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敵の陣地に留学します。せっかくなので楽しんじゃうよ!! part1

第20章 オニキス大公国に留学します。わかってはいましたが、穏やかな時間って、続かないものですね。


 オニキス大公国への道中、ラピスラズリ神聖帝国で三泊することになった。

 どうせなら、表敬訪問の一つや二つこなしてくれればありがたい、と父と兄に頼まれたからだ。


 転移なら、一瞬なのにね。

 でもたまには、ゆっくりのんびり旅気分を味わうのもいい。オニキス大公国に入れば、多かれ少なかれ緊張する日々が続くのだろうから。


 帝国を治めるラピスラズリ教の教主でもあるアドリアーノ法王は、エメラルド王国の王妃、ベアトリーチェ様の父君だ。

 それもあり、私たちは、ラピスラズリ神聖帝国内で表敬訪問で訪れた場所では、これ以上ないほど歓迎してもらい丁重に扱ってもらった。

 未だ私が皇太子候補筆頭のフィリップ王子の婚約者だからということもあったのかもしれないが、そこはスルーしておいた。

 手配をお願いした宿も超高級宿で、私たちが泊めてもらった部屋も、学生には贅沢すぎるほどだった。


 ミケランジェロは、ラピスラズリ帝国の大聖堂を彩る彫刻や絵画の数々に、ひどく心を奪われたようで、できればあと一週間は滞在したいと言い出した。

 望みはかなえてあげたいが、オニキス大公国との約束もあるのでそうもいかない。

 仕方がないので、ミケランジェロだけでも、帰りにもう一度、今度は長くラピスラズリ神聖帝国に滞在できるよう、アマリージョ経由で兄にお願いの手紙を送っておいた。


 ラピスラズリ帝国を、大聖堂のある帝国の中央からほぼ真っ直ぐに北上して馬車は進み、いよいよオニキス大公国との国境に差しかかった。


「エリーゼ、あちらでの準備は万全、とインディゴから連絡がありましたわよ」

 ふいにアマリージョが、馬車に姿を現す。

「何か、仕掛けられたりしていたのかしら?」

「盗聴や盗撮の魔道具がここかしこにあったそうです」

「まあ。ずいぶんあからさまなのね」


「お手並み拝見、というところでしょうかしらね」

「全部撤去してしまったの? 他国の魔道具ならお兄様やオスカーが、研究のために欲しがるかもしれないわ」

「魔道具はすべてそのままにしてありますよ。魔力は根こそぎ抜いてありますが。もし新たに魔力をこめられるときは、ちょっとした細工をしませんと呪われますので、お気を付けくださいね」

 何それ? 怖っ。

 部屋に戻ったら、知らない人が呪われて倒れていたりしたら、たまらないんだけど。

「大丈夫ですよ。ミラとハンナに任せておけば、その辺りはササッと済ませてしまいますから」

 もっと、怖いわ。


「いつもながら、君も君の精霊も非常識だね」

 アルベルトがため息交じりに言う。

「僕の出番なんか、ないかもしれない」

「アルベルト、あなたの出番などないほうがよいのですよ? あなたはエリーゼの最後の砦なのですから」

 アマリージョが微笑む。

 アマリージョは、どうやらアルベルトのことがお気に入りらしく、何かと彼の肩を持つ。


「えぇ~、最後の砦は私でしょう?」

 ヴェルデが、寝ぼけ声で抗議する。

「そうやって、寝てばかりいては肝心な時に役に立たないでしょう?」

 まあ、そういうこともなくはない。

 ヴェルデもインディゴも、時々ロッホも。


「アルベルト、お前は、本当によかったのか? 辺境伯の跡継ぎの座を捨て、公爵家と主従の誓いまで交わしたと聞いた」

 ミケランジェロの言葉に私もうなづく。

「でもね、アルベルトの気持ちが変われば、公爵家はいつでも『誓約の書』を破棄するつもりよ。これほどの才を、私の護衛として埋もれさせるつもりはないって、お父様もおっしゃっていたから」

 

 兄がオスカーを買っているように、父はアルベルトを買っている。だからこそ、彼が望むのなら、いつでも自由にしてやりたいと、父は思っているようだ。


「いいんだ。今の立場こそが私の望む場所だから。何かあった時、後悔せずにすむようにエリーゼの一番近くにいたいんだ。気持ちだけでなく、物理的に。今度こそ」

「今度こそ? どういう意味だ」

「いや、……今度から、これからはずっと、と言いたかっただけだ」

 

 違う。

 アルベルトは、意図的に今度こそと言ったのだ。言い間違いではなく。

 私はそう感じる。

 今度こそ、その言葉に、胸によぎる想いはある。

 あなたは、もしかしたら、と問いかけたい気持ちもある。

 でも、聞いてしまったらもう私は後には退けない。

 すべてを捨ててしまうかもしれない。


 それに、よぎる想いに相反する疑問もある。

 だったらなぜ、今まで彼は私と親しくしながらも一定の距離を置いていたのか?

 今この瞬間も、攫ってでも私を連れて逃げてくれないのか?

 そして、なぜ私の恋心は、あの頃のように一途にならないのか。

 

 それらの疑問が解けるまで、もう少し、今のままでいようと思う。


「まあ、お前がいいのなら、俺はいいさ。頑張ってエリーゼを守るついでに、俺も守ってくれ」

「ああ。守るよ。お前は、()()()()()()()、人類の至宝を生み出す者になるはずだからな」


 前世でのミケランジェロの二つ名を知っているということは、少なくとも、アルベルトが転生者である可能性は高い。

 私と同じ世界の出身者かどうかはわからない。なぜかというと、この世界にも天才芸術家ミケランジェロはいるわけだから。


「とりあえず、ミケランジェロにはインディゴに闇魔法をかけてもらっているから、命や魂を脅かされるようなことにはならないと思う」

 ミケランジェロは、プラータの祝福魔法ではなくインディゴの闇魔法を選んだ。

 美しい闇色に、一瞬とはいえ包まれる、そんな貴重な経験をぜひしてみたいという、ただそれだけの理由で。

 ちなみに、アルベルトには、私が覚えたての『ノーチェ』をかけた。まあ、実験台になってもらったわけだけど。でも、インディゴも合格って言ってくれたから、大丈夫なはず。

 今は、この『ノーチェ』にプラータ直伝の『クラシオン』を融合して新しい魔法『エスペランサ』を創作中だ。

 これが完成すれば、防御と癒しを同時に行えることになる。


 国境を無事通過し、オニキス大公の住まわれる宮殿に向かう。

 大公が派遣してくださった出迎えの騎士が来てくれていたので、すんなりと、迷うことなく、そして襲撃に遭うこともなく、私たちの乗った馬車は宮殿に着いた。


 私とミケランジェロ、そして護衛のアルベルトと兄が派遣してくれたこちらでは私専属の執事のラウルが大公閣下にご挨拶をするため、謁見の間に進む。

 ミラやハンナ、ミケランジェロの侍女たちは、先に、私が今日からお世話になる魔法学院の寮に行く。

 ミケランジェロは、平民なので、エメラルド王国の魔法学院ではなんでも自分でやっていたそうだが、それでは慣れない土地で不自由だろうと、お世話係の侍女を兄が二人つけた。

 直前に、国王陛下よりその稀有な才能を評価し士爵位(ナイト)を賜ったのも、父と兄が、貴族として扱われないその不自由を慮ったからだろう。

 ミケランジェロは、芸術に身分は関係ないから不要だ、と最初は渋ったらしいが、どうしてもいらないのなら、留学から戻ってから返せばよいと、兄が言ったらしい。

 返せるものなのか? 没収されることはあるかもしれないが、と思ったが黙っておいた。


 謁見では、私とミケランジェロだけが大公の前に進み、他は扉の前で待機した。

 大公の左隣には、イザベラの母上大公妃が、少し離れて右隣りにはルクス宰相がいた。

 跪いた私たちに、大公はその必要はない、こちらが希い来てもらった客人なのだから、と周囲にわかるように、言葉と態度で示していただいた。


 ルクスは、終始、聖人のように神々しく穏やかな笑みを浮かべている。

 どこからどう見ても、善人でしかない。

 クリスが、あの、ニュクスとの密談の様子を見せてくれなければ、そしてイザベラからあの恐ろしい言葉を教えられなかったら、私も疑うことさえしなかっただろう。


「よくぞ、わが国に参ってくれた。学園のほうでもみな楽しみにそなたたちを待っていると聞いている。二か月という短い期間だが、そのまばゆいばかりの才能を、ぜひ、学院生に見せてやって欲しい」

「お招きいただき恐悦至極にございます。我が国の至宝、神に愛されし芸術家、サー・ミケランジェロの美と愛に満ちた作品が、皆さまの心に潤いを与えることを願っております」

「そうかそうか。しかし、ヴォーヴェライト公爵令嬢エリーゼよ、そなたの音楽と魔法の融合の才にも期待しておるぞ」

「恐れ入ります」

 私に音楽の才はない、とは言わないが、中の上程度だろう。

 いや、今なら上の下くらいかもしれない。不思議なことに、ピアノに触れる機会が増えれば増えるほど、考えられないほどのスピードで、その技術が向上していくのだ。全属性魔力のおかげなのか、魔素の多いこの世界での仕様なのか。

 音楽を奏でると、精霊たちが喜ぶので(お菓子ほどではないが)、まあありがたいばかりで嫌ではないんだけど、なんとなく自分がズルをしている感が否めない。


 ということで、偉大な前世の音楽家たちを紹介する形でなら、心の痛みは多少あれど、演奏もできるだろう。

 私が暗譜している曲はそんなにないが、そういう時は、鼻歌程度で口ずさめば楽譜にしてくれる魔道具があるので、それを使いたいと思う。

 魔法との融合は、精霊たちの気分次第だ。


 無事、大公ご夫妻へのご挨拶を終え、宮殿を出てオニキス魔法学園に移動する。

 こちらでも、エメラルド王国の魔法学院と同じように、寮生活となる。

 ただし、向こうと違って男子寮、女子寮で別れてはおらず、身分で、棟が分かれている。

 なので、アルベルトが護衛騎士として侍女たちとは反対の隣室に控えることになった。私が留学生なので特別扱いというわけではなく、こちらでは、寮でも、高位貴族には侍女と護衛がつき、彼らの部屋が用意されている。


「アルベルト、ミケランジェロは大丈夫かしら?」

 彼も貴族の棟に入ったが、平民出身の彼が士爵位を押し付けられあげくに慣れない貴族としてのやりとりで嫌な思いをしないかと心配だ。兄がつけてくれた侍女がいるので、生活面での心配はないけれど。


「あいつなら大丈夫だ。あれの頭の中には芸術のことしかない。誰にどんな悪口を言われても、嫌がらせを受けても、それが芸術に関係のないことならまったく気にもしないさ。……そして、ひとたび芸術に向き合えば、身分差など関係なく人々は彼の才能にひれ伏すさ。君や僕や、大公様がそうであったように」

「あなたは大丈夫なの?」

 アルベルトは、本来なら、侍女に傅かれて生活している貴族だ。

「大丈夫だよ。ミラやハンナも何かと世話をやいてくれるし。騎士なんだから、自分の身の回りのことぐらいならできる」

 そういえば、そうか。

 辺境伯の家に生まれ育ったからこそ、貴族として以上に騎士としての心構えを叩き込まれているのかもしれない。弟である騎士科のレイナードの印象が強くて、アルベルトにはどうしても文官のイメージがあるけれど。


「ただ、とはいえ仲間とおいしいものは食したり飲んだりはしたいだろう。朝食と夕食はいっしょにとるよう言っておくよ」

「私の部屋でみんなで食べましょう。ミラやハンナ、ミケランジェロについてくれているアメリやロゼッタも」

「僕も一緒でいいのかい? 護衛なのに」

「あたりまえよ。その間の護衛はロッホやインディゴに頼むから」

 先にたっぷりご馳走しておけばなんの問題もない。


「エリーゼ、間者ですわ」

 アマリージョが、私の背後で囁く。

「魔道具が作動しないので様子を見にきたようですね」

「部屋の中に私たちがいるのに?」

「この部屋には、覗き見専用の通路が仕込まれているので、そこを使えばばれないと思っているのでしょう」

「魔道具に魔力を注入すると、呪われるって言ってたよね? それってどんな?」

「ネズミになるそうですよ」

 アマリージョがそう言ったとたん、チューチューと、ネズミが騒ぐ声がした。

「ははっ、ネズミ(スパイ)だけに、ネズミか」

 アルベルトが、乾いた笑いをこぼす。


「アマリージョ、それはやっぱりまずいのでは?」

「捕まえておいて、この国を去る時に、元に戻してお返しすればいいのでは?」

「それまで、殺さず面倒みられるの?」

「面倒ですが、お引き受けしましょう。まだまだネズミの数は増えるでしょうから」

「送り込んだ間者が戻ってこなければ、また、次の者がやってくるかもしれないってこと?」

「ええ」

「それも気持ち悪いわよね。覗き見用の通路は使えないようにできないの?」

「燃やす?」

 ロッホが姿を現す。

「通路の何を燃やすの? 壁を燃やしたら、こちらの部屋も燃えるよ」

「ふふふ、ここは私の出番ね。通路を茨だらけにするっていうのはどう?」

 ヴェルデがここぞとばかりに口を出す。

「いいわね」

「それを僕が燃やすと」

「燃やしませんよ」

「大丈夫。私がサクッと消しますから」

 セレステ、あなたもだんだん他の子たちに染まって来たわね。

「燃えカスは、私が蒼の森まで飛ばしましょう」

 蒼の森とは、オニキス大公国の東の端にある神話に彩られた森だ。

「蒼の森はマズいよ。あそこには、あなたのお仲間たちがいっぱいいるんでしょう?」

「そうでしたわね。では、アレアレ(ルクス)の屋敷にでも飛ばしておきましょう」

 

 アルベルトが、面白そうに私と精霊たちのやりとりを聞いている。

 だぶん、ジョークを言い合ってじゃれていると思っているのだろうが、精霊たちは、マジだからね。

「とにかく、すでに戦いは始まっているということでいいのかな?」

 前哨戦、というか、こちらの実力の程を試されている、というところかもしれないが。

「ええ。アルベルト、エリーゼを頼みますよ。一ミリも、彼女を傷つけさせてはなりません。私たちの愛するこの魂を守り切るのです。あなたと私たちで」

「ああ。この命に代えても」

 お、重いよ、アルベルト。


 などという、少々こそばゆい展開もありながら、これも新しい日常といえば日常で、その後、ミケランジェロとも合流し、私たちは、おいしい食事を楽しんだ。

 もちろん、デザートも。

 

 翌日から、ミケランジェロは、特別教室を割り振られた。そこで好きな題材に取り組むという。うらやましいほどの自由度だ。

 彼は、絵画の才能も凄いが、好きなのは彫刻だ。

 そこで、私は、ヴェルデの助けを借り、大理石を大中小と二柱ずつ用意した。

「これは、いい大理石だ」

 大地の精霊でもあるヴェルデにとって、それは、「こんな岩石ぐらい出すのはチョロいけど、これって何に使うの?」という程度の代物らしい。

 でしょうね。ダイヤモンドのこん棒を秒で出すぐらいだから。

 そういえば、あまりのことに忘れていたけれど、あの時ヴェルデは巨大化もしていた。

 精霊というものは、もともと実体を持たないそうなので、その形態や大きさはそれぞれの好みや用途によって変わるらしい。インディゴが子犬や巨大なフェンリルになるように。


 学園の生徒たちは、好きな時にその部屋を見学していい、ということになっている。

 邪魔さえしなければ。

 初日から、すでに何人も彼の作業を見学に来ているようだ。

 そして、その多くが魂を奪われたように、フラフラとそこを立ち去るらしい。

 出来上がった作品ばかりでなく、彼が作品に取り組む時の姿にも鬼気迫るものがあるので、気持ちはわかる。本物っていうのは、毒にも薬にもなるよね。


 私は、好きな授業をとってもいいと言われ、その程度が知りたかった数学と初耳の魔草学、この国らしい古文書学を選択した。

 もちろん、音楽の授業にも出る。

 アルベルトも、同じ授業を受けることになった。護衛騎士として教室の外に待機するよりその方がよりそばで守れるからと学園に申請すると、エメラルド王国の魔法学院、文官養成科の生徒なら問題ない、とあっさり認められた。


 数学は、小学生、せぜい中学生程度の物足りないものだった。エメラルド王国と一緒だね。

 前世では数学の神様ガウスの幼い頃の逸話にあるような、1から100までを足すといくつになるか? という問題が出たりして、一瞬で5050と答えを出した私とアルベルトは天才扱いだった。

 等差級数の和の公式、といってもチンプンカンプンそうなので1+100=101、2+99=101、……50+51=101と101が50組できるので、101×50=5050で答えが導き出せると、丁寧に説明すると、拍手喝さいを浴びた。

 これ、ガウスは七歳で生み出したそうだから。私の読んだ数学者列伝によればね。

 

 三角関数とか、こちらでは存在しないけれど、地図製作、土木工事、プログラミング、音声処理や画像処理、とその用途は広大なんだけどね。

 数学や物理、化学がもたらしてくれるものは、魔法でまかなってしまえることも多いが、魔法より便利な面もあるし、魔法にプラスアルファをもたらしてもくれるはずだ。

 この世界にもガウスやパスカルやニュートンが出てくることを心から願う。


 一方で魔草学はとても興味深いものだった。私が想像していたものとは違ったけれど。

 この授業では、オニキス大公国にある蒼の森にだけ生息している、植物の魔物の特性とその効果を学ぶことができる。

 今は、その実の中に小動物がいるという、前世でいうところの想像上の植物バロメッツのような、ウリンダという魔物について学んでいる。

 

 ウリンダの実は、薄緑色をしていて前世のリンゴぐらいの大きさらしい。熟れるとパカッと二つに割れ、中から小動物が生まれてくるという。それがウサギだったりネズミだったり、リス、テントウムシだったりするらしい。

 どんな効能があるかというと、その小動物の種類によって変わるとか。

 ウサギの金色の毛は、それを身に着けると幸運率がアップするが、灰色のネズミだと不運率がアップする。

 それならネズミは不人気なのかというとそうでもなく、それはそれで他人を害するためにだろうが、一定の需要があるというのだから、人って怖い生き物だよね、とヴェルデに言われた。

 黄色いリスは食べ物に困らなくなり、黄金のテントウムシはレアらしく、ほぼ万能だ。金運、健康運、恋愛運、仕事運と様々なものがアップする。


 こちらにいる間に、機会があれば蒼の森にも行ってみたいな。

 ウリンダの実を見つけて、そこに、黄金のテントウムシに出会えればいいな。でも黄金のテントウムシの星は何色でいくつあるのかしら?

「先生、黄金のテントウムシの星はいくつなんですか?」

「七つだと言われています。夜空に浮かぶあの七つ星と同じ配置だそうです」

 こちらの世界にも柄杓型の星座がある。前世とは違って南の空に見える南斗七星だけどね。

「というと?」

「誰もまだ見たことがないのです。古い文献に載っているだけで。ちなみにその色は、エメラルドグリーンだということです」


 見てみたいな。黄金の背に七つのエメラルドグリーンの星を持つテントウムシ。

「エリーゼ、ただでもやっかいなんだ。蒼の森には行かないぞ」

 アルベルトが隣で囁く。

「わかってるってば。でも、あの人の件が片付いたら、いいよね?」

 蒼の森自体は、恐ろしい場所ではない。精霊とともに行けば、魔物も寄ってこないとと聞いている。

「ああ。でも留学中には無理だと思う。いつか、機会があればな」


 やっかいね。

 見たいもの、調べたいものに自由にアクセスできないなんて。でも、その困難さこそが研究の醍醐味だったりもするしね。

 いつかきっと、蒼の森にも行ってみよう。とりあえず、森の近くに魔法陣を設置しておいてもいいわね。どこか見つかりにくい場所があれば。


 古文書学とは、歴史の古いオニキス大公国の遺跡から出土される石板や粘土板に書かれている文字の解読を学ぶ授業だ。時代によって、三種類の古代文字が遺されているが、一番古いものはいまだ解読されていないという。

 

「これ、ヒエログリフっぽいな」

 解読されていない、という古代文字は、高校の世界史の授業で見た、ヒエログリフの写真とよく似ている。ロゼッタ・ストーンを元に、シャンポリオンが解読した有名な象形文字だ。

「同じだと、このカルトゥーシュっぽいので囲んであるのが王の名前なんだけどね」

 アルベルトが器用に右眉だけを上げる。

「でも、ロゼッタ・ストーンのような存在がなければ、解読は難しいか」

 知ってるよね? ロゼッタ・ストーン、と盗み見するが、アルベルトはポーカーフェイスだ。

 転生者、転移者であると明言するつもりはないようだ。

「というか、君の精霊たちなら読めるんじゃないのか?」

 あら。

 試しに、ヴェルデに聞いてみようと思ったら、寝こけているのでアマリージョに聞いてみる。

(この、囲んである記号の中って、王様の名前じゃないかと思うんだけど、読めたりする?)

(あら、懐かしいお名前ですね。これは、このオニキス大公国の建国の王、アレッサンドロですわ)

「アレッサンドロ建国王の名前らしいわ」

「ほう。それは興味深い」

 

 などと二人で話していたら、古代文字の先生が教壇から、最後尾の私たちのところまで飛んできた。

「い、今、建国王の名前を口にしましたか」

「はい」

「建国王の名前は尊いものですので、直接口にしてはいけないものです。あなたたちは他国からの留学生でご存知なかったのかもしれないが」

「それは、失礼いたしました。ここに、その名が書かれていたので、つい。以後、失礼のないよう気をつけますのでご容赦ください」

「ここに、書かれている?}

「ええ、ここに」

 アルベルトが、生徒に配られた最古の古代文字を写し取った粘土板を指さす。

「よ、読めるのですか}

「私の主は、精霊の加護を受けているので、古代文字にも多少は通じております」

 いや、通じていないし。

 歴史系が壊滅的な私の能力、アルベルトが一番よく知っているよね?


(アマリージョ、ここに書いてある文字、読んでくれる?)

(偉大なるアレッサンドロ王に、麗しき聖女エレオノーラが嫁ぐこの日を、心より寿ぐ(ことほぐ)、と書いてございますよ)


 私は、そのままを、教師に伝える。

 とたんに、彼は気を失った。

 どういうこと?


 その日私は、感激しすぎても、人は気を失うということ知った。


 この日から、オニキス大公国の考古学、古代文字の研究が大いなる進化をとげた、らしい。

 協力を求められたが、私はそれを固辞した。

 短い留学期間をそれに費やすわけにもいかない。それに、精霊の手を借りてサクサク解読するより、判明したキーワードを元に自分たちで解読した方が、この国の学問にとってはいいのではないかと思ったからだ。もちろん、ものすごく困ったときには、精霊の気分次第だが協力することも吝かではないと言っておいたが。


 音楽の授業では、さっそくトルコ行進曲を披露した。『騎士団行進曲』とタイトルは変え、作曲者はアンノウンとしておいた。アマデウス・モーツァルト探しが始まるのもやっかいだったので。

 大絶賛だった。

 素晴らしい曲だと。

 だよね。

 

 魔力が上がりそうな名曲だという生徒もいた。……、そして実際に、ベートヴェン様の曲は、火の属性と風の属性の魔力が上げることを実証したのは、留学を終え、エメラルド王国に戻った直後から研究を始めたアルベルトだったりする。

 ちなみにモーツァルト様の曲は光の属性と闇の属性の魔力を上げ、ショパン様の曲は、水の属性に効果があることがわかった。

 そして、どの曲も緑の属性には大いなる効果があった。ヴェルデが音楽が好きなわけだね。

 

 他にも、少しずつ、前世で覚えた、中高と音楽室に楽譜があった名曲を披露していった。エステンの人形の夢と目覚め、バダジェフシカの乙女の祈り、ショパンの子犬のワルツや別れの曲などだ。

 幸いなことに、寝ていらことも間々あるが、ヴェルデが姿を見せて私のそばにいることで、私が弾くピアノ曲は、精霊が作った曲なのでは? と勝手に想像されているようだ。


 たくさんのネズミが捕まってアマリージョが死なない程度に面倒を見ているらしいが、それ以外には、私やアルベルト、ミケランジェロが危険だと感じることは何もない。こちらの生徒ともさしてトラブルもなく私たちは、この二週間、穏やかな学園生活を送っていた。

 少し遅れてアデル殿下も合流したが、その高貴な身分と甘いマスク、そして見事なリュートの腕前で、あちらこちらのサロンに引っ張りだこらしく、なぜか、宮殿ではなく学園寮でアルベルトと同室を希望してひと悶着あったが、そこには夜寝に帰ってくるだけ、の日々だ。それでも、朝食だけはなんとか一緒に食べられているけどね。


 だけど、ずっとそういう時間が続くわけもなく。

 とうとう敵の手が身近に伸びてきた。


 

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