まれたての火の精霊、ミニロッホ。
どうやら、ミニロッホが火魔法で、杖を炭に変えたからのようだ。
クリスには、勝ちほこったような、ウリンダの実から生まれたばかりのミニロッホが映し出されている。
「な、なにをした!?」
魔法師が恐怖にかられ叫ぶ。
「やはり、杖だけに頼った魔法は、非常時には役に立たないな」
「詠唱も、長すぎるのはマズいな。無詠唱とはいかずとも、もっと洗練されたものにしなければ」
マテウス様とアデル殿下がうなづき合っている。
「何も。こいつが勝手に燃やしたんだ」
ロッホ様がいいところを持っていかれたからか、少し不満げな顔でミニロッホをつまんで手に乗せる。
「なんだ、それは?」
「さっきウリンダの実から出てきた火の精霊だね」
「ウリンダの実から、火の精霊が生まれただと?」
「あっ、いいものも手に入れたんだ。よかったら、これ、あげるよ」
ロッホ様が、振りかぶって灰色の塊を、彼らに向かって投げる。後ろから、アマリージョ様が風魔法でそれを援護する。
聖騎士は、当然ルクスを守るため、それを剣で振り払う。
その瞬間灰色の毛玉がばらばらになり、ルクスと聖騎士、そして魔法師に降りかかった。
「あれは?」
「おそらく、不幸のネズミだな。ネズミそのものではなく、毛玉だったように見えた。ロッホ様、いつの間にあれを手に入れられたのか」
ということは?
「もうあいつらは詰んだな」
マテウス様が、笑いながらハンナにお茶のお代わりを頼んだ。
私も、お願いした。
エリーゼ特製の、ブレンドハーブティーを。
あとは、もう後始末をどうするか、それをゆっくり考える段階になったといえる。




