敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part4-3
第26章 蒼の森は、とんでもない森でした。
精霊たちが、私の元へ戻ってきた。
それぞれに、納得のいく成果が得られたのか、みな上機嫌だ。
「セレステ、イザベラ様にはどこまでお話しているの?」
「ルクスが例の祝福イベントで赤っ恥をかいて、おまけにプラータの言葉を無視して、光の精霊に全無視されて光の属性を失ったことと、現在ペリドットにいるってことだけかしら。罠のことは言ってないわ。マリンは知ってるけどね」
セレステ、けっこう毒舌になったね。
素がでてきたのかな。
それとも、他の精霊たちの悪影響かしら。もしそうなら、なんかごめん。
「知らなくてもいいことは知らないほうが、もしもの時、安全だもんね」
「そう。マリンも同じ意見。イザベラは王女で、育ちがいいから」
うん?
私だってお嬢様育ちのはず
ま、いいか。
「決行の日が決まったら、その少し前からイザベラにも護衛をつけないとね」
「マリウスが手配してるよ。それに私はイザベラやマリアンヌたちを、オスカーたちと守る役だから」
またオスカーと組むんだ。ふーん。
セレステは、オスカーと相性がいいからね。
拗ねてないよ? でもなんだろう、もやもやする、ちょっとだけ。
「ミケランジェロや侍女たちは?」
「プラータが担当。っていうか、待機組はまとまってもらって、私とプラータが担当する」
へえ。
「ヴェルデは森の女王ともいえる存在。ヴェルデがいれば蒼の森すべてが味方になる」
ヴェルデってほんとうに凄いんだね。いまだにそれが信じられないけど。
「アマリージョは作戦の司令官、インディゴは、ルクスの闇魔法の対処に必要。……本当はロッホがこっちに残るほうがいいんだけど。調子にのって森を燃やすと大変だから。森は燃えやすいし。でもロッホはやる気満々で説得できなかった」
なるほど。
ロッホ、要注意だね。
「ロッホが行くなら私が行った方がいいんだけと。火がついてもすぐ消せるから。でもそれだと待機組が手薄になるから。もしもの時はアマリージョが消してくれるって」
「風であおったらもっと燃えちゃうような気もするけど」
「エリーゼの前世を見ていて、新しい魔法を開発したらしいよ。酸素濃度を下げるとかなんとか言ってたけど、よくわからないわ」
なるほど、なるほど。
私はわかる。
しかし、それを、森という場所で風の精霊のアマリージョができるということがよくわからない。
「でももしミケランジェロたちが狙われたなら、私だけではちょっとしんどいかもしれない。だから、プラータが残ってくれて心強いわ。歌えばたいてい眠らせることはできるけど、まれに、たとえばルクスの抱えている隷属者だと、本人に悪しき心がなければ眠らないことも考えられる。窒息死ならさせられるけど、エリーゼはそういうのを禁止しているでしょう?」
「そうね」
水で窒息、とか想像するだけでしんどそう。
無理だわ。
「その点、プラータなら防御が完璧。プラータの結界にはまったく綻びがない。攻撃はちょっとエグイけど。あとクリスと仲良しだから、中継がスムーズになる」
そういえば。
「中継用の魔道具ってできたのかな?」
「オスカーが、かなり性能のいいものを作り上げましたよ。音声も映像もバッチリです。ただ、より鮮明に視るために、当日はみな、エリーゼのこの部屋に転移で来るそうです」
「カーリーたちも?」
「はい。まとまっていた方がもしもの時、防御しやすいですから」
「エメラルド王国内でまとまった方が安全では? 多少はいいじゃない、映像が鮮明でなくても」
「……」
「何?」
「みなさん、おいしいお茶が飲みたいのではと思います」
は?
「お菓子は、マリアンヌさんの腕がいいので、エリーゼがいた時と同じようにおいしくいただけるそうですが、お茶は、ハンナさんの域には誰もたどり着けないらしく」
はあ?
「それに、見てみたいじゃない? エリーゼの向こうのお部屋も、とレイチェルが言っていたり、あっちに新作のお菓子があるかもしれませんわ、とマリアンヌも。カーリーはこちらでエリーゼが手に入れた本を見てみたいとか」
「ようするに、みな、こっちでの私の生活に興味津々だと」
「まあそうですね。一番は、お茶だと思いますが」
アア、ソウデスカ。
蒼の森で少しは危険な目にも遭うかもしれないのに、そんな私たちを、ハンナの淹れるおいしいお茶と、マリアンヌ持参のおいしいお菓子と私の新作菓子を味わいながら優雅に見ていましょう、ってことだよね、それって。
いいけど。
本当は、兄やオスカー、アデル殿下は蒼の森にいっしょに行きたいにきまっている。
私の危険を見守ることしかできないのは、歯がゆいはずだ。
それに、彼らの興味を惹くものがあの森にはたくさんあるだろう。特に、消えてしまう運命の、天然の魔法陣とかね。
レイナードだって、彼こそ、一番前で戦いたいと思っているだろう。
マリアンヌも、大きくなったその光魔法で私たちを護りたいと思っているはず。
カーリーやレイチェルも。
みんな我慢している。
していないのはミケランジェロだけ。
彼はどんな時も、創作に励んでいたいだけ。天才だから、神が愛を与えるほどの天才なら、そういうものだと私は思っている。
ああでも、やっぱり我慢しているのかな、
中継には付き合うらしいから、安全確保のために。
というわけで、蒼の森中継お茶会を私は快く受け入れることにした。
まず、天然の転移魔法陣の情報に向こうが食いついたと報告が入った。
最初に流した情報は、黒い森に、強力な魔力だまりがあり、時々そのあたりで行方不明になる者がいるらしい、という程度のもの。
次に、その魔力だまりの調査に行かせる。
行かせたのは、アマリージョだ。
ちなみに、アマリージョは、組織の内部にけっこう深く潜り込んでいて、出世街道まっしぐららしい。
なにやってんだか。
調査隊は、魔力だまりに、なにやら魔法陣っぽいものがあるということを調べてくる。
そこでアマリージョが自ら調査に出向く。魔法陣の専門家の一人として。
これが転移の魔法陣であること、どうやら同じく魔法だまりのある蒼の森につながっていること、そして、アマリージョが書き換えた魔法陣の個所、つまり闇魔法の使い手なら動かせる、ということをアマリージョがリードしながら、専門家チームが発見する。
そこから、黒い森の魔法陣に、組織の闇属性のあるものたちが何人も派遣される。
しかし、動く気配はあれど、成功にはいたらない。
ただ、魔力が強い者ほど、作動がすすむ、ということはわかってくる。
そして、とうとうルクスが自ら出向く。
実はルクスの魔力でも魔法陣は正常に作動しなかったそうだが、アマリージョがこっそり彼の魔力に合わせてその場でもう一度魔法陣を書き換えたらしい。
「思っていたより、あれに魔力がなく驚きました」とアマリージョがため息をついていたとか。
プラータによると、光の属性が消えたことで、魔力もかなり減ったのだろうということだ。
とにかく、アマリージョの密やかなケアで、無事、ルクスは転移の魔法陣を起動させ、蒼の森への転移を成功させた。
それ以来、何度も転移を繰り返し、蒼の森の探索も行っているとか。
蒼の森は、オニキス大公国にあるが、大公国では古い言い伝えにのっとり、森へは精霊の加護があるもの、あるいは、精霊の招待を受けたもの以外、入ることが許されていない。
その森に、精霊など関係なく他国から侵入でき、しかも探索中、手つかずのお宝を何度も手に入れることができることで、ルクスたちのテンションは急上昇。すっかり、この秘密をものにできたのは自分たちだけ、と信じたようだ。
お宝を用意したのは、ヴェルデらしいので、きっととんでもないものをザクザク置いておいたんだろうな。
どうにも気になったので聞いてみた。
「うん? ふつうに金銀財宝のつまった宝石箱の他には、ウリンダの実に、魔力を貯めるには不向きな怪しい宝石を入れておいたり、絶対解読できない魔法呪文を刻んだ石版とか、何かわかんないけどすっごい感じの魔道具とかね、まあそんな感じかな」
怪しい宝石って何? すっごい感じの魔道具って何!?
よけいにわからなくなった。
そして、学園で、魔草学の授業の一環として、私たちが蒼の森へ行くことが決まる。
まず、私が、留学期間内にできるなら蒼の森での実習をしてみたい、と学院に希望する。精霊の加護がある私といっしょなら、蒼の森に入ることができる。せっかくだから、希望者で実習を行おうと、学院側からの提案があり私がそれを了承する、そんな形で。
といっても、その日蒼の森に実際に出向くのは私の関係者だけ。なので、その実習は、この作戦が終わってから本当にやろうと思っている。
危険がなくなってからね。
魔草学のみんながとっても楽しみにしているので、望みをかなえてあげたかった。
ルクスたちには嘘の日程が流れるように仕組んだ。
正確には、どこにスパイがいるかわからないので、当日集合した教室で延期が発表される。私の体調不良を理由に。
念のためそこから3時間、彼らには特別実習として、私たちのハーブ園の見学と、その後、文官養成科の有志の薬草学の研究発表を聞いてもらえるよう手配してある。
移動はプラータの転移の魔法陣と結界だ。万が一その中にスパイがいても脱出はできないよう、兄がハーブ園周辺に魔道具をがっつり配置している。
私とアルベルトは、教室にいる皆が無事転移を果たしたことを確認して、今度はヴェルデたちやヴェルデが作ったゴーレム同級生と、蒼の森に出発した。
兄たちも私の部屋に移動している頃だろう。
その日、蒼の森には前の夜に降った雨の影響が残っているのか、それともいつもこうなのか、樹々のあちらこちらに水滴が残っていた。
私とアルベルトは、精霊たちとヴェルデのゴーレムと一緒に、蒼の森に足を踏み入れた。
水分の多いやわらかめの土を踏みしめながら歩く。
不思議なことに、樹々も下草も、枯葉も花も、鳥のさえずりも種類はわからないが何かの動物の気配も、すべてが私たち一行を歓迎してくれている、そう感じられた。
「エリーゼ、あれがウリンダよ。ここはウリンダの群生場所だね」
私の肩に精霊の姿のまま腰掛けているヴェルデが指さしたのは、魔草学の授業で学んだとおりのウリンダの姿だった。
30センチくらいの丈で薄緑色の大きな実がなっている。
図鑑に載っていなかった花をつけているものもある。
花は赤だったり青だったり黄色いものもある。
「花の色が色々あるのね。学園の図鑑には載っていなかったけれど」
「花のことは森の秘密だから、ここに入った人は誰もそのことを伝えないの。だってあの色で、何が実になるかだいたいわかるから」
なるほど、精霊とともにここに入った者なら、森の秘密は話さないわね。
「ほら、あそこに地味な花があるでしょう? 実はあれがレアな幸運のテントウムシ」
他の鮮やかな色にまぎれてほぼ存在感がない、薄鼠色のあの花が?
「ウリンダは、植物というより魔物だから、へたに手を出すと、酸で攻撃されるから気をつけて。花は絶対にだめ。実が熟れているものは大丈夫だけど」
「熟れているかどうかは、どこで判断するのですか?」
アルベルトが聞く。
「熟れているものは、実にうっすら縦の線がはいっているのよ。割れやすいように」
そういえばこんな子いたかも、という生徒に化けたアマリージョが微笑む。
私はしゃがみこんで、ウリンダを覗きこむ。
「あっ、これ、縦線が入ってる!!」
「それは触っても大丈夫よ。実を摘んでみたら? 何が入っているか楽しみだよね」
私は、おっかなびっくりウリンダの実に手を伸ばす。
やはり生徒に化けたロッホが私の隣に座り、同じように熟れたウリンダの実に手をのばし、こうやってやるんだよと教えるように実を摘む。
そして、線に沿って実をぱかっと二つに割る。
出てきたのは、ロッホにそっくりな小さな赤いドラゴンだった。
「あらま。火の精霊じゃない。珍しいね、精霊がウリンダから生まれるのは」
「よし、お前は今日から俺の子分だ」
ロッホが偉そうに言う。
生まれたての火の精霊は、でもそんなロッホに甘えるようにキューンと鳴いて、ロッホの掌に乗った。
かわいい。
私も、ロッホの真似をしてウリンダの実を摘む。
そして、そっと実を割る。
「おお」
アルベルトが隣で感嘆の声をあげる。
「金色のウサギじゃないか。すごいなエリーゼ」
確か、金色のウサギの毛は幸運のお守りになるとか。
ヴェルデがウサギにそっと息を吹きかけると、金色の毛が舞う。それが集まり花の形になる。マリゴールドに似ている、愛らしい花。その花を、ヴェルデから渡されたアルベルトが私の髪にそっと挿した。
「この子は、森に放したほうがいいの?」
「連れて帰ってもいいけど、人間に狙われるから、この森で暮らすほうがいいかもね」
「他の大きな動物や魔物に狙われない?」
こんなに小さくて愛らしいんだもの。
ロッホが肩を震わせている。なにがそんなにおかしいのかしら?
「ウリンダウサギを食らったら、どんな魔物も即死するから。この森でウリンダウサギを攻撃するものはいないわ。だって、食料にもならないものを倒す必要なんてないでしょう?」
ヴェルデが答えをくれた。
「ちなみに、ウリンダから生まれたものはすべてがそうだからね」
ウリンダ、最強だね。
「そろそろ前に進もうか」
魔力だまりまでは、まだ少し距離がある。
「そうね」
「あの大きな木の右側を入っていくのよ」
ヴェルデが教えてくれる。
「大きな木ね、ほんと、樹齢千年とかそんな感じ」
私は由緒ある神社の御神木のような、楠に似た、その大木を見上げる。
「小娘、私は三千とニ百二十二歳じゃ。この威厳をしかと見よ」
突然、その大木に顔が現れ、口を開いた。
アルベルトが私を守るように前に立ちはだかる。
「オリエント、久しぶり」
ヴェルデがにこやかに手を振る。アルベルトの緊張がとけ、私の隣に戻ってくる。
どうやら知り合いらしい。
「ヴェルデ、元気そうじゃな。その娘がそなたが加護を与えたという人間か?」
「そうよ。エリーゼっていうの。すっごくおいしい、特別なお菓子を作れるのよ」
「ほう、それはそれは」
オリエントの口が半開きのまま、よだれを垂らした。
どうやら、精霊たちと同じように、食いしん坊キャラらしい。
「よかったら、おひとつどうですか?」
樹齢三千年をこえる大樹が、クッキーを食べるかどうかはわかんないけど。
私が、非常食用に持ち込んでいるハーブクッキーを一つ手にすると、するすると蔦が伸びてきてそれを口に運んだ。
「う、うまい。それになんじゃ、この魔力は。若返るぞ、若返る!! 活力が漲る!!!」
マジですか!?
「不思議なんだよね。エリーゼが作ると、なんでもかんでもそんな感じになるんだよ」
え、そうなの?
けっこう大事なことだよね、それ。
「ほうほう。できれば、もう一つ二つもらえんかのう」
私は、手近にあった大きな葉っぱの上に、お供え団子のようにクッキーを盛った。
「どうか、お納めください。オリエント様」
「なんと、こんなにたくさん。よいのか?」
「まだまだたくさんありますから。どうぞ」
ロッホなんて、口のはしに食べかすがついているもの。
「かたじけない。それではお返しに、そなたにこれを」
ヴェルデ経由で私の掌に載ったのは、真っ赤な木の実。
「樹人族の族長、オリエントの実だよ。別名命の実」
「それは、砕いて食せば、命の危機にある者を救う。冥界に足を踏み入れていない者なら、どんな状況であれ元の姿に戻せる」
内容が凄すぎて、頭を素通りしそうだ。
とにかく、お礼は言わないと。
「ありがとうございます」
私は、精霊たちにいつも守ってもらっている。
だけど、他の人たちは、私の身近にいる危険から、私ほど守られてはいない。
だから、これはお守りになる。
「百年に一つは実がなるが、誰にも渡したことがない。たくさんあるから、必要になったらまたくればよい。……手土産は忘れるな」
私は、わかりましたと頭を下げた。
これを使う事態に、そう頻繁になっては困るけれど。
それからまた、オリエントの右側のけもの道を行く。
アルベルトが、先に道をつくるように歩く。
「もう少しで転移魔法陣のある魔力だまりにつくわ」
「ルクスたちは、もうこちらに来ているの?」
「いえ。向こうで、アマリージョがいないから探し回っているわ」
アマリージョは、ここにいるからね。
「アマリージョがいないと、戦力半減だから踏み出せないんでしょうね」
「じゃあ、来ないのでは?」
「まさか。ルクスはもう以前の彼じゃないわ。へし折れたプライドのせいで、冷静な判断ができない。アマリージョがいなくても、ここへやってくるわ。あなたを捕らえ魔力を搾り取り、加護精霊諸共、手に入れるために」
「そういえば、中継ってどのあたりからやるの?」
「森に足を踏み入れた時からやってるよ」
「はい?」
「樹人族が、リレー方式で魔道具を移動させてくれているから」
「ということは、さっきのウリンダの群生地も、今のオリエントとのやりとりも?」
「見たでしょうね。今頃、盛り上がっているわね。きっと」
「いいの? 森の秘密がみんなにどんどんばれていくけど」
「彼らは大丈夫よ。秘密を守れる子たちだから。それにもしばらしたら」
「ばらしたら?」
「一生、エリーゼのお菓子は食べられないわ。おまけにハンナのお茶も飲めないわ」
どうかな?
それって、強制力あるのかな。
あとで聞いたところによると、ヴェルデのその言葉は、クリスを注視していたみなに多大な恐怖をもたらしたそうだ。オスカーでさえ、それは困ると膝をついたとか。
みんな、大丈夫か? 色々な意味で心配だ。
「あそこに魔法陣が見える」
アルベルトが二十メートルほどさきの沼地の先にある一点をを指さす。
私たちは、沼地に沿うようにゆっくり魔法陣に近づく。
どうやら、魔力はこの沼の周辺に溜まっているようだ。けれど、魔物が生まれそうな瘴気は感じない、
不思議な場所だ。
私たちは、アマリージョを先頭に、突然ルクスたちが現れても対処できる程度には距離を置いて魔法陣を観察する。
「きれいな魔法陣ね」
無駄がなく、洗練されていてすごくきれいだ。それに、初めて見たけど、平面ではなく立体的だ。
私は、しばらく、その魔法陣を見つめた。
もうすぐ、ヴェルデに壊されてしまう魔法陣だから。心の目に写しこむように。
「エリーゼ、あちらに動きがあるようです。いったんここを離れましょう」
「わかったわ。どこまで離れる?」
「この先に小さな遺跡があります。そこへ彼らを招きます」
「なんの遺跡?」
「古代人が、ヴェルデを祀った神殿跡です」
「へ?」
間抜けな声が出る。
「ヴェルデって精霊じゃないの? 女神なの?」
「私は精霊よ。でも人が私をどう思っても、神と崇めても、それは私の知ったことではないわ」
「ヴェルデは、人の願いの多さに辟易して、蒼の神殿を森で覆ってしまったのよ。それが蒼の森のはじまりだから」
なんと。
「その辺で採ってきた果物とか汲んだ水ぐらいしか供えないのに、その願いはとんでもなく大きくて、しかもたくさんで、やってられなかったのよ」
お菓子を供えればよかったのに。
あと、ヴェルデに頼みごとをするのなら、いっしょに楽しめることじゃないとね。
神殿跡、といわれても、その面影はほとんどない。
これは、きっと、ヴェルデが、例のあれで壊しまくったのでは?
それにグルグル巻きもやりたい放題。見えるものほとんどに茨が巻き巻きしている。
「ここなら多少は燃えても大丈夫」
ロッホが嬉しそうに頷いている。
「遺跡の外に延焼しないように、注意してね」
「わかってる」
ロッホの肩にミニロッホが乗っている。
君も、火を噴くのかな?
ほどほどにね。
「あれは、ヴェルデ様でしょうか」
アルベルトが見つけたのは、ヴェルデのお姉さん、的な像だ。頭の右側と左手の先が壊れているけれど。
「そうよ。自分で自分の像をぶっ壊すのは気分が悪かったのでやめておいたら、あんな感じに朽ちたみたいね」
やっぱり、破壊活動をしたんだね。
「それで、ここでどうするの?」
ヴェルデ作ゴーレムが、静かにそれぞれの配置につき、土を掘ったり茨を取り除いたりし始める。
どうやら、遺跡発掘のふりらしい。
「エリーゼは、私の像のそばにいて。アルベルトはエリーゼの護衛よ」
「わかった」
アルベルトがうなづく。
「石板があるわよ」
ヴェルデの像の下に石板がはめ込まれている。
「私を讃える詩よ」
「写してもいい?」
「どうぞ。古語の教材にするの?」
「うん、カーリーが喜びそう」
絶対喜ぶ。こういうのは彼女の大好物だから。古銭は落ちてないかしら? レイチェルのいいお土産になるんだけど。
その瞬間、「エリーゼ、大好き、愛してる!!」と向こうでカーリーが叫んでいたことを、私は知らなかったけどね。
正直、胸の鼓動は激しい。
精霊たちがついている。
アルベルトもそばにいる。
ウリンダのウサギの毛やオリエントの実ももらった。
これ以上、安全な人間はこの世界にいないのかもしれない。
でも、やっぱり怖い。
ルクスの、最後に私を見たあの目を思い出すと、その憎しみの深さがわかる。
それが、前世のメグミの目と重なる。
足が震える。
「大丈夫、俺が守る」
アルベルトが、そっと肩を叩いてくれた。
「エリーゼ、あなたには、あいつの憎しみの欠片も届かない。なぜなら、この森すべてがあなたの味方だから。ううん、森だけじゃない。クリスの向こうのみんなもあなたを守っているのよ」
ヴェルデも私の頬を撫でてくれた。
アルベルトが、ジュピターを小さく口ずさむ。
……ひとりじゃない、と私もいっしょに口ずさむ。
微笑み合うと、自然と呼吸がととのった。
「転移してきましたよ」
アマリージョがニヤッと笑う。
決戦の時が来た。
遺跡を抜け森を駆けるように、一陣の風が吹いた。




