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Schliefe  作者:
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Ⅳ 硝子の少女

 『わたし』は許されざる恋をしました。叶うわけのない恋でした。

 たくさんの恋敵が、その人を囲んで隠してしまうので、『わたし』は一歩下がったところで、見ているだけしか出来ませんでした。


 しかし、なぜだかその人は、『わたし』に近付いてきてくれました。異質だったからでしょう。追い払われてしまうのでしょう。

 『わたし』を恋敵とすら認識していないであろう取り巻き達は、辱しめられる姿を見てみようと、みな揃って『わたし』に目を向けました。


「君と話がしてみたいな」


 その人が言った言葉は、意外なものでした。思わず耳を、そして目を疑ったものです。

 それでも、穢れた耳や目をそちらに向けるのがまるで罪のように思える程に、その人はとても美しい人でした。


 だから『わたし』は、その人の前では、穢れなき色で、全身を飾り立てなければいけなくなったのです。



 最初にリボンを買ったのは、もっと昔のこと、極端に言えば、物心ついた頃だったかもしれません。


 他人を疑って生きてきました。

 自分を偽って生きてきました。

 生まれた事を悔やんでいました。

 生んだ親を恨んでいました。

 その人への思いだけは純粋でした。

 『わたし』が『わたし』でなければ、もっとその人を愛せるのに、と思いました。

 その繰り返しでした。


 何も出来ない『わたし』のことを、その人は一つも責めたりせずに、愛してくれました。

 会う度に、いつも『わたし』の装飾を誉めてくれました。それが嬉しくて、日に日に、飾りのリボンを増やしました。そうして、髪を、手を、目を、心を、あらゆる場所を、白い蝶で埋め尽くしていきました。



 鏡に映った姿は、最初の頃の『わたし』とは似ても似つかないものになっていました。

 失ってしまったものも、きっと多く存在するでしょう。


 そもそも、その人と愛しあうことが出来たなら、視力は必要のないものでした。

 心の底から、その人と愛しあうことが出来たなら、聴力も必要のないものでした。

 ですから、もし『わたし』を嘲る人がいたとしても、既に見えていませんでしたし、聞こえていませんでした。

 もう、その人の顔すらも見えなくてもいいのです。その人の声も聞こえなくてもいいのです。

 それでも『わたし』の思いは、何一つ変わることなど無いのです。



 だから、気付けずにいました。『わたし』を飾り立てるリボンが、誰かの手によって、少しずつ解かれていったのでした。

 それに気付いたのは、その人と二人で、静かな夜に月を眺めた時のことです。


 最後のリボンだけは、決して解かれてはいけないものでした。それは、幼少の頃に最初に『わたし』を飾った、とても古いものでした。

 でも、『わたし』はいつの間にか、本当の姿を、その人に晒してしまっていたのです。


 知れてはならない人に、しかも、その人の手で、リボンは解かれました。

 絶望にうちひしがれる『わたし』の手に、白い蝶がとまりました。


「初めから気付いていたよ。だからこそ君を選んだ」


 何も聞こえなくなっていた『わたし』の手を掴んで、その人の手が誘います。

 その瞬間、『わたし』は初めて知りました。

 その人も、自分自身の深く閉ざしたところに、白い蝶を飼っていたのです。



 許されざる恋ではありませんでした。叶わない恋ではありませんでした。

 疑うことも、偽ることも、悔やむことも、恨むことも、やめました。

 祝福してくれる人はいませんでした。でも、私も彼女も、生涯の幸せを予感していました。

 番いの蝶は、お揃いの白い衣裳を纏います。

 共に過ごす日々の記憶を記していくうちに、互いに染まっていくことでしょう。

 そしてきっと最期には、海なのか、空なのか、二人が帰るべきところへ、共に旅立ってゆくのです。

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