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家事の分担は必要です

「さて、お前がうちに住むことが決まったわけだが、そうすると決めなきゃいけない事がある。わかるか?」


 届いた荷物はひとまずリビングの隅に積んで置いておき、俺と彩花はテーブルを挟んで対面のソファーに座っていた。

 最初に彩花がうちにやってきた時と同じ位置だ。違うのは俺の心境と冷めてしまったコーヒーくらいか。

 そうして向かい合った彩花へと俺は質問をしてみる。


「家賃」

「……真っ先に金銭問題が挙がるのは実にいいことだと思うが、学生のうちは気にしなくてもいい。そうじゃなくて、衣食住についてだ」


 彩花の現実的な回答に少し面食らいながらも首を横に振る。


「衣食住?」

「あぁ、衣は洗濯。食は食事。住は掃除だな」

「なるほど、つまり家事ってわけね。大丈夫、私は実家でも手伝ってたし任せてくれていいよ」


 そう言って胸を張る彩花だが、その言葉に「それじゃ頼むわ」なんて言えるわけがない。


「いやいや、家事を同居の姪に任せるとか、俺どんなダメ人間だよ! 2人で分担な」


 未成年の少女に家事を任せる30間近の男がいたらとんだ鬼畜だろ。警察を呼ばれても仕方ない。


「別に気にしなくて良いのに、家賃代わりだと思ってくれれば……いや、でもこれはこれでいいシチュエーションかな?」

「ん? なんだって?」

「ううん、何でもない! いいよ、それで。家事分担ね!」


 小さくブツブツ言っていたのが聞き取れなかったため、訊き返してみたがはぐらかされてしまった。


「とは言っても、お前の時間割とかわからないとどうにもならないけどさ。まぁ、後々分担するからそのつもりでいてくれ」


 新年度の授業が始まるまであと2週間。その間は主に俺が家事をやって、彩花にはここへ慣れることに専念してもらおう。


「わかった〜」

「さしあたっての問題は彩花の部屋を作る事だな」


 物置となっている一室を片付けないことには始まらない。

 と言っても、置いてあるのはサークルで使ってた道着や使わなくなってたダンベルなど、大したものでも量でもない。

 ダンボールに詰めて俺の部屋にでも移動させれば、あとは掃除だけでいいだろう。


「布団は一応昔使ってたのがあるから、今日のところはそれで寝てくれ。明日色々と買いものに行こう」

「はーい」



 そうして始めた部屋の片づけは拍子抜けするほどあっさりと終わった。

 元々物が少なかったこともあるが、彩花の掃除が手際良かった事が一番の要因だろう。

 小一時間も経たないうちにピカピカになった。


「結構早く終わったな」

「そだね〜」


 一旦は何もなくなった室内に、今は彩花の送ってきたダンボールだけが積まれている。

 時計を見ると4時を回ったあたりだ。


「夕飯の買い出しに行くにも時間が余るな。彩花、あと一時間くらい荷解きでもして、その後買い物に行こうか」

「あ、それならさ。この家の案内してよケン兄」

「案内? あぁ、たしかにそうだよな」


 言われて気づく。

 彩花がこの家に来たのは初めてだ。それなのに「ここで今日から暮らせ」って言われても出来るわけがない。


「んじゃとりあえず玄関から説明していくか」

「はーい」


 何が楽しいのか、随分と機嫌よく返事をする彩花を連れて玄関へと向かう。


「ここが玄関だ」

「うん」

「で、これが下駄箱」

「うん」

「10足は入るかな」

「うん……ていうか見ればわかるよ?」


 ちょっと可哀想なものを見る目を俺に向けてくる彩花。

 やめろ、そんな目で俺を見るな。だってこれ以外に説明出来るか?


「それじゃ次行くぞ」

「はーい」


 俺達は玄関から家の中へと進む。

 リビングへと続く廊下を歩きつつ、その途中にある2つの扉を開けた。


「こっちがトイレ、こっちが脱衣所兼洗面所、その奥が浴室だ」

「はーい」

「どっちも鍵がかかるから安心しろ。使うときはかけろよ」

「……はーい」


 どことなく不満そうに返事をしてくる彩花。

 何が不満なんだ? 普通女の子なら鍵ついてれば嬉しいだろ。うっかり俺に見られるなんてこと無くなるし。

 もしもそんなことが起こったら気まずいったらないぞ。


「洗濯物はいつもはこのカゴに入れとくんだが、一緒が嫌だっていうなら別のカゴ置くなり何か後で考えよう」


 脱衣所に置かれた洗濯機。その脇に置かれたカゴを指しながら説明する。


「うーん、一緒でいいよ。ただ、干すのは私に任せてほしいかな~」

「んじゃ洗濯は彩花の係ってことにするか」

「そうだね、流石に下着とかは”まだ”恥ずかしいし」


 まぁ、そりゃそうか。

 彩花も年頃なわけだし。

 でもま、家族だし時間が経てば気にならなくなるだろ。

 だから”まだ”なんてつけたんだろうし。


「んで、次がリビングだな」


 洗面所を後にした俺達は次にリビングへとやってきた。


「つっても、さっきまでいたしある程度分かるだろうけど」


 リビングの中央には大きめのテーブルが置かれ、そこに向かい合うように大きめのソファと1人掛けのソファーが配置されている。

 これは俺も買う時に少しこだわったもので、ソファでありながらも足が高く普通のイスと同じ調子で使える。

 そのソファの脇には小さめのサイドテーブルが置かれ、その上には各種リモコンと財布やカード入れ、家や自転車の鍵がスチール製の皿の上にまとめて置いてある。帰ってきた後にすぐ置けるので、ここが定位置になってしまったのだ。

 家の中だと自室以上にここにいることが多いかもしれない。それくらい居心地はいい。いや、良くしたといった方が正しいか。

 壁側には大きめのテレビがシンプルなテレビ台の上に置かれ、近くの壁にはカレンダーや時計が掛けられている。

 その反対の壁には本棚が2つ置いてある。1つは娯楽用、もう1つが研究用だ。

 奥の壁には大きな窓と、その奥にはベランダがある。


「リモコンはここな、使ったらここに戻しておくように。サイフとか置いてあるけどさすがに触るなよ? あとはそこの本棚のは読んでもいいけど、研究用の難しそうな方の本は無くさないように読んだら戻しておいてくれ。結構高いのもあるから」

「はーい」


 興味深そうに本棚を見ている彩花。しかし、じっくり見てもらうのはあとにしてもらわないとだな。まだ説明してない場所も多いし。

 だから彩花、本棚の本を引き出して後ろを探るんじゃない。別に変な物とかそんな所に隠してないから。


「ほら、次行くぞ」

「うーん、おかしい。こういう所に隠すって美琴は言ってたんだけどな~」

「なにも無い、なにも無いっての。ほら次、キッチン」


 名残惜しそうに本棚を見る彩花を引き連れ、リビングの奥へと進む。

 オープンキッチンとなっているキッチンはリビングからもその様子が見えるようになっている。


「これが冷蔵庫。これが電子レンジ。これがオーブントースター。んでこっちがケトル」


 キッチンにある電化製品の場所を説明していく。


「どれも好きな時に好きなように使っていいからな。あ、冷蔵庫になんか入れるなら名前書いとけよ」

「はーい。……ん? 何かすでに名前書いてあるの入ってるね」


 冷蔵庫を開けて中を観察していた彩花が声をあげる。


「ん、どれだ? あぁ、楓か」


 その後ろから彩花の手の中を覗き込んで確認すると、楓のプリンだった。

 でかでかと「かえで♡」なんてフタに書いてやがる。

 そして俺の記憶が正しければこのティラミスプリンを買ってきたのは俺のはずだ。

 いつの間に書きやがったんだ?


「楓おばちゃん、よく来るの?」

「あぁ、よく来るな」

「ふーん、そうなんだ」


 何かしら思う所がありそうな様子を見せながらも、彩花は手に持っていたプリンを冷蔵庫の中に戻し、その扉を閉めた。


 楓——立野楓は俺の義妹だ(アイツは義姉だと主張しているが、誕生日は俺の方が早い)。

 葵姉の妹である楓は奇しくも俺と同い年であり、俺が立野家に引き取られてからかなり長い間の時間を一緒に過ごすことになった。

 同い年だから当然のように学校では同学年。

 小学校と中学校は同じ家に住んでいる以上同じにならざるを得ないわけだが、その後の高校、果てには大学まで楓とは一緒だった。

 しかし大学卒業後に俺は大学院の修士課程、次いで博士課程に。楓は卒業後に一般企業で事務の仕事に就いた。

 てっきり地元に帰るもんだと思ってたのに、なぜかこの街で就職したんだよなアイツ。まぁ都会の方が良いっていう気も分からなくもないけど。


 ちなみに、彩花の「楓おばちゃん」というのはそのまんまの意味で楓が彩花の血縁上の叔母であるからだ。



「あ、もうこんな時間か。そろそろ買い物行くか」


 リビングの窓から見える空があかね色になっていたので腕時計を確認する。

 買い物をするにはそこそこいい時間だ。もう少ししたら値下げ品が出始めるだろう。


「残りは俺の部屋と彩花の部屋だし、説明する必要もないだろ」

「はーい。……ってフフッ、さっきから私これしか言ってないね」


 そう言ってクスクスと笑う彩花に釣られて俺の口元もわずかに上がる。

 別に彩花の言葉が面白かったわけではない。その笑い方が微笑ましかったのと、懐かしい面影を感じ、やはり彩花は葵姉の子供なんだなと実感したからだった。


「さて、それじゃ準備するか」

「私はこのまま出かけられるよ」

「そっか。んじゃ俺の準備は財布と鍵と……今日はチャリはいいか。んじゃ行くか~」


 ソファー脇のサイドテーブルから財布とその他諸々を取り、自分の部屋から軽めのジャケットを持ってきて羽織る。これだけで外に出る準備は完了だ。

 どうせ近所のスーパーに行くだけなのでそれ程気合を入れる必要はない。


「スーパーってここから5分くらいの所にあるやつ?」

「そうだけど、なんで知ってんだ?」

「駅からここに来る途中で見かけたから」


 あぁなるほど……いや待て。


「駅からここまでであそこの近くは通らないはずだ。さては迷ったな?」

「違うよ、散歩しただけ」

「いや、でも……」

「さ・ん・ぽ」


 笑顔が怖いぞ姪っ子さん。


「そうか。まぁ天気いいしな今日」


 俺はそれ以上追及することをやめた。

 この世には明らかにしなくてもいいこともある。


「とりあえず行くか。早くしないと近所の奥様方にめぼしいとこ持ってかれちまうからな」

「はいは~い」


 俺と彩花は連れだって玄関へと向かい。




「ケンヤー! メシ食わせて―!」




 そんな言葉と共に、俺達が開けるよりも早く玄関の扉が外側から開けられ、1人の女性が飛び込んできた。

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