敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part3-1
第22章 留学中とはいえ、転移なら里帰りも一瞬。心配かけていたようなので、もう少しマメに戻ってこようと思います。
翌日、音楽の授業で、オニキス大公国の音楽の母と呼ばれているウィンディの代表曲をアデル殿下のリュート演奏で聞いた後で、アデル殿下とアルベルト、ハンナとともに、エメラルド王国の魔法学院に転移した。
アデル殿下は、兄に会うため魔法省に出向いた。
足取り軽く、心なしか背中に歓びがあふれているような。
殿下は、向こうにいる間も、兄の話ばかりしていた。留学前には私に気のあるような口ぶりだったけれど、やっぱり兄に惚れていて、私のことはカモフラージュでは? と疑わないでもない。
アルベルトも男子禁制の女子寮に残るわけにもいかないと、久しぶりに文官養成科の教室に顔を出しに行った。
風紀の問題はあれど、うちも男女の区別なく護衛は主のそばにいられるようにした方がいいな、とブツブツ呟いていたので、その件を仲間に相談しにいったのかもしれない。
なんだかソワソワしながら、寮の自室で、カーリーとレイチェル、マリアンヌを待つ。
アマリージョが三人を呼びに行ってくれている。ヴェルデとアマリージョ以外は、オニキス大公国に残ってもらっている。あちらの方がこちらよりずっと危険が多いからだ。
インディゴとセレステには、私たちの留守中、あちらでの諜報収集とネズミさんたちの世話を頼んでいる。
実は、エミリオ公子の別邸から戻ったとたん、間者がまた活動するようになった。
なので、ネズミさん、大量発生中だ。
そういう意味で、ミラにも残ってもらっている。侍女たちの中で、ミラの戦闘能力が一番高い、ということで。
ハンナは、もちろん、お茶の準備だ。
こちらにしかない、ブレンド茶を用意してもらっている。
ほどなく、まずマリアンヌがやってきた。山盛りのお菓子を抱えて。
でも、そのお菓子をテーブルに置くと、マリアンヌは私をギュッと抱きしめた。
「すぐに、会いに来てくれると思っていたのに」
まだ、二週間ほどですよ? マリアンヌ。
そこへ、カーリーとレイチェルも飛び込んでくる。
手には、摘んだばかりのハーブを抱えて。
「エリーゼ、酷いです。こんなに長く会えないなんて聞いていませんでしたよ」
「そうよ。毎日のように行ったり来たりしてくれるんだと思っていたのに」
二人も、マリアンヌと同じように、少々おかんむりのようだ。
あちらで、私たちは新しい環境に慣れるのにけっこう必死だった。
ようやく、慣れた頃に、アメリとロゼッタが攫われた。
なので、私にとっては、あっという間の二週間だったが、カーリーたちにとっては、長い二週間だったのかもしれない。
「こちらの様子を聞かせて。ハーブ園やみんなの研究はどんな感じ?」
「ハーブ園は順調よ。新しい品種もちゃんと育ってるわよ。留学の前にエリーゼが苗を持ってきたカレンデュラだったっけ? あれは花がかわいらしくていいわね。増やして遊歩道にも植えてはどうかしら?」
前世では、カレンデュラはキンセンカともいい、観賞用にもいいが、軟膏にすれば火傷やニキビなど、皮膚トラブルの治療に有効だとされていた。
こちらでも、皮膚の治療薬として試してみるつもりだ。
基本的には、アロエベラ軟膏と同じように作るつもりなので、同じグループにまかせてみようと思う。
「遊歩道に植えるのは賛成よ。それを同時に軟膏も作って欲しいわ」
「わかった。相談してみるね」
「そういえばカーリー、修道院にアロエベラを植えたんだよね? 反応はどうだった?」
「アロエベラの薬理効果は、もう十分修道院では周知できていたので、あの姿かたちでもちゃんと受け入れてもらえました。でも、時々外から訪ねてこられた方が、驚かれることはあるそうです」
「でも、それなら、あちらでお薬にすることも可能ね」
「はい。簡単な調薬方法は伝えてありますから。それから、事後承諾になって悪いのですが、調薬に必要な器具を、マテウス様のお手配で少し寄付させていただきました」
ほう。
兄さま、点数を稼ぎましたね。
「まったく問題なくてよ」
「それから、これなんだけど」
そういってレイチェルが差し出したものは、色は白ではなく黄色だけれど、形はイチゴの花によく似ている植物だった。
「ゲウムかしらね」
こちらの世界での名前はわからないけれど。
「やっぱり、エリーゼは知っていたわね」
レイチェルの言葉に、カーリーがうなづく。
「この植物は、タンニンやオイゲノールが豊富ね。根には殺菌作用と麻酔作用があるから、歯痛やのどの痛みなんかに効くわよ」
「タンニンが含まれているということは、下痢なんかにもいいのね?」
さすがカーリー。そのとおり。
「これ、どうしたの?」
「それが、ハーブ同好会の誰も知らない間に、こっそり植えられていたのよ。これといっしょに。……これはひなげしでしょう?」
私は、それを受け取りじっくり観察する。
そして、こめかみを押さえる。
これは、ひなげしではない。
茎や葉の特徴から、同じケシ科ケシ属の植物だが、前世では、勝手に育ててはいけないと言われていたケシだと思われる。
「ヴェルデ、来て」
来ない。
でもいる。気配がある。
「植えたのはヴェルデだよね?」
反応なし。
「お菓子禁止一週間!! でもいいの?」
ヴェルデが、ちょっと拗ねた様子で姿を現した。
「酷いよ。痛みに効くハーブを集めてきただけなのに。お薬にいいと思って」
「でも、こっちは、薬物依存になるし死ぬこともあるのよ。精霊はどうかしらないけど、人はね」
前世でも、ケシの実の汁は古代から鎮痛・鎮静作用が知られ、医薬品として用いられてきた。けれど同時に習慣性や、命を削る危険性も高いことで知られている。このケシはいわゆる麻薬として扱われるべきものだ。
このケシの果実に傷をつけてアルカロイド樹脂を採取する。そこから、モルヒネ、アヘン、ヘロインが作られていく。
モルヒネはまだ医療のイメージも大きいが、アヘン、ヘロインとくれば、マズいイメージしか浮かばない。
「エリーゼにうまく使ってもらおうと思って」
「これは、私の手には負えない。だからハーブ園からは取り除いてくれる?」
私はケシを指さす。
確かに、上手に扱えば、麻薬もまたよい薬になるだろう。
だけど、こちらでは、麻薬には手を出さないほうがいい。なぜなら、この世界には依存性のない魔法があるから。そこはうまく使い分けた方がいいと思う。
少なくとも、私の手で麻薬を作り出すつもりはまったくない。
むしろ、誰かの手で麻薬が生み出され流通するようなことがあれば、それを撲滅つもりだ。
「精霊と違って、人は弱いのよ。お願い」
「わかったわ。エリーゼといっしょにいるから、人が色々弱いってこと忘れてたよ」
わかってくれたようだ。
若干、腑に落ちない言い回しだったけれど。
「ただ、見本としてこれだけは厳重な管理の元、兄に育ててもらうわ。ハーブ園のものはすべて撤去で」
私はレイチェルから、育ててはいけないケシを受け取る。
「それから、もし、それが自生している場所が人の目につきやすいところなら、カモフラージュもしておいて欲しいわ」
ヴェルデはなんとかうなづいてくれた。
それから、四人と精霊でお茶を楽しんだ。
マリアンヌの新作の、チーズケーキは、すごくおいしかった。
精霊たちも大喜び。
できるだけ、三日に一度くらいは戻ってくるようにすると、約束して、その日は解散した。
兄と連絡をとる。
夜には向こうに戻る。早急に、麻薬のことも含めて話し合わなければならないことが多い。
アルベルトにも、図書館に来てもらう。
オスカーは、呼ばなくても、絶対兄とともにいるはずだ。
図書館の特別エリアにヴェルデに結界をかけてもらう。
そして、まずケシの話をする。
それからとれる薬が、どれほど人間に有害かを、私の知識の限りで。
「でも、もう人が育てている場所もありましてよ? エメラルド王国ではありませんが」
おっと、アマリージョ、ここで爆弾発言ですか。
他国でも、決して安心はできない。
そういうものは、驚くほどの柔軟さで世界を席巻するのだ。
「近くに、精製工場もあって、薬を作ってるしね」
ヴェルデが口をとがらす。
それって絶対アウトな薬な気がする。
「ちなみにどこ?」
「カーネリアン王国ですね」
わりと最近、ガーネット王国から独立した小国ではなかったかしら?
「その件で、面白いお話もありますわ」
きっと笑える話、ではないんだろうな。
「カーネリアン王国がガーネット王国から独立する際、『リベルタース』が裏で手助けをしたそうですよ」
「というと?」
「つまり、呪いの薬でカーネリアンを支配し、その依存性のある薬でガーネット王国を弱体させてから独立に持ち込んだのです。カーネリアンの新王は、リベルタースの幹部だとか」
「ということは、ルクスがその背後にいて、すでに麻薬を武器として扱っているということ?」
「そうですね。その二国は、もともと一つの国ですが。数年前から急激に国土の魔素が減り、精霊がいなくなり、人々が魔法を使えなくなったのです。回復系の魔法が使えないのなら、人の手でどうにもできない薬が蔓延れば、打つ手はなかったかと思います」
魔素がほとんど存在しない土地。
精霊もいない。
だから、アマリージョたちにもあまり情報が入らなかったのかもしれない。本腰を入れて、リベルタースや光の神教を調べるまでは。
「数年前から、ということはそれまではふつうに魔素があったのね?」
「ええ」
「どうしてそんなことに」
「おそらく、魔素を意図的に吸い取られたのではないでしょうか」
「そんなことできるの?」
「まあ、やろうと思えば。たとえば、エリーゼぐらいの魔力があって数年単位の時間をかけて継続的に闇魔法をかけ続ければ」
「ちなみに、それをやった人間はどうなるの?」
「人でなくなり魔獣になることもあれば、死ぬこともあります。でも、もしもインディゴレベルの闇の精霊に加護を受けていれば、まったく影響を受けないこともありますね」
なるほど。
「じゃあ、リベルタースには、闇の精霊の加護がある者がいるのかもしれないわね」
「いや、いないでしょう」
「どうして?」
「そもそも、精霊は、そう簡単に加護は与えません。ニュクスもルクスも加護はないでしょう?」
まあそうだね。
「そのようなことに加担する人間に、精霊が加護を与えるとは思えませんし、加護を受けている者を捕らえてきたとしても、加護を与えている精霊が必救い出すか、無理な時はともに死を選びますから」
えっ?
「力が悪用されるくらいならその方がいいですから」
そうだけど。
「イザベラ様にも、マリンが寄り添っていたでしょう? あの時、マリンはともに死を選ぶことも覚悟していたはずです。加護を与えるということはそういうことです」
私に、そんな覚悟があるのだろうか?
でも、少し考えれば理解できる。
今のこの私の力、悪用されたら、国を亡ぼすこともできる。
そんなことになるのなら、死を選ぶこともあるだろう。
「大丈夫ですよ。守りますから」
「そうだよ。だいたい、わたしたちを負かすって、そんな人間はいないよ。魔王でも無理だし」
魔王?
魔王って実在するの? 絵本の中だけじゃなくて。
今はいない? 千年に一度くらいの割合で復活すると。
復活にはあと二百年ほどあるんだ。へえ。
でもその魔王でもヴェルデたちを負かすのは無理なんだ。ちょっと安心。
「じゃあ、後は、どんなことがが考えられる?」
「悪魔と契約を交わした者。この場合も、ジェネラルクラスでなければなりませんから、まず考えられません。となると、生まれつきドレイン体質の者でしょうか。この体質の者は魔素や魔力をその身に吸収し、放出もできます」
「その土地の魔素を吸い取って、別の場所に排出するということ?」
「そうですね。排出しないと、その者が石化したり魔物になったりしますから」
「カーネリアンの近くで、魔素が増大した場所があったりする?」
アマリージョがうなづく。
「新しいダンジョンが国の南側を除いて三つできていますね。それと、少し離れた森ですが、強い魔獣が増えているとか」
ダンジョンが三つって。
もうそれ正解じゃないの?
ダンジョンに潜ったことはないけれど。
エメラルド王国では、貴族はその身分を放棄しなければ冒険者になれないし、冒険者以外はダンジョンに潜ることはできない。
学院や王家所有の森で、管理されているレベルの魔獣を狩る。魔力を上げるのに許されているのはそれだけ。
「ダンジョンか」
国外追放になったあかつきには、身分もなくなるだろうし、冒険者になってダンジョンに潜ってみるのもいいかもね。
アルベルトと兄、もしかしたらアデル殿下もパーティーを組んでくれるかも。
それより、もしかしたら、ラウルやミラ、ハンナの方がいいかもしれない。
でも、ダンジョンって、精霊は潜れないんだったかしら?
魔素が多いのは歓迎だろうけど、なんか、精霊には環境悪そうだものね。
「プラータとセレステ以外は、ダンジョンも平気よ。あの二人も好きじゃないだけで、中に潜ったら弱る、とかはないんだけどね。私は、特に平気。だって、大地の精霊でもあるんだから」
それもそうか。
「エリーゼ、ダンジョンの話はまた今度な。それより、習慣性のある、そのケシ薬の件だ」
ごめんなさい。
「国ぐるみで、まずい植物を育てて、いけない薬を精製してるってことだよな? そしてその後ろ盾にルクスがいると」
「なら、つぶすしかないんじゃないか?」
兄さま、どんどん過激になってきているのでは? アデル殿下が引き気味ですよ?
「小国とはいえ、国だぞ? そう簡単につぶせるわけないだろう。つぶせたとしても、その後をどうするかってこともあるし」
「しかし、何もしないわけにはいかないだろう」
「この国の魔素を吸い取って少なくされたらどうするんですか? その上でそのやっかいな習慣性のある薬を蔓延されたら、ここも危険です。現に、呪いの薬ですでに犯罪者が多いとはいえ、国民に被害が出ています」
オスカーの言うとおりだけど、エメラルド王国は特に魔素が豊富な国土を有する。
これを搾り取ろうとすると、かなり大変だ、というか無理じゃないだろうか。
「まあ、この国の魔素をカーネリアンと同じようにするには、エリーゼが五人で十年はかかるかと」
アマリージョが淡々と言うが、それがどれほどのものなのかよくわからない。
けれど、私以外は、いちおうホッとしているので、その心配はあまりないのかもしれない。
「呪いの薬の方は、すでに回収済みだ。ニュクスがこちらの手にあるのだから、これ以上の製造も無理なはずだ」
お兄様、それは断言できるのかしら?
「インディゴ様が、あの薬にはすべてニュクスの闇魔法に染まっているとおっしゃっていた」
なるほど。
「けれど、別の闇魔法師がいれば、性能が違ってもできる可能性はあるのでは?」
「国内の闇属性のある者はすべてチェック済みだ。しかし、国外のことはわからない。カーネリアンが多く集めているという情報も寄せられている。アマリージョ様から」
「アマリージョはいつ、そんな調査をしているのかしら?」
向こうでも、結構忙しそうだし。
リリアになって、こっちでも授業を受けているのに。
「アマリージョには、手足となる精霊がたくさんいるからね。諜報に秀でている優秀な子たちだから、欲しい情報を伝えておけば、いくらでも集めてくるわよ」
「ヴェルデには、そういう子たちいないの?」
「私は、そういうの苦手。集めて育てて統率するって、面倒じゃない? なんでも自分でやった方がいいもの。ちなみに、意外だろうけど、ロッホにはいるわよ。プラータにもね。でも、プラータのは、手足っていうよりファンクラブみたいなものだけどね。でもプラータのためなら光の粒となって召されてもいいって感じの、どエム集団だよ」
初耳だが、なんとなくそんな気もしていた。
時々、いくら精霊だって、数の力がなければ無理じゃない? って案件もあったしね。
それにヴェルデはああ言うけれど、けっこう面倒見がいい。ハーブ同好会のみんなは、ヴェルデが育ててくれているようなものだ。
だから、ヴェルデはきっと人間が好きなんじゃないかな、と思う。
下位の精霊を集めて手足にするより、人間の手助けをしているほうが性に合っているのだろう。
「で、どうしますか?」
あ、また横道にそれたわね。アルベルト、ごめん。そしてありがとう。
「とりあえず、精製工場はつぶそう。そして、薬草畑もできる限り」
兄が言う。
「うちがやったっていう証拠がでるとまずいぞ」
アデル殿下が眉根を寄せる。
「薬草畑は、私に任せてよ? とりあえず、他の植物に植えかえておくから。もちろん誰の仕業かなんてわかるはずもないようにやっておくから」
「ぜ、全部ですか?」
「うん。広域魔法でやるから大丈夫」
「他の植物っていうのは、ちなみに何?」
茨だらけだと、いつかヴェルデの仕業だとわかっちゃうかも。
「何か希望があるの?」
「できれば。カーネリアンの国民が飢えずにすむような何か? 小麦とかジャガイモとか」
「ふふ、いいわよ。じゃあ、ジャガイモにしておくね」
「では薬工場はこちらでやりますか」
「私にお任せください」
オスカーが立候補。
「どうやる?」
「水魔法で、機械や素材を水浸しにしてしまえばいいかと」
「そうだな。燃やしたりすると煙が出て危ないからな。水はいいかもしれない」
「出向いた場所で問題があれば、助言もいただきたいので、セレステ様に同行いただけたら嬉しいのですが?」
オスカーが私を見る。
「いいでしょう。セレステに聞いてみます」
聞かなくてもわかってるけど、喜んで同行するって言うと思う。
でも、一応そう言っておかないとね。
私の加護精霊だから。
「実行は、私たちが留学中の間にお願いします。信じる信じないは別にして、私や殿下とは無関係、という体裁はとっておきたいですから」
「わかっている。オスカーにも隠密で行動してもらう」
「では次だな。ドレイン体質の者? そいつを特定して確保することが必要だ」
「インディゴ様の助けが必要かと」
「どうかな、エリーゼ?」
「アマリージョにもう少し情報を集めてもらって、それからインディゴに確保を頼みましょう。でもその前に、ニュクスをなんとかしないと、インディゴの負担が大きすぎないかしら?」
「まったく問題ないかと思います。ニュクスは今、ここではないどこかで、インディゴの闇に囚われています。あの場所では、逃げようもなく死ぬことさえできません。放っておけばいいでしょう。ニュクスはやはり、ルクスの処遇が決まってからともに断罪すべきかと」
ここではないどこか。
それって、どこなんだろう?
「アマリージョ様がそうおっしゃるのなら、そのように」
お兄様、言いなりですか? それでいいんでしょうか?
いいんですか。
それなら、いいですけど。
「では、インディゴ様にその者を確保してもらって、やはりその、ここではないどこか、でしばらく面倒を見てもらうというのは?」
「そいつが自主的に悪さをしているのならそれでもいいけど、そうじゃなくて脅されてたりしたら、あそこはかわいそうかも。死なないけど正気でいられる保証はないから」
ニュクスは、大丈夫なのかしら?
「では、確保の後、私が取り調べよう」
「でも、ドレインなら、お兄様の魔力を搾り取られてしまいますわ」
「なら、エリーゼ、お前が同席してくれ」
私なら、大丈夫だ。
魔力が大きすぎて、一度には吸い取ることはできない。わたしより器が大きいのなら話は別だが。
「そんな危険な真似はさせませんよ」
アルベルトが、護衛騎士らしくおかんむりだ。ちょっと殺気も漂うほどに。
「大丈夫だ、エリーゼの魔力は大きすぎて、そいつが一度に吸い取ることはできない」
「そんなこと、わからないじゃないですか」
「わかっている。君は知らないだろう? エリーゼの魔力を。我が家の測定器は、魔王の魔力も測れるほどのものだった。けれど、壊れた。測ることもできずに木っ端みじんだ。次に用意したものも壊れた。現状、魔法省の英知を集めても、エリーゼの魔力を測る道具は作れない」
「木っ端みじん? その、魔王の魔力がどれほどのものかわかりませんが、そもそもその設定が間違っているのでは?」
「間違っていない。魔王城があったとされる古代遺跡から出た魔道具を改良したもので、魔王を基準に製作したと文書も出ている。ちなみに、魔王の魔力はメモリの12だったそうだ」
「しかし」
「私はメモリ1だ。15まであるメモリの1だぞ? エリーゼは、その魔道具の針が振り切って壊れた。貴重な古の魔道具だったのに」
そんな残念そうな顔をされても。
どうしたって私の魔力を測りたいと、意地になったのはお兄様ですからね。
「エリーゼの立ち合いに問題はない。心配ならお前もくればいい。ただし、魔力を搾り取られないように対策はしてこいよ。私はエリーゼに分けてもらえばいいが、お前にはやれんぞ。ただの護衛騎士なんだから」
そんな言い方しなくてもいいのに。
「あのお兄様、そもそも、そのドレイン体質の人って、本当にルクス陣営にいるんでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「だって、魔力を搾り取るといえば、イザベラ様の監禁のときも魔道具でしたよね?」
「ああ。あの魔道具は凄い。できれば持ち返りたかった」
「だとすれば、人ではなく魔道具でやったとは考えられないですか?」
「しかし、あの道具には確か国宝級のオニキスの珠が使われていたよな。ヴェルデ様が一撃で粉砕されたようだが」
未練がましいですよ、お兄様。
「ああ、あれね」
アデル殿下が、思い出して遠い目をする。
兄は見ていないが、殿下はクリスでその一部始終を見ている。
「あのような立派なオニキスがそういくつも発掘されるとは思えない。同じような魔道具を国が廃れるほど使用したとなると、もっと大きなものか、それとも驚くほどの数を揃えるかしない。現実的に難しいのではないかな」
ヴェルデが、ニタリと笑うと少しばかり大きくなり、あの大きなオニキスと同じくらいの珠を四つほど取り出し、ジャグリングのように空中で回し始める。
「いくつだって用意できるけど」
兄の目が真ん丸になる。
アデル殿下は、大きなため息をひとつ。
オスカーは嬉しそうにそれを眺め、アルベルトは無表情になっている。
「いやそれは、ヴェルデ様だからで」
「まあ、そうね」
「つまり、魔道具を量産するのは難しいの?」
「人には無理かもね。あのタイプの魔道具は、オニキスでなくても黒い宝石ならいいんだけど、そういうのってオニキスよりもっと掘り出しにくいしね。これとかね」
そ、それって?
「ブラックダイヤモンドでは?」
オスカーが震える声で聞く。
「うん? そうね。燃えやすいのがあれだけど、硬くて使いやすいわよ。いる?」
皆が視線で、兄に、もらっておけと言っているようだ。
使うのなら、兄だろう。魔道具にせよ献上するにせよ、使い道があるのも使えるのも、きっと兄だ。
もらわないという手もあるが。
ブラックダイヤモンドに、もう一度お目にかかれる日がくるかはわからない。
「ヴェルデ、お兄様にあげてもいい?」
「いいよ。これもあげる。取り出すのは簡単だけど戻すのはちょっと面倒だから」
そう言って、ヴェルデはジャグリングに使っていたオニキスの珠もくれた。
たぶん、これでカーネリア王国ぐらいなら買えるんじゃないか? とアルベルトがボソッとつぶやいたが、聞かなかったことにした。
色々脱線するが、いつものことだ。
寄り道しながらもいくつかは方針が決まっていく。
麻薬は撲滅の方向で。
畑はヴェルデがジャガイモ畑に変え、精製工場はオスカーとセレステが水魔法でつぶす。
カーネリアンが集めている闇魔法使いとドレイン体質の者の確保は、インディゴにお願いする。
捕まえた者の取り調べは兄と私で、アルベルトはすべてに同席する。
こんな感じかな。
「お兄様、それからリリアの件ですが、そろそろ元に戻した方がいいかと。これ以上評判が上がりすぎては戻ってからのリリアが辛すぎるのではないかと」
「確かにな。……アマリージョ様、彼女の様子はどうですか?」
「反省はしていますよ。カーリーのおかげで平民への差別意識はないようです。ただ」
「ただ?」
「マリアンヌへの嫉妬心は消えてはいません」
「いいのではないか?」
アデル殿下が言う。
「誰だって嫉妬ぐらいはするだろう。平民への差別意識ではなくマリアンヌへの個人的な嫉妬心ならあってもよいではないか」
「それもそうだな」
兄が同調する。
「マリアンヌも成長しているわ。リリアの嫉妬心に負けない程度にはね」
そこは私が保証できる。
「それより、問題は、リリアが『真実の愛』をわかっているかどうかです」
でたよ、真実の愛。
わからないよ、そんなの。
「愛を理解できないものは、人を傷つけます」
アルベルト?
「ほう、では『真実の愛』とはなんだと思う? アルベルト」
兄が挑戦的に聞く。
兄は、最近、カーリーにベタ惚れなくせに妹への過保護もやめられない、ちょっと困った人になりつつある。
「『真実の愛』とは、自分より誰かを大切に想い、決して後悔しないことです。ありきたりですが」
前世にそういうドラマもあったね。愛とは決して後悔しないこと、もともとは映画のセリフだったかしら。
そういえば、二人であの映画のDVD、一緒に観たね。樹里と。
私は彼をチラッと見たが、アルベルトはポーカーフェイスだ。
「だとすれば、リリアに自分より大事なものがこの世にあるかもしれないとわかれば、それでいいのではないか?」
「彼女は、自分が一番大事。それは変わっていませんよ」
「でも、カーリーに感謝はしているのよね」
「とはいえ、自分のためなら簡単に裏切るでしょう」
「では試してみよう。アマリージョ様、リリアをここへ連れてきてはもらえませんか?」
久々に見た、ピンクの子豚。きれいに手入れしてもらっている。色つやもいい。
カーリーに可愛がられているのね。
とはいえ、私は隠れている。
私以外のみんなも。
オスカーは、リリアのことを兄から聞かされていたようだが、何も知らなかったアルベルトは、子豚が連れてこられて驚いている。
「少しは反省したのかしら?」
「ブヒ」
「では、そろそろ元に戻りますか? けれど、改善の様子がなければ、今度は豚ではなく蛇か蛙か、とにかく次は、誰かに世話をしてもらえるようなものには、なれませんよ」
「ブヒ、ブヒブヒブヒ」
「それに、カーリーとも会えませんよ。あなたは、平民差別意識の高い貴族として学院の平民に嫌われていますからね。彼女から近づくことはないでしょう」
「ブヒブヒブヒ、ブーブーブヒッ」
「それなら、あの娘を今度は子豚にしましょうか? そうしたら一緒にいられるかもしれませんね。今度はあなたがペットとして可愛がりますか?」
「ブヒッブヒッ、ブヒブヒブヒ」
「そうですか」
何を言っているのかさっぱりわからない。
「カーリーを豚にするくらいなら、このままでいいと言っています。あの子は、この国救世主になる優秀な人間だからと。それから、蛇や蛙になるのは絶対に嫌だから、やっぱりこのままがいいと。カーリーと一緒にいたいそうです」
そういえば、オスカーは動物の言葉がわかるんだったね。
「とはいえ、そうもいかんだろう」と兄。
「反省しているようだから、そろそろいいのでは」
これは、アデル殿下。
「カーリーが寂しがるんじゃないかな。人間に戻ったリリアとも仲良くできればいいな」
おや、オスカーはそうきますか。
「フィリップ王子も豚にしてしまえばいいのでは?」
アルベルトだけが、リリアに関係なくやや過激な意見だ。
「では、聞きましょう? 『真実の愛』とはなんだと思いますか?」
それは、もういいんじゃないかな。
平民への差別が問題だったわけで。それも、私の破滅フラグに代わりにつかまっているようだったので、救済の意味もあっただけだし。
「ブヒブヒ、ブヒブヒ、ブッヒ、ブブブ、ブヒ」
「よくわかりません。私は愛されずに育った娘ですから。でも、そんなものがあるのなら、ぜひ知りたい、と答えています」
オスカーが、ふつうに通訳をしてくれる。
「リリアは一度伯爵の愛人に殺されかけたことがある。別の愛人に間違えられて。その時彼女はまだ十二歳だったそうだ」
間違われるような、そんな年齢の愛人が、父親にいたということか。
辛いよね、それは。
「もしかして、その愛人が平民だったとか?」
「ああ。それも、平民から貴族の養女になった娘だね。伯爵との間にできた子どもを貴族にするために」
まあ、色々あって、憎しみが平民に向かったということか。
でも、それは逆恨みだよ。
悪いのはメルホルン伯爵であり、たまたま平民だったその愛人だから。
でもたぶん、リリアもそのあたりはわかっているような気がする。
わかっていても、消化できないことってあるもの。
マリアンヌへの嫉妬も、貴族の養女になったことが嫌だったのかな。
だけど、マリアンヌはマリアンヌで、伯爵の愛人とは無関係だ。
(アマリージョ、リリアを戻して自室に連れて行ってちょうだい。その際、あなたがリリアに成り代わっていた間にできたいくつかの二つ名についてもちゃんと説明しておいてね)
火魔法の女王とか、孤高の伯爵令嬢とか、フィリップ王子の次の婚約者とか。他にもいくつかあったわね。
(ふふふ。いいですよ。楽しみですね。彼女がどこまで二つ名に立ち向かえるか)
それもまた試練だよね。
リリア、頑張れ。
くじけそうなときは、助けるから。そこは、アフターケアもするよ。責任もって。
ということで、とりあえず、リリアの件だけは片付いた。
あ、だめだ。
オニキス大公国に戻る前に、カーリーをケアしないと。
私は図書館を出てすぐにカーリーの部屋を訪ねた。
カーリーは、思ったとおり、いなくなった子豚を探していた。
「エリーゼ、大変なの。戻ってきたら、ピンキーがいないの。一緒に探して欲しいの」
私は、カーリーに、ピンキーの飼い主が見つかったと話す。
どうやら、学院外から迷い込んだようで、飼い主も必死で探していたのだと説明する。
ごめんね、嘘をついて、と心で謝りながら。
その夜、兄に見送られながら、地下通路の魔法陣からオニキス大公国に転移した。
来た時と同じように、アデル殿下と私とアルベルト、そしてハンナで。
もちろん、アマリージョとヴェルデも一緒だ。
余談だが、落ち込んだカーリーのために、一週間後、アマリージョが子猫を連れてきたそうだ。
私は、後で報告だけを聞いた。
「まさか、ネズミさんの一人を猫にしたとか、じゃないよね」
「この猫は、本物の猫ですよ。ただ。蒼の森の迷い猫なので、魔力は高いですが」
「それは猫ではなく魔獣では?」
「いえ、魔力の高い猫です」
アマリージョはそう言い張った。
カーリーは、また飼い主が見つかったら寂しくなるから、と最初は子猫の面倒を見ることを遠慮していたが、私の部屋で放し飼いになっている猫を、なんだかんだと面倒をみているうちに情が移ったのか、とうとう自室に引き取ったらしい。




