どうやら、ゲームではわからなかった悪の秘密結社があるようです。part6-3
第19章 陛下のお誕生日式典は大盛り上がり。だけどやっぱり、ハプニングが!! 乙女ゲームらしく、恋のフラグもたまには立ってもいいよね。
国王陛下のお誕生日式典の当日。
私たちの出番は、他国からの来賓や我が国の高位貴族の面々が、贈答品とともに述べるお祝いの口上が終わった後だ。
会場には、宮廷料理人たちが用意した、軽食や飲み物が並んでいる。
その一画をお借りして、ハーブ同好会のブースも出させてもらった。
いつもどおりのお菓子と飲み物、そのほかに、サンドウィッチも置いてみた。もちろん、無料だ。
ここで国内のみならず他国の貴族たちに、マヨネーズの存在をアピールできたら、と思ったからだ。マヨネーズの魔法陣はレイチェルのグループですでに完成済みなので、うまくいけば、魔法陣の売り上げで研究費も潤うはずだ。
お歴々のもろもろが終わった後で、その飲食エリアが解放された。
いつでもどこでも、おいしいは正義なので、緊張や堅苦しさがゆっくりと抜けていき、周囲にユルッとした幸せのオーラが広がる。
一番すみっこの、本来ならほとんど誰も足を運んでくれないような場所だが、わがハーブ同好会のブースはかなり健闘している。
おそらく、アルベルト&レイナードのイケメン双子兄弟の効果だろう。
女子が年齢を問わず、殺到している。
裏方に徹しているレイチェルが、その後ろで、ニヤッと笑っている。
いけない子ね。自分の恋人とその兄を、売り込みのダシにつかうなんて。
みんながほどよくお腹が膨れたあたりで、舞台に光があたり、余興がはじまる。
魔法学院生および卒業生によるパフォーマンスだ。
先陣をきるのは、アデル殿下率いる、芸術科のリュート合奏。今日は、アデル殿下が、演奏をしながら歌も歌っている。
甘く、低く、ささやくような歌い方だが、リュートの音色に良く合い、若い女子だけではなく、老若男女をうっとりさせている。
貴賓席でご覧になっている国王陛下も、聴衆を魅了する息子の演奏と歌に大満足されているようで、とても嬉しそうだ。
おっと、その手には、うちのサンドウィッチが。
おそらく、王妃様とは反対側の隣席にいる、父が勧めてくれたのだろう。
気に入っていただけると嬉しいな。
次は、私のピアノ演奏。
いつになく、レースをふんだんに使った裾の広いお嬢様ふうドレスで舞台に立つと、文官養成科の生徒が集まっているあたりから、冷やかしの声が飛ぶ。
まるで、公爵令嬢のようだぞ、って。
正真正銘、公爵令嬢ですけどね。
ベートーベンさんに、お詫びと感謝を捧げてから、ピアノの前に座る。
ゆっくり深呼吸をした後で、『ヴェルデのために』byエリーゼ、を弾き始める。
練習の成果もあり、ミスもなく終盤に差しかかる。
このまま、終われれば幸いと思っていたら、曲が終わる三秒前に、ヴェルデが、いつにもましてキラキラと光りながらピアノに腰掛けるように姿を現す。
そして、曲が終わると同時に緑の光粉を、ふんだんにまき散らした。
続けて、他の精霊たちも、姿を隠したままそれぞれの光粉を私の周囲にまく。
不思議なことに、私の加護精霊にはいないはずの、金色の光も混ざり合い、全属性魔法の光の珠の出来上がりだ。
何をやらかしてくれるのやら。
これって、大丈夫なの?
よけいなフラグを立てたわけじゃないよね!?
一瞬の静けさの後、会場になっている大広間は、拍手の渦になった。
私の演奏の腕前はどこへやら。
一般にはめったに見ることができない精霊の姿への称賛と、あまりにも神々しい光の珠への驚きの方が勝ったのは明らかだ。
よくみれば、滂沱の涙を流している紳士淑女もちらほら。
やれやれだよ。
私は、驚かせてしまった国王陛下と王妃様に、深々とお辞儀をしてから舞台を降りる。
王妃様は、あなたも大変ね、というような微苦笑だったが、国王陛下は、ブラボーと立ち上がって拍手をしていた。
たぶん、私にではなくヴェルデ(精霊たち)にだろうが。
いや、私も頑張って練習したんだよ。
でもね、ここでもう一曲、『トルコ行進曲』を演奏する気概はないよ、私には。
モーツァルトさん、ごめんなさい。
あなたのすばらしい曲を、こちらの世界のみなさんにご紹介する機会は、いずれまた。
舞台を降りると、アルベルトが、果汁水を持ってきてくれた。
「お疲れ様。あんな演出知らなかったから、驚いたよ」
「あれは、精霊たちが勝手にやったの。とんだピエロだよね。演奏の意味、なかったもんね」
「あ、それは、なんていうか。……でも、よかったよ、君の演奏も」
それね。
それは、ベートーベン様の曲だしね。
「ブースの方は人だかりもできていたけど、評判は?」
「上々だ。どれも大人気だったよ。でも、クッキーとお茶は、君のお母上の商会でも人気商品だから、インパクトは小さかったかもね」
「やっぱりそうか」
「でも、薬理効果のことは、わかる人にはわかるようで、魔力の高い人ほど関心を示してくれていた。特に、コルビー卿とグンター様がゆっくり話を聞きたいとおっしゃっていたよ」
おぉ、魔法省のトップと、近衛騎士団の副団長ではないか。
これは、大口契約の予感。
「マヨネーズは?」
「大人気だよ。魔法陣の大口販売の相談もあちらこちらからもらっている。レイチェルが、いったん持ち返って相手先は吟味するらしい」
それなら、レイチェルに任せておけば安心だ。
「おっ、いよいよ、オスカーとミケランジェロのパフォーマンスがはじまるようだね」
本日のメインイベントだ。
幸いにも、精霊たちの光粉振り撒き騒動は、すでに落ち着いている。
直後の騎士科の剣舞は少し割りを食ったようだが、真打のレイナードが出てくると、その立ち姿の美しさに目が惹きつけられ、みな、静かにその美技を堪能したようだ。
舞台の中央にオスカーが立つ。
こうやって見ると、攻略キャラらしく、オスカーにも特別なオーラがある。
会場の視線が、彼に集中する。
オスカーが無詠唱で、一瞬にして巨大な氷柱を作り出す。
それだけで、あちらこちらから感嘆の声がもれる。
そして、ミケランジェロが登壇する。右手に金づちを持って。
舞台には、オスカーの作り上げた氷柱とテーブルに置かれた大中小のノミ。
一番大きなノミは、オスカーの作った魔道具だと聞いている。ミケランジェロが自分の魔力を通すことで、大きなパワーで氷を削り取ることができるらしい。
ミケランジェロは、初めにその大きなノミで、躊躇なく大胆に氷を削り取っていく。
ものの五分ほどで、そこに、フェンリルの輪郭が現れてくる。
すると、ミケランジェロは、ノミを中に、時に小に持ち替え、今度は細かい作業に入る。
「生きているようだ」
あちらこちらから声が聞こえる。まだできあがってもいないのに。
ミケランジェロの手が動くたびに、氷のフェンリルに命が注ぎ込まれているように見える。
素晴らしい。
繊細で、なおかつ迫力にあふれ、躍動感も感じられる。
オスカーの作り上げた質のいい氷に、窓から差し込んだ光が反射して、神秘的な雰囲気を醸し出す。
本当に、なんてすごい才能だろう。
やがて、ミケランジェロが静かにノミを置く。
オスカーが、ミケランジェロが作り上げた氷彫刻を、空中に浮かべ、ゆっくりと回転させる。
どこから見ても、どこにも欠点がない、それは完璧なフェンリルだと証明するように。
会場中から、称賛の拍手が送られた。
「この学院は、素晴らしい。天才集団だ!!」
そう言ってひときわ大きな拍手を送っているのは、イザベラの父君、オニキス大公だ。
その隣で、イザベラも拍手を送っている。
これで、彼女の留学も問題なく進められるはず。
ホッと、安堵のため息をつく私に、アルベルトが、よかったなと微笑んでくれる。
カーリーとレイチェルもやってきた。
そして、レイチェルを守るようにその背中にレイナードが。
マリアンヌも駆けつけてくれた。
みんなで、オスカーとミケランジェロを出迎える。
二人とも魔力の消費が多かったようで、顔色が悪い。
私が、『レフリ』を二度ずつかける。
その時だ。
「まったく、どこまで厚かましいのだ、エリーゼ、お前は」
フィリップの、声が飛んできた。
もしかして、ここで断罪イベントですか? と思わんばかりの冷えた声だ。
アルベルトが私を守るように、少し前に出る。
そして、その声にあわててやってきたのか、兄とアデル殿下も、私たちの前に立つ。
「フィリップ、父上の誕生日式典で、そのような態度、不謹慎だぞ」
「は? この女こそ不謹慎です」
「どこがだ? エリーゼは、父上のために美しい調べを聞かせてくれたのに」
フィリップが、フンッと鼻をならす。
「芸術科の生徒をおしのけ、うまくもないピアノを演奏を他国の来賓の前で披露し、父上に恥をかかせたのですよ。おまけに下手な魔法で精霊様まで演出の道具にするなんて。そのせいで、今日まで練習に励んできた騎士科の剣舞がなおざりにされ、今もまた、マリアンヌを押しのけ、回復魔法をこれみよがしにかけ、自慢げに笑っている」
騎士科の剣舞に迷惑をかけたことは本当だ。
それは申し訳なかったと思う。でも、それ以外は、言いがかりでは?
「エリーゼは、宮廷オーケストラの指揮者にその才能を見出され、熱心に請われ、ピアノ演奏を陛下に捧げたのです。芸術科の生徒をおしのけたわけではありません」
兄が私を庇う。
「そうだ。芸術科の音楽専攻の生徒たちは、リュートを演奏したではないか。聞いていなかったのか」
アデル殿下も言葉を添えてくれる。
「それに、あの精霊様のパフォーマンスは演出ではありませんよ。ヴェルデ様が自分に捧げられた曲に感激をし、祝福を与えられただけですから。精霊様と交流のない殿下にはおわかりにならないかもしれませんが」
お兄様、お怒りはもう少し鎮めたほうがいいのでは?
「回復魔法も、親しい友人を慮ってのこと」
アデル殿下の最後の言葉が、おそらくマリアンヌがらみなのでなおさら気に障ったのか、フィリップの顔は、いっそう険しくなる。
「みんな、これに騙されているのだ。目を覚ませ。この女は救いようのない、高慢で嘘つき、呪いを振りまくような女だ」
今日は特にひどい。
クリスで何度も視ている、卒業記念パーティーの断罪イベントより心をえぐられる言葉がならぶ。
兄の手が震えている。
冷静沈着、マナー完璧男子のアルベルトが、今にもフィリップに殴りかかりそうだ。オスカーでさえ、私を庇うように立ち位置を変えている。
ここで、問題を起こすわけにはいかない。
せっかくの国王陛下のお誕生日。
笑顔でこのパーティーを締めくくらないと。
「ご不快な思いをさせ、大変申し訳ありませんでした」
とりあえず、臣下の礼をとりつつ、私はフィリップに向かって深く首をたれる。
「なぜ、何も悪くないエリーゼが謝る?」
ミケランジェロ、空気を読んで。
「フィリップ殿下こそ、言いがかりを謝罪された方がよろしいですわ」
マ、マリアンヌ!?
空気が、混沌として読めなくなったよ、今のひとことで。
「マリアンヌ、かわいそうに。洗脳されているんだね。彼の言うとおりだ」
彼? 誰?
もしかして、洗脳されているのはフィリップ?
だけど、彼に呪いや精神魔法の気配は感じない。
でも、そんなものを使わなくても、洗脳はできるわね。前世でも、宗教団体などでそういった事件はあった。
ちょうどその時、救いのように、軽快な音楽が会場に流れ出す。
宮廷オーケストラが、白銀の光に包まれている。
どうやら、プラータが機転をきかせてくれたようだ。
音楽が始まれば、すなわちそれはダンスの時間だ。
会場の中央に国王陛下と王妃様が、進まれる。
兄が、素早く私にダンスを申し込む。
「大丈夫だから、カーリーに申し込んで」と私は兄に微笑む。
もう、守られてばかりの小さな妹じゃない。
兄の恋だって応援できるんだから。
レイナードもレイチェルの手を取り、ステップを踏み出す。
それを見ていたアルベルトが、私に手を差し出す。
迷うことなく、私はその手をとる。
彼なら、この先フィリップの陣営からどんな言いがかりをつけられても、それに負けない、信頼できる強さを持っているから。
オスカーがフィリップに先んじてマリアンヌをパートナーに踊りだすと、アデル殿下は自分の役目をわかっているようで、すかさずイザベラ王女の手を取りに行ってくれる。
マリアンヌをオスカーにかっさらわれたフィリップだが、すぐにたくさんの女生徒に囲まれる。
誰と踊るのやら。
しばらくして、一人の女生徒の手をとる。
おや?
あれは、リリア。つまり、アマリージョ。
特に、突風にさらされることもなく、足を踏まれまくることもなく、無難に踊っている。
おそらく、アマリージョはフィリップを操っている何かを探りにいってくれたのだろう。直前のあのいざこざを、精霊たちはみな見ていた。
だって、あの一画に、すばやく結界を張ってくれたもの。
衆目の前で、恥をかかずにすんだのはそのおかげ。
いつも、守ってくれてありがとう。
感謝をささげる。精霊たちと、まだ見ぬ金色の女神様に。
ダンスの時間が終わり、国王陛下からお礼の言葉が述べられ、誕生日式典は無事終了した。
この後、国王陛下と王妃様は、バルコニーから、国民にご挨拶をされる予定だ。アデル殿下もそちらに同行される。
私たちは、ハーブ同好会のブースを手早く片付けると、学院に戻る。
恒例の、食堂での打ち上げだ。
アルベルトを中心に、魔力の多い者が、食堂の厨房を借りて、魔法陣を使い簡単な料理とデザートを作っていく。ただ、飾りつけなんかにはセンスも必要なので、そちらはレイチェルとミケランジェロが中心になって担当しているようだ。
私は、魔法陣ができていない、あるいは、少し手を加えないと出来上がらない料理を、マリアンヌと一緒に担当する。
学院の専属料理人たちがわらわら集まってくる。新しい知識を仕入れられるかもしれないと期待も込めて、手伝いを申し出てくれる。
大勢で食べやすいものがいいわね。
唐揚げと、コロッケ、それからトンカツも作ろうっと。
色々あったから、アルベルトがくれた果汁水しか飲んでいないので、お腹が空いたんだよね。だから、腹持ちのいいものが欲しかった。
揚げ物三昧はどれも評判が良く、唐揚げ以外はまだレシピの特許をとっていなかったので、しっかり者のレイチェルの手で、ハーブ同好会を権利者として特許出願されることになった。
ただし、学院の食堂では、特例として特許料は免除してもらったので、ほどなく、学食メニューにのるはずだ。
打ち上げの途中で、兄から、至急、図書館の制限エリアへ来るように、との呼び出しが入った。
私は、アルベルトにその旨を告げ、同じように呼び出されたオスカーととともに、隠蔽魔法で姿を隠しながら急いで図書館に向かった。
そこには、兄とアデル殿下が、途方に暮れたような顔で待っていた。
「お兄様、何かあったのですか?」
「困ったことになった」
「困ったこととは?」
「今日の余興、イザベラ王女の父君、オニキス大公がいたく気に入られてな」
それなら、よかった、のでは?
「ということは、イザベラ様の留学は、許可いただけたんですよね?」
アマリージョからは、そう聞いていた。
「イザベラ王女の留学は問題ない。……ただ、大公が、我が学院のレベルの高さをオニキス大公国の魔法学園にも紹介したいとおっしゃられてな」
アデル殿下がため息交じりに言う。そのため息の意味が今一つ私にはわかっていないのだが。
「大公閣下は、つまり、交換留学を希望されている」
ほう。
「イザベラ様がうちに留学される代わりに、こちらからの留学生を受け入れたい、とそういうことですか?」
「ああ」
「問題ないのでは? 希望者を募れば、きっと、オニキス大公国に興味のある者がいるはずですわ」
オニキス大公国は、さほど大きな国ではないがその歴史は古い。建国神話は、エメラルド王国の建国より、さらに一千年はさかのぼれる。
文官養成科でも、歴史や神話に興味のある学院生には人気の国だ。
ルクス宰相という、気がかりはあれど、大公が正式に招いた他国の留学生にあからさまな手出しはできないのではと思う。
「それが、あちらが希望されたのは、今日の演目に出た、レイナードかミケランジェロ、あるいはエリーゼ、オスカーお前たちだ」
「私は、辞退させていただきます」
オスカー、即断即決だね。
まあ、そうだろうけど。
「レイナードも無理だよね。オニキス大公国で剣士が学べることは少ないし、行くなら、最強騎士団と誉れ高い、神聖騎士団を有する帝国だよね」
それに今、レイチェルと離れる選択肢は彼にはないだろう。
卒業までに正式に婚約までもっていかなくては、メントライン子爵に、領地に有利な貴族にレイチェルが嫁がされてしまうかもしれないもの。
「ミケランジェロは、短期なら行くかもしれないわ」
彼は、根っからの芸術家だ。数多い神話に彩られたオニキス大公国には、彫像や絵画の題材も多い。きっと彼の興味を惹くはずだ。
それに、文化の違いから受ける刺激も多いはず。
「実は、ミケランジェロからは、留学してもいいと返事をもらっている」
「それなら、何が問題なの?」
「ただし、エリーゼ、お前かオスカーと一緒ならと言う条件付きだ」
「ミケランジェロは、魔力は多いが芸術に関係しない魔力はほとんど使えぬ。ルクス宰相というやっかいな人物が国を差配する場所へ、一人でのこのこ出かけては行けぬというのが彼の言い分だ」
なるほど。
ようは、興味はあるから行ってもいいが、芸術に関係しないことに気力も魔力も使いたくない。ややこしいことを処理する者をいっしょにつけろ、ということね。
「イザベラ様は、どれくらいの期間留学を希望されているんですか?」
「少なくとも、ともに戦う覚悟はあるが、『リーベルタース』の件が落ち着くまではルクスのいる大公国に戻るつもりはないそうだ」
「ということは、卒業してもその件が片付かなければこちらにいらっしゃるということですね」
「ああそうだ」
「交換留学ということは、こちらもそれに見合った期間、あちらにいなければいけないのでしょうか?」
「いや、それはない。向こうも、名前をあげられた学院生が我が国の宝ともいえる人材だとわかってはいらっしゃる。あくまでも、あちらに刺激と目標を与える存在として、短期でよいから来てもらいたいということだ」
「たとえば、一年を終了するまで、あと三か月足らずですが、その程度でもいいのですか?」
それなら、オスカーや私は単位を取得済みなので、学業に差しさわりはない。オスカーは、魔法省での研究が今の一番の興味だから、どうあってもいかないだろうが。
「大公は、来てもらえるのなら、一か月でもいいとおっしゃっていた」
「それなら、私がミケランジェロと参ります」
私だけでは、あちらに刺激を与えられるような才がない。
ただ、属性がたくさんあって魔力が多いだけだもの。
私の、あのピアノなんて、フィリップに虚仮にされてもさほどムカつかない程度だし。
もっとも、暗譜している限りだが、前世での素晴らしい楽曲を紹介することはできるかも。作曲者はアンノウンになってしまうかもだけど。
その点、ミケランジェロの才能は本物だ、
前世と同じく、こちらでも、神に愛されし芸術家だ。
彼の作品に、少しでも役立てるのなら、それを手伝いたいと思う。
「エリーゼ、向こうにはあれがいるのだぞ」
「私には、精霊たちがいます」
私に毒や呪いは効かない。
魔力を搾り取ることも無理だろう。魔道具が壊れるだけだ。
物理攻撃は効くだろうが、多少の心得はあるし、そこが弱点をわかっていれば対処もできる。
「問題はミケランジェロの安全ですが、これは、行く前にインディゴに頼んで闇魔法をかけてもらうか、プラータに祝福魔法を頼めば、大丈夫でしょう」
ここ最近、私は、ようやくだがインディゴについて闇魔法を習っている。
ルクスに対抗するには、闇魔法を習得することが必要だとプラータに説得されたからだ。
学びながらわかったことは、闇魔法は確かに怖い面もあるが、自分も含めて誰かを守るためにはとても強力でこれ以上頼もしいものはないということだ。
今、私がインディゴに指南を受けている闇魔法は、向けられた悪しき呪いや悪意憎悪を弾くのではなく、それを取り込み力だけを吸収し、美しい闇夜を作る『ノーチェ』だ。
『ノーチェ』を習得できれば、自分のみならず他人の魂の器を強化することができるそうだ。
インディゴは、『ノーチェ』を尻尾ひとふりでやってのけるが、私にはとても難しい。
闇魔法への恐怖が、まだ私の中にあるからだそうだ。
けれど、だんだんその恐怖はなくなりつつある。
インディゴの闇魔法はとても美しい。美しい闇は人の魂を傷つけることがないと心身で理解してきたからだろう。
光魔法を使うルクスに対抗するためにも、どうしてもこれを完成させたい。
ミケランジェロには、事前に、インディゴかプラータに魔法をかけてもらうつもりだが、向こうで何があるかわからない。精霊たちはいざとなったら、私だけを救う。だから、私がミケランジェロを救える力を持たなければならない。
「お兄様、私には、あと少し時間が必要です。ルクス宰相に対抗できる魔法を身につけてから、あちらに乗り込みたいので」
「それはかまわないと思う。急なお誘い故、こちらの予定優先でも失礼にはならないはずだ。それより、どうしても行くのか?」
「ええ。だってそれが一番安全だから」
国を超え、転移魔法でこちらとむこうを、誰より簡単に行ったり来たりできるのは精霊たちをのぞけば、私しかいない。
兄やオスカーもできるが、魔道具を使われた場合、魔力が足りなくなる危険もある。
「私も行く」
アデル殿下?
この人は、時々理解できないことを言い出す。
「私と公子のエミリオは同い年で、面識もある」
「私だってエミリオとは同い年だ。彼と面識はないが、エリーゼの兄ではある。お前が行くぐらいなら、私が行くよ」
まあそうだよね。
兄なら、妹のお目付け役で同道することはありだ。
「お前は王子としての自覚があるのか?」
「王位継承権もないボンクラ王子だという、自覚はある。それにリュートの名人だ。大公も歓迎してくれるだろうという自信もある」
「なぜ、そうまでして、一緒に行きたい?」
「エリーゼを失うわけにはいかない。私にとって、エリーゼは特別な人だから。いつか、ともに世界を放浪するのなら、彼女以外考えらない」
これは、まさかの恋の告白ですか?
ちょっとばかり、変わっているけれど。
「な、なにを言っている!! お前、正気か?」
お兄様。
自分は、カーリーに恋心満々なのにね。
「正気だ。しかし、晴れてあれとの婚約破棄が叶う日まで、ついうっかり口にしてしまった私の恋心は、今日より封印しておくつもりだ」
そういえば、フィリップとの婚約破棄がなされたら、すぐにアデル殿下が婚約者に立候補してくれるはずだったような。しかもそれを頼んだのは兄のはず。
その時だ。
「ちょっと待っていただこう」
そこにやってきたのは、アルベルトだ。
アマリージョがニヤニヤして隣にいるので、連れてきたのは彼女だろう。
「アルベルトが、危急の案件があるというので、お連れしましたのよ」
精霊に弱い兄は、そう言われると文句の一つも言えない。
「して、その危急の案件とはなんだ?」
「エリーゼが、ミケランジェロとともに交換留学生としてオニキス大公国に出向くと聞きました。本当でしょうか?」
「本当だ」
「なぜですか? 向こうには、ルクス宰相がいて実質あの国の政務を取り仕切っているのですよ」
「大公からの招きを断るわけにはいかない。誰かが出向くのなら、精霊の守りがあるエリーゼが、才にあふれるミケランジェロとともに招きに応じる、それが一番穏便で安全だと判断したからだ」
「それに、安心しろ。護衛として、私も行く」
アデル殿下、それは、決まってはいませんよ?
少なくとも兄は反対でしょう。陛下や王妃様もきっとお許しにはならないと思います。
「まったく安心できません。殿下の剣の腕は私以下。魔法は多少おできになるようですが、器用貧乏でどの属性でも、守りも攻撃も中途半端と聞いています」
アルベルト、ちょっとは歯に衣着せようよ。
「はっきり言うね。本当だからって、傷つかないわけじゃないんだよ。それって、やっぱり、やきもちかい?」
アデル殿下がまじめな顔で、アルベルトに尋ねる。
はい? アルベルトは親友だ。そういう関係ではない。
「そう思ってもらってかまいません。エリーゼは、私の大切な人です。叶わぬ想いだとしても、その代わりに、何があってもどこへ行こうと、右腕として彼女をサポートし彼女の安全を守るのは私の役目と思っております」
まさかの、親友からの恋の告白!?
だけど彼は。
「辺境伯の跡継ぎ候補のくせに」
この国をいつか出ていくかもしれない私に、ついてくることなどできないくせに。
「跡継ぎのことはレイナードに頼んできた。ついさっき」
「な、なに言って」
それが原因で兄弟がもめたはず。レイナードがそう簡単に跡継ぎを引き受けるはずがない。
「快く引き受けてくれた。そういうことなら、レイチェルと二人でしっかり国境を守って見せる。ついでに彼女の領地も守り切るそうだ」
あら、それはよかった。
レイチェルの婚約式も間近だね。
「私も、エリーゼと一緒ならどこにでも行けるし、この身に変えても彼女を守る。おまけに、身分も釣り合うので、よいパートナーとしてその右にも左にも立てる」
アデル殿下、さっき、恋心は封印するって言いましたよね?
「エリーゼ、お前の気持ちはどうなのだ? 二人の気持ちに応える必要もないのだが。ずっと私のそばにいればよいのだから」
そんなことを言われても。兄のそばにずっといるのは論外だ。
アデル殿下は、その雰囲気が樹里に似ていて、正直、時々胸がキュンとすることがある。
アルベルトには、いつもその行動や言葉で勇気づけられている。彼を見てホッとする、そんなことがよくある。
だけど、恋かと聞かれれば、首をひねってしまう。
乙女ゲームの悪役だからか、樹里への想いがまだ強いからか、ずっと恋とは無縁に生きてきた。
今この時も、どこか他人ごとなのだ。正直言って。
「そういうお相手としてお二人を見たことがありませんから。それに、フィリップ殿下の婚約者として、他の殿方と友人以上の親しみを表に出すわけにはいけませんから」
「そうか。忘れがちだが、エリーゼはフィリップの婚約者だ。ふたりとも、そこはわきまえてくれ」
二人は揃ってうなづく。
「しかし、オニキス大公国へはついていくぞ」
「私も参ります。彼女の護衛騎士として」
あらら。
アルベルトはともかく、殿下は無理だと思うけどな。
アルベルトなら、護衛騎士の資格はある。身分的にも私の護衛にふさわしいし、レイナードに比べれば剣の腕はおちるが、それでも文官養成科では一番の剣士で、騎士科に入っていたとしても、五本の指に入れる腕前だ。おまけに、魔力も多く風と火と土の魔法に長けている。ミケランジェロとの仲も良好だ。
「どのみち、護衛騎士は必要だ。その覚悟があるのなら、辺境伯の許可さえ取れれば、学業にも差支えのないアルベルトに頼もう。他には公爵家から手練れの侍女を二人と執事見習いを一人つける」
「侍女と執事見習いですか?」
「強いぞ、家の使用人は。レイナードと同じくらいにはな」
たぶん、ミラとハンナと、セバスチャンの息子のラウルだろうけど。
レイナードと同じくらい、ということは、かなりの手練れだ。
「私はどうなる?」
「お前は、まず両陛下の許しを得ろ。もし許されたなら、外交特使として出向き、エミリオと交友を深めて来い」
それから二週間後。
闇魔法『ノーチェ』をマスターした私は、ミケランジェロとともに、交換留学生として、オニキス大公国に向かった。
転移ではなく馬車で。
ちなみに、イザベラ王女の衣裳部屋にあった転移魔法陣はアマリージョの手で破棄されている。
向こうにつき次第、私の部屋に新しく設置する予定だ。
合言葉も、別のものにしようと思う。念には念を入れて。
アデル殿下は、意外にも両陛下の許可をもぎ取ってきたが、執務の関係で、一週間ほど遅れての出発になった。
アルベルトは、シュミット辺境伯の許可を得て、ヴォーヴェライト公爵家と主従関係を結び、正式に私の護衛騎士に任命された。
その際、かなり厳しい試験が課されたそうだが、そのすべてに父が満足する結果を出したと聞いている。 さすがだね。
そして、『誓約の書』にもためらわず、署名したそうだ。
もとより、この命、エリーゼ様のために、と言ったとか。
精霊たちは、当然、みんないっしょにあちらに行く。といっても、ヴェルデが護衛で一緒にいる以外は、それぞれ好きなように移動している。クリスはプラータが包み込んで運んでくれるというのでお任せした。
インディゴだけが、先に現地に行って、とりあえず私に与えられる環境に危険がないかをチェックしてくれているらしい。
カーリーやレイチェル、マリアンヌは、割とあっさり見送ってくれた。
だって、すぐに転移魔法陣を設置してくれるんでしょう? としんみり感はひとかけらもなかった。
もちろん、と答えておく。
だって、リリアのこともあるしね。
次の学年までリリアをあのまま放置はできない。
どのタイミングで、彼女を戻すかはまだ決まってないけれど、アマリージョと調整中だ。
知らない土地で、やっかいな敵とやり合うことになるかもしれない。
でもきっと、怖い事や嫌なことばかりじゃないはず。
違うことや同じこと、色々楽しんで、吸収して、少しでも成長できたらと思う。
馬車の中で、ミケランジェロが言った。
「国境を超えると、不思議なことに風が変わるな。しかし、俺の芸術への想いは変わらない。お前も変わるなよ、エリーゼ」
私の代わりに、アルベルトが答えた。
「エリーゼは変わらないよ。たとえ世界が変わっても、彼女は変わらない」
私は、アルベルトがそう言いながら少し上げた口角に、小さな不安と思いがけず大きな衝動を覚えていた。




