乙女ゲームの世界に転生したけれど、ゲームをしたことがありません。それでも私、愛と勇気で破滅フラグに立ち向かいます。part1
第一章 転生者、天眼の魔女
私は、エメラルド王国宰相アダルヘルム・フォン・ヴォーヴェライト公爵を父に、お隣のサファイア王国の第三王女を母に持つ、いわゆる公爵令嬢だ。両親は典型的な政略結婚と思われているが、実は熱烈な恋愛結婚だったらしい。きっかけは、サファイア王国の魔法学院に留学していた父に、ひとめ惚れした母の熱烈アプローチだったとか。家族は他に5歳年上の兄が一人いる。
しかし、私は、ただの公爵令嬢ではない。
なぜなら私は、異世界からの転生者だから。そのことに気づいたのは9歳の8月の終わり。
原因不明の高熱で三日三晩意識がなかったらしいが、ようやく熱がおさまり意識が戻ったその時、転生する前の世界の情報が、私の中に濁流のように流れ込んできた。
その世界で私は、二階堂碧という名で植物学を専攻する大学院生だった。
趣味は占いとお菓子作り。
占いは趣味というより私の収入源だったと言った方がいいかもしれない。
7歳の時、事故で両親を亡くした私は、父方の叔父夫婦に引き取られて育ててもらった。叔父夫婦にはとてもよくしてもらったが、どういうわけか、従姉妹のメグミとは最初からとても相性が悪かった。
叔父夫婦の目の届かないところでは、長い間陰湿ないじめを受けていた。
けれど、娘に甘すぎることだけが欠点ともいえる叔父夫婦に心労をかけたくなくて、告げ口をすることもなく、ただひたすらにその境遇に耐えていた。
あれは大学合格の通知を手にした日だった。入学金を用意しようとして気づいた。メグミが私の両親の保険金を遣い込んでいたことに。さすがに見逃すこともできずメグミを責めると、「みなしごの面倒を見ていたのだから当然だ」と言われた。
もう無理、これ以上は一緒に暮らせないと大学進学とともに独り立ちをすることにした。
叔父が管理していたはずの私のお金は一円も残っておらず、叔父に今までの感謝の気持ちを渡すこともできないばかりか、大学の入学金とアパートの初期費用を叔父に払ってもらうことになった。
叔父は「当然のことだ、警察沙汰にしないでくれてありがたいと思っている」と言ってくれたものの、授業料やそれ以降の生活費を、大学を中退しニートで浪費家のメグミを抱える叔父夫婦から仕送りしてもらうという選択は、私にはできなかった。
奨学金だけではどうしたって心もとない。
学業に支障のない程度で私にできるアルバイトを探し、親友の美花の紹介で始めたのが占いの館での受付のアルバイトだ。土日と夕方から夜にかけての勤務で美花の親族が館のオーナーだということが決め手だった。
占いは統計学のようなものでしょ?
あとはちょっとした相談相手?
美花は「ここにいる占い師たちはみんな本物だから」なんて言うけれど、だとしてもどうせ受付の私には関係ないし、などとお気楽に淡々と私はアルバイトを続けていた。
徐々にお仕事に慣れていったある日、私の様子を気にして顔を見せてくれた美花が「碧の手作りクッキーはその辺のお店のものより、ずっとおいしいんだよ!」とオーナーに教えたことで、私の手作りクッキーを館のおもてなしおやつとして納めることになった。
それがお客様だけでなく占い師のみなさんにも大人気となり、それ以前よりずっと占い師のみなさんと仲良くなっていった。
なかでも一番仲良くしてくれたのが水晶占い師のアンジェリカさんだ。甘いものに目がないアンジェリカさんは、休憩時間に私をよく彼女の部屋に招いてくれた。その日も休憩時間にチャイと一緒に新作のお菓子を二人で食べていた。
ふと気まぐれに覗いた水晶玉に、なんとアンジェリカさんの姿が映った。私は驚いて水晶玉を凝視する。アンジェリカさんが、自分の部屋だろうか、そこを出たすぐ後に、カギがかかっていなかったベランダの窓から男が入っってきた。
私はあわてて、アンジェリカさんにそのことを告げる。笑い飛ばされるかと思ったが、アンジェリカさんは今まで見たことがないほど真剣なまなざしで私を見つめて、他にも何か見えるかと尋ねた。
もう一度水晶玉を見つめる私。
男はアンジェリカさんの部屋を漁り、宝石箱を見つけたようだ。アンジェリカさんは、その宝石箱がどんなものかを訊いた後、私にこう言った。
「一度目を閉じて、ゆっくり大きく深呼吸を。それからそっと目を開けて、もう一度水晶玉を見て」
私は言われたとおりに、目を閉じ大きく息をすってゆっくり吐き、もう一度水晶玉も見つめる。
「部屋の西側にクリーム色のソファーが見える?」
私はうなづく。
「イメージしてみて、そこに座る自分を。それができたら、視線を上げて左手側のサイドボードの上にある時計を見て」
私は言われたとおりにする。すると、水晶玉の映像を見ているのに、まるで私が部屋の中にいるような感覚になる。男が宝石箱を開けているすぐ近くにいることになるので、とても怖い。
「男の人がまだいるよ」
「大丈夫、むこうにこっちは見えないから。時計は見えた?」
「はい」
デジタル式の小さな置時計が見える。
「何時かしら?」
「4時15分です」
あれ?
今は休憩時間だから、6時過ぎのはず。
「日付も見て。時間表示の上に小さく出ているでしょう?」
私は目を凝らす。
「6月3日です。なんで?」
私は混乱する。だって、今日は6月1日だから。
だけど、アンジェリカさんはやっぱりねとつぶやく。
「時計、壊れているんですか?」
アンジェリカさんは、フフッと笑った後で、また真剣な目をして私を見る。
「いいえ。時計は正しいはず」
「だって」
「あなたは、明後日の私の部屋を見ているのよ」
「明後日?」
そんなバカな。
「なぜなら、あなたは先見の眼を持つ、先見の魔女だから」
「先見の眼? 魔女?」
「ええ、あなたには未来が視えるってこと。私と同じようにね。もっとも私はあなたが私に教えてくれたほどハッキリと未来を視ることはできないわ。もっと曖昧でぼんやりした映像が視えるだけ。そこから知識と経験で、お客様の望む答えを導き出しているのよ」
「ええっ!! アンジェリカさんは、本物? 本物の魔女なんですか!?」
館の占い師さんたちの中でも、アンジェリカさんの占いは特によく当たると評判だった。だから、初めは占いを軽く見ていた私も、アンジェリカさんの占いだけは本物なのかもしれない、と仲良くなったこともあり最近はちょっと思っていた。
「いやいや、碧ちゃん、あなたが私以上の、正真正銘の本物なのよ。あなたには未来がこんなにハッキリと視えるのだから」
本物! 私が本物の魔女!? いや魔女ってなに? 中世のヨーロッパじゃあるまいし。というか、私狩られるの? 魔女と言えば魔女狩り!!
混乱しすぎてアンジェリカさんのチャイまで飲み干した私をあきれた顔で見つめなら、アンジェリカさんは言う。
「魔女っていってもね、ようは超能力のようなもの、があるっていうことだから。占いの館では魔女って言葉のほうが似あうでしょう?」
どうやら私の心の声はすべて垂れ流されていたらしい。
そうか超能力者か。よかった、狩られずにすむ。うん? 超能力者もけっこうやばくない?
「いいかしら。このことはオーナー以外には絶対話してはダメよ」
私はうなづく。
話すわけがない。言ったとしても冗談だと思われるか、頭がおかしい子扱いをされるだけだろう。でもオーナーはいいのか?
「オーナーも本物だから。あの人は魔女の中の魔女なのよ。私たちと同じように未来を見る力と、未来を一つにしばる力があるの。力が強すぎて国家の危機に関わる案件ぐらいしか関わったりしないんだけどね」
国家の危機って。話が壮大すぎて、かえってすんなりうなづける。反論が思いつかないから。
アンジェリカさんによると、未来は、ふつう無数にあるものらしい。だから私が視た未来は、いちばん可能性の高い未来ということになるらしい。ちょっとしたできごとで、それこそ風が吹いただけで、未来はどんどん変わっていくそうだ。けれどオーナーの占いは絶対的だという。なぜなら本来はいくつもある未来の結果を必ずそうしたい方向に視ることさえできるから。
それは、危険かもしれない。いや、恐怖だ。未来は、一人一人がその瞬間の選択のたびに変化するものであってほしい。
それから、休憩時間いっぱいまで、私はアンジェリカさんに言われるまま色々な映像を視つづけることになった。休憩時間が終わりぐったりする私を見て、アンジェリカさんが笑う。
「ちっとも休憩にならなかったわね」
「本当ですよ。まだまだ予約はいっぱいなんですからね」
「ごめんごめん、でも私も興奮していたから。オーナー以外にここまで強烈な先見の目を持つ人とは出会ったことがなかったから」
そうなんだ。私はどこか他人ごとだ。自分のこととして、認識できない。
「でもね、視えただけではだめなのよ。肝心なのは視えた情報を精査すること。どれをどんなふうに使うか、それを間違ったら自分を含めてたくさんの人を不幸にするから」
けれど、このアドバイスには私は大きくうなづく。
大学で学んでいる事と同じだから。情報、予想、結果を様々な角度から検証する、これ、大事だよね。
「それから、さっきの繰り返しで分かったでしょうけど、自分の未来は視えないのよ。残念ながらね」
そうなのだ。何度やっても私自身の未来は視えなかった。
「でもね、推察することはできるのよ。自分の身近な人のことを視ることで。たとえばさっき、私は、元カレのことを視てみたの」
「元カレ?」
「そうしたら、あいつ窃盗で警察に捕まってた」
それって?
「私の部屋に侵入する不届き者は 元カレだってことになるよね」
そういってアンジェリカさんはため息をついた。
アンジェリカさんは、翌々日、貴重品は銀行の貸金庫に預け、宝石箱の中身を安物に交換しベランダのカギはしっかりとかけて仕事に出かけたらしい、でも、元カレはベランダのガラスを割って部屋に侵入し部屋を漁り、他に貴重品のないことに腹をたてゴミをばらまいた後で、宝石箱だけを盗んで出ていったそうだ。もちろんすぐに犯人として捕まった。アンジェリカさんが防犯カメラを何か所もしかけていたからだ。
「カギをかけて出たのは温情だったんだけどね。ガラスを割ってまで侵入するなんて」
元カレはお金に困っていたらしい。お金を貸してほしいと何度もメールや電話を受け取っていたが無視をしていたらこんなことに、とアンジェリカさんは嘆いた。
でも、落ち込んだ気持ちを埋めるように、オーナーの了解を得たうえで私の占いの指導にのりだした。おかげで私の占いの腕はどんどん上がっていった。途中からはオーナーも参加して私の教育はとても充実したものになった。その中でわかったことは、なんと私が視えるのは、未来だけでなく現在も過去もだということ。私は、先見の魔女ではなく、『天眼の魔女』だとオーナーに断定される。
ただし、まだまだ魔女の卵なので、訓練をしてもそう簡単にはオーナーのように未来を確定することはできないと言われた。
「いや、もうずっとできなくていいです」と答えると、そのほうが幸せかもねとうなづかれた。
無事にオーナーの試験にもパスし、私は占い師としてデビューすることになった。けれど、受付業務も続けることにした。オーナの助言を受けてのことだ。
「碧ちゃんは視えすぎるのよ。だから、今までどおり受付のお嬢さんだとお客様には認識してもらったほうがいいから」
ということで、私は平日は受付業務をこなし、週末にはヴェルデと名乗り、ベールで顔を隠し念のためにその下にも強めの化粧を施して、美花の悪のりもあり、「これじゃあ毎日がハロウィンだよ」と笑えるくらいの魔女仮装で占いを始めた。
私の占いはとてもよくあたり、予約はいつもいっぱいだ。
とはいえ、学生の本分は勉学だ。占いにかけられる時間は限られている。そがまた特別感を煽ったのか、良くも悪くも私の占い師としての人気は高まるばかりだった。
恋人とは会う時間が減りそれが原因で小さな喧嘩はしたけれど、交際は順調で、彼は美花とともに私のよき理解者だった。
私は占いで稼いだお金と奨学金で大学を無事卒業し、大学院にも進んだ。けれどそんな私の人生も24歳の誕生日に、はかなく終わった。
その日、占いの館に偽名で予約をしていたのは従姉妹のメグミだった。
メグミは、私に尋ねた。
「どうすれば彼を手に入れることができますか? いつ、彼が今の彼女と別れることができるのかしら?」
視るつもりはなかった。けれど、水晶にメグミが映る。これはおそらく過去の映像だ。
彼が家族でやっているカフェ。メグミがカウンターでコーヒーを淹れる彼をうっとりと見ている。しきりに何か話しかけているが、彼は愛想笑いで流している。
迷惑をかけちゃったな、と思う。
ずっと以前、彼の実家がカフェをやっていることをメグミに教えたのは私だから。彼の母親が私の手作りクッキーをお店に置いてみたいと言ってくれたので、叔母の許可を得てキッチンを使っていた時に、見とがめたメグミに、彼氏の家がカフェで、と事情を話したことがある。
その時に作っていたクッキーはメグミに床にばらまかれ、二度と我が家のキッチンを使うな、と罵られた。
そこで仕方なく美花の家でこっそり作らせてもらったのだけれど、今度は、あそこのクッキーには虫や雑草が入っているとSNSでつぶやかれたりしたので、迷惑をかけたくなくてお店への差し入れはやめた。
ハーブ入りのクッキーは彼のお母さんの大好物だったので、お家へのお土産としてはたまに持って行ったけれど。
もう一度水晶玉に目をやると、今度は、近くに公園で彼にとりすがるメグミが映る。
彼はかなり怒っていた。
彼はメグミが私にした仕打ちを全部ではないが知っていた。おそらくそのことも含め、彼はメグミにいい感情を持っていない。彼に冷たく拒絶され、憎しみにあふれたまなざしを、彼ではなく、まるでこちら側が視えるように私に向けるメグミ。
目の前の彼女の視線とそれが重なり、私は身震いをする。
「彼が、あなたに振り向く可能性はありません」
私は勇気をふりしぼって、本当のことを告げる。
「あいかわらず嘘つきね」
メグミは、この私が誰か、わかっているようだ。
「そんな変装したって声でわかるのよ。それにヴェルデって何? 興信所の人が笑っていたからね、ミドリだからヴェルデだなんて、ひねりがなくて調べるのがとても簡単だったってさ」
興信所に頼んだのか。なんのためにそこまで、と考えるまでもないか。好きになった彼を、私の恋人だからよけいに必死になり、手に入れるのに邪魔な私を排除するため。
ヴェルデという名はアンジェリカさんにつけてもらった。ミドリという意味だからちょっぴり安易かと思ったけれど、亡くなった両親がつけてくれた碧という名を、私がとても大切にしていることを知っていたアンジェリカさんが優しい気持ちで考えてくれた名前だったから。
「それで、いつあなたは彼を解放するの? 親がいないからっていつまでも同情で彼を束縛するなんて、ほんと自分勝手で酷い女」
同情? 少し心が揺れる。
彼と出会ったのは高校二年の春。もう7年の付き合いだ。
私の両親が事故で亡くなったことも、従姉妹と折り合いが悪く叔父の家を出たことも、その過程の中でおこったたくさんのトラブルや悲しみを、ほとんど彼は知っている。
彼が私を大切にしてくれている背景に、同情の気持ちも少しはあるかもしれない。
「あんたみたいな平凡で取り柄のない女、同情じゃなきゃ、あんな素敵な人がいっしょにいるわけないでしょう」
確かに、彼はとても素敵な人だ。容姿も、いっしょに歩けば見知らぬ女性が振り向くほどで、イケメンカフェ店員だと雑誌に載ったこともある。おまけに性格もとてもいい。おおらかで優しく、明るい日なたの似合う人。成績もいつもトップクラスだった。
平凡だったのは運動能力くらいだ。それも、スポーツ万能に見える雰囲気はあるから、そのギャップが可愛らしくもあったりして。
一方で私の容姿は平凡だ。親しい友人も美花ぐらい。友人も少なく趣味は勉強という、彼とは逆の、日なたの似合わない人間だ。
よく考えれば、彼が私の恋人だということはおかしいのかもしれない。
不安定な気持ちのまま、私はうっかり水晶玉を視てしまう。
あんなに注意されていたのに。
静かな気持ちで視なければ、正確な未来を視ることはできない。不安や動揺にまみれた状態では、時にいくつもある未来の中で最悪なものを視てしまうこともあると。
彼が映る。
彼は泣いていた。私の名を呼んでいた。碧、碧と何度も何度も。こんな悲しそうな彼を初めて見る。
私は私の未来を視ることはできない。けれどそれで悟った。
私は死ぬのだろうと。
彼の慟哭が教えてくれた。私の最悪の未来はもう避けようがないのだと。
彼の名を呼び涙を流す私に、メグミはブチ切れたようだ。
「あの人の名前を呼ばないで。あの人は、全部、私のものなの」
私は黙ったままだ。
水晶玉に映る彼の姿が、あまりに痛々しくて言葉がでない。そんな私に怒りをつのらせたメグミがカバンから包丁をとり出す。そして「インチキ占い師に天罰を」と叫びながら、私をその包丁で刺した。数えきれないほど何度も。
私は遠のく意識の中で思っていた。
「どうせなら手遅れになる前に自分の未来もわかれば良かったのに。そうしたら、メグミを殺人者にせずに済んだし、育ててくれた叔父夫婦に辛い思いをさせずにすんだ」
そして最後に彼を想った。
「ごめんね、樹里。私のことは忘れてどうか幸せに。願いがかなうことがあるなら、いつかまた生まれ変わってあなたに会えますように」
章ごとに部分を分けています。内容は変えていません。






