3話 小さな頑張り屋さん
「それで、ペコちゃんを従業員にするということでいいんですか?」
翌日早朝、よだれを垂らし私のベッドで寝ているペコを見ながらリデルが聞く。
昨夜はそのまま自室までくっついて来たペコを抱き枕にして寝たせいか、ペコが腕に絡みついたまま
ほどけないでいる。
「まあ、おとなしい子だし簡単な作業くらいならトラブルとかは起こらないんじゃないかな」
「可愛いですしウェイトレス姿も似合いそうですけどね」
頭の中に接客をしているペコを思い浮かべる。
無口ながら一生懸命注文を聞くペコ、昨夜見せてくれた笑顔を見せてしまえばどんな客も虜になってしまうだろう。
幸せそうに寝ているペコを横目に、そんな想像に胸を膨らませる私達だった。
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それから半刻経ち、寝ぼけ眼をこするペコを連れ営業の準備を始める。
Cafe Wermutには制服と呼ばれるものは無い。とりあえず同じデザインのエプロンを服の上から羽織るくらいだ。とりあえずペコにはリデルの予備を着させているが、ギリギリ地面に届かないくらいの丈になってしまっている。
「可愛いですけど、ちょっとふんずけちゃうかもしれませんね」
「しょうがない。これは切るしかないかな」
「いえ、ここは任せてください!」
そう言って、張り切ったリデルは小走りに2階へと上がって行った。
数分後、裁縫道具を手にしたリデルはペコのエプロンを丈に合わせ、手際よく縫い上げた。
「こうすれば切るなんてもったいないことしなくて大丈夫です!」
「なるほどね」
ペコは自身に合ったエプロンをつけながら楽しそうに回っている。
嬉しそうなペコにこちらも思わず表情が緩む。
「それでですね」
「ん?」
少し楽しげな表情を浮かべながらリデルは続けた。
「これならペコちゃんが成長していく姿もエプロンと一緒に見れるなぁと思いまして!」
小声で私にそう伝えるリデル。
確かにこれなら・・・って
「そんな長くここに居るかわかんないでしょ」
「でも、見たくありませんか?」
興奮気味に聞くリデルへの返答に悩みながら、いつか来るのであろうペコとの別れについて
ぼんやりと考えていたのだった。
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素直な頑張り屋さん。
説明をしていて私が受けたペコの新しい第一印象。
覚えがいいのか接客マナーは指摘していく分だけ改善されていき、下手をするとリデルに教えていた時
よりもスムーズに進んでいるかもしれない。
そして何より出来たことを褒めたとき。これが一番分かりやすい変化がある。
もっと褒められたいのか、一つ出来たら私のエプロンを引っ張り、頭を撫でる催促をするほどだ。
私としても、このくらい分かりやすく反応してくれるとやりやすい。まるで子犬のようなそのしぐさにほっこりしながら彼女に仕事を教えていく。
教えたのはお客さんが着たら挨拶というのと、お茶や食事を提供する際にどうぞと言うこと。
細々したことを除けばたったそれだけではあるが、彼女の年を考えればそれくらいでも十分だろう。
更に教えるのならば、それはもしもこの先何年と一緒に暮らしていく場合。
そんなふわふわとしたもしもに、私はどこか可能性を感じてみたくなったのだった。
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CLOSEの看板を裏返し、一日が始まる。
とりあえずペコにはカウンター客への接客をお願いしている。テーブル席周りにはリデルが対応してくれているし、何かあれば近くにいる私がフォローしてあげればいい。
とりあえず思い付くだけのトラブルは想定しなくては。
そんな使命感を胸にカウンターへ戻ると
カランカラン
早速一人目の来店だ、さて。
「「いらしゃいませ」」
うん。口は動かしていたから恐らく言っていたのだろう。
声量は今後の課題として、薄くだが笑顔は出来ている。後で褒めなくては。
「あら、新しい従業員さん?」
「うん、ペコっていうの。シェファーも仲良くしてあげてね」
一瞬訝しげな表情を浮かべはしたものの、流石はシェファー。
ペコに気取られる前にスッといつもの余裕気な表情を浮かべ直す。
「そう、可愛らしい従業員さんね。ダージリン・シェファーよ。よろしくねペコ」
「・・・ん」
ぼんやりとした表情でそう返すペコ。
しょうがない、そこはマニュアル外だ。
素っ気ない返答に気を悪くすることもなく、シェファーはいつものを頼む。
最初がシェファーで良かったと心から思う。
やはり彼女は見た目以上に大人びているのだろう。
これならペコは安心して先に進める。
―――
ダージリンティーの入ったティーカップをペコに渡す。
教えた通りの持ち方で、カウンターに座るシェファーに差し出して一言。
「お待たせ、いたしました」
「どうも」
先ほど同様声は小さいが、しっかりと接客をするペコにこちらまで笑みがこぼれる。
まるで本当に親になったような心境ではあるが、今くらいは浸ってもいいだろう。
キラキラと目を輝かせながら小さく拍手をするリデルを見ながら、どうにかなりそうという
安堵感を覚えた朝だった。
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ゆったりとした時間も過ぎ、忙しいランチタイムの時間。
私が料理に追われる時間が多くなっていて、あまりペコの様子を見れなくなってはいるが
とりあえず今のところは頑張り屋のお手伝いさんという形で受け入れられているようだ。
カウンターに座る客に常連が多いのも受け入れられる理由の一つだろう。
例えば今、カウンターに座ってサンドイッチにかぶりついている天使。
セイロンと呼ばれている大柄な男天使で、この店の創業当初から贔屓にしてもらっているお得意様だ。
マーマレードから聞くに、彼は中級天使の中でも位が高いらしく彼女も頭が上がらないらしい。
とはいえ、性格は温厚で私自身彼の柔和な笑顔以外は見れた試しがない。
ペコに関しても事情を聞いてくることもなく、前からそこにいたかのように初めましての挨拶を
交わしていた。
「クリスさん、食後のお茶は何かありますか?」
「んー、そうですね。今日はローズヒップなんかいかがでしょう?」
「じゃあ、それをいただきます」
Cafe Wermutでは、他の領地から取り寄せた茶葉が多く存在している。
そして、その全てのお茶の入れ方を理解しているのはリデルだけだ。
リデルが入れる前は私が一人でやっていたが、種類も少なくセイロンさんに苦笑いされてしまう位の
腕前だった。
今ではほとんど自分で入れる事は無くなってしまったが、フロアから逐一リデルを呼ぶのは今でも気が引けてしまう。
リデルからは、私の仕事を取らないでほしいと言われてはいるが、いつか自分一人でもと考えずにはいられない。
もし、ペコがお茶を入れられるようになったら・・・なんて他人任せな考えまで浮かんでしまう。
「どう、ぞ」
「ありがとう。小さな従業員さん」
そんな思いなど気づかれることもなく、ささやかなやり取りを見守りながら平和な昼が過ぎていった。
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あっという間な昼が過ぎ、つかの間の休憩時間へ。
途端にペコが駆け寄り私のお腹に頭をこすりつけてくる。可愛い。
見えないしっぽを振りながら甘えてくる子犬を撫でながらリデルの入れた紅茶で一息。
夜はお酒を出すため、流石にお手伝いでもペコの業務は昼で終わり。
今日はお疲れと労いながら2階へ足を向ける。
コンコン
ふとドアをたたく音が聞こえ、なにかと目を向ける。
ドアの前に誰かがいるようだが、すりガラス越しでは分からない。
腰に引っ付いているペコをそのままにドアを開ける。
「プリンシパリティ領所属、上級天使ディンブラ。消えた天使を探している。ご協力願いたい」
高圧的な声と共に、深紅の天使が私達を見下ろしていた―――
読んでいただきありがとうございます。
学業の方が少々忙しいですが、2週間に1本のペースでいきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。