青春を謳歌しすぎて、破滅フラグにかまっていられなくなりました。part2
第10章 いよいよ学院祭です。色々忙しくて、うっかり破滅フラグをスルーしてしまったようです。なので事後処理にはげみます。
「さてさて、方針は決まったが、方法は見当がつかないな。現状、マリアンヌにはフィリップ殿下がベッタリだからな。こちらから近づくのは至難の業だ」
「アマリージョ、何かいい方法はないかしら?」
「そうですね。あの娘は、エリーゼ様と同じくお菓子作りが好きなようです。学院祭の占いカフェで、今までにないめずらしいお菓子を出してそれで興味を引くのはどうでしょうか?」
「でも、魔法科の生徒が、よりによって文官養成科の模擬店にきてくれるかしら?」
「そこはおまかせください。とびきりおいしいお菓子の噂を、てんこもりにして流してさしあげますわ」
あ、それなら、来るかもね。フィリップ殿下も一緒かもしれないけれど。
「おいしいお菓子を食べてもらって仲良くするきっかけを作るのね?」
「そうですね。しかし、おそらくあの王子も一緒ですから、当日はおいしいお菓子を作っているのはエリーゼだとマリアンヌ認識してもらえればいいでしょう。私が、よい仲立ち人を選んで当日同行するよう操作しておきますので」
「さすが、アマリージョ様、いい考えです」
兄とアマリージョが同じニュアンスの笑みを浮かべる。こういう時私は思う。アマリージョは兄に加護を授けた方がよかったのではと。
「エリーゼは占いブースに専念して接客は他のクラスメートに任せればいい。念のためにちょっとした変装をしてもいいかもな」
それは、なんというか前世の占いの館でもやりましたけどね。
「それよりも、新しいお菓子のレシピを考えないと」
私が作ることができて、こちらではまだないお菓子といえば?
色々あるにはあるが、材料もそろえやすくて学院祭で出せる程度の原価といえば?
アイスクリーム!!
こちらの世界にも氷菓子のようなものはあるが、正直美味しくない。かき氷の味なしバージョン、みたいな感じだ。
あ、でも私、氷魔法が使えない。
「アマリージョ、氷魔法って、練習すれば私にも使える?」
「もちろん、エリーゼには全属性魔力があるのですから」
「じゃあ、誰に教えてもらえばいいかな? 氷魔法が得意なのは誰?」
「それは、水の精霊ですね」
「私の精霊のなかだと?」
そもそも精霊の加護がなくても、属性があれば魔法は使える。魔力の大きさで使える魔法の種類は限られるけれど。ただ、私のように魔力が大きすぎると、その加減が難しい。だから、初めての魔法を使う時には、私はいつも精霊の教えを乞う。周囲に被害をださないために、より早く魔法を習得するために。もちろん物凄く難易度が高い魔法を使う時にも精霊の力を借りる。念には念を、私は用心深い。動揺がとんでもない事態を引き起こすことを前世で経験したから。
「そういうことならヴェルデですね。けれど、私は、水の精霊の教えを乞うことをおすすめします。なんでも最初が大切なのです。ヴェルデに頼めば、水の精霊に氷魔法の指南を頼んでくれると思いますよ。緑の精霊と水の精霊はとても仲がよろしいですから」
「ほんと? それならすぐにでもお願いしないと」
「ちょっと待て。言ってはなんだが、これ以上精霊の加護が増えたら、ますますお前は生きづらくなるぞ」
「お兄様。私は加護が欲しいのではなく、氷魔法を教えてもらいたいだけです」
「エリーゼ、もし水の精霊にお前が会えば、間違いなく名前をねだられ加護を与えられる、と私は思う」
ヴェルデが肩に乗る。
「それはそうね。王妃様の水の精霊がエリーゼに会って、それはもう麗しい香りがしたと触れ回っているからよけいに、水の精霊たちはあなたに名前をもらいたがってるわよ」
ほらみろ、と兄がつぶやく。
「ヴェルデ、加護をもらわずに氷魔法を教えてもらうわけにはいかないの? 私、氷魔法を使ってアイスクリームというとっても美味しいお菓子をつくりたいんだけど」
「おいしいお菓子? 食べたい!!」
ロッホがヴェルデと反対側の肩に乗る。
「僕も食べたい」と足元からインディゴの声だけがする。無言だが、プラータもキラキラと光りながら浮遊している。
「それには氷魔法が使えないとだめなのよ」
「水の精霊に教えてもらえばいい」
「でもねロッホ、私はもうたくさん加護があるから、これ以上増えるのはちょっと欲張りすぎじゃないかなと思うの」
「違いますよ」とアマリージョ。
「そうだよ、欲張りじゃないよ。それは救いなんだ」
「救いとはどういう意味でしょうか?」と兄は、ロッホに対しても丁寧に尋ねる。
「精霊は、加護を与えた者がもしそれに値しない魂になりさがったら、自分も消えていくしかないんだ。だから加護を与えることにとても慎重になる」
するとロッホもいつもよりずっと真面目に答えている。
「だったら、与えなければいいのでは?」
「加護を与え名前をもらった精霊は、それまでよりずっとずっと強くなれるんだ。それに名前がないと、入れない場所があるし、会えない女神さまがいるんだ」
精霊のきまり、って色々あるのね。
「ですから、私たちは清らかで美しい魂の持ち主に惹かれますが、そう簡単に加護は与えません」
そうかしら? ヴェルデ以外は、結構、雪崩式にサクサクいただいたような。それにヴェルデも私の危機に二年も寝こけていたし。納得できないんだけど。
「エリーゼにも、生まれたその日から9年待ち続けましたよ。あの呪いを乗り越えたあなたの強さがあるからこその加護です」
「では、たとえば私には、他に何が必要なのかご教示いただければありがたい」
そういえば、兄も正義感にあふれたよき魂の持ち主だと私は思っている。しかし、兄に精霊の加護はない。兄と私の間に、どんな差があるのだろう。
「マテウス、あなたはよき魂の持ち主ですが、あなたには赦しが足りません。ですから、呪いにかかったエリーゼの真実が見えなかった。もしあなたに赦しがあれば、あなたに精霊の加護が授けられ、エリーゼの呪いはもっと早く解けたかもしれませんからね」
兄の顔がこわばる。
きっと自分のせいで私の呪いが長引いたのか、なんて思っているのだ。そんなことはない。あるはずがない。この兄だから、私の呪いを受けている間の悪行が、それでもなんとか抑えられていたはずだから。私は兄の手をギュッと握る。
「それにマテウスは、今はエリーゼを大事にしすぎる。そのせいで他の人を傷つけることも平気なくらいにね」
「なるほど、否定できませんね。私は、エリーゼのためなら、他の何かを犠牲にすることを厭わないでしょう」
「だけどね、完璧な人間はいないでしょう? 私だって妬んだりするし偉そうにするし、色々ダメなところがあるよ」
「でもね。エリーゼはいつもちゃんと聞くでしょう? 人の言葉を、精霊の忠告を、そして自然の声を。そして自分が間違っていたらすぐに反省して自分で間違いをただそうと努力する。その努力こそが赦しにつながるんだよ」
ヴェルデが私に囁く。
「赦すって難しいんだよ。優しいだけじゃだめ。強さも必要。でも強すぎてもだめ。強すぎると、自分を赦せないから。他人も自分も赦せないと、魂は成長できない。魂が成長できないと加護に負けちゃうこともある」
そういえば、あのスーパーガールのカーリーにも加護はない。未成熟だと言われたとか。
つまりそういうことなのかな。私は前世の記憶がある分だけ、優しくそして強くいられるのかもしれない。だとしたら、これは、美花や樹里、他にも前世で私に愛を教えてくれた周囲の人たちのおかげなのかもしれない。
「だから、エリーゼに加護を授けたい精霊に名前をあげることは、救いになるんだ。精霊にとっても、この世界にとってもね。強い精霊が増えれば、世界の寿命がのびるから」
ああ、ロッホがきょうはとてもおりこうさんに見える。あとでいっぱいお菓子をあげないと。
「でも、加護はそれぞれの属性に一つって決まってるから、後は水の精霊にしかチャンスはないんだ」
インディゴ、たまにだけど、カッコいいぞ。
「なるほどよくわかりました。では、エリーゼが水の精霊の加護を受けるということは、エリーゼにとっても精霊様にとっても、ひいては世界のためにもよいことだということですね」
精霊たちはそろってうなづく。
「エリーゼ、どうする?」
アイスクリームを作りたかっただけなのに、世界の寿命にまでつながって、ちょっと引くけど。でもそういうことなら遠慮なくいただこうかと思う。
「ヴェルデ、どなたか、私に加護を与えてもいいという水の精霊に心当たりはある?」
「たくさんいるけど、高位になればなるほど加護の力も強いよ」
「できたら、王妃様の水の精霊より高位はやめておきたいな。なんか、ややこしいことになりそうだから」
兄も私の言葉にうなづいてくれる。
「うーん、そうなると、あの子がいいかも」
ヴェルデは一瞬その姿を消した。そしてすぐに戻ってきた。その隣には、髪も瞳も鱗もキラキラとアクアマリン色に輝く人魚がいた。
「加護を受けてもいいって本当? 私、ずっとあなたが好きだったから、信じられなくて」
ずっと?
「初めてあなたに出会った時、あなたはまだ3歳だった。あなたは私の歌を誉めてくれたの。とってもきれいな声だって。私は、歌が大好きで、歌で人間を幸せにしてあげたかったのに、人間は、私の歌は人の心を惑わす悪いものだって言って嫌うの。エリーゼだけが、私の歌を好きだって言ってくれた」
人の心を惑わす歌、ってセイレーンみたいな感じなのかな。でも、この精霊からはそういう惑わしの雰囲気は受けない。
「私はもうそのことを覚えていないの。ごめんなさいね。でもよかったら、もう一度歌を聞かせてくれる?」
もう一度、歌を聴いてみたい、と思った。
「怖くないの?」
「怖くないよ。だって歌で幸せにしてあげたいなんて、とっても素敵じゃない」
水の精霊が、大きな笑顔を見せてから、いきなり歌いだす。澄んだ声で、優しいメロディーを。
水のベールに包まれたような感触。ここにいるのに別の場所にいるような不思議な浮遊感。私は、この声を知っている。
歌が終わる。
「素敵な歌をありがとう。おかげで思い出したわ。あの青い花が咲く、湖のほとりに連れて行ってくれた精霊さんね」
「そうよ」と水の精霊は嬉しそうに笑う。「私に名前をくれる?」
「少し待ってくれ」と兄が言う。
「その水の精霊様の歌は、美しいがたしかに人を惑わすと私は感じた。すべてを捨てて別のどこかに行ってしまいたくなるようなそんな気持ちになる」
「それは、マテウス、あなたの魂の問題で、精霊の責任ではありません。自分の弱さを他のもののせいにするのは感心できませんよ?」とアマリージョが微笑む。
兄が、なるほど、とうなづく。私は、水の精霊の名を考える。青ならアスール、水色なら。
「セレステはどうかしら?」
「すごく素敵な名前。ありがとう。嬉しいわ。水の女神ティティスの娘、水の精霊セレステの加護をエリーゼに授けます」
うん? 水の女神ティティスの娘? これはかなりの高位の精霊じゃないの? 王妃様のウィンとのバランスは大丈夫なんだろうか?
兄を振り返ると、こめかみを押さえている。たぶん、私と同じ思いが渦巻いているのだろう。いやもう、もらったものは返せない。頑張るしかない。その加護にふさわしい魂になれるよう。
「それで、さっそくで悪いんだけれど、セレステ、私に氷魔法を教えてくれる?」
はじめの一歩が氷魔法でアイスクリーム作りとは、これでいいのか? と思う。思うが仕方ない。今は、アイスクリームだ。
「いいわよ。氷魔法はそんなに難しくないわよ」
それから、私はセレステの指導で氷魔法の練習に励んだ。氷を作り出すことはすぐにできたが加減が結構難しい。最悪、大きな氷を砕くか、セレステにお任せすることも考えたが、五日目に、コツがつかめて思いどおりの大きさの氷が作り出せるようになった。おそらくセレステの指導がなければ何か月もかかったことだろうから、ほんと、感謝だ。
とりあえず、材料がすぐに揃うバニラアイスを作ることにする。
ちなみにバニラビーンズは、甘いもの大好き公爵家の資金援助とヴェルデの助けを借り、すでに屋敷の温室で育てている。もちろん受粉に必要なハリナシバチも一緒に。
バニラの独特の香りをだすための、発酵、乾燥を繰り返すキュアリングの工程は、アマリージョとロッホの協力で兄が魔法陣を完成させてある。こうしておくと、私がいなくても魔力のある者ならかんたんにバニラビーンズを完成させられる。
アイスクリームは、材料さえあれば、作るのはそれほど難しくない。温度管理に気を付けながら温めながら混ぜて冷やしてまた混ぜて冷やす、そんな感じだ。空気を抱き込ませるために冷やし途中でサクッと混ぜる手順も魔法を使って省いているので、あとは待つだけ。
氷魔法もマスターしたので、保存のために簡単な冷凍機能のある魔道具も兄といっしょに作ってみた。
冷蔵機能付き魔道具はすでにあったのが冷凍機能のものはなかったので、これはこれでまた亡命基金の資金源になるはずだ。
くいしん坊のロッホとインディゴは、冷凍魔道具の前でずっと出来上がるのを待っている。
待つこと30分。
まずは味見だ。
ひとさじ救うと、濃厚で手作りの懐かしい味がした。バニラアイスにクッキーを添えて精霊たちに配る。
兄には、特別にアフォガードを作ってあげた。最近、兄はガーネット共和国から輸入が始まったコーヒーにはまっているのだ。
占いカフェのメニューには、文官養成科の試食会で、バニラの他にはストロベリーとラベンダーアイスを加えた。実はチョコレート味が一番人気だったのだが、しっかり者のレイチェルから、学院祭のイベントではカカオが高価すぎて利益が見込めないと却下を受けた。
カフェメニューは芸術科のミケランジェロが、それは見事な芸術品に仕上げてくれた。
どれほど素晴らしいかといえば、学院祭が終わった後は、公爵家がメニューをすべて買い上げたぐらいに。
アマリージョが、噂を流す。
アイスクリームという世にも珍しい、そして美味なお菓子を文官養成科がつくりあげたと。
学問しか能がないのに学問もせずにお菓子作りとは、と悪口を流すグループもいたが、かつてないほどの優秀なクラスだと学院長のメッセージが添えられた試験結果が学院の掲示板に貼られたことで悪口を言っていた者たちも鳴りを潜めた。
学院祭がはじまる。
私は、フードと仮面で変装をし、クリスと精霊たちといっしょに占いブースで待機する。クラスメイトはみな優秀なので、カフェの運営の心配は何一つない。というか彼らの唯一の心配が、この占いブースなのかもしれない。
アマリージョのおかげなのか、午前中からカフェは大盛況だった。クラスメイトの心配をよそに、意外なほど占いブースへ来るカップルも多い。
二人の相性や未来はそれぞれだったが、よいところだけに焦点をあて少し先の未来を告げる。その際に、過去のちょっとした真実を混ぜ込めば、占いへの信用度はぐっと跳ね上がる。二人が幸せそうに席を立てば、それだけで私の心も凪いだ。
午後からは、生徒だけでなく父兄の姿も増えた。兄もアデル殿下といっしょに来てくれた。
殿下は全種類のアイスクリームを兄は特注でアフォガードを注文し、カーリーがあわてて作り方を聞きに来た。
わがまま言ってごめんと謝ったら、「いいですよ、マテウス様にはいつも優しくしていただいていますから」とカーリーが頬を染めた。今すぐ、二人をクリスの前に座らせ未来を占いたくなったが、自重した。
そして三時過ぎ、マリアンヌがやってきた。
フィリップ殿下とオスカーの三人連れだ。つまり、アマリージョが言っていた仲立ち人とはオスカーのことらしい。
これは兄の予想どおりでもあり、私たちは、その際の対処も入念に話し合ってある。
身分やマナーにうるさそうな王子がいるので、身分も高くマナー完璧男子のアルベルトが接客を担当する。
ハーブ園が見える窓際の席で、これを想定して椅子も私が魔法で最高の座り心地に仕上げている特等席だ。アマリージョが一つ空いたマリアンヌの隣の席に腰掛けている。もちろん、私以外の誰にも見えはしないが。これで盗聴盗撮もし放題だ。
「殿下、私は、評判のアイスクリームを食べたいですわ」
「そうか、では私も同じものにしよう。オスカーはどうする?」
「私は飲み物だけで。文官養成科のハーブティーが魔力を高めると噂になっていますので確認したいかと」
「どうせ、くだらぬデマだ」
は? と私なら返したかもしれない。
アルベルトは、さすがだ。顔色一つかえずにこやかに言う。
「アイスクリームは三種類ございます。バニラとストロベリーとラベンダーです。いかがされますか?」
「バニラとはなんだ?」
「バニラとは、ラン科の植物を甘い香りを醸し出すよう加工したものです。エリーゼ様が公爵家の秘伝魔法をこのカフェのためにアイスクリームの製法とともにご教示くださいました。今回に限り特許料を免除いただけるとのことで、ありがたく思っております」
「公爵家の秘伝? 特許料? まったくあの家はいつもながら金に汚いことだ」
あまりのいい様に、アルベルトだけでなく、マリアンヌもオスカーも驚きを隠せないでいる。
それでも、アルベルトはポーカーフェイスだ。
「とにかく、マリアンヌと同じものでよい。どうせ、どれも同じだろう」
「ではバニラアイスクリームで」とマリアンヌが控えめに言う。
アルベルトは、淡々とメニューを確認し、きれいな礼で厨房エリアに戻る。
「殿下、いくらなんでもご婚約者のご実家にあの言い様は、よろしくないのでは?」
アマリージョが、運んでくる会話は明瞭だ。
「皇太子の座さえ手に入れたら、あんな愚かな女との婚約などすぐに破棄するつもりだ」
「フィリップ殿下、エリーゼ様はとても素敵な女性だと私は思いますよ。直接お話ししたことはありませんが、気高くお美しいお姿に憧れている女生徒も多いのですよ」
マリアンヌ、精霊の言うとおり私に悪い感情は持っていないようだ。それにすごくいい子だ。
「文官養成科という国の最難関で学ばれていて、しかも全属性魔力の持ち主。我が国にとって、この平和を維持するためにも貴重な存在というべきでは?」
オスカーも、ふつうにフィリップ殿下に意見は言える人なんだね。
声色におどおどしたところも、おもねる感じもしない。
「全属性魔力も、公爵家のでっちあげかもしれん」
「まさか。申告直後に、大司教からのお墨付きもあったのに」
「あの家は金だけはあるからな。金で買ったのかもしれないぞ」
「なんのためにですか? あれほどの家柄にそれがどんな意味があると?」
オスカー、なかなかいいところをつくな。
「理由などわからん。もうエリーゼの話はやめよう。まずいだろうものが、もっとまずくなるだけだ」
アルベルトが、アイスクリームとハーブティーを配る。
「マリアンヌ様、こちらはエリーゼ様が聖なる光魔法の使い手であるあなた様に敬意を表し、ぜひ食べていただきたいとおっしゃってご用意した、クッキーの盛り合わせです。よろしければ召し上がってください」
「まあ、美味しそうですわ。エリーゼ様にお礼を」
「かしこまりました」
「おい、まてお前、一口これを食べてみろ」とフィリップ殿下がアルベルトを引き留める。
「毒見、ということですか?」
さすがに、アルベルトも怒気を隠せないようだ。眉根を寄せる。
「殿下、それなら、私が鑑定をいたしましょう」とオスカーが言う。
オスカーは、鑑定魔法が使えるのね。やはり、かなりレベルの高い魔法士だわ。
「これは驚いた」
「なに! やはり毒が!?」
そんなわけあるか!!
「まさか。鑑定では、特上のお菓子、最高品質の魔力を提供するもの、と出ております」
「食べるだけで、魔力が増えるのですか?」
マリアンヌが、驚きの声を上げる。
「はい。鑑定ではそうなっております」
「そちらのバニラアイスを、このクッキーにつけて召し上がってもとてもおいしいですよ」
アルベルトは怒気を鎮め、マリアンヌにそう勧める。マリアンヌは素直にそうしてアイスクリームを口に入れる。
「おいしいです。私、こんなにおいしいお菓子、初めて食べました」
オスカーもクッキーを一つ食べ、その後でお茶を口にする。
「このお茶は、菓子以上に魔力増進の効果があるようだ。しかも、なんともいえぬ滋味もある。噂は本当だったようですね」
結局、フィリップ殿下もバニラアイスを口にし、一瞬目を丸くした。
しかし、たいしてうまくもないが、と言いながら全部を食べきっていた。
食べ終わると、オスカーだけを残し、マリアンヌを急き立てるようにフィリップ殿下はカフェを出て行った。二人の気配がすっかりなくなってから、オスカーが占いブースにやってきた。
「そこは、お友だち同志、恋人同士の相性を視る占いのブースですよ。おひとり様のご利用はご遠慮いただいております」
アルベルトが注意をしてくれる。しかし、これこそがアマリージョの導き、私の正念場。
「エリーゼ様に、少しお話があるのだ。取り次いでもらえないだろうか。この中にいらっしゃるのだろう? この中に大きな魔力を感じる。しかも全属性の」
アルベルトが、どうする? と聞きにきてくれる。
「入っていただいて。そして予定より少し早いけれど、占いブースはここで終了にしましょう」
了解、と出て行ったアルベルトと入れ替わりに、オスカーが入ってきた。
「エリーゼ様、私は、オスカー・フォン・ホフマンです。お初にお目にかかります」
「エリーゼ・フォン・ヴォーヴェライトです。以後お見知りおきを」
「それは、変装のおつもりですか?」
私は、あわてて仮面を外す。
「占いの雰囲気づくりの一環です。失礼しました。私にお話しがあるとか?」
「ええ。ただその前に、そのクリスタルがどのようなものかご説明いただいてもよろしいですか? 途方もない魔力を感じます」
「これはクリスです。魔力を流し願うと、知りたいことの映像が映ります。それを私たちは占いと呼んでいます」
「では、恋に限ったことではないわけですね」
「ええ。でも、学院祭の余興には恋占いがふさわしいかと」
「なるほど。では、もし差し支えなければ、私の卒業後の進路を視ていただけますか?」
「それは構いませんが、未来は一つではありませんのよ。私の今視るものがあなた様のすべてではなく一部だとご承知いただけますか?」
オスカーがうなづくと、同時にプラータが姿を現す。
「この者に、気配を探られずにいることは難しい」
「あなた様は、光の精霊ですか?」
「私は、光の精霊の最高位、プラータ。エリーゼの加護精霊です」
「光の精霊! しかも最高位とは!!」そう言ってオスカーは頭を深く垂れる。
「それにしても、やはりエリーゼ様は複数の加護持ちでしたか。緑の精霊の加護があるとは聞いていましたが」
「緑の精霊のお話はどこから?」
やっぱりアマリージョかしらね。
「私は加護持ちではないですが、動物の言葉を理解できます。緑の精霊様のことは、学院を根城にしている小鳥たちが教えてくれました」
あら、ちょっとうらやましいんだけど。
「文官養成科のクラスメイトたちも、緑の精霊ヴェルデのことはみな知っているの。でも他の精霊のことは知らないので黙っていてもらえると嬉しいわ」
ヴェルデが姿を現し、私の肩、定位置で手を振る。
「他言はしません。もちろん、もうお一方、私にあれこれ噂を運んでくださる、おそらくは風の精霊様のことも含めて」
やるな、オスカー。なるほどプラータがさっさと姿を現すはずだ。
「では、オスカー様の卒業後の未来を視てみますね」
私は、いつもの手順でクリスを覗く。
オスカーは、やはり優秀なのね。
どうやら、スキップで卒業するようだ。
ということは、あの断罪イベントには参加しないのかしら? それとも、この先マリアンヌ様と恋に落ちれば、この未来も変わってくるのだろうか。
あら、お兄様だわ。
オスカーと一緒に、なにやら魔法陣を作成していらっしゃるわね。ということはオスカーも魔法省に進むということでいいのかしら?
「何か視えましたか?」
「そうですね。オスカー様は、スキップで学院を卒業され、宮殿ではなく魔法省に進まれるようですね。私の兄のマテウスと、魔法省の研究室でとても複雑な魔法陣を作っていらっしゃいます」
「魔法陣? それを私が視ることは可能ですか?」
「どうでしょうか? このクリスは私の魔力で育ててきたクリスタルなんです。だから、オスカー様の魔力で同調できるかどうかはわかりません。それに私も自分のことを視ることはできないんです。だから、オスカー様もご自身の未来ではなく、兄の一年半後を視るつもりなら、もしかしたら」
「試してもいいでしょうか?}
「どうぞ」と言うと、オスカーが私の方に回り込んでくる。「一度目を閉じて心を鎮め、それから視てください。兄の魔法省での研究内容を」
オスカーがうなづき、手順を踏む。
クリスを覗き込む。プラータもサポートしているようだ。光が強くなっている。しばらくして、オスカーが興奮したまなざしを私に向ける。
「私は、コルビー卿が複数展開されている魔法陣を、あの方ほど魔力がない者でも使えるように一つにまとめられないかをずっと模索しています。それが、マテウス殿のご助力で完成できるのかもしれない。あの様子ではあと少しというところまできているようだ」
「視えたのですね」
「ああ。これはのんびりしていられない。さっさと必要なことを学び終え、一刻も早くマテウス様の元へ行かなければ」
「あの、私にお話があったのでは?」
「ああ。しかし、もうどうでもよくなりました」
「どういうことでしょうか?」
「フィリップ殿下のことは、家のことを考えればご学友として支え続けるべきだと思っておりましたが、そういった家同士の付き合いは兄上たちに任せ、私は自分の望みどおり魔法省に入ることにします。だとすれば、あなた様がフィリップ殿下を見捨てたところで私の将来にはたいした影響はありません。コルビー卿がそうであるように、誰が世継ぎに決まろうと、私は国家に尽くせばよいのですから」
「それは、フィリップ殿下とは距離を置くということですか?」
「エリーゼ様、それは、あなた様も同じでしょう? 婚約者でありながら、フィリップ様を避けまくっていらっしゃる。このままではじきに、殿下は婚約者をあなたからマリアンヌ様へと変更されるのでは?」
まあ、そうなればありがたいが。問題はその後だ。
「マリアンヌ様は、フィリップ殿下を好いていらっしゃるのですか? 私としては、お二人が好き合っていらっしゃるのなら、婚約を破棄していただいても構わないのですが」
「でしょうね。ただ、彼女は聖女と言われていますが、私から見れば、良くも悪くもふつうの子です。殿下に好意はあるようですが、あなたを押しのけて婚約者になりたいという野心は持っていませんよ。殿下に引っ張りまわされ逆らうことなど思いつきもせず、流されているだけです」
「そうですか」
「何が原因なのか、彼女の『聖なる光魔法』も、ずいぶん威力が落ちてきています。殿下は、あなたが嫉妬にかられ呪いをかけているせいではないかとお疑いですが、私が視たところ、彼女に呪いの気配はありません」
私も、彼女に呪いの気配は感じなかった。
それにしても、なんでもかんでも悪いことはみんな私のせいになるのはなぜ?
フィリップ殿下にもマリアンヌにもほぼ接触がないのに、嫌われたり恨まれたりするなんて。
「彼女の魔法が萎えてきたのは、マリアンヌの魔力が足りていないからですよ」とプラータ。
「やはりそうか。私も、マリアンヌ様には、光魔法を使うほどの魔力が感じられないのでそこを案じていた。しかしだとすれば、加護精霊がなんとかしないのか? 騎士科のレイナードも加護精霊に助力を頼めばどうかと、進言していたようだし」
オスカーは私に寄り添う私の加護精霊を見つめる。
「あの子は今、加護精霊の援助を受けられないわよ」
「プラータ様、それはなぜですか?」
「あなたには話せないわ」とプラータは冷淡な口調で答える。
「だから、自分で魔力を上げるしかないのよ。でも、あの殿下が邪魔で魔力を上げられない。ちょうどいいわ。オスカー、あなたがなんとかしなさい」
「私ですか?」
「とりあえず、あの王子の目を盗んで、マリアンヌをエリーゼのところに連れてきてちょうだい。エリーゼなら、彼女の魔力を上げることができるから」
「いやしかし、フィリップ殿下は、ほぼ一日中、マリアンヌ様に付きまとって、いやご一緒なのでそれは難しいかと」
「お手紙を渡していただくのも無理ですか? 殿下抜きでマリアンヌ様と仲良くなれれば、魔力を上げるためのアドバイスもできるようになるかと」
「このままでは間もなく、彼女の聖なる光魔法は消えてしまいますよ。学院を卒業する前にね」とプラータが言う。
「お話はわかりました。しかし、彼女が聖なる光魔法を使えなくなったとして、私にどんな影響が? もっと踏み込んで言えば、最高位の光の精霊の加護を持つエリーゼ様がいれば、この国にもなんの影響もありませんが」
「影響はあります。私は、自分のこの力を国のために使うつもりはありませんから」
「それはどういう意味でしょうか?」
オスカーが眉根を寄せる。
「私の望みは、この国だけではなくこの世界すべての人々の笑顔です。歴史を振り返り、人のあり様を見れば、私の望みが叶う可能性は少ないでしょうが、私はこの命ある限りその望みを捨てません。ですからこの国だけでも、彼女の手を借り、少しでもたくさんの人々に微笑みを分けて欲しいのです」
「国を超えて? この国は魔力の大きい者が多く長らく戦争に巻き込まれてはいません。それゆえ貧しさで犯罪に手を染める者も少ない。しかし、この世界のどこかで戦いは常にあります。有史以来、戦争が絶えたことは一度もないのですよ?」
「知っていますよ。文官養成科の者はみなそのことを知っています。だからこそ学んでいるのです。まずは足元から、そして徐々に視線を上げ、視界を広げ、自分の能力の限りで人々を笑顔にしようと頑張っているのです。できることなら、他の科の方にも同じ志を持っていただきたいと思っています」
すでに、同じ想いを抱いてくれている者もいる。
たとえば、芸術科のミケランジェロは、絵画や彫刻をとおし国を超えて人々の心に感動という名の愛を届けたいと思っている。
騎士科のレイナードは、戦いを避けるために強くあろうとしている。強さを守りにして人々に安心感を与えたいと思っている。行きつくところは身近な誰かだけでなく、見知らぬ人々の笑顔だ。
「私は全属性魔力を授けられ精霊の加護を受けています。初めの頃、私はその意味をちゃんと理解できていなかったと思います。でも家族が教えてくれました。力には愛がなくては意味がないのだと。力も愛も、与え与えられ分け合うことが大切だと」
「ご立派だと思います。しかしそれなら、なぜフィリップ殿下にも力や愛をお分けになられないのですか?なぜ殿下だけを遠ざけようとされるのでしょうか?」
もっともだ。それはあの断罪イベントだけが、現状、どうにも避けようがないからだ。
自分のことは視ることができないので、フラグをやり過ごした後や、大きなイベントの前後にフィリップ殿下を視るのだが、何度視ても、殿下は、断罪の言葉を録画しているかのように一言一句たがわず吐き捨てるのだ。
「予言があるからです」
「予言?」
「はい。私には卒業記念のパーティーで、衆目を集めた上でフィリップ殿下に婚約を破棄されたうえで断罪される、という予言があるのです。呪いならば解く方法もあるでしょうが予言となると今の私にはどうしようもありません」
「だから、殿下と距離を置かれているということですか?」
「そうですね。かかわりをできる限り少なくして、その間に、予言を変えられればと模索し続けています。あなたにここまで踏み込んだ話をしているのもその一環です」
「マリアンヌの力を保つことも? 彼女の力が消えた方があなたには有利なのでは?」
「そのことについては先ほどお話したとおりです。人々の幸福と私の予言を天秤にはかけられません。マリアンヌはこの国に必要な人です。この国の聖女となるべき人です」
「そのために、自分の幸せが犠牲になってもよいと?」
「私は、たとえ断罪されても不幸にはなりませんよ。家族や信頼できる友人がいるのですから。心がつながっていればどうということはありません」
つまり、断罪とは国外追放ということか、とオスカーがつぶやく。さすがに聡い。
「なるほどよくわかりました。あなたの考え方に私も今のところ否はありません。ただもう一つ疑問があります。なぜ、精霊様をお使いにならないのですか? 私にしたように」
「それはね、あの子の魔力があなたほど大きくないので、ただの噂話なら誰もと同じように届けられのですが、ちゃんとした伝言は受け取れないからですよ」とアマリージョも姿を見せ伝える。
精霊の伝言を受け取るには、それなりの魔力が必要らしい。
「なるほど。わかりました。ご用意されているお手紙をお受け取りしましょう。できるのなら、マリアンヌ以外の者が読めない魔法をかけていただきたいのですが、可能ですか?」
私は、プラータに教えてもらった『シークレット』の魔法を手紙にかける。ちなみに、この魔法は魔法陣として完成していて、魔法省のごく一部ではすでに使用されているとか。
「これで、この手紙はマリアンヌだけに読むことができ、読み終わればただの紙切れに変わります」
「素晴らしい。私にその魔法をご教示いただけますか?」
「あなたが、魔法省に入ればすでに兄が魔法陣を完成させているので、それを使用できるでしょう」
「つまり、魔法陣がないと使えないのですね? 光の精霊の加護がなければ」
本当にオスカーは賢い。敏い。おそらく、近い将来兄の片腕として活躍するだろう。いや、断罪イベントの行く末によっては、兄の後釜になるかもしれない。それもまたこの国にとって悪くないことだろう。
オスカーは手紙を魔法陣の組み込まれたマントの秘密のポケットにしまい暇を告げた。
私は、一応、アマリージョに事の成り行きを見届けるように頼む。
そして、カフェの後片付けに励むクラスメイトの手伝いに向かった。私の顔を見たアルベルトはホッとしたような笑みを浮かべ、カーリーとレイチェルは駆け寄ってきた。
「大丈夫? あの人、魔法科のフィリップ殿下の取り巻きの一人でしょう? 嫌なこと、言われなかった?」
「何も。彼はとても賢くて魔力の高い、いつかは魔法省のトップになるような人だったわ」
「よかった」
「それより、売り上げはどうだった?」
「ふふふ、とってもよかったわよ。これで、みんなの研究費がかなり潤うわよ。ハーブの関連商品も次のステップに行けそうだわ」
「やったね。じゃあ、薬も本格的に作っちゃう?」
「もちろんよ。あと、例のリンス入りシャンプーも試したいって、ギルが」
ギルは、地方の子爵家の五男で、大店の商家への婿入りを目指している。だから、レイチェルと同じく、儲かる特産品の開発に貪欲だが、貴族よりは平民に広く売れるものを目指しているようだ。
シャンプーとリンスは、すでに母の商会が取り扱っているが、正直、まだまだ貴族あるいは裕福な商家向けのものだ。それも、侍女がいて日々のお手入れに自分以外の手を十分にかけてもらえる人のためのもの。
ギルは、それをもっと安価で手入れも自分で簡単にできるものにしたいらしい。何人かがその研究の支援に手をあげているから、いずれ形になるはずだ。
片付けが終わると、しぜんとお疲れ様の打ち上げパーティーになり、兄から、カレーの差し入れもありお腹も満ち足りてとても幸せな気分でお部屋に戻った。
そしてふと気がついた。
学院祭では攻略イベントがあり、スルーしていたが、私の破滅フラグもあったはず。基本、占いブースに籠っていた私は、フラグには近づいてはいないはずだ。けれど、今までの経験上破滅フラグはあるべきところにあり、それを私以外の誰かが経験していることも多い。
ということで、アマリージョとインディゴを呼ぶ。二人には手分けをして、学院祭の間のいざこざを調べてもらっていた。
「何かどこかで問題があったかしら?」
「えっとね、マリアンヌが魔法科のリリアにいじめられてたね。元は平民のくせに、当然のようにいつもいつも殿下のそばにいるんじゃないわよって言われて、模擬店で買った果汁水を服にかけられていた」
ああ、そういうフラグ、あったわね。そこに当然、攻略キャラの誰かが来るわよね。
「オスカーが来て、魔法でマリアンヌの服をきれいにしてあげてた。そんで、リリアにすっごく冷たい目でこう言ってた。平民という言葉はこの学院では禁句ですよ。次、耳にしたら、退学を学院長に進言しますからって」
「リリアは一人で泣いていましたよ。殿下だけでなくオスカー様まで丸め込まれているなんて。あの平民の女は、どこまで狡猾なのかって言って」
「一人で?」
「取り巻きの子たちは、最近リリアの周りにはいないですから。彼女はマリアンヌへのやっかみがひどくてフィリップの不興を買っていますから、とばっちりを受けないようにしているのでしょう」
それはそれで問題かもね。たぶん、これまでの状況を見ると、私の破滅フラグを、かなりの確率でリリアが立てているようだ。このままでは、リリアの身が危ない、かもしれない。
「リリアに救いの手が必要だよね?」
「そうですね。できることなら、その魂が憎しみに染まり切る前に救うべきかと」
「わかった。兄さまに相談してみるわ」
アマリージョに、兄への伝言を頼み、私は眠りについた。
図書室の限定エリアに出向き、なんとなく予想はしていたがアデル殿下も同席のもと、学院祭のあれこれを兄と話し合う。もちろん、結界はプラータの最高品質のものだ。
「今日の議題は三つです。一つは、オスカー・フォン・ホフマンの進路について、二つ目は、マリアンヌ嬢の魔力上げ教室について、最後はリリア嬢の保護についてです」
「オスカーといえば、例の攻略キャラとかいうものの一人だよね?」
「はい、私の先見では、スキップで学院を卒業後はお兄様と魔法陣の研究に励まれるようです。ご本人もクリスで、映像をご覧になって確認されていました」
「オスカーにも視えたのか?」
「はい。先に私が視て、お兄様と彼が一緒に魔法陣を作成している場面を話すと、ご自分でも視てみたいとおっしゃって。やはり自らのことは視られないようですが、お兄様と魔法陣は視えたらしく、その魔法陣は長年オスカー様が取り組んでいらっしゃる魔法陣だとかで」
「その魔法陣、どのようなものかも話していたか?」
「はい、コルビー卿が複数展開されている魔法陣を、他の、もっと魔力が少ない者でも使えるように一つにまとめた魔法陣だとおっしゃってましたわ」
「ほう。それは面白い。できるだけ早くこちらに引っ張ってこないといけないな」
「オスカーは、家の命令でフィリップについているが、ある程度距離は置いているぞ」
「ホフマン家は、代々財務を担当する有力貴族だが、特にどこの派閥にも属してはいないはずだな?」
「そうだ。三人の息子をそれぞれの王子のそばに置き、取巻きとまでは言えない距離感を持たせている。といっても俺にはオスカーの長兄が護衛騎士として仕えていたが、私が王継承権をを放棄してすぐに暇を願い出た」
「なら、そいつをフィリップに仕えさせてもいいわけだよな?」
「それはいいんじゃないか? というかお前がオスカーを自陣に引き込めば、自然とそうなるはずだ」
「それから、オスカー様には見えずとも精霊の気配がおわかりになるようで、プラータが自ら姿を見せました。ヴェルデとアマリージョのこともお気づきになっていました。加護はないが動物の言葉が理解できるともおっしゃっていましたよ」
「素晴らしい。なんとしてでも欲しいな、その才」
「オスカー様は、お兄様のもとで一日も早く魔法陣の研究に没頭されたいご様子でした。お兄様が出向かれれば、おそらくよいお返事をいただけるかと思います」
「そうか。ではなるべく早く彼と話ができるように調整しよう」
「ここを使えばいいよ。魔法科の連中はほとんど図書館を利用しないが、限定エリアには貴重な魔法書も多い。優秀な魔法使いがここを利用してもなんら不思議ないからな。許可書は私の方で出しておくよ」
「では次に、マリアンヌ様の魔力上げについてですが、お菓子品評会兼お茶会へのお誘いの手紙は、オスカー様の手で、フィリップ殿下には悟られず無事に彼女に届いたようです。アマリージョによれば、とても嬉しそうにされていたようなので、おそらく明後日の私のお部屋でのお茶会に来てくださるはずです」
「それはよかった。女子寮内でのお茶会なら、あいつが参加することはできないからな」
「あとは、魔法科の女子生徒になるべく見つからないように注意しないとですね」
「何か方策は考えているの?」
「とりあえず、同じ日の同じ時刻に、お兄様たちに食堂の貴賓ルームで合コンをしてもらいます」
「ゴウコンとはなんだ?」
「男女が親睦を深めるために行うお茶会です」
まあ、本当は飲み会や食事会のことだが、この学院ではお茶会だろう。
「お兄様、アデル殿下、レイナード、アルベルト、オスカーに出席してもらい、それを餌に魔法科の女子を釣ります」
他にも、芸術科、騎士科、文官養成科の男子にも協力してもらうが、この五人で、おそらく、フィリップ殿下にご注進しそうな女子はほぼ全員が参加するはずだ。
「マリアンヌもそちらに参加しては元も子もないぞ?」
「大丈夫ですよ。彼女は、イケメンよりおいしいお菓子のあるお茶会のほうが好みですから」
「イケメンとはなんだ?」
「アデル殿下、あなたのように容姿端麗な男性のことですよ」
「そうか。そうか、私はイケメンか」
そうですよ。お兄様の次、まあ顔だけでいえばフィリップ殿下の次かもしれませんけどね。まあ、こういうのは好みの問題でもありますから、順番はつけないほうがいいかもしれませんね。
「その件は了解した。私とアデル以外のメンバーにも了解はとっているのだろうな?」
「もちろんです」
魔法科の女子にはレイチェルが、オスカーにはアマリージョが、それ以外にはヴェルデが出向いて了解を得ている。
「私の精霊たちは、マリアンヌのことを高く評価しています。ですから、おそらく自身の魔力上げや光の精霊の加護を受けるための努力にも直接話し合えば真摯に取り組んでくれるかと思います」
「では、その件はエリーゼと精霊様たちにおまかせしよう」
「最後に、メルホルン伯爵令嬢リリア様の保護の件です」
「それは別に何もせずともいいのでは?」
「どういうことですか?」
「なぜ、我々が彼女を保護しなければいけない? 今の彼女の状況は自業自得だろう」
「いいえ。私の責任でもあります」
「私にわかるように、詳しく話してくれ」とアデル殿下が首をかしげる。
詳しく、となると、アデル殿下にわかるようにというよりは納得してもらえるよう、多少の嘘を交えるしかない。
「先見によれば、私の断罪には、いくつかのルートがあるようです。どのルートにも、断罪への罠がしかけられています。しかし、ここまで私は、先見でその罠をかいくぐってきました」
正直に言えば、先見ではなく、ほぼ偶然というか、知らずにスルーしたというか、そんな感じだが。
「それで?」
「そのせいで、私が嵌まるはずだった罠のいくつかに、リリアが巻き込まれているのです」
「身代わりということか?」
「そうです」
「しかし、それでも、彼女を救う意味は私にはわからない。身代わりになるべくしてなっただけだろう、自分の愚かな行動で」
「殿下のそのご意見こそ私には理解できません。人はちょっとしたことで足を踏み外し、ささいなことで大きなものを失くします。その時誰も手助けをしなければ、堕ちていくしかないのですよ? 取り返しのつかない闇に。殿下は、愚かな行動で呪いを受けた弟君のことは救われたのに、他のものは自業自得だと?」
アデル殿下が、沈黙する。
「アデル、お前が理解できようができまいが、私とエリーゼは彼女をサポートする。この学院から、闇にのみ込まれる者をだすわけにはいかない」
「いや、すまない。私が浅慮だった」
「エリーゼ、何か考えがあるのか?」
「彼女にインディゴの呪いをかけようかと思います」
「どういうことだ?」
「彼女が憎悪が生み出す闇に足を突っ込む前に、インディゴの闇の呪いをかけてもらうんです。インディゴの呪いはクールなので、人格を破壊したりはしません」
「つまり、高位の闇の精霊の呪いにかかっていれば、それ自体が防御となって、別の闇には巻き込まれまないということだな」
毒には毒を。毒はまた薬にもなる。
彼女が次に平民という言葉を発すれば、バラード殿下と同じ呪いをかけてもらおうかと思っている。
藪蛇になると困るので、アデル殿下に呪いの詳細は内緒だ。
もしリリアに呪いをかけた時は、私が保護しカーラかレイチェルに世話をしてもらおう。
本当はマリアンヌがよかったけれど、今の彼女には荷が重すぎるだろう。レイチェルかカーラなら、信用できるし、彼女たちの日々の頑張りを見れば、リリアも感じることが多いはずだ。
「それで、呪いを解く条件は?」
「もちろん、彼女が身分の差など個人の本質には関係ないことだと理解するまでです」
「その間、リリアは行方知れずになってしまうな。長引くとおおごとになるかもしれん」
そうか。そこまでは考えていなかった。
「精霊様に頼んで、身代わりを作ってもらえないのか?」
それは、できるの?
「私でよければ。幻惑魔法で彼女になりすましておきましょう」
アマリージョ、なんて有能なんだ。
「そうだ。リリアもマリアンヌとのお茶会に呼べばいいのでは?」
「お兄様、なぜですか?」
「どうせ、そのお茶会にはカーラもいるのだろう? マリアンヌとカーラ、元平民と平民がいるお茶会に来てリリアが禁句を言わずにいられるのなら、彼女の心配はもうせずともよいだろうし、言ったとすれば、手っ取り早く呪いをかけられる」
なるほど。
「それでは、カーラとレイチェルに、呪いのことがばれてしまうのでは?」
「そこは、呪いのタイミングをずらしアマリージョ様のお力でうまく入れ替わりをすればいいだろう」
「とういうことで、今日の会議は終了だな。小腹がすいた」
アデル殿下が笑う。
ということで、お菓子タイムに突入し、精霊たちもわらわらと姿を現し、私が用意してきたカゴいっぱいのお菓子もまたたく間に消費された。




