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三匹目

 ハプニングはあったものの、五木君とちょっと近づけたかもしれない文化祭から振替休日をへて、いつも通りの学校が始まった。


 五木君の様子もいつもと変わりなくて、ほんと良かった。保健室の先生もタンコブができただけって言ってたしね。打ちどころが悪くて……とか洒落になんないもん。


 ――そう、本当に変わりなかったのだ……昼休みを迎えるまで。


 ・ ・ ・


 掴まれた右手首が熱い。そこから伝わる熱で頭の方も沸騰しそうだ。ただ、前を歩く背中を見ながら、足を動かすことしかできない。

 私は今、五木君に手を引かれて、どこかに向かっていた。


 昼休みに入って五木君に話しかけられたと思ったら、この状況になっていた。「ちょっと、いいかな」なんて言われちゃったら頷くしかないでしょうよ。まさか、こんなことになるとは思わなかったけど! どうしたらいいの? これどうしたらいいの!


 混乱したままの私をよそに、目的の場所に付いたのか五木君が止まった。


 あっぶな! 背中に衝突するとこ……すれば、良かった。自分の反射神経がこれほど恨めしくなったのは初めてだ。くそっ!


 私が連れられてきたのは、体育館裏だった。何のために植えられたのか分からない針葉樹たちと、体育館に挟まれたここは日が当たらず、一年中じっとりとしている。

 そんなわけで人通りも少ないのだ。


 なんで、こんな所に……はっ! も、もしかして、ま、まさか。


「連れてきた」


 五木君は誰もいない空間に向かって言葉を投げかけた。

 え、他に人いんの? や、やだ、私の勘違い? もう! 私のうっかりさん!


 自分の甘い期待からしてしまった早とちりに、恥ずかしさが胸の内から、ぐっと押し寄せてきた。しかし。


 カサカサッ。


 次の瞬間、そんなものなんてポイッと軽やかに転がって行ってしまった。


 怪しく黒光りするボディー、ぴょこんと生えた二本の触覚、小さな楕円形の体。それが体育館の壁、目の前の地面にびっしりと、まるで黒い波のようにこちらに押し寄せてきたのだ。

 あまりの光景に、それが何であるか理解した後も声が出ない。よろり、無意識にそれらと距離を取ろうと、体が後ろによろける。けれど、いまだに掴まれたままの右腕のせいで大した距離はあかなかった。


 何の反応も示さず、こちらに背を向けたままの五木君に、さすがに様子が変だと思った私はその背中に声をかける。


「い、五木君……?」


 教室から私を連れ出してから、はじめて五木君は振り返った。その顔にはためらいが感じられた。


「ごめん、森山さん。嫌だとは思うけど、このまま、俺の話を聞いてくれないかな」


 右腕を掴む彼の手に、ギュッと力が入ったのが分かった。


「俺、あるゴキブリと意識が繋がってしまったみたいなんだ」


 ………………は?


 私にも分かるように説明してくれた五木君によると、彼はこの間の文化祭でのお化け屋敷で、私が避けたゴキブリと顔面衝突してしまったらしい。

 ああ、やっぱり当たってたんだ……! しかも、顔に!

 そして、そのまま床に倒れ込んだ訳だけど、実はゴキブリとぶつかった時に五木君と、そのゴキブリの意識が繋がってしまったのだ。

 つまりはテレパシー、言葉に出さなくとも、距離が離れていようとも、意思の疎通ができるということらしい。


 なにそれ、ゴキブリごときが五木君とツーカーの仲ってことか……!? 熟年夫婦もびっくりな関係性ってこと!? だ、だめだ。頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何考えてんのか分かんない。


 こんな話、普通は信じない。けど、目の前に現れたゴキブリたちは、あれから動く気配がない。しかも、今気が付いたけれど、こいつら綺麗に整列して、私たちの話が終わるのを待っている。……それこそ、普通だったらありえない光景だ。

 そしてそのゴキブリたちは、とある目的のために五木君を利用しようとしているらしい。

目的を果たすのには彼だけじゃ手が足りない、ということであの現場にいた私を呼び出したのだ。


「ごめんね、呼んでこないと森山さんも、俺と同じようにするって言われて……」


 視線を足元に落として言う、五木君の眉間にはシワが寄っている。私を巻き込んだと思っているようだ。

 けれど、本来ならば私がこうなっていたはずだ。あの時、ゴキブリの奇襲を避けていなければ五木君はゴキブリの声なんて気味の悪い物が頭の中で響くこともなかった。


 確実に、私のせいだ。


「も、戻してよ、五木君を元に戻して!」


 ゴキブリに怒鳴るなんて、話しかけるなんて、我ながらトンチンカンなことしている。けれど、この時の私はこの異様な空間に、空気に、完全に飲まれていた。


「森山さん、落ち着いて」


 頭に血が上っている私を落ち着かせようと、ゆっくり、優しく、声をかけてくれる五木君はやっぱり優しい。


 でも、大丈夫です。こんな状態でも、奴らと一定の距離を保っていますから、これ以上近づけないから、なんもできないから。……くそっ。


「それに、こいつらに協力すれば、戻してくれるって言ってるし」

「え、本当?」


 うん、と頷く五木君は、困ったような顔で笑った。


「言う事聞くのは、癪だけどね」


 きっと、この状況に一番納得していないのは五木君だ。それでも今はこれしか道がない。向こうが彼のことを戻すことができると言うのなら、今は従った方がいいのだろう。


 ゴキブリが人間を脅すなんて聞いたことねーぞ、コンチクショウ。


「……分かった、私も協力する」

「あ、あのさ、自分で連れてきておいて、言うのもなんだけど……無理しなくていいよ。俺一人でどうにかする」

「ううん、手伝うよ」


 こんな時まで私に気を使ってくれるなんて、なんて優しいの! でも、その気遣いは無用だ。

 キッと黒い集団を睨み付ける。


「言っとくけど、あんたらに協力するんじゃなくて、五木君のために、五木君のお手伝いをするだけなんだからね!」


 ビシッと奴らを指さす。相変わらず離れた位置をキープしたままの私は、ゴキブリ相手に啖呵を切ったのだった。

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