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敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part3-2

 第23章 ルクスからお茶会に招待されました。


 オニキス大公国に戻ってきた。

 ミラが待ち構えていて、到着とともに笑顔で出迎えてくれた。

 こちらに残っていた者はみな無事、とラウルからも報告がある。

 ホッとする。

 日帰りでの里帰りだったが、やはりリフレッシュするようで、気分がスッキリしている。

 アルベルトにそう言うと、俺もだ、と笑った。


 ミケランジェロは、今日も一日、創作に没頭していたようで、遅めの夕食になったがまったく気にもしていない。むしろ、もう少し作業をしていたかったと残念そうだ。

 しかし、それが遠因でアメリとロゼッタが攫われたこともあり、食事の時間だと声をかけられれば素直に作業を中断するそうだ。

 健康第一だからね、と念を押すと、「それはこっちのセリフだ。お菓子の食べすぎではないのか」と返され、アデル殿下と私は顔を赤くし、アルベルトはミケランジェロに同意するように頷いていた。


 それから一週間ほど、私たちは、穏便に留学生活を送っている。

 この一週間の間に二度、三時間程度と短い時間だが、エメラルド王国には戻っている。

 カーリーたちに、もう少しマメに戻ってくると約束したこともあるが、リリアのことが気になったからだ。

 オスカーによれば、リリアは、今のところ、まずい言動もなくまじめに授業を受けているらしい。

 自分がいつのまにか魔法科を代表するような風魔法使いと認識されていることに、最初は戸惑っていたようだ。しかしもともと魔力は高い方なので、オスカーがそれとなく援助をしながらボロが出ない程度には修行をしているようだ。

 いいことだ。

 マリアンヌとも、うまくやっているようだ。

 特に親しくはしていないようだが、目に余るような暴言や振る舞いはないという。

 どちらかといえば、少し距離を置いている感じかな。

 マリアンヌはそれが少し不満らしい。

 前のように、厳しく意見を言って欲しいと思っているとか。

 それね。

 リリアではなくアマリージョだしなぁ。


 いや、アマリージョ、あなたが出ていくのはよくないと思うよ?

 このままフェイドアウトで、お願いします。

 ふふふ、って、笑ってごまかさないように。

 ん?

 猫ならいいか? 意味がわからないわね。


 カーリーの猫になって、リリアやマリアンヌの手助けをしたいと。

 違うよね?

 ちょっかいを出したいだけだよね。それに、猫より豚より、精霊のままの方が自由に動けるよね。

 

 それだとスリルがない?

 

 スリルなんか要らないよ。

 こっちでもあっちでも忙しいんだから、これ以上、ややこしいことはしないように。


 気晴らしが必要だと?

 リリアもマリアンヌも、あなたのオモチャではありませんよ。もちろん、私もね。


 とにかく、カーリーの猫に化けるのも禁止です。

 あら、そうなの?

 

 カーリーの猫は、アンシャンテと名付けられたそうだ。

 

 こちらでは、昨日からミケランジェロが絵画を手掛けている。

 留学中に描き終わる保証がないと最初は断ったようだが、本当は彫刻にかける時間を削られるのが嫌なんだろうが、持ち返って出来上がった時に収めてくれればいいと大公に直談判され、引き受けたようだ。

 テーマを尋ねたら、『神々の歓びと憂い』を描くという。

 私の部屋で言い合いをしていたヴェルデとアマリージョの姿に、インスピレーションを受けたらしいが、私としては全く解せない。

 アマリージョにからかわれて、ヴェルデが拗ねてそのうちブチ切れる、という場面はしょっちゅうあるが、その姿に霊的なものを感じたことなど一度もない。

 でもまあ、そういう感性みたいなものがあるかないかで、芸術の扉は開かれていくんだろうな。

 一人のファンとして、完成を楽しみに待ちたい。 

 

 そんな中、ルクスからの招待状が届いた。

 宮殿での、公子エミリオと宰相ルクスの共同主催のお茶会だった。

 そして、その招待状とともに、もちろん別ルートだが、届いたのが、あの金ぴか男の死の知らせだ。

 ラウルの仕掛けてくれた『誓約の書』はこれで無効になる。

 彼の死が、そのためなのか、単にトカゲの尻尾切りだったのかはわからない。

 わかったのは、ルクスはいともかんたんに、自分の手駒を始末したということだけだ。

 そのルクスからの、脅迫状ではなく今度は正真正銘の招待状だ。厄介極まりない。

 公子との共同開催のお茶会を断るのは難しいからね。


 ちなみに、客としての招待状は私にだけ届いたようだ。なぜかしらと思ったら、ミケランジェロは、なんと、事前に招待を断ったそうだ。

 色々思うところはあるが、大公閣下の許可を得ているというから、私からは何も言うまい。

 

 そして、アデル殿下は、主催者側でゲストとしてリュートを演奏することになっているとか。

 ということで、アルベルトにエスコートを頼む。


「手土産はどうしよう?」

 今まで、そういったことはすべて母や兄が手配をしていたので、私にとっては初めての経験になる。

 相談相手はアルベルトとミケランジェロ。

 アデル殿下は、ここのところ、エミリオ公子に呼びだされてばかりだ。

 あちら側に取り込まれないかと心配したが、どうやらアマリージョの入れ知恵で、向こうの動向を探っているらしい。

 出向く際には、防魔法、防呪、防毒とあらゆる防御を精霊たちが万全に施しているらしいので、心配はないとインディゴが言う。インディゴの言葉だけではどうも心配だったが、プラータも太鼓判を押すので、まあいいのかなと思う。

 

 ラウルとハンナも私たちの背後に控えているが、口出しはしないようだ。

 あまりにあんまりだと助言いたしますが、というスタンスらしい。

 助言されぬよう、しっかりまとめていこうと思う。


「無難なところで、お菓子?」

「食べ物はやめた方がいい。毒でも仕込まれ誰かに被害が出たらあっという間に冤罪を押し付けられる」

 それもそうか。ラウルも小さくうなづいている。

「適当な宝石類でいいんじゃないか? ヴェルデ様に頼めばなんでも手に入るだろう」

 ミケランジェロは、招待を断ったからか、手土産にさほど興味はない。

 こんなどうでもいい相談はさっさと切り上げて創作に戻りたい、と顔にはっきり出ている。

 いや、それは許しませんよ。

 だいたい、公子の名が連なるお茶会の招待を断るなんて、正直あり得ない。

「いやでも、時間の無駄だから。大公に創作の時間が削られることはごめんだと言ったら、私から穏便に断っておこう、って言ってくれたし」

 まあ、大公に言われれば、向こうも難癖はつけづらいだろう。

 穏便かどうかはわからないけど。

 だからせめて、お土産の相談くらいはのってもらうよ。

 

「宝石類もやめた方がいい。これまでのあちらの魔道具にはすべてその動力に魔法石や鉱物が使われている。ヴェルデ様の質のいい鉱物をそんなことに使われたら困る」

 アルベルトは慎重ね。投げやりなミケランジェロよりは、そういう意見はありがたいけど。


「楽譜はどうだ?」

「楽譜?」

「エリーゼは作曲が得意だろう? オニキス大公国への敬愛をこめて曲をプレゼントするんだ。アデル殿下にそれをリュートで演奏してもらってもいい」

 いや、それはどうだろう。

 すべて、前世の作曲家の皆さまの作品で、私の作品ではない。

 もちろん、オリジナルを作る才はない。


「はっきりさせておきたいんだけど、私の奏でる音楽は私の創ったものではないのよ。ずっと以前聞いたことのある他の誰かの曲なの。だから、そんなものを楽譜にして贈ってもねぇ」

「いや、いいんじゃないか。現状、誰の曲であっても弾けるのはエリーゼだけだろう? それを楽譜にすれば、大勢がその曲を嗜むことができる。誰の曲かを明記するか、それをエリーゼが知らないのなら不明としておけば、盗作にはならないさ」

 音楽を手土産にする、それはいい案かもしれないわ。

 あちらに悪用される危険が少ないもの。

「それなら、リュートに合う曲を楽譜にすればいいかしら?」

「二つ三つ候補をあげて、アデル殿下に相談すればいいのでは」

「そうね。ミケランジェロはどう思う?」

 あれ、いつのまにやら姿を消している。


 あ、そう。

 作業に戻ったと。

 時間の無駄だから。

 あ、さようですか。

 次から、おいしいことも楽しいことも、誘ってあげないよ?

 時間の無駄になるかもだからね。


「エリーゼ、いちおう言っておくけれど、ごちそうを食べる時なんかに彼をのけ者にしてはだめだよ」

「お嬢様、アルベルト様のおっしゃるとおりです。ミケランジェロ様は創作の刺激になることを無駄、とはおっしゃらないと思います。おいしいものや楽しいこと、めずらしいことがある時には、ぜひご一緒されますように」

 はい、わかりました。

 拗ねてはいません。

 わかったってば。そんな目で見ない、二人とも。

 

 アデル殿下が選んだのは、ホルストの『ジュピター』だった。といっても、私が覚えていたのは、前世の女性シンガーの歌だけど。

 殿下は、最後まで、「戦場の〇リー〇リスマス』と悩んでいた。


 覚えている旋律をピアノで弾くと、兄の作った専用の魔道具がそれを楽譜にしてくれる。

 アデル殿下がリュートの演奏になじむようにそれに少し手を入れ、楽譜は完成した。

 ラウルが、それを美しく装飾された羊皮紙に、写し取ってくれた。

 おまけにミケランジェロが、それにヴェルデをモデルに精霊の姿とハーブの花々を描いてくれた。

 アルベルトが、相談の途中で無断でいなくなったのはあんまりだぞ、とミケランジェロに苦言を呈したらしく、それなら自分のできることで、と手土産に参加してくれたらしい。

 

 おかげで、我ながら素晴らしい手土産ができたと思う。

 私がしたことといえば、ピアノを奏でただけで、後は偉大な前世の作曲家の才とこちらでの優れた人たちの労力の結晶だから、我ながらというのもおこがましいが。


「その楽譜を手土産にするのはもちろんとてもいいと思うが、できれば、私と君で合奏したほうがいいのではないかと思うのだが」

 というアデル殿下の提案は丁寧に断った。

 私の演奏は、ちょっと上手な素人の演奏にすぎないから、ではない。まあそうだが、もっと大きな理由がある。


「アデル殿下、それは無理です。エリーゼが弾けば、精霊様たちが集まってこられます。お忘れですか?」

 アルベルトが、私の代わりに進言してくれた。

「そうだったな」

「彼らは、姿を現さずとも光ります」

 それはもう盛大に。

 大騒ぎになるに決まっている。

「すまん。私が浅慮だった。この美しい調べを合奏できたらと、つい欲が出た」

「それなら、ルクスがいない場所でいたしましょう」

「そうだな」


 当日、オニキス大公国ではお茶会の定番されている黒のドレスを纏い、セレステが採ってきてくれたパールを、ミラが魔法で加工したネックレスとイヤリングを身につける。

 驚くほど、美しい出来上がりだ。しかも、私に命の危険があれば身代わりになってくれる魔法付きだ。

 うちの侍女たちのスペックがもう怖すぎる。


 アルベルトは、辺境伯に代々伝わる騎士スタイルだ。近衛騎士のそれよりずっと装飾が少ないが、黒が基調なのでこの国でのおよばれには相応しいし、なんというかいつもよりずっと凛々しさが際立つ。

 ただし、お茶会のエスコートなので武器は身につけていない。代わりに、魔道具の指輪とブレスレットをつけてもらっている。もちろん、私のパールのアクセサリーと同じスペックだ。

 こちらは、ラウルが作ったらしい。

 うん、もう、何も言わない。みんな凄いよ。みんなに感謝を捧げるだけだ。

 

 プラータを呼ぶ。

「私以外に毒と呪い耐性の魔法をお願い」

 プラータの、美しい銀白色の光が、アルベルトとアデル殿下を包む。私まで。

「私はいいのに」

 私には加護がある。

 毒も呪いも効かない。

「エリーゼには美貌の祝福ですわ」

 おっと。

 それはありがたい。

 やっぱりね、綺麗だと嬉しいよ。女の子だもん。


 お茶会はエミリオ公子の本邸で行われる。

 馬車での移動だ。到着するまでは、ラウルが護衛につく。とはいえ、いつもどおり精霊たちが一緒なので危険はほとんどない。

「いってらっしゃいませ。アルベルト様、お嬢様をよろしくお願いいたします」

 ラウルに見送られ、アルベルトのエスコートで公子邸の門をくぐる。


 さてさて、どうなることやら。


 主催者、つまりエミリオ公子とルクス宰相への挨拶では、ちょっとしたトラブルがあった。

「護衛騎士にエスコートさせるとは、いやはや。高位貴族ばかりの集まりに、どんな危険があると思われてのことか」

 ルクス宰相が、侮蔑の声色で私とアルベルトに視線を向ける。

 アルベルトにエスコートしてもらうことはアデル殿下から伝えてもらっているはずなんだけど。


「本日は、エメラルド王国シュミット辺境伯嫡男として、我が国宰相、ヴォーヴェライト公爵令嬢エリーゼ様のエスコートをエメラルド国王陛下より承りましたゆえ」

 でも、アルベルトにぬかりはない。

 事前にシュミット辺境伯と国王陛下の許しを得たうえで、しっかり励む様にと、王命によりエスコートの役目を引き受けている。

 そうすることで、こちらでの厄介ごとはもちろん、あちらでのフィリップ殿下陣営からの非難も避けられる。王命って厄介だけどやっぱり役に立つんだよね。だから王妃様が自分の都合で使うんだろうけど。


「君は、あの辺境伯の嫡男なのか?」

 シュミット辺境伯家は、エメラルド王国では侯爵とほぼ同じ爵位と認識されている。有事の際には、侯爵どころか公爵家よりも、その発言力は重要視される。

 つまり、今日のお茶会に私をエスコートしてきても全く問題のない身分だ。

「さようでございます」


(どうやら、ルクスが本来のエスコート役のアデル殿下を主催者側に取り込んだのは、そうすれば、仕方なくエリーゼがミケランジェロをエスコート役にすると思っていたようですよ。彼が平民上がりなことをネタに、客たちの前でそれとなく二人に恥をかかせようとしていたようです)

(恥? 別に私ミケランジェロのエスコートでも、それを恥とは思わないけど。だって、彼は神に愛されている稀有な才能の持ち主よ。むしろ光栄だわ。しかも、ミケランジェロだって自分の身分などどうでもいいと思っているのよ。今ここでそれを暴露されても、ちっとも応えないと思うけど)

(そうでしょうね。しかし、ルクスにはその気持ちはわからないでしょう)

(なぜ?)

(ルクスは子爵家から、養子縁組を繰り返すことでようやく侯爵に成り上がった者です。ですから、身分への拘りが強いのでしょう。生まれた時から大国の公爵令嬢であるエリーゼ様への嫉妬もあるのかもしれませんね。ミケランジェロのような稀有な才能への嫉妬も)


(彼の才能を買っていたのではないの?)

(ミケランジェロを自陣に取り込めなかったので、彼の元の身分を知らしめることでその作品の価値を落すつもりなんでしょう)

(ばかね。あの才能に身分など関係ないのに)

(それがわかる者なら、もう少しなにもかもうまくやるはずです。あれが私たちを欺けたのは一度限り。二度はありません。絶対に)

 アマリージョ、かなり怒っているのね、ルクスに。

 まあ、落ち着いて。

 だまされることだってたまにはあるよ。


 大事なのは反省と次の一手、だよね?

 怒り、ではないはず。頼むよ。


(ところが、ミケランジェロはお茶会に欠席、私のエスコートは身分に問題のないアルベルト。計算が狂ったようね。でも、アルベルトが辺境伯の嫡男だってことぐらい、わかっていたんじゃないの?)

(彼らは、アルベルトは、公爵家の護衛騎士としか認識していなかったようです)

 まあそうか。だって彼がそうなったのは留学の直前だったから、調べる時間もなかったのかもしれない。


(こちらの国では、レイナードが辺境伯嫡男と認識されているので、アルベルトのことは情報として入ってきていないのでしょう)

(でもそれって、アマリージョたちがそういうふうに認識させたんだよね?)

(精霊を騙すような輩には、倍返しです)

 いや、向こうも、精霊を騙す気はなかったと思うよ?

 結果、そうなったって言うだけで。

 ほら、もう蒸し返すのはよそう。

 インディゴの尻尾が垂れている。よくよく見れば、私の足元の影の中でしょんぼりしているから。


「それがなぜ、公爵家の僕として令嬢の護衛騎士をしているのだ?」

 問われたからといって、辺境伯の跡継ぎについてのあれこれを、他国でペラペラ話すわけがない。

 情報が欲しければ、自らの手で取ってくるしかない、それが常識。

「ルクス宰相様、この場でそのご質問は無粋かと。それに、身分がどうあれ、私は国外での急なご招待における、その場しのぎのエスコートにすぎません」

 アルベルトが、嫌味とともにそれを受け流す。

「ご存知のように、こちらには、兄も婚約者のフィリップ殿下もいらっしゃいませんので」

 私も、言外に、そんなわかりきったことで難癖つけるんじゃないわよ、と告げる。

「それもそうだったな。失礼な物言いを赦していただけるだろうか」


 ルクスの言葉には、一片の詫びの気持ちも感じられないが、こちらとしては拘ることもない。

「もちろんですわ。本日はご招待いただきありがとうございます。感謝をこめたお品は後ほど、お楽しみくださいませ」

「アデルが、君の贈ってくれた楽曲を演奏してくれると聞いている。とても楽しみだ」

 エミリオ公子が笑顔で答えてくれる。

 素直でいい人、なんだろう。

 早く、ルクス教から距離を置いてくれることを切に願う。


 まあ、こちらとは痛くもかゆくもないそういったちょっとしたいざこざはあったが、私たちは無事お茶会の会場に入り、なるべく無難な人たちとの交流に励んでいる。

 おもに、学園で知り合った学生の親御さんたちと。


「エリーゼ様は、ピアノの演奏がお上手なんですよね」

「それほどでも。素人の嗜み程度ですわ」


「演奏もさることながら、エリーゼ様は偉大な作曲家なんですのよ」

「誤解ですわ。私は埋もれていた古の作曲家の楽曲を紹介しているだけですから」


「そういえば、古代文字の解読にお力を貸されているとか」

「私ではなく、加護をいただいている精霊の智慧ですわ。ありがたいことです」

「そうでしたわね、エリーゼ様は精霊の加護持ちでしたわね。素晴らしいことですわ」

「こちらのイザベラ様にも加護がおありになりますよね」

「そうですの。イザベラ様はわが国の誇りですわ」


「エリーゼ様は、こちらに留学されているミケランジェロ様のパトロンなんですよね」

「父が彼の後援をしております」

「まあ、公爵様が」

「素晴らしい才能だと、絶賛しておりますわ。兄も彼のファンなのですよ」

「うちの娘も絶賛しておりましたわ。全身が震えるほどの感動を受けたと」

「わかりますわ。彼ほどの才能と同じ時代に生を受けたことを、私は神に感謝しております」


「それにしても、見事なパールですわね。古代遺跡の出土品でしょうか?」

 内陸部にある国で、これほど上質なパールをこの数集めるとなると、もはやお金の問題ではない。

 もっとも海のある国でも、真珠を採取することは至難の業だ。

 この世界には、海の魔物がいるから。

 でも、海の精霊にとっては、なんということはないことらしい。

 セレステの話によれば、海の底では真珠の養殖に精を出している精霊たちもいて、そこから譲ってもらうらしい。対価は、歌だそうだ。セレステの歌声は秀逸なので、上質のパールをたんまり手に入れることができるとか。

「精霊のご加護のおかげですわ」

 嘘はつかない。

 どの精霊かは明言しないだけで。

 

 まあ、こんな感じだ。

 その間、アルベルトは、ご婦人たちの熱いまなざしを、無礼にならないぎりぎりの線でかわしながら私の周囲への警戒を怠らない。

 そこへ、エミリオ公子が近づいてきた。

「そろそろアデルの演奏が始まりますよ」

 私は、エミリオとともに舞台の近くに移動する。

 アルベルトは私の背後についている。


 アデル殿下がリュートを抱えて舞台に出てきた。

「まあ、なんて見目麗しい方かしら」

「エメラルド王国の第一王子様ですって」

「あら。ということはあの王位継承権を放棄されているとかいう?」

「音楽に生涯を捧げられるそうよ」

「それは、もったいなくも尊いことですわね」

 ご婦人たちがじりじりと前方に出てくる中で、聞こえてきたのはそんな声。

 

 おや、アマリージョがアデル殿下のそばにいるわね。

 あ、そうか。

 音量の操作をするのね。


「みなさま、本日は親しい友人であるエミリオ公子のお招きで、私の演奏を披露させていただくことになりました。曲は、我がエメラルド王国の誇る音楽家の一人、ヴォーヴェライト公爵家令嬢エリーゼ様からエミリオ公子に贈られた『ユピテリア』です。お聞きください」

 ちなみに、こちらの世界でジュピターと同じ気象現象を司るのは絶世の美女神ユピテリアだとアマリージョに教えてもらったので、その名を曲名に充ててみた。

 どうやら、アマリージョは彼女の十数人いる娘の一人にあたると最近知ったので、アマリージョを通してその名を借りる許可はとっておいた。


 それにしても、いつもながら、この人のリュートの音色は素晴らしい。

 静かに深く、そして切なく、優しい。

 私は目を閉じてみる。

 果てしなく続く雄大な宇宙空間が心の目に浮かぶ。

 同時に、歌詞が影響するのか、この新しい世界の中でも私はひとりじゃない、って素直に思える。

 こうやって聞くと、この選曲は大正解だ。

 もともとこの曲は、管弦楽組曲だが、この旋律はリュートにとても合う。

 周囲で噂話に励んでいた女性陣も、うっとりとその音色に耳を澄ませている。


 演奏が終わる。

 殿下が、微笑みながら舞台を去る。

 周囲には涙ぐむ人も多い。

 うーん、本気で殿下は、生涯を音楽に捧げてもいいかもしれないわね。

 その後も、有名な音楽家の演奏が続き、最後は、オニキス大公国の誇る歌姫ナターシャの歌でしめくくられた。

 ナターシャの歌も素晴らしかった。フォークロア調のそのメロディも心に沁みた。

 彼女の歌声を聴けただけで、今日ここに足を運んだ甲斐もあるというものだ。


 その後に、なぜかゲーム大会。

 というか、まあ、ミニカジノだよね、これは。

 

 ブラックジャック的なゲームに参加してみる。

 優勝した。

 確率の問題だ。カウンティングができるから有利だった。

 

 私が優勝すると精霊のおかげだろう、つまりズルだろうと陰口が聞こえてきた。

 どうやらこれも、ルクスの私への嫌がらせの一環らしい。

 負ければ、精霊の加護があっても知れている、勝てば、精霊の加護のおかげ、とどちらにしてもやんわりと陰口を広めるつもりだったようだ。

 ルクスへの反感が強すぎるアマリージョの言葉なので、半信半疑だが、まあなくはないね。


 とはいえ、カウンティングも前世的にはズルといえばズルなので、賞金は、全額を学院に寄付した。

 これで、私への評価はある程度高レベルで守られた。

 反感のある人は、何をしたって悪いようにしかとらないからね。

 そういうのは、無視するに限る。

 

 最後は、ダンス。

 お茶会でダンスは初めて。夜会なら必須だけど。


(エリーゼがダンスは苦手、という情報を信じたようですね)

 私は社交界と距離をとっていたので、ダンスを人前で踊る機会はあまりなかった。

 しかし、仮にも公爵令嬢、ダンスのレッスンは幼い頃より受けている。

 達人ではないが苦手でもない。

 

 あ、そうか。

 これも、アマリージョの偽情報ね。

 いい線をつくよね。

 その姿を見たことがほとんどいないのだから、真偽のほどがわからないものね。

 見せない、ということは見せられないのでは? って疑われるのが自然だ。


 いいでしょう。

 幸い、アルベルトもある程度は踊れる。

 これがミケランジェロなら厳しい面もあったかもしれない。パートナーの腕次第で、並が上に見えることはよくあるが、その反対はけっこう悲惨だ。

 なるほど、アデル殿下を私から引き離したのも、最後の最後で赤っ恥をかきなさい、ということだったのかもね。


 アルベルトに導かれ、ホールの中央から少し外れた場所に立つ。

 音楽が奏でられる。

 私は、アルベルトのリードに身を任せる。

 彼と踊るのは二度目だ。だからだろうか、以前より踊りやすい気がする。


「アルベルトはダンスも上手ね」

「弟と二人、幼い頃から貴族としてのマナー教育の一環として叩き込まれているからな」

「辺境伯家でも?」

「エメラルド王国は賢王が続き長きにわたって平和が続いている。辺境伯家として国境を守ることに手抜きはあり得ないが、貴族として外交に務めることもまた辺境伯の仕事だからな。君もまた同じだろう? 公爵家こそが我が国の政務、外交の要なのだから」

「そうね。ひととおりは小さい頃から嗜んできたわ。披露する機会は少なかったけれど」

「ダンスもだが、ピアノもなかなかのものだしな」

「ありがとう。でもね、やっぱり私の腕は趣味の範疇よ」

「アデル殿下も君との合奏を望まれていたくらいだ。趣味程度とは謙遜しすぎではないのか? 国に戻った際には、ぜひ、今日の『ジュピター』を合奏してもらいたいな」

 ジュピター、って言いましたね。

 ユピテリアではなく。

「アルベルト、あなたも私と同じ場所からの転生者なのね」

 踏み込んでみる。

 彼は、それを絶対的に隠すつもりはないようだから。

 こんなふうに、会話の節々に前世での知識を入れてくるのだから。

「否定はしない。しかし、肯定もできない」

 どういうこと?

 あなたは、樹里ではないの?

 でも樹里なら、きっと今すぐ、いいえ私だとわかった瞬間にそれを告げてくれるはず。

 いや、私も彼が樹里ではないかと疑いながら確信が持てないのだから、そうともいえないのかしら。

「そのことについて話すなら、ここではないほうがいいだろう」


 曲が終わる。

 アルベルトの次は、お役御免となったアデル殿下が気を利かせてやってきてくれた。その次は無難にエミリオ公子と踊る。三人と踊れば次からは断っても無礼にはあたらない。

 ふたたびアルベルトのエスコートで、フロアの隅に移動する。

「何か飲むかい?」

 ダンスの間の会話はなかったことにするようだ。

 まあ、時と場所をかえてと言っていたのだから、そうするしかないけれど。

 それにしても、なにごともなかったかのように、いつもどおりだ。

「喉は乾いたけれど、ここで何かを口に入れるのはなんか怖いのよ」

 エミリオ公子とのダンスの途中で気づいた。

 どうにも気味の悪い感触がある。

「だって、君、毒も呪いも効かないんだろう?」

「だからかもしれないわ」

「どういう意味?」

「毒を飲んでも平気、呪いにも無頓着で笑っている人を見たら、あなた、どう思う?」


「そういうことか」

 そういうことなのよ。

 そんな人、怖いよね。

「しかし、こんな場で君に毒を盛ったり呪ったりはしないだろう」

「そうなんだけど。なんとなく嫌な予感がするの。だから、危なそうなことは何もしたくないの」

「このままでは帰してもらえないということかな」

 おそらく。

 その嫌な予感はほどなく現実となる。


「みなさま、本日は楽しんでいただけましたでしょうか。最後に、このパーティーの共同主催者、我が国の偉大なる賢宰相ルクスより、みなさまに光の祝福を授けさせて頂きたいと思います」


 エミリオ公子が、会の終わりに突然そんなことを言い出した。

 ルクスを教祖と崇める信者たちなら大喜びだろうが、ここには、宰相としてのルクスを尊敬していても、新興宗教の教祖としてのルクスを崇める立場にはない者たちもたくさんいる。

 みな、どういう態度をとればよいのか戸惑いの表情だ。

 私やアデル殿下、アルベルトにいたっては、正直迷惑だ。

 うちには、正真正銘の光の精霊、しかも最高位の精霊がいるのだから、それ以上の光の祝福などあろうはずもない。


 しかし、エミリオ公子は、すでに何かにとり憑かれたような表情でルクスに傅いている。

「殿下、これは少しマズいのでは?」

「かなりマズい。どう転んでも、エミリオの評判は地に落ちる。しかも親しい友人としてこの会に参加した私の立場もよくはないな」

 次の大公が臣下であるルクスに傅く。そしてそのルクスが今から行う光の祝福を自分のことのように、いやそれ以上に誇ろうとしている。

 成功すれば、ルクスはエミリオ公子のお墨付きで彼以上の権力を有するかもしれない。

 もし、失敗すればルクスの今の権威も小さくなるかもしれないが、その程度の臣下に傅いたエミリオ公子は、跡継ぎとしての能力を疑われる。

 

 この際、アデル殿下の評判はどうでもいいだろう。

 本人の希望どおり放浪者になるのなら、イケメン音楽家という印象で十分だ。

 もし、気が変わってエメラルド王国のために尽くす、というのなら、その能力が十分あることは、兄や私たち、エメラルド王国の者がわかっていればそれでいい。

 今のところ、国外追放への道が一番可能性の高い私が心配することでもないしね。


 ただ、この場をルクスの思いどおりにさせてはいけない。

 彼がこの国を今以上に牛耳ることになれば、エメラルド王国への影響が、いえ、他の諸外国への影響が大きすぎる。

 なぜならルクスは、光の神教という新興宗教の教祖だからだ。

 宗教に国境はあるようでない。

 彼の宗教を、素晴らしいものだと、周知させてはいけない。


(プラータ、どうすればいい?)

(想定内ですよ。ご安心を)

 あら、そうなの?

 それならもう少し様子見ね。


「それでは、ルクス様、みなに祝福を」

 エミリオ公子の声に応えるように、ルクスが両手を天井に向ける。

 すると、少し間があいて、天井から光の粒が舞い降りる。

 ん?

 微妙。その量が想像以上にしょぼい。

 

(魔道具が天井一面に張り巡らされていましたから全部壊しておきました。しかも、その魔道具が機能している間にエリーゼに向けて闇魔法を撃つつもりだったようで、天井裏に一人、闇魔法師が潜んでいました。もうチューチュー鳴いていますが」

 はぁ、さようですか。

 うん?

 ということは、つまり、あのしょぼい光が、ルクス自身の魔法ってこと?

(闇の魔法と融合していますからね。あれで威力は結構あるんですが、見た目は地味ですね)


 あれれ? 

 ルクスが私を睨んでいる。

 私のせいじゃないよ? 


 まったく関係ないと言わないけど、勝手にやってるんだから、あの子たちは。

 そりゃあ、私のお願いは聞いてくれるけど、命令なんかきかないし、だいたいは事後報告だから。


(これ、どう収拾するつもりなの?)

(お任せください)


 突然、プラータが光りだし、人型をとる。

 初めて見たよ。

 きれいだ。

 アマリージョは妖艶美女さんだけど、プラータは上品で清楚系の美人さんだね。


「我は、愛と美と光の女神フロリアーナ様より最高位の精霊として認められた者。このたび、類まれなる美しき魂の持ち主に我の加護を与えるために降臨した」

 会場が、プラータの神々しさとその言葉に静まりかえる。

「おお、ルクス様。最高位の光の精霊様があなたに加護を与えに来てくださった。なんという奇跡。なんという誉れ」

 なんという茶番。

 むせび泣いているエミリオ公子には申し訳ないが、やらせですから、これ。


 プラータが、満面の笑みを浮かべるルクスを思いっきり素通りする。

 そして私と向き合い告げる。

「美しく気高い娘よ、その芳しい魂に我の加護を受け取れ」

 今までで一番多く、美しい光の粒が舞い踊る。

 おや?

 金の粒も混じっている。


 それにしても、なんて心地のいい光だ。

 桃源郷にいるようだ。行ったことはないけど。


「我に名を」

 私もしかたなく茶番に付き合う。

「恐れ多いことでございますが、謹んでお名前を捧げます。あなた様はプラータ、光の精霊プラータさまです」

「よい名だ。気に入った。この先、この娘に害成す者はすべての光の精霊と女神フロリアーナ様に楯突くものとみなす」


 やがて静かにプラータは消えていく。私の背中に吸い込まれていくように。


 歓声があがる。

 それまでの何もかもがすべてなかったことになるほどの、お祭り騒ぎになった。

 アデル殿下とアルベルトだけが苦い笑みを浮かべ、ルクスとエミリオ公子は呆けている。

 それ以外の人々は、奇跡をこの目で見ることができたと興奮の坩堝と化している。


「帰ろう。どさくさに紛れて」

「いや、エリーゼ、君がこの騒ぎの中心にいるんだぞ。無理だろう」

 その時、私のイヤリングが片方、弾け飛んだ。

 アルベルトが、私を抱き込む。

(ひっかかったようですね)

 アマリージョ?

(あやつは、今の攻撃で光の属性を失いました。闇の魔法との融合ができなくなればあやつの使える魔法の威力はさほどありません)

 どういうこと?

(最高位の精霊プラータの言葉はそれほど重いということです。エリーゼを害すれば光の精霊を敵にまわします。加護に関係なく光の精霊全てに敵意を持たれれば、光の魔法は使えなくなりその属性も消えます」


 その日から、宰相ルクスはオニキス大公国の表舞台から姿を消した。

 闇に潜ったのだろう。

 一方でエミリオ公子は、プラータの祝福を受け、元の聡明な公子に戻った。

 呪いを受けたり闇の精神魔法をかけられていたわけではないが、やはり、洗脳を受けていたということだろう。

 大公の願いで、宮殿に集められた光の神教の信者たちに、私はプラータの力を借り祝福の光を浴びせた。

 洗脳から解けた者もいれば、頑なにルクスを信じ続ける者もわずかながらいた。しかし、それだけでは罪とはいえない。大公はその者たちに宮殿への出入りと大公一族への接近のみを禁止した。


 アマリージョを筆頭に、精霊たちはごきげんだ。

 私の想像以上に、ルクスに騙されたことを悔しく思っていたらしい。

 しかし、そう浮かれてもいられないだろう。

 ルクスの公の権力は削り取ったが、闇に潜った故に恐ろしい復讐劇も想像できる。

 これからをどうするか、頭のいたい問題を相談するため、私たちは、翌日、すべての授業を休みエメラルド王国に一泊の予定で戻ることにした。


 

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