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六匹目

 あの後、いつもの彼に無事、戻った。その頭には触覚のような寝ぐせはもうなかった。どういうことだ。

 私が頭をガン見しているのに気付かないまま、自分の体に戻ったことに安堵したのか、ほっと一息つく彼に、入れ替わっていた間、彼の体がどんなことになっていたかは、私の口からはとても言えない……。


 教室に戻った後はちょっと大変だった。いつも通りの彼を確認した山村が半泣きになりながら五木君に正面から抱き付いたのだ。

 その瞬間、クラスの女子が理解できない喜びにわいた。私は殺意が湧いた。

 抱き付いたままで「なんか悩み事があんなら聞くから! ため込むなよ!」とか叫ぶ山村に五木君はよほど気持ち悪かったのか、奴の脳天めがけて力の限りチョップを繰り出したのだった。

 はんっ! ざまあみろ。


 五木君の奇行は、山村の日々のウザさに耐えかねた末の乱心ということになった。けれど、五木君がまだ完全に戻っていないことを知っている私の心は晴れない。

 今だって、放課後の教室に二人きりなのに全然心が浮かれない。


「昼休みの時はありがとう。森山さんのおかげで戻れたよ」

「私は特に何もしてないよ! ただ、戻してって言っただけだし……」

「俺が何度言っても、あと少し、あと少しって言って、まったく戻してくれなかったんだ。途中、不穏なことを言い出したりするし、俺の体で何か変な事でもしているんじゃないかって気が気じゃなかったんだよ」


 変なことしてました……なんてやっぱり言えない。


「よし、それじゃあ、始めようか」


 ・・・


 長い廊下を一人で歩いていく。遠くから他の生徒の騒ぐ声が聞こえてくるだけで、廊下自体は静かだ。私が一歩踏み出すたびに足音がさみしく響く。人通りの少ない廊下はあまり好きじゃない。


 Gの言う作戦は学校中に仕掛けられている『ゴキブリ取りポイポイ』の回収だった。

 ……作戦っていうほどのもんじゃなくね?

 ちなみに『ゴキブリ捕りポイポイ』とは、面白いぐらいGがポイポイとれちゃう! が、キャッチコピーのG捕り用罠だ。家みたいな形の箱の中に、Gをおびき寄せる餌と粘着シートがあって、それでGをとっ捕まえるのだ。


 学校中にあるからと、効率を考えて二手に別れることになった。せめて、せめて五木君と一緒がよかった……。

 第一、ポイポイの回収とか中に干からびた死骸とかあったらどうしよう、嫌すぎる。今のところは全部中身が空っぽだったから良かったけどさあ……。


 口から零れるため息を隠さず、次の教室のドアを開ける。ガラガラッという音が妙に大きく聞こえた。


 教室には誰も居ない。人が来ないうちに、さっさとここのポイポイも回収する。

 良かった、ここも中に死骸はない。

 理科室や、家庭科室などの特別教室は部活動でクラブの子たちがいたのでポイポイの回収はしていないけど、ま、私の担当範囲はある程度集めたし、良いでしょう。


 ポイポイが入った紙袋を左手に下げて、ゴミ捨て場へ向かう。五木君とそこで落ち合う約束をしているのだ。


 ゴミ捨て場の前に着くと、しばらくして五木君がやってきた。


「ごめん、遅くなった」

「ううん、私も今来たとこだよ」


 私の姿を見止めると、少し慌てたように駆け寄ってくる。

 ……はうー。やっぱりカッコいいな。どんな姿も様になります!

 お互いの手にある紙袋を、すでに積まれているゴミ袋の中に紛れ込ませる。たしか、回収日は明日だったはず。

 これで終わりだ。Gの要求も叶えた。


「よし、終わり!」

「そうだね、森山さん、手伝ってくれてありがとう」

「五木君がGから解放されるためだもん。このくらいへーきだよ!」


 眉尻を下げながらも、はにかむ五木君に、勝手に踊り出す心臓をごまかしながら無い力こぶを作るマネをする。ヤバい、死んじゃうかも。


「これで、本当に戻れるんだよね!」


 照れている勢いのままに言う私に、彼の表情が曇った。何だか、言いにくそうに口をパクパクさせている。

 それに何だか不穏なものを感じた私は、五木君の顔を伺うように名前を呼んだ。

 そのとたん、彼の体がぐらりと揺らぐ。


 驚いた私は、とっさに五木君へ手を伸ばすが、彼は倒れることはなく、その場に踏み止まった。その顔は足元の地面に向いていて見えない。


「い、五木君、だいじょうぶ?」


 私の呼びかけに、彼は俯いていた顔を上げて、不敵に笑った。


「何を馬鹿なことを言っているんだ、貴様は」


 五木君の頭の上でぴょこんと跳ねた髪が二房、触覚のように揺れる。この腹立つ物言い、態度、表情は……。


「これで終いのはずがないだろう、悪魔の家は回収しようが、しばらくすればまた設置される」


 悪魔の家とはポイポイのことか。


「ちょっと! なんでまた入れ替わってんの!?」

「うるさい。五木良平が、まだ我々との契約は終わっていないと、お前に告げないから代わりに私が言ってやっただけだ」

「代わりにって! …………終わってないって?」


 五木君がGと入れ替わってしまったことにばかり気を取られていたせいで、反応が遅れた。……え、どういうこと。


「貴様は人間どもの中でもさらに愚かな奴なのだな」

「うっさい、Gのくせに! 終わってないってなに!?」

「我々の契約は冬まで続く。それまで多くの同胞達の安全をできるだけ確保しなくてはいけないからな」

「はあ!?」


 ウソでしょ……それまで五木君はこのまま? しかもこんなこと繰り返さないといけないの?


「あ、ありえない……」

「ふん、せいぜい頑張ることだな」


 呆然とする私を、胸の前で腕を組んだまま鼻で笑った。

 ……五木君じゃなかったらその触覚、引き千切ってやったのに!

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