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第2話

 あの日以来、俺と美羽は毎日顔を合わせ、話をするようになった。

 最初は互いにぎこちなかった会話も、いつの間にか敬語が抜け、時間が経つにつれスムーズになっていく。


「……ってことが、昔あってな」

「クスクス。もう真守君、笑わせないで」


 話題を提供するのはもっぱら俺の役割。

 美羽はいつも優しく微笑みながら、相槌を打ち、時折言葉を返してくれる。

 何の変哲も無い昔話や日常の出来事ばかり話している時ですら、どこか楽しそうに笑うのだ。

 その笑顔をもっと見たくて、必死に彼女が喜びそうな話題をいつも考えていた。


 そして、言葉を交わす中で、少しずつ美羽について分かったことがある。

 好きなものは読書と動物。

 時間さえあれば、彼女はいつまでも本を読み、よく動物関連のテレビ番組を見ているそうだ。

 実際にペットを飼った経験は無いようで、いつか自分でも飼ってみたいと話してくれた。

 美羽との話は、聞いている俺まで自然と頬の筋肉が緩む程、胸がほんのりとあたたかくなるような内容ばかり。

 しかし、そんなのほほんと交わされるやりとりの途中、俺は彼女の口から発せられた事実に衝撃をおぼえた。

 なんと、美羽は俺より一つ年下らしい。

 落ち着いた言動から、てっきり年上とばかり思っていたため、年齢を聞いた時の衝撃はかなりのもの。


「私……そんな風に見えるの? 私は、真守君の方が年上って思ってたから、当たって嬉しい」


 しばし小首を傾げたと思えば、口元の笑みを深くする美羽。

 そんな彼女の姿と声に、俺は全身から発する熱の逃がし方を探しまくった。






 その後も、相変わらず俺達は同じ公園でしばし一緒の時を過ごす。

 俺が公園へ足を運ぶと、いつも美羽は先に来ており、定位置となったベンチに座り出迎えてくれた。

 しかし、時には逆のパターンもある。

 待ち時間はその都度違うが、俺がのぼってきた階段とは反対方向にある階段をのぼり、彼女は遅れてやってくるのだ。


「はぁ……はぁ……。っ、真守、くん……遅れて、はぁ、ごめんね」

「いいってそんなの! ほら、早くこっちに座ってろ」


 色白で線が細い。そんな外見から察してはいたが、美羽は体力が無い。

 遅れてきた彼女はいつも息を乱し、その姿にいつも俺は心をザワつかせる。


「俺はずっと待ってるから、そんなに急いでのぼらなくていいんだよ。この前も言っただろ?」

「だって……真守君に、早く会いたくて」


 ベンチに座る美羽を見下ろしながらため息交じりに小言をぼやく。

 そんな俺に対し、彼女はわずかに俯き、視線を彷徨わせながらポツリと声をもらす。

 俺達以外誰も居ない公園。目の前に座る女の小さな声は、静まり返った公園内で綺麗に音を紡いだ。

 いつも綺麗な黒髪。わずかに揺れたその隙間からのぞく赤い耳。

 それが意味する事柄は、じわりと熱くなる己の頬が示すものと繋がっているのだろうか。


(そんなわけ、ねぇよな……)


 わずかに募る期待からそっと目をそらし、モジモジと膝を擦り合わせる美羽の隣に俺はゆっくりと腰を下ろした。






「ほらあそこ。昔からやってる老舗のケーキ屋なんだってさ」

「老舗の、ケーキ。美味しそう……」


 最初はベンチに座り、何気ない話を続け、飽きれば転落防止柵に近づき、街並みを見下ろす。

 変わり映えのしない時間も、二人で一緒に過ごせば、一瞬一瞬が楽しいと思えるから不思議だ。

 俺達が居る場所から見える景色は、所々見覚えのあるもの。

 いつかテレビで見た地元の情報番組を思い出しながら、俺はどこか得意げに美羽へ語りかける。

 ちらりと横にそらした視線がとらえるのは、頬を上気させ瞳をキラキラと輝かせる、まるで子供のような女の姿。

 これまで美羽に聞かせた話題は、きっと他人からすれば右から左へ聞き流すような取り留めのない話ばかりだろう。

 しかし彼女は、いつも真っ直ぐにその眩い瞳を、輝く心を向けてくれる。

 自分の言葉一つ一つに反応を示す。その姿を目にするだけで、また心にぬくもりと幸せを感じられる。


「……くしゅっ」


 頬を撫でる冷気など気にならなくなる程、ホカホカと心が発する熱にしばし身を委ねる。

 そんな時、不意に隣から聞こえてきた音は、心に暗い影を落とした。

 俺は慌ててふり向き、一回り以上小さな体を抱き寄せると、美羽を連れベンチまでたった数メートルを足早に移動する。


「美羽、ほら座れ。……ったく、もっと厚着して来いっての!」

「うっ……ごめんなさい」

「べ、別に怒ってるわけじゃないって!」


 もしも今、彼女の頭部に犬の耳がついていれば、完全に垂れているに違いない。

 そんな幻覚が見えた気がしたが、瞳を瞬かせた先に見えるのは、しょんぼりと顔を伏せる美羽。

 普段より少々語気が荒くなってしまった事を後悔しつつ、落ち込んだ様子の彼女の前にしゃがみ込む。


「俺はただ心配なんだよ。自分じゃ大丈夫って思ってるかもしれないけど……お前はすぐ風邪引きそうだし。コートだけじゃなくて、マフラーとか手袋とか、雪だるま並みに着込んでこないとダメだ」


 まるで小さな子供を諭すように口を開き、目の前にある小さく白い両手をそっと包みこんだ。

 触れた瞬間、細い指先がピクリと震えるも、それ以降特に反応する様子は無い。

 ちらりと盗み見た彼女の頬は、ほんのりとピンク色に染まっている。

 それが何を意味するのか、なんて疑問を頭から追い出し、包んだ手をあたためようと、俺は手中の白へ息を吹きかけた。


「……ま、真守くんっ。もう、大丈夫だから!」

「いいや、まだまだ。全然あったまってないし」


 出来るだけあたたかい息を吹きかけ、己の熱を移そうと、彼女の両手に掌を押し当て擦りつける。

 奮闘を始めてから数分後、気休めにしかならない行為に、美羽が初めて声をあげた。

 再び視線を上へ向ければ、先程までほんのりと染まる程度だった頬に、はっきりとした朱がさしこむ。

 オロオロと落ち着きなく動くその視線も、モジモジと膝を擦り合わせる姿も、はっきりと彼女の気持ちをあらわしているように思えた。

 美羽が今どんな想いでいるのかを察しながら、俺は手を止めず、己より小さな体をあたためようと必死になる。

 相手の恥ずかしさより、第一に優先すべきことは彼女の体調なのだから。


(まぁ……本気で嫌がってるなら止めるけど)


 時折見上げる視線は、数回に一回美羽の瞳を正面からとらえた。

 そして目があった瞬間、俺はわずかに手の動きを緩める。そこで彼女が一言でも嫌悪の声を上げれば、止められるように。

 しかし、何度その時が訪れようと、美羽の口から本気の声は上がらない。

 受け入れられていると頭の片隅で考えながら、もう少し自己主張をすればいいのに、なんて相反する複雑な思考が頭の中で絡みあう。


「また寒くなったら言えよ」

「……う、うん」


 最後に、少しだけ力を込めながら冷え切った手を握る。すべての熱が移ればいいと願いながら。




第2話、最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しんで頂けたら幸いです。

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