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アラサー女子襲来

「また来たのか、お前」


 玄関に飛び込んできた楓に、呆れとともに言葉を向ける。

 突然のことではあったが、コイツに関してはいつものことなので驚きはない。

 グレーのパンツスーツを着ていることから、仕事場から直接ここに来たのだろう。


「そんなメンドそうに言うなよ~、姉弟じゃんかさ~」


 無遠慮に肩を組んで纏わりついてくるのが非常に鬱陶しい。

 加えて、身長差で楓の髪が俺の顎先をくすぐってくる。このよくわからない波打った髪はどうやって作ってんだ?

 これでいて職場では有能らしいのだから不思議だ。


「ええい、鬱陶しい! 俺達は今から出かけんだよ、邪魔すんな!」

「ん? 俺『達』?」


 俺のその言葉で、シャツのボタンを外しかけていた楓の指が止まる。

 ここに至り、ようやくいつもとは違いこの場にもう一人いることに気づいたようだ。


「え、なになにこのカワイ子ちゃんは? アンタもようやく彼女作ったの? いや~アタシ心配してたんだぜ。アンタこのまま一人寂しく老後を送っていくんじゃないかって」

「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいないぞ自堕落星人……それよりも姪の顔を忘れたのか、お前?」

「アッハッハ! ジョーダンジョーダン。このアタシがカワイイ姪っ子の顔を忘れるわけないじゃん! どっかの薄情者と違ってお正月にも帰って会ったばっかだし」

「……チッ」


 薄情者と言われても反論できないので小さく舌打ちするしかない。

 先程、葵姉さんにもお小言をいただいたばかりだ。


「てなわけで久しぶりね彩花。ホントにココに住むことにしたんだ」

「うん、ケン兄からはさっきオッケー貰ったからね。楓おばちゃんはどうしてここに……って訊くまでもないか「メシ食わせてくれ~」って言ってたもんね」

「あ・や・か・ちゃ~ん、そのオバチャンってのヤメロって何回も言ってるだろ~?」

「でも楓おばちゃんは歴とした私の叔母なわけでイタタタタッ!」

「アタシはまだ28だぁぁぁ」

「ちょ! ホントに痛いから! 頭割れるから!」


 彩花が楓のことをオバチャン呼ばわりしたせいで、頭をぐりぐりと両拳で締め付けられている。

 その光景に、かつて見た日の光景が重なり、忘れかけていた懐かしい気持ちが込み上げてきた。


 ☆★☆


 立野楓。彼女はその名が示すとおりに立野家の次女である。

 葵姉とは年の離れた妹である彼女は、何の因果か俺と同い年であった。

 俺が立野家に引き取られてから一番近く、長く一緒にいたのは間違いなくコイツだろう。

 小学校から始まり中学、高校、果てには大学まで一緒だったのだ。そりゃ一緒にいる時間も多くなる。

 住んでたのが田舎だった為に、高校までは選択肢自体がなかったから同じ学校になるとは思ってたが、まさか大学まで一緒だとは思ってもみなかった。

 だが同じ大学で同じキャンパスではあったが、学部自体は違ったから四六時中一緒だったわけじゃない。というか構内で会うこと会うこと自体あんまりなかった気がする。

 広すぎんだよ、うちのキャンパス。

 ……話が逸れたな。

 そんな俺達の腐れ縁も流石に大学までだった。

 大学卒業後、俺は大学院に進学し楓はこの街に本社がある企業に就職した。

 近所に住んでるってこともあり、卒業後も楓の奴は頻繁にウチにやってくるので厳密には腐れ縁が切れたとは言えないわけだが……。

 さて、この立野楓という女がどういう女か。

 それはこの一言に尽きる。


 自由奔放。


 これ以上コイツのことを端的に示す言葉を俺は他に知らない。

 小中高大と、俺の学生生活の半分はコイツに振り回され、後始末をさせられたといっても過言ではないだろう。

 その時の気分とノリで行動するような奴であり、行動予測が全くつかない。

 今でこそ大人しくなったが、高校・大学あたりはやばかったな。

 葵姉譲りで見た目は結構よかったから最初は本性知らない奴が寄ってくるんだが、そいつらを軒並み叩き返したりおもちゃにして遊んだりしてたら、まさか全サークルに要注意人物として手配されるとは思わなかった。

 卒業して数年経った今でも伝説として語り継がれていると耳にしたし。


 色々と語ったが、詰まるところ立野楓と言う女は俺にとって非常に手の掛かる妹であり、親友である。


 ☆★☆


 立ち話もなんだということで、ひとまずリビングに戻ってきた俺達。

 しかし家に上がるや否や、楓はジャケットを脱ぎ捨てシャツのボタンを3つほど外し、ソファーにドカッと座った。


「んで、お前らはどっか出かけるつもりなわけ?」


 そのまま俺達へと問うてくる。


「そうだよ。楓も来るか?」

「なんか奢ってくれんの?」

「テメーが奢れよ、この中で唯一の社会人だろ」

「パスパス、金ねーや。てか帰ってきたのにまた外出たくはねーな」


 かんっぜんにリラックスの姿勢ですからね、お前。そりゃ外出たくねーよな。でも知ってる? ここ俺のハウスだから。

 てかだらしなさすぎだろコイツ。さっき脱ぎ捨てたジャケットも彩花がこっそり回収してハンガーにかけてたし。

 ……いい加減追い出しにかからないとだめかもな。


「んじゃテキトーに待ってろや、買い物してくっから」


 だが、今は買い物を優先すべきだろう。


「あ~、今日はなんかがっつり肉喰いたいわ」

「言ってろ。要望通したきゃ予算寄こせ」


 予算は大事だぞ。

 一昨年からうちの研究室の予算も削られたからよくわかる。


「んじゃいってくるわ」

「いってきま~す」

「ういうい、いってら~」


 こっちの方を見もせず、ソファーに寝っ転がってスマホを弄りながら楓が声だけで返事をする。

 今すぐ取って返して頭を引っ叩いてやりたい欲求にかられるが、ぐっとこらえて玄関に向かう。

 今度こそ玄関を開け外に出る。

 外は夕暮れと夜の狭間と言うような、中途半端な暗さに包まれていた。

 たぶん帰り道にはすっかり暗くなっているだろう。

 暗くなる前には帰りたかったんだけどなぁ。楓に邪魔されたせいですっかり遅くなってしまったみたいだ。


「ったく、アイツは本当に変わんねーな」


 そんな心中とともにぼやく。 


「そう? けっこう楓ちゃん変わったと思うよ」


 すると、意外なことに否定の言葉が隣から帰ってきたことに驚く。


「えぇ、どこがだよ?」

「うーん色々と、かな」


 あごに指を当て、悪戯ぽっく微笑みながらそう答える彩花。

 ビックリするほどに大人っぽく、そして葵姉に似ていた。


「『色々と』ねぇ~」

「『色々と』だよ。私はそのことにすごく安心したけどね」


 安心ねぇ。

 まぁ確かに落ち着いた感じはあるわな、さすがのアイツも。

 それは成程、良い意味で変わったといえるのかもしれない。

 出来ればこのままいい人でも捕まえてくれればいいんだけど。


「さてさて、今日は肉は安くなってっかな~」


 一先ず楓のことは頭の隅に追いやり、夕飯について思考をめぐらす。


「ケン兄って楓ちゃんに甘いよね」

「いやいや待て待て。これは別にアイツのリクエストだからじゃなくて、彩花の大学合格と引っ越しのお祝いも込めて豪勢にしようと思ってだな……」

「そーゆうことにしておけばいいのね、ハイハイ」


 速足となり、俺を追い越した彩花がニヤニヤとした顔を向けてきた。


「そーゆうことじゃなくて、それ以外の他意はないってのに……まったく」


 僅かばかり先を行く義姪に並ぶため、俺も足を速めた。

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