宝物
父さんの仕事の都合で 僕は 東京から 某県 殻島市にやって来た
車で 山道を もうどれ位走っただろうか?
昼間なのに 生い茂る木々で 辺りは 薄暗く 不気味にさえ 感じた
走り出した 当初 父さんと母さんは 転校する 僕に気を使ってなのか
「田舎は いいぞ〜」「遊び場も 沢山あるしな!」
「そうよ〜 空気も美味しいし」「友達も 直ぐに 出来るわよ〜」
等と 騒いでいたが その内 運転する 父さんの顔には 疲れが見え始め
助手席の 母さんは ただ ボンヤリと 外を 眺めていた
そして 右にクネリ 左にクネリの 長かった 山道を抜けて
大きな村が見える 見晴らしのいい 大通りに出た
「おおお 真也」「もう直ぐ だぞぉ〜」
父さんの 大きな声に 母さんが 前を見て 驚きの声を上げた
「何て 景色なの〜」「来てよかったかも 知れないわね」
後部座席から 村を見渡した 僕も 母の意見に賛成だった
村の真ん中を 流れる 大きな川が 太陽の光で キラキラと 輝き とても綺麗だった
その川の上に 何羽もの 鳥が 羽を休め 時折り 水を飲む姿は
東京じゃあ まず 見られない 光景だった
そして 藁葺きの屋根が 川の両岸に 何軒も 広く間隔を開けて 並んでいた
「おお 凄いな」
「凄いわね」「藁葺き屋根の家なんて 初めて見たわ」
都会から来た 親子には この村の 自然が素晴らしく 映った
だが この村で 恐ろしい出来事が 起こっているのを
この親子が 知る術など 無かった・・・
その 根源となる 出来事が起きたのは つい 一週間程前の事だった
その日 村の子供達が 集まり 肝試しをする事になった
勿論 大人や学校の先生も 何人か同行すると言う条件付きで
そこで 先ず 候補に上がったのが 廃園となった 遊園地である
それには 流石に 反対の声が 多く上がった
何故かと言えば 曰く付き だったからである
その昔 メリーゴーランドの馬から 落ちた子供が それに 引き摺られて
顔は もう誰か 見分けがつかない程になり 手足は 千切れて 転がり
悲鳴と叫び声が 混じり合い 大騒ぎになった事故が 起きた
それが 原因で 暫く閉鎖していた レジャーランドだったが もう一度の声も多く上がり
皆んなの 意見を 取り入れた結果 レジャーランド再開が 決定した
その頃には 悲惨だった 事故の事は もう村の人達の記憶からは 消えかけていた
そもそも あんな事故が そう 何度も 起きる訳が無く
村で唯一の レジャーランドは 以前の活気を 取り戻し 始めていた
そんなある日 閉園時間になり 警備員が 遊園地の 巡廻を終えて
異常が無いのを 確認した後 従業員達と一緒に 帰ろうとした時
「あれ?」「明かりの 消し忘れが あるみたいですね」
「おかしいですね」「さっき 確かに消えてたんですが」
「もう一度 見て来ます」「少し待ってて下さい」
警備員は そう言い残すと 明かりの方へと 走り出した
その 後ろ姿を 見送りながら 皆 口々に 呟いた
「でも おかしいな」「俺が 見た時 消えてた筈だけど」
「うん 私が 見た時も 消えてたわ」
「なぁ あっちの方って 何があったっけ?」
そして 沈黙が 続いた後 皆 顔を合わせた
「 メリーゴーランド・・・」
「まさかとは 思うけど ヤバくないか?」
「うわぁ〜 助けてくれ〜」
警備員の悲痛な叫びが 暗闇の中 響き渡り 従業員達の体は ビクッと動いた
そして ゴクリと息を飲むと 闇の中 懐中電灯の 明かりを 頼りに 皆駆け出した
そしてメリーゴーランドで 目にした 光景は 平和な この村の 住人には 残酷過ぎた
「キャ〜」
「うわっ」
機械仕掛けの馬に 引き摺られて 手足は千切れて 顔はグチャ グチャ
以前 起きた事故と 内容が酷似していた
そして 翌日 再び 遊園地の 封鎖が 決まったのだった
「十年以上前の事じゃが 本当の 話じゃよ」「儂は 当時 遊園地で 勤めていてのぅ
その光景を この目で 見たんじゃから」「それでも 行くと 言うのかい?」
村長の話に 皆 ゴクリと息を飲んだ
身長 170センチ位はあるだろうか?ガッチリした体型に
白髪を オールバックにして 後ろで結んだ 髪は背中まで 伸びていた
「でも 村長さん この村って 他に 肝試しできる場所が無いよ?」
子供の一人が 無邪気に 村長の袖を 握り 見上げて言った
「ふむ」「確かにの そう言われてみれば そうじゃが」
「じゃ じゃあ」「今日の所は 肝試しは 中止と言う事で 皆さん 解散しますか?」
メガネを中指で クイッと 上げながら 大人ぶった口調で 言ったのは 『斉藤 浩二』
クラス委員で 一番の秀才 だが 運動はからっきしダメで
とても 怖がり その証拠にメガネを上げた 指が小刻みに震えていた
「な 何 言ってんだよ!」「折角 皆んな集まったのに 中止できるかよ」
クラスの中で 一番背が高く 力も強い 頭は残念だが
喧嘩と 運動なら 誰にも 負けない 自信あるのが 『倉持 陽太』
何かあると 力で 解決しようとする 乱暴者だった
普段なら メガネ メガネと 呼んでいるが 今日は親もいる手前 それは避けていた
「そうじゃ!」「 花火はどうじゃ?」
子供達の視線は 一斉に 発言主の村長に 向けられた
「し 仕方ね〜な」「それで 我慢するよ」
「うんうん いいですね!」
満場一致で 肝試しから 花火に変わった
そして ホッと胸を撫で下ろした 子供も少なくなかった
だが この時 暗がりの所為で 皆んなは 異変に 気付いていなかった
いつの間にか 一人 子供が 増えていた事に・・・
そして そのまま 皆んなは 河原に移動を 始めて
村長だけは 花火を取りに 一度 家に戻った
クラス全員とは 言っても 小さな村で 十人程度の 五クラス編成に なっていた
今から 花火ができる それが 皆んな嬉しかったのか 足取りは とても軽かった
その中で 一人だけ 異変に 気付いた者が 居た
突然 浩二 が メガネをクイッと 上げると 辺りを 一瞥して
「何だか 一人 多くありませんか?」「子供の数が・・・」
その 発言に 皆 ギョッとした
「な な 何を バカな事言ってんだよ」
陽太は 息を飲み 言い返した
「だって 十一人 居ますよ?」
そこで 皆んなの 歩みは止まり 闇の中 静けさが 辺りを包んだ
その静けさを 破ったのは 陽太だった
「よ よ〜し」「じゃあ 点呼を取るぞ」「皆んないいな?」
「1」「に 2」「3…」
顔を確認しながら 点呼は続いた そして 最後の 10が終わった時
もう一人の姿は 見当たらなかった
「ほ ほら」「見ろ!」「お前の勘違いだよ!」
陽太はしてやったりと 言った感じで 浩二を指差した
「おかしいですね」「さっきは 確かに・・・」
「お〜い」「皆んな〜 こっちだぞ〜」
村長が 懐中電灯を振りながら 叫んでいた
「おおぉ」「やった〜」「花火だ〜」
子供達は 河原を 駆け降りて ワラワラと 村長の周りに 集まった
「慌てんでも 人数分 用意しとるから 大丈夫じゃあ」
そして 村長が皆んなに 花火を配り終えた時 その異変が起きた
「僕のが無いよ」
子供の一人が 口に指を咥えて 村長を 見上げていた
「おお スマン スマン」「十人分 用意した筈じゃが」「儂もボケたかの」
「種類は 変わるけど これも凄いぞ〜」
「やった〜」
子供は嬉しそうに 花火を受け取った
その やり取りを 見ていた 皆んなは 一瞬固まり
そして ざわつき始めた
さっき 浩二が言った 「だって 十一人居ますよ?」
それが皆んなの 頭を過ぎったからだった
「どうしたんじゃ?」「何か あったのか?」
そして 村長は 大人達から さっきの 浩二の発言を聞いて 顔色が 変わった
「皆んな〜」「こっちに集まってくれんか〜」
子供達が集まるのを 一人 一人 村長は 確認していった
「九人しか 居らんぞ!」
そして 子供達が 顔を見合わせると 誰が 居ないかは 一目瞭然
それは 斉藤 浩二 だった
「浩二〜 どこに行くんだ〜」「待てよ〜」
浩二が フラフラと 河原を登り 歩いて行く後ろ姿に 呼びかけたが
反応は無く 闇の中へと 消えていった
それを見て 走り出そうとした 陽太を村長が止めた
「村長!離してくれよ」「追いかけないと!」
「いいから 落ち着け!」「きっと あの時の 子供の霊に 呼ばれたんじゃ」
「そうじゃとしたら これは 危険すぎる」「皆んなは もう 家に帰るんじゃ」
「村長は どうするんだよ?」
「儂は どの道 老い先 短いでのぉ」「何か あったとしても 誰も 悲しみはせんよ」
「村長 それは 違うよ」
「何がじゃ?」
「村長が死んだら 少なくとも ここに居る 皆んなは悲しむ」
「それに 浩二は 俺の友達だ」「友達を助けるのは 当たり前だ!」
村長が 周りの皆んなを 一瞥すると 皆 コクリと頷いた
「そうか 有難うな」
陽太の頭を 村長が撫でた
「これからは 何が起こるか 分からん」「家に帰るもよし 着いてくるもよし」
「ただし 家に 帰った者の事を 誰も 責めはせんと 約束してくれ」
再び 無言のまま 皆 コクリと 頷いた・・・が 結局 家に帰る者は 誰も 居なかった
そして 村長を 先頭に 歩き出した
無言で歩く 村長の歩みは 少しづつ 早くなった
子供達とは 差が開き始めて ついて行くのが やっとになっていた
でも それが 今の村長の心中を察した
皆 それが 分かった為か 何も言わず 必死に歩いた
しかし どんなに 速く歩いても 浩二に追いつけなかった
後ろから見ると ゆっくり歩いてる様に 見えるのに 全然追いつけない
行き先は 言わずと知れていたので 見失っても 大丈夫だが
出来れば 追いつきたい
それなのに 足は重く まるで 沼の中を 歩いてる様だった
そして とうとう 浩二が 廃園になった 遊園地に足を踏み入れた
ヤバイ ヤバイ 何かヤバイ 陽太は 何度も 心で繰り返した
だが どんなに急いでも 浩二に 追いつく事は 出来なかった
「浩二〜」「帰って来い!」「目を覚ませ〜」
陽太は 叫ぶことしか出来ない そう思い 懸命に叫んだ
だが その叫びは 虚しく 暗闇に 吸い込まれて 浩二には 届かなかった
そして フラフラと メリーゴーランド へと 近付いていった
「誰も来てくれないからだよ」「もう 枯れちゃったよ」
「ボロボロだよ」「もう 嫌だよ」
何処からか 聞こえてくる声に 皆 ビクッとした
「浩二を返してくれ」「友達なんだ!」
夜空を見上げた 陽太の叫びに 答えが返ってきた
「ダメだよ〜」「僕だって 友達が欲しいんだ」「キャハハハ」
その笑い声を聞いて 背筋にゾクッと悪寒が走った
閉園した筈の 遊園地 なのに 突然 メリーゴーランドが 周り始めた
音楽が流れ始めて 機械仕掛けの馬には 子供が乗っていた
頭は 割れて 手足の無い子供が 笑いながら 乗っていた
そして 浩二は そのまま メリーゴーランドの馬に引き摺られた…
「うわあぁ〜」「浩二〜」
大人達は 子供に それを見せない様に 目を塞ぐと 子供達を抱えて 遊園地から 逃げ出した
もう どうする事も 出来ないのが 分かったからだ
今は これ以上 犠牲を出さない様にするしかない
陽太は 村長の腕の中で 暴れていた
泣きながら 叫びながら 浩二の名前を 何度も 何度も 告げていた
翌日 学校に着くと 斉藤 浩二の机の上に 花瓶に刺さった 花が置かれていた
陽太は それを見ると 唇を噛み締めて 拳を握りしめた
浩二が死んだ事で 担任が何か言ってたが 陽太の耳には 入ってこなかった
一日中 ボ〜ッと 空を眺めて その日は終わった
トボトボと歩いていると いつの間にか 目の前に 子供が立っていた
「うわっ」「びっくりした!」
「お兄ちゃん 一緒に遊ぼ」
子供は 俯いたまま 陽太の方に 手を伸ばした
「ん〜」「そうだな ちょっと 遊ぼうか」
頭を 掻きながら 陽太が答えると 子供は ニッコリ笑った
「やった!」「お兄ちゃんの 友達も きっと喜ぶよ」
それを 聞いて ハッとして 後ずさった
「もう 遅いよ」「さあ 行こう」
その 子供の後ろには 割れた メガネをクイッと上げる 浩二が 血だらけで 立っていた
「うわ〜」
その叫び声を 最後に 陽太は 姿を消した・・・
そして 一人 また一人と 村の子供が 一週間の間で
四人が 行方不明になっていた
村長は 村の大人達を集めて 対策を練ろうと 会議が開かれた
先生や親が 順番に 登下校を 一緒にする案を 実行したが
その甲斐も無く 何時の間にか 子供は居なくなっていた
もう 打つ手は 無いのか・・・ 村の大人達は 肩を落とした
丁度 その頃 東京から来た 親子三人が 村の入り口近くに 着いた時
父親が 車の速度を 緩やかに 落とした
「どうしたの 貴方?」
「いや あれって 遊園地かな?」
父親の 視線の先に それらしき 建物は あったが
もう何年も経つのだろう
木の蔦や草等で 原形さえも 分からなくなっていた
その 草で覆われた 塀の側で 男の子が コッチを見ている様な気がした
「父さん 車 停めて!」
突然 声を上げた僕に 父さんは驚いて 車を停めた
「一体 どうしたんだ?」
驚いたのは 母さんも 同じだった
「どうしたの?」
「ちょっと 待ってて」
そう言い残して 僕は 車を飛び出すと
さっき男の子が 立って居た場所に 駆け寄り
辺りを 見渡したが もう 周りには 誰も 居なかった
「おかしいな」「気の所為だったのかな?」
首を捻り 車に戻ろうとした僕の目に ある物が映った
「ん?」「何だ これ?」
座り込み よく見ると 瓶に ボロボロの花が刺してあり
瓶の中は カビが生えて 虫の死骸やらが 沢山入ってた
多分 この辺りの 道路で 事故でも あったんだろうな
真也は ある事を 思いつき 車に戻った
そして その事を 両親に話をして せめて 綺麗にして上げたい
そう 告げると その意見に 賛成してくれた
何か 花瓶の代わりに なる様なものは 無いか 車内を探したが
そんな物が 都合良く 見つかる訳 無かった
唯一代わりになるのが これだった
大好きだった テレビアニメで 登場した ダンジョンを 似せて作られた スチール製の置物である
円錐の形で 下は大きくドッシリとして グルグルと螺旋状の 模様が入っていた
そして 頂上に 小さな穴が空いていて 下の方まで ずっと伸びていた
幼い頃は これで ずっと遊んでいた 僕の宝物の一つだった
でも これしか無いだろ
それを取り上げると 両親が 声を揃えて言った
「それ 宝物じゃ無いのか?」
「それって 宝物でしょ?」
僕は それを握ったまま 無言で車から降りた
「宝物だけど いいんだ」「いや 宝物だからこそ いいのかも知れないんだ」
車内で 二人は首を捻った
「え?」「どういう事?」
「だって あの子には きっと 宝物は無いんだ」「だから これを宝物にしてもらうよ」
そう言って 花を摘んで 水を入れると ダンジョンの上から 差し込んだ
安定感もあり 丁度いい感じになった
両親も 車から降りて来ると 辺りの掃除を始めた
ダンジョンの置物を立てて 何枚か重ねた ビニールを
置物を 囲む様に 張り巡らせた
「よし!これで 風が吹いても 大丈夫だろ!」
両親も 僕も やり終えた感が あった
「ん〜っ」と 背伸びをした時 崩れた 塀の向こうに
動いている メリーゴーランドが 見えた気がした
「ん?」
目を擦って もう一度 見ると 気の所為だったらしく
それは もう 何かも 分からない程だった
そして 車に 戻ろうとした時 何処からか声が 聞こえた気がした
「宝物を 有難う」
それから 村の子供達が 消える事件は 無くなったと言う
この親子三人の 行いが 残った村の子供達を 救ったのを 知る者は 誰も居ない
END