表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/80

敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part2

第21章 ルクスはどうやら、新興宗教の教祖様らしいです。 


 狙われたのは、ミケランジェロの侍女、アメリとロゼッタだった。

 二人は、揃って街に出ていた。

 ミケランジェロが創作に打ち込みすぎていることを心配して、通常の食事以外にも精のつく食べ物を夜食に差し入れようと思ったらしい。

 その買い出しの帰りだった。

 突然、小型の馬車が横付けされ、二人をあっという間に馬車に引きずり込んで攫っていったという。


 こちらの陣営としては、私以外、さほど焦りはなかった。

 クリスで二人の未来を先見していたからだ。

 美花のメモに、留学イベントはない。だからこれは『ジュエリー・プリンセス』には関係のない、この世界独自のシナリオの可能性が高い。

 一方通行なので、美花と意見を交換できないのがもどかしい。話し合えれば、例えば続編の可能性はないのか、とかも検討できるんだけど。

 それに、最近、美花にこそ相談したいこともある。


 そんな事情もあり、しかも敵地に乗り込んでいるわけだから油断は禁物、と穏やかな時間の中でも私は必ずクリスで周囲の仲間の少し先の未来を視ていた。

 だから、知っていた。二人が攫われることを。

 二人には買い出しにいかないように言った。でも、アメリとロゼッタは、兄が派遣した、つまり戦闘能力の高い侍女たちだ。敵に攫われるのも、一考だと笑ったのだ。

 私の味方のはずのアルベルトも、アデル殿下も、そのまま攫われた方がいいという意見だった。

 その方が、相手の弱みを掴めるからと。

 ミケランジェロだけは複雑な顔だったが、彼女たちの覚悟ならそれを認める、自分も覚悟するだけだと言った。


 仕方がないので、彼女たちには呪い除けの魔法をプラータに頼み、外出の際には、護衛にアマリージョをつけた。

 命にかかわるようなことがあれば、すぐに転移で戻れるように。


 それでも実際に攫われたとなると、私以外の人たちも心配になるらしく、ヴェルデ経由でアマリージョから一報が入ると、全員が私の部屋に集合した。

「二人とも無事なんだろうな?」

 ミケランジェロが聞く。

「無事よ。アメリが買った食材を守ろうとして擦り傷を負った程度らしいわ。とりあえずその食材は、あなたのために二人が守ったものだから、ってヴェルデがこっそり持ち返ったそうよ」

「そんなもの、どうでもいいのに」

「あの二人にとってあなたの健康維持は、何より大切なことなのよ。食材も、きっと一つ一つを吟味して、製作に熱中しすぎてロクに睡眠をとらないあなたのために栄養をつけられるものを、と選んだもののはず。無駄にできるはずないわ」

「なんで、付き合いの短い俺なんかのために、そこまで」

 

 ミケランジェロは、物心つく頃には病で母を亡くしていると聞いている。

 芸術を理解しない父とは疎遠だとも。

 私がこちらの世界で手に入れた、家族や侍女たちから受けている見返りを求めない愛情、そんなものに今彼は戸惑っているのかもしれない。私も、前世の記憶が戻ってしばらくは、どういうふうに愛情と付き合えばいいのかわからなかったもの。


「それは、二人が無事に戻ってきてから、自分で聞いた方がいいわ」

「そうする。だから、必ず無事に取り戻さないと」

 まだ二週間ほどだが、誠心誠意自分を思ってくれる二人の侍女は、彼にとって大切な存在になりつつあるのかもしれない。


「ということで、できれば敵の勢力を削ぐ形での奪還に向けて、手短に会議だ」

 こういうことになると、アデル殿下は活き活きするね。

「二人が囚われている場所はわかっているんだよね?」

「ええ。アマリージョがついていますので」

「インディゴも行ってるよ」とヴェルデ。

 陰謀の渦巻く場所は、アマリージョとインディゴの好物だものね。

「彼女たちを攫うということは、ミケランジェロをおびき出すつもりだよな?」

「まあそうだな。エリーゼよりは手を出しやすいだろうから」とアルベルト。


「行くんだよね?」

 私は、ミケランジェロに尋ねる。

「当然だ。彼女たちは俺の世話係だ」

「お前は待機だぞ」とアルベルトが私を睨む。

 

 私が護衛と精霊たちを引き連れて奪還に向かう、という手もある。だけど、今回はそれは悪手だろう。

 兄もいないこの状況では、カモフラージュがなく、ルクスに私の加護やその戦力を知られすぎるからだ。

 私抜きなら、精霊がついていってヴェルデ以外の存在がばれたとしても、誰の精霊かはわからない。むしろ、私がいないことで、私の加護精霊ではないと判断される確率が高い。

 そもそも、精霊は、そう簡単に人前に姿を現さないし、加護を与えている者以外についていったり手助けしたりはしない、と思われている。

 うちの子たちは、ホイホイ行っちゃうけどね。むしろ、頼みもしないのに先回りしてね。

 

「じゃあ、護衛がわりにラウルを連れて行って」

 ラウルが私に向かい、静かにうなづく。

 ラウルなら、護衛になるし、相手の出方しだいでは執事としてもふるまえる。

 

「それで、ミケランジェロを手に入れてどうしたいんだ、奴らは?」

「ルクスが、自分のお抱えにしたいらしいの」

 これは、クリスが映し出したルクスの私室での側近との会話でわかったことだ。

「しかけた魔道具がことごとく使えなくなり、調べに行った手の者が一人も戻ってこない。あちらの陣営では、全員が殺されたと思っているの」

 ネズミになっただけで、ちゃんと元気にチューチュー言って、もりもりチーズを食べてるって、アマリージョは笑ってるけどね。

「なので、私に手出しするのは現状では厳しいと思ったらしいわ。そこへ、ミケランジェロの神のごとき才能が耳に入ってきたわけ」

 ルクス自らおしのびで学園に足を運び、ミケランジェロの創作の様子を確認したらしいが、こちらは、まったく気づいていなかった。そこは大いなる失点だ。

 敵意に対してのガードはしているのだけれど、敵意がない場合、スルーしていたからだ。


「つまり、彼を自陣営にとりこめば、私、というかなにかと邪魔ばかりするヴォーヴェライト公爵家に一矢を報いることができ、しかもルクス教にとってはこのうえない宣材と資金源になると思ったんでしょうね」

「その、ルクス教ってなんなんだ?}

 アルベルトが首をひねる。

「公子のエミリオに聞いたのだが、どうやら、今この国では、ラピスラズリ教ではなくルクスを神のように崇める『光の神教』がじわじわと信者を増やしているようだ。この宗教では、男神女神の頂点にいらっしゃるラピスラズリ様の、その上にルクスがいるらしい」

 

 そんなバカな。

 いや、そうでもないか。


 正典から除外されている古代の聖典には、ラピスラズリ様は神々のまとめ役で、頂点に座す創世神の右腕ともいえる存在だ、と書いてあるものもある。

 つまり頂点には創世神がいるということを、否定はできない。それがルクスだと言われれば、ふざけるんじゃないわよ、となるわけだけど。

 精霊たちに尋ねても、創世神のことは肯定も否定もせず、すぐに話を逸らせてしまう。

 だから、まあ、おそらく神々の頂点に創世神がいらっしゃるのだろう、と私は思っている。

 他の神々と違い、創世神は人々の前に決して姿を現さない。そのためその存在を信じていない者も多く、神々の頂点にラピスラズリ様を置くラピスラズリ教が、この世界の宗教なのだろうが。

 ちなみに、ラピスラズリ様は、絶世の美貌を持つ神として有名だ。

 しかし、その性別は明らかではない。性別を超越した存在というわけだ。


「ヴェルデ、可能性はあるの?」

「ルクスが神だっていうこと? それも、ラピスラズリ様より上の神かってこと?」

 ヴェルデさん、かなりお怒りですね。

「あれは、ただの人だよ。精霊の加護も受けていないのに、人が神になんてありえない。まずはエリーゼのように全属性の魔力にそれぞれの精霊の加護がつかないと、神へのチャレンジもできないわよ」

 へえ。とういうか、チャレンジできるのか。

 絶対しないけどね。


「でも、今、人が知る属性だけではだめ。あと一つ、秘密の属性に加護がないとね」

 なるほど、なるほど。

 たぶん、あの金色の光を放つ、属性だよね。

「そして人が金色の『時の精霊』の加護を受けることはほぼ無理。今の神々はすべて、もともとは精霊王、精霊女王だから」

 ヴェルデ、秘密なんだよね? 金色の光が『時の精霊』のものだってこと!!

 うっかりすぎるよ、ヴェルデ。

 あとで、怒られないといいけど、神様の誰かに。


 ここにいる者は賢明だ。

 今のヴェルデのうっかりに顔色は変えたものの、声を上げる者はいなかった。

 そして、聞かなかったことにして、話を続ける。


「じゃあ、なぜ、ルクスを神と崇める人たちが増えているのかしら?」

「ルクスも、ニュクスと同じで光と闇の属性があるの」

 それは、おそらくそうじゃないかと思っていた。

「でもね、ニュクスと違って、ルクスは上手に闇の属性を隠して光の属性と融合させているの。だから、彼の魔法は、とても強力な光魔法として周囲に認識されている。それを見て、神のようだと思う人もいるんだろうね」

 光魔法は、病を癒したりケガを治したり、人々が恩恵を受けることが多いからね。上手に闇魔法と融合させれば、そのパワーも質もかなり向上させることができる。

 私も絶賛実践中だしね。

「もしかして、公子様も?}

「ああ、エミリオも信者だ。私も勧誘されたよ。断ったがな」


「ミケランジェロは、うまい具合に転がり込んできた金ヅルってことか? 宗教っていうのは、金がかかるらしいからな」

 特に、この世界ではラピスラズリ教が、この大陸の統一宗教として勢力を誇っている。そこへ、新興宗教が打って出ようとすれば、お金の力に頼らざるを得ないところは多々あるだろう。

「俺の作品なら、呪い薬とは違って堂々と金を稼げるってか?」

「まあ、作品を直接売るというよりは、君の作品がそこにあるだけで人々が集まってくるだろうし、結果としてお布施も増えると思っているんだろうな」

 確かに。私でも、ミケランジェロの絵画や彫刻が見られるのなら、それらが飾ってある教会へ足を運ぶかもしれない。

「俺が、そんな奴の言うことを聞くとでも?」

「侍女たちをずっと人質にしておくか、あなたに精神魔法をかけて操るか、そんな方法でしょうけどね」

「バカな奴らだ」

「彼らは、侍女たちが手練れだとか、あなたにインディゴの闇魔法がかけられていて精神魔法が効かないとか知らないから」

「いや、そういうことじゃなくて。そんな方法で心や魂に歪みや傷があれば、必ず作品に影響する。無理やり描かせても彫らせても、いい作品などできるはずがない」

 あ、そういうことか。

 バカな奴ら、に私も入っていたね。


「で、俺はどこへ乗り込んで何をすればいいんだ?」

 脅迫状が来るまで待っているつもりなどない、ということらしい。

 わかるよ、ミケランジェロ。

 ただね、なんで右手に金槌を握っているのかな?

 どこから取り出した? 確か、さっきまで手ぶらだったはず。


「ロッホ、来れる?」

「はいよ」

 おお、すぐに来てくれた。

「侍女たちが囚われている場所がどんなところかわかる?」

「エミリオの持っている別邸だね。以前はニュクスが使っていたらしい」

 もし、事が露呈しても、これはニュクスの陰謀、と言い逃れするつもりか。

「ひどい目に合っていないわよね?」

 アマリージョがついているのだから、そんな心配はないだろうけれど。

「問題ない。ただ、早く戻ってミケランジェロに食事を作らないと、って言ってたよ」

 ミケランジェロの、金槌を握った手に力がこもる。


「ミケランジェロとラウルについていってくれる? 多少燃やしてもいいから。死なない程度にだけどね」

「ヤッホー!!」

 ロッホが、空中でクルリと一回転した。

 そんなに燃やしたいのか。

「ヴェルデは私とお留守番だよ」

 ヴェルデがしょんぼりする。

 ヴェルデも茨で巻き巻きしたいのだろうけど、ここは我慢してもらわないと。私の加護精霊としてばれているのはヴェルデと、おそらくマリンと連絡を取り合っているセレステだろうから。

「セレステも留守番ね」

 歌いたいかもしれないけど。

 セレステもしょんぼりする。

 なんで、うちの子たちは、こうも好戦的なのかな。

「プラータは奪還作戦に参加してくれる?」

 プラータがキラキラと光る。光だけだが、かなり嬉しそうなのはわかる。

 光の精霊の最高位のプラータなら、ルクス相手に引けを取るはずもない。まあそこに、ルクスがいる確率はほとんどないだろうけど。


 これで、向こうにいるアマリージョとインディゴ、向かってくれるロッホとプラータ、守備力攻撃力と撤退の準備は万全だ。

「精霊たち、俺の獲物をとるなよ」

 ミケランジェロ、何を言っているのかな?

 獲物って。


「セレステ」

「なぁに?」

「マリンと連絡がとれるかしら?」

「すぐにでもね」

「それなら、こちらの今の状況、エミリオの別邸に人質を取られていることを伝えてくれる? もし、注意するようなことがあれば聞いて欲しいの」

 この国の王女であるイザベラと加護精霊のマリンなら、私たちがつかんでいない何かを知っているかもしれない。

「わかった」


「あのね、エミリオの別邸は、ずっとニュクスが使っていてかなり魔改造されているらしいわ。罠や魔道具があちらこちらに設置されていて、地下は迷路っぽくなっているって」

 ちょっとしたダンジョンみたいな感じかな?

 私なら、簡単に排除されそうだね。


「ちょっと待ってね、マリンが屋敷の見取り図と知っている限りの罠を、イメージで送ってくれるって」

 そんなことができるのね。

「クリスに映してもらうね」

 セレステが、クリスに触れる。

「エリーゼ、クリスにお願いしてみて」

 私はうなづき、目を閉じ、セレステの手の上から自らの手をかざし、願う。

 クリスが、サクッとパネル状に変身する。

 まあ、見取り図はこの方が見やすい。


 赤の光点が魔道具だとセレステが教えてくれる。黒が罠だそうだ。

「魔道具の数が多いな」

「インディゴが行ってるのなら、魔道具の類は心配ないわ」

 でもインディゴでも、見落としはあるんじゃないかな。一度はルクスに騙されたわけだし。

 それに、ニュクスみたいに悪魔を召喚してたら、妨害もあるし。

「罠もある場所がわかっているのはありがたいが、どんな罠かが問題だよな」

 そうよ。ミケランジェロは、魔力は大きくても戦うための訓練なんてほとんどしたことがないのだから。魔獣狩りでも、指をこんなことで傷つけたくない、と荷物持ちに徹してるし。

「アマリージョがいれば罠は見破れるわよ。心配ないって」

 セレステは、いともかんたんに心配ない、というけれど。

「心配ないって言われても、やっぱり心配だわ」


「エリーゼ、私もいつも待機組だ。私たちが、どれほど君たちを心配しているか、少しはわかっただろう?」

 アデル殿下の言葉にアルベルトも苦笑している。

 そうか。

 アデル殿下もアルベルトも、いつも、私をこんなふうに心配してくれているのか。

「だからこそ、待つ者は信じるしかないんだ。仲間が無事に戻ってくることを」

「信頼するんだ。自分の仲間を、君の精霊を」

 そうだね。殿下とアルベルトの言うとおりだ。


「お嬢様、心配なさらなくても、このラウルがなるべく穏便に皆様を無事連れ帰りますから」

 そうだった。

 今回はラウルがいる。

「父は、かつて第一騎士団の騎士団長まで務めた男」

 セバスチャン、半端ないな。第一騎士団と言えば、近衛騎士団を上回る最強軍団、と名高い武闘集団だ。

「私も幼い頃より父から剣の手ほどきを受けてきました。魔法騎士団に入団したのは、剣とともに魔法の力も伸ばすため。すべてはヴォーヴェライト公爵家の盾となり剣となるため」

 兄より剣の腕はいいと聞いている。

 魔法も、あの魔法騎士団にいたのなら、戦うために必要な魔法は得意なはず。そこに精霊たちがつくのだ。

 これ以上はない布陣だろう。


「ラウル、あちらでの指揮権はあなたに全権を委譲します。できるだけ、後始末が楽な方法を選んで欲しいけれど、人攫いには人攫いへの礼儀でよろしいわ。ただし人命第一ですから、想定外のことが起きた時は、躊躇せずアマリージョとともに転移しなさい。こちらは万全の態勢で待っていますから」

「かしこまりました」

 ラウルが、見事な礼をとってみせた。


 ラウルとミケランジェロが部屋を出ていく。

 ロッホは、まずは腹ごしらえと、お菓子を口いっぱいに詰め込んでから、光速!?というような勢いで窓から飛び出していった。

 喉がつまらないか、心配だ。プラータも多分お菓子は食べたんでしょうね。キラキラが消えた後は、ごっそり山が削られていたから。


 それからほどなく、ミケランジェロ宛ての手紙が寮に舞い込んできた。

 しかし、本人も侍女たちもいない。

 至急と言われたからと、寮監が相談をしにきたので私が受け取った。

 中身は見なくてもわかっている。

 ちょっとした脅迫状だろう。 


 ヴェルデに頼むと封も開けずに中身を読んでくれる。

「貴殿を、わが教団の筆頭芸術家として迎えたい。貴殿の望むすべてをかなえる用意がある。先にそちらの使用人を二人、準備のため招待していたが、用意も整ったのでぜひ当教団のおもてなしを堪能していただきたい、だってさ」


「誘拐のゆの字もないな」

「だからこそ、ムカつきますね、これは」

 アデル殿下とアルベルトが、同じようにしかめ面になる。

「これだと、あちらに訪ねて行って、いきなり戦闘にはならないのでは?」

「屋敷が魔道具と罠だらけなのに?」

 あ、それもそうか。

 でも、ラウルなら上手に招待されて、二人を穏便に開放して、戦わずに撤退してくることもなくはない。

 ただ、向こうについてもらった精霊たちが黙っているとも思えないしなあ。


「エミリオの別邸に馬車が着いたな」

 アルベルトの声にパネル型クリスを視ると、別邸とはいえ、さすが公子の持ち物、門からしてラグジュアリーだ。

 ラウルが、門番に礼儀正しく挨拶をしたあと、なにやら囁いている。

 するとすぐに、ラウルとミケランジェロは、屋敷に招き入れてもらえた。ロッホはラウルの肩にいる。インディゴもいるわね。ミケランジェロの影に。

 

 二人は、壮麗な玄関ホールの修飾に目もくれない。あの、ミケランジェロが、絵画や彫像をスルーしているなんて。

 先導するのは、白に金糸という雅な僧服に身を包んだ男性。

 身なりからして、教団の偉い人なんだろう。

 時々、魔道具や罠のある個所に視線を送り、歩調を緩めたり速めたりしている。そして周囲にも、ラウルとミケランジェロにもどんな変化もないことを訝しがり、何度も首をひねっている。

 インディゴがすでに破壊、解除しているのだから、何も起こるはずがない。

 長い廊下の先に、大きな扉が見える。

 扉を守るように立っていたやはり僧侶姿の男が二人、両側から扉を押し開く。


「どうぞ」

 先導してきた男が言う。

 しかし、ラウルたちはすぐには中に入らない。

 何かを用心しているのだろう。

 私が首をかしげると、クリスが、まるでラウルの視線に同調したかのように、部屋の中を映し出す。

 色々、日々進歩しているのね、クリスは。

 

 部屋の中に、アメリとロゼッタはいない。

 男が一人、先導してきた男よりさらに金糸をふんだんに使い、銀糸も編み込んだ豪勢な僧服を身に着け、王様椅子に座っている。ラウルの視線は、高速で、部屋のなかの魔道具や罠を調べている。あのマリンの見取り図にはなかったものがあるのかないのか、確認しているのだろう。

 部屋の所々で、白銀の光が輝く。

 プラータだ。

 その光の加減を確認しているのはロッホだ。

 いきなり、小さな火球が天井の一点に向かって飛ぶ。ロッホが、ラウルの元を離れ、見つけた魔道具を破壊したのだろう。直後に割と大きな魔石が落ちてきた。

 ラウルが部屋に足を踏み入れ、その魔石を拾う。

 そして、にやりと笑う。

「精神を操る魔獣、ダークウルフの魔石ですか」


 王様椅子の金ぴか男が立ち上がる。

「いきなり、天井に向かって魔法を撃つなど、無礼にもほどがある」

「いきなり、当家の侍女を攫い魔道具と罠で待ち伏せするあなたたちに、礼儀を語る資格があるとは思えませんね。それに、私もミケランジェロ様も魔法など放っておりません。あなたも見ていらしたでしょう? 私たちは部屋に入ってもいなかったのですよ」

 クッとうなったのは、ラウルの言葉を否定するものを、男が持たなかったからだろう。

 ミケランジェロはともかく、ラウルは無詠唱で放てる魔法もあるだろう。けれど、指一つそこに向けず、天井にあった魔道具を破壊するなどできるはずがない。

 けれど、どう考えても、この二人のどちらかの魔法なのだ。

 精霊の見えない彼らには、そうとしか考えられない。


「攫う、などとは人聞きの悪い。招待状で知らせたとおり、あの二人の使用人にはサー・ミケランジェロの世話を頼むために、先にこちらに来てもらっただけだ」

 ラウルが、右眉をクイッと上げる。

「あいにく、その招待状は見ておりません」

「なに? ならば、なぜここがわかった?」

「ラピスラズリ様のお導きです」

 男が、苦々しい顔になる。

 しかし、ルクス教の者も、ラピスラズリ様を否定はできない。その上にルクスを戴いているだけで、他の神々を認めていないわけではないのだから。


「招待状にも書いたが、わが教団の教祖様は、サー・ミケランジェロに、わが教団の首席芸術家への就任を望まれている。光栄なことだ」

「こちらは望んでいない。それにもう私は、エメラルド王国公爵令嬢エリーゼ・フォン・ヴォーヴェライトのお抱えだ」

 は?

 せめてマテウス兄のお抱えと言って欲しいんだけど。

「あんな小娘など、わが教祖様どは比べくもない」

 それはそうなるよね。

 だって、ただの学生だもの。しかも、破滅フラグ満載の。


「我が主、エリーゼ様には全属性魔法があり、精霊様の加護もあります。すでに、たくさんの事業を展開され、平民への福祉にも熱心でいらっしゃる。しかも、他国の公爵令嬢を小娘と切って捨てるとは、こちらの教団というのは、傲慢で礼儀知らずですね。さっそく本国の公爵を通じこの教団からの無礼の数々を陛下に報告していただきましょう」

 ラウルは、私の悪口を言われてちょっとイラっとしているようね。

 そういうところ、セバスチャンと比べるとまだまだだよ?

 でも、そういうのが嬉しいって面もある。


「エリーゼの身分や、属性なんてどうでもいいんだ。私は、いや俺はあいつの情の深さと思い切りの良さっていうか、突き抜けた勇気に惚れているんだ。芸術に必要なのは、地位や金じゃない。美を見出すための愛と勇気だ。人の家族を攫うようなお前たちにはそれがない」

「つまり、お前は、小娘に惚れているのか。愚かなことだ。それは今は第二王子の婚約者だが、まもなくそれも解消され国外追放になる運命なんだぞ」

 すでに、礼儀のかけらさえ放り投げたわね。

 でも今、なんて言った?

 婚約が解消されることは、大勢が予想していることだ。フィリップが何度も口にしているのだから。

 けれど、国外追放は、クリスの先見にしかないはず。


 なぜ、それを、この男の口が語る?

 なぜ、この男が知っている?

 大事なことなので、二度繰り返す。忘れないよう、頭に叩き込む。


「ならば、ともに国を出ればいい。エリーゼとなら、多くが喜んで国を出るさ」

「そこまで、この小娘に洗脳されているのなら仕方ありませんね。わが教団の洗礼魔法で、あなたをまともにしてさしあげるしか、道はないようです」


 金ぴか男が、手に、杖を持つ。

 それより早く、プラータとインディゴが二重の結界を張る。

 この結界を破ることができる者が、地上にいるとは思えない。


「抵抗は無駄ですよ。こちらには人質がいるんですからね。お忘れないように」

 とうとう人質って言いましたね。

「まさか。忘れていませんよ。その二人をお返し願うためにここまで足を運んだのですから」

 ラウルは肩をすくめ、ミケランジェロは金槌を握りしめたままだが、振り上げはしない。

 金ぴか男が長々と呪文を唱え杖を振る。

 魔法がミケランジェロに向かってまっすぐに飛ぶ。ミケランジェロは避けることもなく、まっすぐにそれを見つめている。

 結界を信じていても、剛毅なことだと思う。

 私だったら、手で顔を覆う、ぐらいはするかもね。

 アルベルトだったら、私を庇って前で剣を構えるだろう。アデル殿下は、私の手を取りいっしょに逃げるかもね。


 相手に見えても見えなくても、結界はそこにある。

 当然、洗礼魔法だったかしら? そんな魔法はミケランジェロに届かない。結界に弾かれ、まっすぐにかけた本人に跳ね返っていった。インディゴがすばやく魔法の杖を回収している。


「さて、うちの大事な侍女たちをお返し願おうか」

 ラウルが金ぴか男に、結界の内側から言う。

「あの女たちを連れて来い」

 金ぴか男が、控えていた先導男に命じる。

「しかし」

「お返しするのだ。ミケランジェロ様にそのご家族を」

 洗脳返し?

 金ぴか男はどうやら自分の放った魔法で逆洗脳状態だが、他の者たちには、その影響はない。

 なので、連れて来い、いや無理です、と何度も同じやりとりを繰り返している。

 

「面倒なことだな」

 ミケランジェロがそうつぶやくと結界を出る。

 そして、金槌を振り上げ、その部屋にあった高そうな彫像を一つ、粉々にした。

「な、なにをするのだ」

「はやく、うちの者たちを連れて来い。でないと、金目の物をすべて破壊するぞ」

 そう言いながら、壁にかかっていたルクスっぽい肖像画をバキバキに壊す。

 作品に罪はないのでは? と思わないでもないが。

 ミケランジェロには、私以上の目利きがある。だから、おそらく壊したものは残す価値のないものなのだろう、と信じたい。

 ロッホも、何やら燃やしている。

 あれは、さっきまで金ぴか男の指輪にはまっていた大きなダイヤモンド?

 黒鉛化しているから、600℃はあるよね、あの炎。

 でも、ロッホにしたら、控えめか。炭化したり二酸化炭素にして消し去るより、黒鉛化ぐらいが心をえぐる感じなのかな。

 土台のプラチナは確か融点が1769℃、だから影響が受けていない。それがかえって痛々しい。


 破壊魔王と化したミケランジェロとロッホのせいで、精神をズタズタにされた男たちが、ようやくアメリとロゼッタを連れてくる。

 アマリージョも一緒だ。

 風の結界で、火や煙や、塵埃から彼女たちを守っている。

 画面で見る限り、大きなケガはないようだ。


「おまえたち、無事か?」

「「はい」」

「すまない、俺のせいでこんなことになって」

「いいえ、救いに来てくださってありがとうございます」

 アメリもロゼッタも、ミケランジェロの顔を見てとても嬉しそうだ。

 やはり、彼が救いに行って正解だったようだ。


「では、帰りましょうか。少々お待ちくださいね」

 ラウルが、一枚の羊皮紙を取り出し、そこにサラサラと文字を書いていく。

 それを金ぴか男に差し出し、サインをさせる。

 画面越しで読みづらいが、どうやら、今回のミケランジェロがしでかしたこの屋敷の損害は、拉致の代償として教団が補償するという内容のようだ。

 それと、今後、ミケランジェロにはいっさい関わらないということも書いてある。

「これは魔道具の誓約書だ。もし誓いを破れば、あなたの一番大切なものが失われるのでお気をつけください」

 ラウルはそう宣言して、部屋を出る。

 部屋の外には、何人も警備の者が詰めかけているようだが、誰も向かってはこない。

 インディゴが彼らの足を陰に縫い留めているからだ。


 ミケランジェロは、行きには目もくれなかった玄関ホールの芸術作品に目を向ける。

 けれど、すぐに興味をなくしたようだ。

「お気に召しませんか?」

 ラウルが声をかける。

「一つを除いて、駄作ばかりだ」

「その一つとは?」

 あれだ、とミケランジェロが指さしたのは、玄関ホールに飾られている豪華な花だ。

「あの、花瓶はいい。あの青を出した職人には会ってみたい」

 花じゃなくて、花瓶だった。

 私って、目利きの才は皆無なのかな。


 それからは追手もなく、無事に、四人と精霊たちは私の元へ戻ってきた。


「エリーゼ様これを」

 金ぴか男が署名した誓約書を、ラウルが私に差し出す。一応書かれている内容をアデル殿下と確認した上、このまま兄に送ることにした。

「とにかく、今日はみな休みましょう。アメリとロゼッタはこちらへきて、回復魔法をかけるから」

 私は二人に『クラシオン』をかける。

 プラータの光に似た銀白色の光が二人を包む。


「俺にも頼む」

 ミケランジェロが言う。

「お前は、どこもケガをしていないだろう」

 アルベルトが眉根を寄せる。

「メンタルは少々やられたからな。ろくでもない作品ばかりを目にして。それに経験したいし、エリーゼの魔法を」

 ミケランジェロは、経験に貪欲だ。

 好奇心と経験が、彼の芸術の源なのかもしれない。それなら、協力しないとね。

 私は、ミケランジェロにも『クラシオン』をかける。


「これは凄いものだな。マリアンヌの聖なる癒し魔法とも違うな。マリアンヌのものが絵画なら、エリーゼのこれは彫刻だな」

 たとえが独特すぎてわかるような、わからないような。

 それにしても、マリアンヌにも、ちゃっかりかけてもらったのね。

 まあ、二人はよく魔獣狩りで同じパーティーにいるから、なくもないか。


 とりあえず、大切な仲間は取り戻した。

 正直、あっけなさ過ぎて、それが怖いくらいだ。

 

 わかったことも多いし、一方で謎も増えた。

 ルクスはどうやら、新興宗教『光の神教』の教祖でもあるらしい。そしてこの宗教は、オニキス大公国ではじわじわと信者を増やしているという。公子のエミリオも信者だ。

 オニキス大公国は歴史ある国だ。それ故に他国では偽書とされている正典以外の聖典も多く残っている。それを都合よく読み取れば、有利な解釈もしやすいし、国民もそれを信じる余地がある。

 

 そして、彼らは私を敵と認定しているようだ。

 おそらく、私の元へ送られた間者たちが戻ってこないからだろう。


 また、私たちの防御にも穴がある。

 敵意のないものへの守りが緩い。敵意がないのならいいのではないかと思いがちだが、そうでもない。

 守らなければならない情報が漏れるのはやはりまずい。


 そして一番重要な案件は、なぜ、あの断罪イベントの件が、ルクス側に漏れているのかということだ。

「どうして、私が先見で視た光景を彼らは知っているのだと思う?」

 私はアルベルトに尋ねる。

「漏れたとは考えにくい。知っているものは限られていて、その者たちが洩らしたということはあり得ないから」

「どういうこと?」

「つまり、エリーゼの視る断罪イベントは、ルクス陣営に仕組まれている謀の一環だと考えた方がいいんじゃないかな」

「だから、何度クリスを視ても変わらない?」

 手を変え品を変え、彼らは私をエメラルド王国から追放するために何度も謀をめぐらすということなのかしら。

「君を追い出せば、ヴォーヴェライト公爵家も国を捨てる。君を慕う人間も行動をともにするかもしれない。そういう者たちは優秀な人間が多い。たとえば、ミケランジェロのようにね。国を弱体化させるために才のある人間を奪うということも、一つの手だろう」

 私は、自分が国外追放されるのならそれも仕方ないと思っていた。

 ヴォーヴェライト公爵家の力は大きいが、やがてそれを飲みこんでいく別の貴族が出てくるだけだと思っていた。

 けれど、そう簡単な話ではないのかもしれない。

「そのあたり、もう少し、調べてみる必要があるよね」

「君と精霊たちで先走らず、一度、エメラルド王国に転移して、マテウス様と話し合った方がいいと思う」

 そのとおり、ですね。


 ということで、アマリージョに兄への伝言を頼む。

 兄からは、なるべく早い段階で一度戻ってくるようにと答えがあった。


 久しぶりに、みんなの顔が見れるね。

 リリアのことも、なんとかしないと。

 ハーブ園や文官養成科のそれぞれの進み具合も気になる。

 

 たった二週間でこれでは、国を追放されたらどうなるんだろう、と私は断罪イベントの先の自分をちょっぴり心配した。

 強くならないと。もっと、もっと。どんな運命にも負けないように。


 気づけば、拳を振り上げていた私を、アルベルトが、しょっぱい目で見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ