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二匹目

 五木良平、私と同じクラスで部活は帰宅部、図書委員会所属の男子生徒。


 趣味は読書で、好きな作家は太宰治、これだけ聞くとなんだか暗い感じがするけれど、実際の彼は明るくて気さくだし、周りのバカな男子と違って落ち着きもある。

 顔や肩にかからない程度に短い髪は真っ黒でサラサラ、本を読んでいるときの伏目がちな表情はキレイだと思う。まつ毛も長いし、羨ましい。

 そして私こと、森山陽子はそんな五木君に淡い思いを寄せている。

 ……いーやー! 恥ずかしー!


「森山さん、足元大丈夫?」

「うん、だいじょうぶ」


 薄暗いお化け屋敷の中、斜め前を行く五木君がこちらの様子を気にかけて振り返る。ひとり悶えていた私は慌てて「怖がってますよー」というような感じで答えた。


 しかし、五木君は「そっか、気を付けてね」と言うと前を向いてしまった。気にかけてくれるのは嬉しいんだけど、できれば手とか繋いでくれるともっと嬉しいと言いますか、なんと言いますか。


 やっぱり暗がりに乗じてつまずいた振りでもする? もしくは脅かしが来たときにドサクサに紛れて抱き付いてしまうとか……やだ、私ったら大胆っ! でも引かれたらどうしよう……ええい! 女は度胸じゃ! やったる、やってやる! お化けよ、いつでもカマン!


「あ、案外怖いね」

「うん、思った以上の出来だ」


 どこか関心したような五木君はこちらを振り返えらず先に進んで行く。

 おーい! 怖がってる女子がここに一人いますよ! 作りの出来に関心してる場合ですか!? ああ、もうお化けでも何でもいいから、はよ来い!


「あれ?」

「五木君? どうしたの?」


 ピタリと歩みを止めた彼に合わせて私も足を止める。


「うーん、行き止まりみたいだ」


 五木君の言葉に私は彼の隣に並んで進行方向を見る、その先には道がなかった。

 薄暗い中で本当に行き止まりなのか視覚だけでは判断しかねた私はさらに一歩前に出て壁に手を伸ばす。すると確かにそこには壁があった。


「あ、ホントだ。行き止まりだね」


 ペチペチと壁を叩きながら話している時だった。

 足元からカサカサっと不吉な音が聞こえてきて下に目線を向ける。足元は外の光が入りこんでいてそこに何かの影が動いているのが見えた。

 …………。


「ひ、ひぎゃああああああああああ!!」


 足元にいたのが何者なのか分かった瞬間、私は悲鳴を上げた。

 ――ヤツが、ヤツが出たのだ。はっきりと姿が見えなくても私には分かる……!


「ど、どうしたの? 森山さん」


 半歩下がって悲鳴を上げたかと思えば、そのまま固まってしまったかのように動かない私を心配してか、五木君が声をかけてくれる。

 ああ、なんて優しいの。けれど私は足元の楕円形の影に目が釘付けで後ろを振り返れない。


「ご、ごごっ! ごきっ」

「え? ごめん、よく聞こえない」


 舌が上手く回らず、日本語にならない音が私の口から零れ落ちる。それをどうにか拾おうと五木君は聞き返してきた。

 私がどうにか言葉にしようと再び口を開いた時だった。


「っ! いやぁぁああああ! ゴキブリ―ッ!」


 足元にいたヤツがこっちに向かって飛んできたのだ!

 私はその場にしゃがみ込んで敵の奇襲を避ける。


「うわっ!」


 五木君の驚いた声と、そのあとに続いた何か重い物が落ちたみたいな音に、はっとして彼の方を見ると、そこには仰向けにして床に倒れ込んでいる五木君の姿があった。


「い、五木君?」


 返事がない。


 膝立ちになって近寄ると、カサカサっと音をたてて黒い影が五木君から離れていった。

 それに驚いた私はビクリと体を震わせて固まってしまったが、起き上がる様子のない五木君を目の前にして、ふと、あることに気が付く。


 ヤツを避けた私、ヤツの進行方向にいた五木君、倒れた彼の影から飛び出していったヤツ。このことから考え付くことはひとつ、つまり、五木君は……ヤツに襲われた!?


 …………………………。

 い、いやぁぁあああああああー!! 五木君がっ! 私の五木君がぁ! イニシャルGなアイツに襲われた! けーがーさーれーたーあー!!


 そしてここから先、しばらくの間、私の記憶はない。



 ――これは後に聞いた話だけれど、悲鳴とは明らかに違う私の叫び声を聞きつけた、お化け屋敷の係りの子が駆けつけると、そこには意識のない彼の両肩を掴んでガクガクと揺らす私と、力なくヘッドバンギングをする顔色の悪い五木君が居たそうだ。


 ロックな五木君も素敵! 覚えていないのが悔しいっ……じゃ、なかった――くそっ! Gめ! 五木君をこんな風にするなんて、許せないっ!

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