六話 勇者
貴族の名前つけるの難しいですね
「はぁ、暇だ…」
いや実際は村での仕事や母さんの手伝いでそこまで暇という訳ではないのだけれど、週の終わり頃に町まで本を読みに行くという楽しみができないということが暇を感じさせてしまう。
あれから二週間も経っているのだが何時になったらくるのだろう。村からの遣いと違って何かしらの交通手段があるだろうからそんなにかからないと思うんだけど。
「カノン、外から薪を取ってきてちょうだい」
「ん、わかった」
そろそろ昼食の時間のようだ、薪を取りに行くために玄関に来たその時。
―――――トントン
「うん? どちらさんですか?」
「王都から遣いで参りました、魔術師団所属のウルリカ・ビコント・ド・グーネルゲンと申します。アイシャ様のお宅で間違いはないでしょうか?」
「え、ええ、そうです」
おいおい、男爵ぐらいまでなら貴族が来る可能性を考えてはいたけれども、何で子爵が来るんだ!?
「ああ、それは良かった。では、上げてもらってもよろしいですか?」
「は、はい。どうぞお入りください」
戸を開けるとそこには貴族らしいきらびやかな衣服を身に纏った、ということはなく、どちらかというと村にも時々来るような魔術師のようなゆったりとした服装の女性が立っていた。
「あなたがカノンちゃん?」
「は、はい」
「ふふ、そんなに緊張しなくても良いのよ?」
無茶な事を言ってくれる、機嫌を損ねる事をしたらその場で処罰されてもおかしくない存在だぞ、落ち着けという方がどうかしている。
「では、こちらへどうぞ」
―――――――
―――
「まあまあ、今日はよくお越しくださいましたウルリカさま」
「ちょ、母さん、名字の方で呼んでって言ったでしょ!」
「良いのよカノンちゃん。名前で呼ばれた方が私も楽でいいわ」
「そういう訳にはいかないでしょう…」
本人は良くても護衛が何と言うか……、あれ?
「グーネルゲン様、護衛はどうされたのですか?」
「今は外で木を切っている頃かしら」
「……はい?」
今なんて言った? 木を切っている? 貴族の護衛が、護衛対象を放って?
「冗談は止してもらえますか?」
「本当よ。まあ確かに普通ならあり得ないけど私は特殊なのよ」
「どういうことです?」
「私が子爵だってことはわかってるわよね。実は私、元は平民なのよ」
へえ、よほど凄い武勲を挙げたってことか。
「あなたが考えてる事とはちょっと違うわね」
「…じゃあ何故なんです?」
「武勲を立てた勇者が爵位の授与を辞退したの。それから色々あって私におこぼれが回ってきたのよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「普通はあり得ないはずなんだけどね、私にも詳しいことは解らないのよ。でも国王からの褒美を受け取らない訳にもいかないし、当の本人は何も話してくれないしで困っちゃうわ」
なかなか迷惑な話だ。グーネルゲン様もそんないきなり子爵になったら他の貴族にも嫌われているだろうに。
「ああ、だから使い物にならない護衛をつけられてこんな村まで来たんですか」
「ぷっ…、あっはははは!」
「な、何かおかしい事を言いました?」
「ははは、いやぁごめんなさいね、まあろくでもない護衛が就いたのは確かね」
「そんなに笑ってしまうような方なんですか」
「ええ、実はさっきの話にでてきた勇者が護衛なのよ」
…勇者ってのは自分の仕事も果たせないのか。というかこんな雑用をするような地位じゃないと思うんだけど。
「あら、噂をすればろくでなしの勇者さんが来たみたいね」
「おーい! ウルリカー、居るかー!」
バカでかい声を出しながらやかましいぐらいに戸を叩いている。…村の子供の方がもう少し落ち着きがある。
「す、すいませんアイシャさん、こんな奴で」
「いえいえ~、元気なのは良いことですわ。今開けますからねー」
母さん…これは元気というより暑苦しいと言った方が良いと思うよ…。と思っている間に母さんが戸を開けた。
「おお、ウルリカ、少しくらい待ってくれても…って、うお! すんません!」
「ふふふ、大丈夫よ。上がってちょうだい」
「もう、何やってんのよ」
へえ、あれが勇者か…。ん? 何かあの男を見た途端に胸が…。
「…グゥッ!?」
何だ、急に痛みが!? いや、これは痛みというより…。
「カノン!」
「どうしたのカノンちゃん!?」
母さん達と一緒にあの男が近づいてくる。やめろ、わたしに近づくな、お前を見てるとイライラする、体の奥から何かが沸き上がってくる!
「おい、大丈夫か嬢ちゃん!」
「うる、さい! わたしに近寄るな!」
「おいおい、すごい汗だぜ、寝床まで運んでやる奴が必要だろ!」
「ハァ、ハァ、…黙れ、くるな、クルナァ!」
「うおぉ!?」
奴が近付くのについに堪えきれなくなった時、わたしの体から何かが出た。何かは解らないがお陰でこの男を遠ざけることができた。
「フゥ、フゥゥ…」
「何をしやがる!」
「シンゴ! 一旦離れてちょうだい!」
「何でだ! こいつを止めなきゃまずいだろ!」
「いいから! 今は言う通りにして!」
「ダァーくそっ、解ったよ!」
「く、うぅ…」
勇者が離れて行く、それと同時に体の熱も収まってきたようだ。母さんは…良かった、巻き込まれたりはしてないみたいだ。そう安心した所で私の意識は途切れた。
――――――
――――
「カノン!」
カノンちゃんが気を失った途端にアイシャさんがカノンちゃんへ駆け寄った。
「ああ、カノン…」
今、カノンちゃんが出した腕のようなものは恐らく影魔法で作られたものだろう、本人も意識して出したのではないでしょうけど。
それよりも、シンゴを見た時のあの反応、まさかとは思うけど…。いや、まだ結論を出すには早いわ。
「おいウルリカ、嬢ちゃんはどうなったんだ?」
「気を失ったわ、それよりも貴方は入って来ないでね」
「ったく、俺が何をしたってんだ」
さてと、まずはカノンちゃんを寝床まで運んであげないと。