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不死の賢者達

作者: 希先丸

 澄み渡った青い空に二筋の赤い光が煌めいた。

 空の遥か彼方から炎を纏い降り注ぐ巨石のひとつではない。


 それは何も無かったはずの空間へ何の前兆もなく現れた。

 両翼から火を放つ巨大な鉄の鳥、この世界――ウェザイアには存在しないものだ。

 その中にいた人間達の外見はウェザリア人とよく似ていた。


「このままでは、この飛行機は落ちる!」


 1人の男が声を荒げると、鉄の鳥の頭部へ向かった。

 鉄の鳥の透き通った眼の中で男が必死の形相で舵を取る。


 だが、男の抵抗も虚しく、鉄の鳥〈飛行機と呼ばれるもの〉は腹を大地に擦りつけた。

 その衝撃で飛行機の腹は破れ、幾人か外に吐き出された。


 尚も、その勢いは弱まらず擦り進み続け、またひとり腹から転げ落ちる……。


 やがて飛行機は平野に差し掛かると動きを止めた。


 飛行機の中から多くの人間が現れた。

 彼らの多くは傷つき、幾人かは既に息がなかったが、まだ動けるものもいた。

 彼らは助け合い、お互いを気遣いながら生き残るのに必死だった。


 彼らの中に飛行機の中で舵を切っていた男もいた。

 彼は親しい友人の無事を確かめ涙しているようだった。

 暇さえあれば空を仰ぐ妙な男だ。


 だが此処は、人と人、人と魔物が争い、奪い殺し合う世界。

 見たところ何の特別な能力も持たない彼らが生き残る事は難しい。


 彼らの元に魔物の群れが迫っている。

 動けるものは兎も角、動けないものに未来はない。


 彼らは未知の生物との遭遇に戸惑い、恐慌状態に陥りながらも、厳しくも合理的な判断を下し危機的な状況から生還した。


 多くの犠牲を出しながら彼らは新天地を求め旅を続ける。

 時には魔物、時には人と争いながらも彼らは決して諦めることはなかった。


 ……そして、またひとり大切な仲間を失ったその日、彼らはついに自分達を

 受け入れてくれる村にたどり着いた。



 ◇



 彼らが数年の時を村で過ごした後、ウェザイアの人間と自分達の間に大きな違いがあることに気づいた。


 ――我々は年を取らない、体が衰えることもない。


 彼らはウェザイア人に比べ脆弱で能力も低かった。

 それ故に彼らがこの世界の技術を習得するためには、ウェザイア人の数倍の時間が必要とした。


 本来であれば、彼らがウェザイア人と同じように技術を学んだとしても、使いこなせる頃には肉体のピークが過ぎている。


 だが、彼らには無限の時間があった。


 彼らはウェザイア人の何倍もの時間をかけ、あらゆる技術を習得した。

 そして彼等の世界の技術と組み合わせた新たなる技術体系を確立した。


 やがて、彼らはその技術を用いて魔物を辺境の地へ追いやり、無法者共を駆逐した。



 ◇



 数千年の歳月が流れ、彼らはウェザイアで確固たる地位を築いていた。

 いつの日か彼らは「不死の賢者たち」と呼ばれるようになった。


 ある日、彼らの1人が原点でもある異世界の飛行機の残骸を訪れた。

 飛行機で舵を切っていたあの男である。

 この男はまた空を見上げている。


 彼はそこで空間が捻れるような妙な感覚をおぼえた。

 それは彼が異世界の人間でなければ気づきようがない違和感。

 空気や匂い、雰囲気と表現すればよいのだろうか。


 以前からそこには僅かな違和感が存在したが、

 それを感じ取ったところでどうする事もできなかった。


 だが、この時は違った。

 彼は向上した技術を用いて残骸から小さな歪みが生じている事を発見した。


 歪みからわずかに漏れる成分を分析した結果、ウェザイアにはないものだと判明した。


 それは彼らがかつて住んでいた世界に存在した成分だった。


 ――歪みを広げればあの世界に帰る事ができるかもしれない。

 そして、不死の賢者達の研究が始まった。

 彼らはウェザイアでの生活に不満などなかった。

 それどころか大いに満足していた。

 彼らは偉大な知識人であり、世界を救った英雄であり、彼らの一部は国さえ治める存在であったのだ。


 ――再び、故郷の土を踏みしめたい。

 そこに理由など必要なかった。

 ただただ、今の故郷の姿をみたいそれだけだった。



 ◇



 更に数百年の歳月が流れた。


 かつて飛行機の残骸があった場所は研究施設になっていた。

 小さな山ならすっぽり入ってしまいそうな巨大な半円の建造物。

 灰色の練り石と硝子のような物質、無数の鉄の柱によって組み立てられていた。

 それはまるで、彼らのいた世界に存在した建物のようだという。


 その日、ついに彼らの世界さえ巻き込んだ研究が完成したのだ。

 研究施設の周りには民衆が溢れ、各々が期待に胸を踊らせていた。

 その様子は中継機のようなものを通し世界中に共有されている。


「まもなく、異世界への扉が開かれる」

 不死の賢者たちの1人が声高に宣言する。あの時の男だ。

 次の瞬間、目に捉える事もできない程小さかった歪が急速に拡大し、人ひとりが通れそうな大きさになった。


 その瞬間、集まった民衆も、中継を見ていた人々も一体となり歓声をあげた。

 あまりの大きさに研究所全体がわずかに震えたほどだった。

 研究者達は涙を流しながら互いに互いを抱きしめあった。


「まず、私が歪みを越えよう」

 先程、宣言をした不死の賢者の1人が歩み出る。

 さっきまでざわついていた民衆は静まり返り、固唾をのんで世紀の瞬間の訪れを見守っている。


 不死の賢者は、一歩一歩踏みしめるように重い足取りで歩みを進める。

 彼らがウェザイアにきてもう数千年の歳月が流れていた。

 長い、あまりにも長い時間、彼らはこの瞬間を待ちわびていたに違いない。


 ――あちらの世界はより発展した世界になっているのだろうか

 不死の賢者は自分たちのいた世界に思いを馳せる。


 ――それとも映画のようにポストアポカリプスな世界になっているのだろうか。

 待望の瞬間が訪れる直前になって感じる妙な不安。

 この上なく贅沢な不安の感情が不死の賢者の心にじわりとこみ上げてきた。


 だが彼は歩みを止めることはない。

 その瞳はまっすぐに歪みへ向けられていた。


 ――決心などとうの昔にできいてる。

 そう呟くと彼はチラりと空を見上げたあと歪みに飛び込んだ。



 ◇



 人々の喧騒を耳が捉える。

 懐かしい言葉だった。


 車のクラクションが耳をつんざくようだ。

 あれだけ不快だった音を心地よく感じるとは不思議なものだ。


 まぶたを開くといつもより少し控えめの太陽がおれを照らしていた。

 そこから目線を下ろすと、大きなビルに掲げられたテレビジョンが見える。

 数千年ぶりにみる母国の文字を理解するのに少し時間がかかった。


「○○発△△便が行方をくらませてから、まもなく4週間。依然、何の手掛かりもなく――」

 

 ……これはどういう事か。

 

 ○○発△△便は私が乗っていた飛行機だ。

 何千年も前にウェザイアに不時着し、残骸は博物館に展示されているはず。

 そう何千年も昔、はるか昔の出来事だ。


 それが4週間前?状況を整理するのに時間を要した。


 おそらくウェザイアとこちらの世界では時間の流れが異なるのだろう。

 一度、ウェザイアに戻り他の賢者たちと情報を共有しよう。

 今後の事を考えるのはそれからだ――。


 しかし、ここであることに気づいた。

 当初は、世界を移動した影響で感覚が鈍っているのだと思った。

 だが、こちらの世界にきて十数分、五感は正常作用しているが、ウェザイアの技術を用いるための感覚は欠如したままなのだ。


 このままではあちらに戻ることができない。

 そもそも歪みがどこにあるかさえ分からない。


 こちらに戻ってきた場所を探したが何の手掛かりも得られなかった。

 私以外の誰かが現れる事も歪みの気配を感じる事もなかった。


 ウェザイアの感覚も戻らず、今後の対策を考えるためにも私はこちらの世界で生活していた頃の家に戻ることにした。


 それからが大変だった。

〈奇跡の生還者か、はたまた直前で搭乗しなかった幸運な客か――〉

 私は一躍時の人となり、マスコミの対応に追われた。

 多くの雑誌や新聞で特集が組まれ、中には私をテロリスト扱いした記事もあった。

 いいかげんな憶測が飛び交い世間を賑やかした。


 というのも、ウェザイアの事を話すわけにもいかず、私は記憶がないの一言で切り抜ける事にしたからだ。


 だが、この煩わしさも悪いことばかりじゃない。

 もし不死の賢者の誰かがこちらに来た時、私の居場所がすぐに分かるはずだからだ。

 ……だがその後の半年間が経っても結局、誰からも連絡が来ることはなかった。


 そして、この時私はまた違和感を抱いた。

 ……体が衰えているのだ。


 ウェザイアでは一度体を鍛えると決して衰えることはなかった。

 それこそが、私たちが不死の賢者たちと呼ばれる所以でもあった。


 その体が衰えている……。

 私は、もう不死ではなくなったのだ。



 ◇



 私は、ゆりかごのようなイスに揺られている。


 目の前には丁寧に手入れされた庭園が広がっていた。

 ぼんやりと視線をあげると、暖かい太陽が顔を照らした。


「今日は久々のお天気ですからね、ちょっとお散歩しましょうか」

 

 ロマンスグレーの髪を上品に束ねた女性が私に尋ねた。 


 私はゆっくりと微かに首を横に振った。

 ここで太陽の光を感じていたかったのだ。


 あれから少しばかりの時間が過ぎた。

 たったの60年だ。


 そんな短い時間で私の体は衰え、もはや話をすることもままならない。


 あれから異世界の能力が戻ることも、歪みを感じることも、不死の賢者たちが接触してくることもなかった。


 奇跡の生還者として注目されたのも一瞬の事。

 今では物好きなテレビ局がたまに取材にくる程度だ。


 結局私はこちらの世界で、こちらの世界の人間と同じように働き、老い、そして今に至る。

 だが、それなりに幸せな人生だった。悔いはない。

 心残りはあるが……。


 太陽の光が実に心地よい。

 この心地よさはどちらの世界も変わらない。


 陽の光を浴びながら目を閉じると、自分があちらの世界にいるかのような錯覚を覚える。


 私はこの瞬間が堪らなく好きだ。

 だから今日もいつものように目を閉じる……。


 だが、今日はいつもと様子が違う。

 誰かの声が聞こえる。仲間の声だ。


 長い長い時間をともに過ごした不死の賢者たち、その中でも最も親しかったあいつの声だ……。


「――さん、――さん、聞こえますか」


「聞こえるぞ。」

 私は声ではない何かの力で応答する。


「よかった!! 連絡が取れなくなってずっと心配してたんですよ!――さんが歪みを通った後、歪みが急速に縮んでしまって……」

 

 あいつの話のよると、縮んだ歪みを再び元のサイズまでは戻せなかったようだ。

 それでも、あちらの技術で通信できる程度にまで広げ通信を試みたらしい。

 しかし、連絡が取れないまま歪みが小さくなり、やがて消滅してしまったとの事だ。


 そして、今回は0から新たな歪みを作り出して通信を行い、ようやく今私がいる時間軸に繋がったという事らしい。歪みを再接続しているから、あちら側の時間経過はそれほどでもないかもしれない。


「また、君と話せてよかった。そちらの世界での出来事はすべて私の妄想だったんじゃないかと疑ってさえいたよ。」

 

「もう、何を言ってるんですか?いずれ通信だけじゃなくて、人の行き来もできるようになります。その時はこちらの世界とそちらの世界の橋渡し役、よろしくお願いしますよ」

 

「ああ、もちろんだ」


「本当に頼りにしてるんですからね。ふたつの世界の交流で生まれる新たな時代の幕開け――必ず素晴らしい時代にしましょう」 


 いつもより白く輝く陽の光がやさしく私を包み込んだ気がした。




初投稿作品です。

読んでいただきありがとうございました。


6月2日 改行、句読点の位置を調整、一部文字順の変更(内容に変更はなし)

6月4日 加筆修正

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後の方、描写を絞りすぎてどうなっているのかわかりづらいです。 異世界間ゲートがつながって、語り手が再度向こうに渡った? 死の淵での妄想? 死後で、所謂異世界転生? わざとこういう描写…
2018/07/29 02:34 にゃんこ蕎麦
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