どうやら、ゲームではわからなかった悪の秘密結社があるようです。part5
第16章 いよいよ真っ黒い人たちに尋問開始! と思ったら、事態は急変。転移で行ったり来たり。眠れぬ夜になりそうです。
フィッシャー侯爵が、茨でキツキツに巻かれ、すでに魔力封じの首輪をつけられた状態で連れてこられた。
フィッシャー侯爵がフィリップ殿下の派閥の筆頭であるためか、アデル殿下は、カーリーたちと一緒に結界の向こうに移動し、私は、クリスを操る必要があるので、幻惑魔法で魔法省の兄の部下に化けている。
ということで、兄が尋問を仕切るようだ。
「この無礼にもほどがある行いは、決して許されはしないぞ? 公爵家の嫡男とはいえ、たかが魔法省の研究員のお前ごときに、なんの権利があると思っているのか?」
兄が口を開く前に、怒りのオーラで全身を染め上げ、フィッシャー侯爵が兄をなじる。
「私は、国王陛下より、魔法省国家安全保障部の長を拝命しております。国王陛下直轄の部署故、ご存じないのかもしれませんが」
兄は冷静だ。
フィッシャー侯爵に関しては、今日の事件が突発であっただけで、すでにかなり前から公金横領などで調査が入っていたらしく、とりあえず捕縛するには十分な証拠があると聞いている。
だからだろう、きわめて事務的に兄はそう告げる。
そして兄は、陛下からの任命書をおもむろに懐から取り出す。王家の紋章がしっかりと入っている正式なものだ。
父上の手回しだろうが、準備のいいことだ。
「王族の暗殺未遂および国家機密の漏洩に関して、フィッシャー侯爵ならびにその配下への告発状を受け、水面下で貴殿たちの動向を探っていたところ、本日、思いがけず男爵令嬢誘拐拉致、および殺害教唆の場面に遭遇し、現行犯にて捕縛した次第だ。すでに国王陛下の元へは、本日の現行犯の件も知らせが向かっていますよ」
「濡れ衣も甚だしい。無礼の極みだ」
口調はかなり弱弱しくなったね。
「では、罪はお認めにならないと、そういうことでしょうか?」
「当たり前だ。お前のような若造のでっち上げた証拠など、なんの価値もないとすぐに証明してみせる。その時になって吠え面をかくなよ。
兄が私に促すようにうなづく。
私はクリスに、フィッシャー侯爵の最近1年ほどの過去を映し出してもらう。
驚くほど、フィッシャー侯爵の悪事の場面がざくざくと出てくる。
これを見る限り、かなりの数の人たちの命を奪い、奴隷として売り飛ばし、公金ばかりか他人の資産を騙しとっている。
王妃様への暗呪殺についてもニュクスと何度も話し合っている。
そして、ヴォーヴェライト公爵家への陰謀の数々。
これを全て防ぎ切ってきた我が家には、驚きしかない。
特筆すべきは、ミラとハンナの凄腕ぶり。
私に向けられた物理的な悪意は、すべからく彼女たちが排除してくれていた。
私の学院での日常は、兄と精霊たちに守られていると信じていたが、侍女たちとの鮮やかな連携に守られていたらしい。
落ち着いたら、この辺りのことも、兄に確かめたい。
オスカーは、スクリーンに目まぐるしく映し出される悪事の数々に、お手上げだよ、というように肩をすくめ小刻みに首を横に振っている。
おそらく、結界の向こうでも、皆が呆れかえっていることだろう。
「こ、これはなんだ?」
「あなたの過去の悪事の数々を、魔道具で映し出しているんですよ? どれも心当たりがあるでしょう?」
「あるわけがない。でっち上げだ」
「これほど陰険で多岐にわたる悪事の数々をでっち上げるのは、私たち凡人では無理ですよ」
オスカーが皮肉交じりに言う。
激しく同意するよ。思いつくのも無理だから。
「この映像とは別に、公金横領や、あなたが手駒を多く送りこまれている近衛騎士団の機密漏洩については、すでに二重帳簿や関連文書、多数の証人が見つかっていますよ」
「私は知らん。もしそんな証拠があるのなら、誰かが私を陥れるために作ったものだろう。マテウス、小賢しいお前の仕業ではないのか?」
この厚顔さには、呆れ返る。
しかもうちの兄に向って小賢しいとはなにごとでしょうか。
うちの兄は、百年に一人の大賢者、と呼ばれているんですけど。(怒)
「では、国王陛下の御前で、『真実の緑玉』を行使することにします。ご存知のように、この魔道具の前で嘘を吐けば、その舌は切り刻まれ二度と弁明の機会は与えられなくなりますが、清廉潔白、無罪だと言うのなら構いませんね?」
何それ? 物騒すぎる魔道具だよ。
緑玉というからには、エメラルドの魔道具なんだろうけど。
「そ、その魔道具は、王家のご意思で禁止されているはずだ」
「国王陛下は、今回の王妃様の暗呪殺計画にはひどくお怒りでしてね。異例のことですが、その容疑者には使用を許可されているんですよ。まあ、あなたが無罪ならなんの問題もありませんから。今日のところは牢にお戻りいただいて結構です」
「ま、待て」
「何でしょうか?」
「取引をしよう」
「ほう」
「お前たちに組織の秘密を明かそう。その代わりに私をオニキス大公国に亡命させろ」
「組織の秘密ですか? たとえば、頭が魔導士ニュクスではないとか?」
「な、なに!?」
ばれてない、と思っていたらしい。
「それとも、罪を押し付けた上でニュクスは切り捨て、その座にご自分が座るおつもりでしょうか?」
(ようやくわかりましたよ。組織の本当の頭が)
その時、アマリージョが私に囁く。
(頭はオニキス大公国の宰相、ルクスです)
(えっ? どういうこと? ルクスは確か光の属性があるのでニュクスに操られることがなく、ニュクスの陰謀の妨げになっていたのでは?)
(それがとんだ茶番で、そうやって、ニュクスとともに周囲を騙し、オニキス大公国の方はルクスが正々堂々とその実権を握り、ニュクスの方は、陰からエメラルド王国を乗っ取るつもりだったようです。そして、機を伺い、二国で一斉にラピスラズリ神聖帝国に牙をむく、これが彼らの計画です)
(大公国を探っていたインディゴも、騙されていたっていうこと?)
(そうなりますね。他国のことゆえエリーゼには関係ない、と手を抜いたともいえますが)
(これ、まずいよね。第一王女のイザベラ、危ないんじゃない? 早く保護しないと)
もし彼女が危険な目に合っていたら、その原因は私たちにあるからだ。宰相ルクスは信用できる、と連絡してしまったのだから。
(すでに、イザベラの加護精霊マリンにはその事実を知らせ、インディゴがあちらに向かいました。見張りをロッホと交代して)
(お兄様、危急の案件です)
(どうした?)
(組織の頭は、オニキス大公国宰相のルクスでした。私たちは騙されていたのです。今すぐ対処が必要です。フィッシャー侯爵の件は、どう転がっても有罪ですから、後回しでいいかと)
滅多に顔色を変えない兄が、その表情にわずかに焦りを見せる。
「フィッシャー侯爵、貴殿との取引はしない。貴殿がなぜ、オニキス大公国への亡命を望んでいるかもわかっている」
その兄の言葉で、ルクス宰相の件がばれていると悟ったのか、フィッシャー侯爵の心は折れたようだ。
こちらとしては情報がギリギリ間に合ったともいえるが、あちらの状況にはまったく安心できない。
「オスカー,侯爵を牢に戻せ」
オスカーはまだこの状況を理解していないので怪訝な顔をしたが、すぐに応じ、セレステの力を借り、フィッシャーを連れ転移した。
アデル殿下が結界から飛び出してくる。
「いったいどうしたんだ? あのまま続けていたら、重要な秘密がわかったかもしれないのに」
「アデル殿下、それどころではないのです」
「どういうことだ」
私は、他のみんなも結界から呼び出す。
「精霊さんたちね?}
「急に、別からもっと重要な何かがわかったんだね」
カーリー、アルベルト、あなたたちは本当に察しがいい。
私は、手っ取り早く皆に情報が伝わるようにと思い、クリスに頼んでスクリーンに映し出してもらう。
宰相ルクスと魔導士ニュクスの過去を。
二人が、二人きりで会っているその時を。
クリスは、しばらくなにやら探っている。十秒ほどで、お目当ての場面を見つけたようだ。
「ニュクス、あと少しだ。みな、うまくお前に操られている」
「そして、ルクス様、あなたに」
「邪魔者は第一王女だけだ。あの王女の加護精霊は強力だ。だからこそ、うまく騙してこちらの味方にするしかない」
「私が悪となり、あなたが正義となり、二つの国を乗っ取り操るのです。そして、ラピスラズリ神聖帝国を叩きのめすのです」
「法王には、闇の属性への根拠なき迫害の罪をつぐなってもらわねばならない」
「私の亡命を赦し、この命を救っていただいたご恩は決して忘れません」
「ともに、屍をこえ、恨みをはらそうぞ」
「これは?」
「オニキス大公国の宰相と魔導士ニュクスの会話よ」
といっても、オニキス大公国でのあれこれはアデル殿下以外は知らないことだ。
「詳しい事情は後で話すけれど、私たちも、この二人にまんまと騙されていて、魔導士ニュクスは敵、大公国の宰相ルクスは味方だと思っていたの。だから、その情報を伝えたオニキス大公国の第一王女イザベラが危ないの。助けに行かないと」
私の鼓動は早い。焦りが心身に出ているのか。
「エリーゼ、行くにしてもあちらの情報が必要だ。クリスに、イザベラ様の様子を映してもらえないだろうか?」
兄は冷静だ。
私にひと呼吸を与えてくれる。
私は兄にありがとう、とうなづき、いつも通りの姿に戻ったクリスに向き合う。
会ったことも見かけたことさえないイザベラ王女の今が映るかどうか、心配だけど。
(大丈夫。私がマリンとつなぐから)
セレステ、戻ってきたのね。ありがたいわ。
(でもオスカーは?)
(オスカーには、あちらにロッホと残ってもらったの。彼は火の属性もあるから、ロッホとも相性がいいわ。あちらに閉じ込めた悪漢たちの見張りも重要ですから)
なるほど。
まだ、あちらにも奪還のため襲撃があるかもしれないものね。
セレステがマリンと繋がり、クリスに映し出されたのは、窓のない石造りの牢の中で目を閉じたままのイザベラ。
クリスがスクリーン状になる。
「魔力を奪う結界に囲まれているわね。イザベラの魔力は完全に奪われているけれど、マリンの魔力は問題なく残っているわ」
「セレステにはマリンが、見えるの?」
「イザベラの腰のあたりに点滅している光、あれがマリンよ」
目を凝らすと、なるほど、小さく青い光が弱弱しく点滅しているようにも見える。言われなければ気づかないレベルだが。
「マリンも弱っているように見えるけど」
「いいえ、まったく影響ないわ。ちゃんとしっかり私と意思疎通できているもの。ルクスの陣営はマリンがイザベラに寄り添っていることさえ気づいていないかもしれない。人の作った魔道具で精霊を制御できると思っているのなら、笑うしかないわ」
つまり、あの場所は、精霊の魔力までは奪えないということね。
これは、けっこう大きな情報だ。
「見張りはけっこういるね」
クリスが映してくれる石牢の周辺には、見えるだけで10人はいる。
「精霊たちはともかく、人の魔力に制限があるなら、お兄様と私は剣で戦うしかないかしらね」
オニキス大公国に転移してイザベラ王女を救うのなら、行くのは兄と私だろう。
「いやエリーゼに戦わせるわけにはいかない。剣が必要なら、私が行く」
「アデルもダメだ。お前は王位継承権を放棄していても、今はまだエメラルド王国の王家の一員だ。どんな理由であれ無断で他国に乗り込んで、剣を振るうわけには行かないだろう」
「私がお供します」
そう言ったのは、レイナードだ。
「この中で一番の剣の使い手は私です」
レイナードは、すぐにでも近衛騎士団で副騎士団長が勤められるほどの実力だと聞いている。けれど。
「いやしかし、あちらでルクスが出てくれば、やはり精神魔法を使われる可能性がある。ニュクスより魔力が大きい可能性も高い。危険すぎる」
マリアンヌの救出の時と同じ理由で、レイナードを連れて行くのは難しい。
「危険は承知です」
レイチェルが心配そうな顔でレイナードを見上げる。でも、すぐにレイチェルは兄にこう言った。
「マテウス様、どうかレイナード様をお連れください。彼は、すでに立派な誇り高き騎士です。きっと、エリーゼを守りきります」
レイチェルの毅然とした横顔に、私はちょっと泣きそうになる。
「では、あなたの剣をお出しなさい」
アマリージョ?
レイナードは、使い慣れている自分の剣を差し出す。そこにアマリージョが、徐に魔力をこめる。
レイナードの剣は一瞬シトリンのように光り輝き、静かに元にもどった。
「魔力の使えない場所では、あなたは自らの力と技でその剣を振るい、敵の魔道具や魔力に剣を邪魔される時は、自らの風の魔力を剣にのせ戦うといいでしょう。剣にこめた私の風の魔法が、あなたの正義の心と命を守るでしょう」
「アマリージョ様、必ずや、風の騎士として、マテウスさまとエリーゼ様を守りきります」
これは、レイチェルでなくても惚れるよね。
さすが攻略キャラ。
「わかった。では、私とエリーゼ、レイナードでオニキス大公国に向かう」
兄も覚悟を決めたようだ。
つまり、もしレイナードに何かあれば、すべての責任を兄が、ヴォーヴェライト公爵家が負うということだ。
あちらには、マリンとインディゴがいる。
他に必要な戦力を私は素早く計算する。
「プラータ、ヴェルデ、私についてきてくれる? セレステは、ここでみんなを守って。それから、行ったり来たりになって悪いけど、できるだけ早くオスカーに現状を説明して欲しい。場合によっては、オスカーと一緒に来てもらわないといけない場面になるかもしれないから」
ルクスに遭遇した場合、その魔力が測り切れない以上、準備は必要だ。
「アマリージョは、アデル殿下やほかの皆と一緒にクリスで状況を見ながら、必要な時に私たちに指示を出して。アデル殿下、アルベルトは戦術に長けているから、頼りになります!」
アルベルトが、ニッと笑う。
「了解。司令部の統括は引き受けた」
アデル殿下は、軽やかにけれど頼もしく応えてくれる。
「カーリー、レイチェル、交代で睡眠をとって、薬と回復魔法の準備を多めにお願い」
二人は揃ってうなづく、
「あと、マリアンヌにも頼んで文官養成科特性のクッキーととプリンをつくってほしいの。ご褒美が待っている、それが精霊たちの何よりの励みになるから」
「まかせて」
「そのかわり、絶対無事に戻ってきてよ!」
「約束する」
私たちはそれぞれに素早く準備を整える。
そして、向こうでは主に思念会話になるだろうから、レイナードと兄、レイナードと私の思念のチャンネルを合わせる。兄と私はいつもどおりだ。
そして、魔力封じの結界の中では、もしかしたら思念会話もできなくなるかもしれないので、騎士団で使われている簡単な手話をレイナードに教えてもらう。
はい、いいえ、行け、とまれ、など簡単なものを10種類ほどだ。
転移先は、アマリージョが転移の魔法陣を置いているという、オニキス大公国の宮殿にある、イザベラの私室の衣裳部屋だ。
そこから、イザベラが閉じ込められている牢までの道は、クリスが順次映し出す映像を解析してアマリージョが私たちに思念をとばす。精霊同士はいうまでもなく、加護を与えられている私になら、どれほど距離が離れてもすぐそばにいるように思念は届くという。
それを信じて、私は兄とレイナードと手をつなぎ、魔法陣に乗る。
私が魔力を流すと、瞬きほどで、私たちはオニキス大公国に転移した。
転移にかかる時間って、距離に左右されないっぽいね、これは。
(無事、転移したよ)と、とりあえず転移の成功だけをアマリージョに伝える。
(お兄様、何をされているんですか?)
兄がイザベラの衣裳を、なぜか漁っている。
(剣を使うのに、そのドレス姿では不自由だろうから動きやすい服をお借りしようかと)
あ、そういうこと。
(プラータお願いできる?)
私は、兄とレイナードの視線を避けイザベラの衣裳の陰に隠れ、プラータにそれだけを伝える。それだけで十分だから。
淡い光に全身を包まれた後、私はいつもの魔獣狩り用の衣装に着替え終わっていた。手には仮面が3つ。
プラータは、いつも私の身の回り品を、いくつか用意していてくれるんだよね。どこに持っているのかは不明ですが。
衣裳の波間から出てきた私を見て、兄は肩をすくめ、レイナードは若干顔を赤くした。
着替え、見えなかったよね?
見せちゃったりしたら、レイチェルに怒られる。
気を取り直し、兄とレイナードにも仮面を渡し、その上で全員に隠密魔法をかける。
いつ、まほうが使えなくなるのかわからないので、今日こそ仮面の出番だ。
さて、ここからどこへ向かえばいいのか?
(イザベラの部屋を出たら左へ。百メートルほど行くと、中庭に出る小さな扉が右側にありますからそのまま中庭に出てください。警備兵がその扉近くに二人ほどいるけれど、インディゴがエリーゼたちが来る頃合いで彼らを眠らせます)
アマリージョの指示がいいタイミングでとんでくる。
私は、兄とレイナードにアマリージョの言葉を伝える。
イザベラの部屋には、侍女が三人いたがみな眠っている。夜とはいえ、眠りにつくほど遅い時間でもない。これは、眠らされているのだろうな。
子犬姿のインディゴとは無事合流できた。警備兵はすでに眠らされている。ヴェルデがササッと彼らを茨で巻く。
(エリーゼ、ごめん。僕がドジだった。プリンは諦める)
インディゴがプリンを諦めるですって!!
私は、インディゴをぎゅっと抱きしめる。
(何も諦めなくていいのよ。インディゴは頑張ってくれてる。カーリーたちにご褒美のお菓子を頼んできたのよ。マリアンヌにはプリンのレシピを教えてあるから、ちゃんと作ってくれるわ)
なぜか、ヴェルデがガッツポーズだ。私の癖は、すべからく精霊たちに感染しているわね。
(……プリンが待ってる。頑張る。……許さない)
プリンをおいしく食べるため、このミッションを頑張る。インディゴからご褒美プリンを奪いかけた組織の奴らは絶対に許さない、ということだろう。
(エリーゼ、中庭を横切るように進むと、大公家の礼拝堂が見えます。礼拝堂の地下とイザベラの閉じ込められている地下牢はつながっているようですが、そのためなのか、礼拝堂の中は警備がかなり多いようです。ですから、マリンのアドバイスに従い、礼拝堂裏にある井戸を使おうと思います)
(井戸?)
(といっても、水はほどんどなく底に降り立っても足首あたりまでですので、問題はありません。マリンもそこを通ってイザベラのところに行ったようです)
(井戸から地下牢に続く通路へは出入り口があるの?)
(いえ、わずかな隙間が数か所あるだけです)
(壊すの? 警備が集まってくるとまずいわ)
(インディゴならすり抜けられますから、まずインディゴに入ってもらい、周囲を確認後プラータが防音結界を張ります。その後、レイナードの風魔法の剣で壁を壊します)
ほう。アルベルトが提案しそうな案だ。これならいける気がする。
(ただし、魔法が使えるのは、井戸から半径1メートルほどかと。通路に入ったら魔法は使えないと思ったほうがいいです)
(精霊たちは、でも、魔力に影響がないんだよね?)
(魔力が削られることはないですが、マリンの話によると精霊も強力な魔法は使えないらしいです。生活魔法程度なら問題ないようですが)
(ということは、イザベラの地下牢までは、警備兵とは魔法なしで剣で戦うってことね)
私は兄とレイナードにそのことを告げる。
問題ない、というようにレイナードはうなづく。
兄も、剣の名手だ。私も、自分の身を護る程度には使える。
(井戸を出てからの様子をクリスに視せてもらうから、ちょっと待っていてね)
これはセレステね。
(警備兵は、通路に五人が巡回中。イザベラの他にも四人が別々の牢に入れられていて、それぞれに一人ずつ、一番奥のイザベラの牢の前に二人の警備兵がいる)
多いな。
レイナードがいるので、戦い自体に不安はないけれど、騒ぎで援軍がやってくる可能性は高い。
魔法が使えないのはやはり不安だ。
(お兄様とレイナードが道を切り開いている間に、私が魔法封じの結界を破壊したほうがいいかもしれないわね。その面倒な魔道具のおいてある場所、わかるかしら?)
(魔道具は、結界の形状から見て、二人目の囚われの者がいる牢の天井にあるはずです。埋め込まれているのでこちらからは見えないけれど、プラータなら近くに行けば気配でわかるはず)
兄の合図でインディゴとプラータが井戸に入っていく。
続いてレイナードが飛び降りていく。
精霊たちが下にいるので着地に不安はないはずだが、精霊とふだん触れ合いのない、レイナードのためらいのなさには驚く。
インディゴがわずかな隙間からあちら側に抜け、すぐにプラータが結界を張り終える。
レイナードが剣に魔力をこめ、ひと薙ぎすると壁はあっさり壊れたようだ。
彼らの姿は見えはしないが、誰が何をしているかは、不思議なほど気配で分かる。
兄が先に、続いて私が井戸の下に向かって飛び降りる。プラータが、ふんわりとその光で兄と私を受け止めてくれる。
(インディゴ様の先導で、レイナードと私は一気にイザベラ王女の牢まで突き進む。エリーゼは魔法封じの結界の魔道具の探索と破壊を、プラータ様、ヴェルデ様といっしょに頼む)
インディゴは、フェンリルに変身している。
この姿なら、魔法なしでも強そうだ。少なくとも、私は剣で勝てる気がしない。
(牢の中の人はどうしますか?)
(現状、敵か味方かもわからない。二番目の牢の者は物理的に私が処理しておく。それ以外は無視だ)
仕方ないね。
特に二番目の牢の中の人、ごめん。
私たちはそれぞれに、足を踏み出す。
ヴェルデが、私の頬に掌を添える。大丈夫、守るから、というように。
レイナードの鬼神ぶりは凄かった。またたく間に敵を処理していく。
私が二番目の牢にたどり着いた時には、5人の警備兵が通路の石床に転がっていた。息はしているようだが、気は失っているようだ。ちなみにフェンリルのインディゴは、その姿を見せただけで、二人を気絶させたと後で聞いた。
二番目の牢の中の人も、すでに気を失っている。怪我はないようだ。もしかして、これもインディゴかしらね?
(プラータ、魔道具の位置、わかる?)
私と精霊の間の思念は通じるようだ。兄やレイナードとは、今はもう通じないけれど。
(ええ。……ヴェルデに頼んで取り出してもらいましょう)
(できるの?)
(さっき、セレステが言っていたよね? 生活魔法ぐらいなら使えるって)
それはそうだけど。
ヴェルデが、いきなり、大きな鉱物の、野球のバットぐらいの大きさのこん棒を取り出す。
あの、ヴェルデさん、それってダイヤモンドでは?
ところどころ、研磨されたようにキラキラ光っている。
(これが、とっても硬くていいんだよね。他にも硬いものはあるにはあるけど、これくらいの石ならこれで十分)
ダイヤモンドのこん棒を出し石を叩き割る、精霊にとってこれは生活魔法らしい。
私が呆然としていると、ソイヤッと言って、ヴェルデが天井を破壊しだす。
わずか数十秒で、天井には30㎝四方の穴があき、そこに嵌め込まれていた魔道具がポットリと落っこちてきた。
ヴェルデはまた、ハッ、ソイヤッと掛け声をかけ、魔道具をダイヤモンドで破壊する。大きなオニキスの球が魔道具から転がり出てくる、ヴェルデはそれも粉々に粉砕した。
ダイヤモンドのこん棒で、国宝級の大きなオニキスの球を破壊するなんて。
あまりのことに、ここにいるのが自分だけで良かったと思う。
あ、でも、クリスが映していれば、今頃、アデル殿下あたりがこめかみをおさえ、唸っているかもしれない。
(魔法、もう使えますわよ)
プラータがあっさり言う。
(魔道具壊しましたよ。魔法使えます)と兄とレイナードに思念を送ってみる。
(了解)と兄から返答がくる。
(助かったよ。イザベラの牢の前の警備兵が強くて少々手こずっていたから。今、レイナードが風の魔法剣でやっつけた。強いね、彼は)
よかった。きっと、レイチェルもホッとして、そして誇らしく思っているはず。
私は自分に隠蔽魔法をかけ、イザベラの牢の前まで一気に駆けていく。ヴェルデは走りながら、器用に、目についた警備兵たちをグルグル巻いている。
「鍵が、頑丈だな。剣では壊せない」
「インディゴ、おねがい」
インディゴに開けられないカギはこの世界にはない。
だって、インディゴはかぎ穴に溶け込んで自らをカギにするのだから。
なんの障害もなく、カギがパかッと開いた。
「非常識ですね。精霊様は」
「レイナード、君の強さも非常識だったよ」
「いえ、それほどでも」
今頃、クリスの前でレイチェルがさぞかしデレていることだろう。
「さて、姫を救出しよう」
扉の向こうには、マリンとイザベラがいた。
「エリーゼ、『クラシオン』で、イザベラの体力と魔力を両方回復できるか?」
「プラータもいるし、ある程度は回復できると思うけど、今?」
「逃げる時の、足手まといになると困る」
「ここから、直で転移すればいいのでは? もう魔法が使えるのだから」
転移して、安心のできる場所で回復魔法をかけた方がいい。
「できるのか?」
「できると思うよ」
(できるよね? アマリージョ)
(三秒で魔法陣、描けますか? あと十秒足らずで援軍がなだれ込んできます)
おおっ、時間がないね。
すぐにやらないと。
でも、こんな時こそ、深呼吸。とヴェルデが私の肩口でささやく。もっともだ。
小さく息を吸って吐いて、サラサラサラ。
基本の魔法陣を空中に出して、帰還用の魔法陣にするためのアレンジを施す。
できた!!
兄がイザベラを抱き、私とレイナードが二人を守るように触れ合う。
精霊たちは、何も指示しなくても、みな用意万端だ。
転移。
その瞬間に、大きなたくさんの足音を聞いたが、追手の姿は見えなかった。




