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一匹目

 手が震える。寒くたって、こんなに震えたことなんてない。

 辺りはただでさえ暗いっていうのに、視界は滲み出る涙によってグラグラと揺れて、役立たずだ。

 それでも私はやらなくてはならない。自分にそう言い聞かせて、そっとそれに手を伸ばした。

 誰もが触れることに嫌悪を抱くそれに触れるために。


 ・・・


 年に一度の文化祭。開催日二日目の今日は友達のユキと他のクラスの出し物を冷やかしつつ学校内を周っていた。


 さまざまな人が行き交う廊下で、お化け屋敷の看板と、額に幽霊が付けてそうな三角の布をまいた人が目に入る。

 そういえば同じ二年の他のクラスがやるって話をきいたなあ、とのんきに串に刺さった唐揚げを頬張りながら思っていると、次第に近づくお化け屋敷の前に見慣れた男子生徒の後ろ姿を見つけた。


「ん? あれって五木君じゃない?」


 私と同じく串唐揚げをワイルドに食べていたユキが、私の熱い視線を独り占めする五木君の存在に気がついた。

 どうでもいいが、横から唐揚に食いついて、串を横に引き抜くその食べ方のせいで、さっきからすれ違う人に肘鉄を喰らわせているぞ、我が友よ。

 私まで見ず知らずの人に睨まれているような気がするけど、五木君しか目に入らないので気にしない。


 急いで口の中に居座る唐揚げを胃に押し込むと、身なりを整える。手鏡を出して髪型が崩れていないか確認していると、そんな私の腕をユキは不躾に掴んだ。そしてそのままズンズンと五木君のところへと向かって行く。


「え、ちょっ、このバカ! まって!」

「照れない、照れない」

「照れてるんじゃないし!」


 乙女心の分らない友人に引きずられる私はせめてこれだけは、と腕にかかっていた買い食いの残骸をちょうど近くにあったゴミ箱へと放り投げた。

 お、ホールインワン。


「おーい、いっつきくーん」


 ブンブンと串唐揚げを持つ手を大きく振り回すユキに名前を呼ばれた彼はこちらを振り返った。

 ああ、その不意打ちで名前を呼ばれて振り返った顔、ちょっぴり間抜けな感じが素敵っ。

 私は自分の腕を掴んで引きずるユキの手を叩き落として体勢を立て直した。大げさに痛がる彼女を無視して五木君に話かける。


「こ、こんにちは、五木君!」

「痛ったい! マジ痛い! 陽子あんたどんだけ馬鹿ぢか……むぐ!?」


 余計な事を言いかけたユキの口に彼女が持っていた唐揚げを押し込む。


「森山さんたちって、本当に仲いいよね」

「やだ、そんなことないよ、ユキが一人でバカやってるだけだって」


 私たちのやり取りを見ていた五木君がくすくすと笑う。

 ああ、その控えめな笑顔もカッコいいっ!

 私はそんな彼に見ほれながらバカと同類にされないよう、両手と首を横に振ってやんわりと否定する。ユキは口の中の唐揚げに夢中だ。


「おい、オレを忘れんなよ」


 むっすりとした不機嫌そうな声に五木君との時間をジャマされた。

 誰だこのヤロウ。と思いながら声のした方を見ると五木君の隣に彼の友人である山村がいた。私は五木君に会えたのが嬉しくて山村の存在に気が付かなかったみたいだ。


「お前の影が薄いからじゃないの?」

「んなことねーよ! むしろオレ、目立ちまくりだから! クラスのアイドルだぜ!?」

「へー。知らなかったや、ごめんアイドル様」


 五木君が山村をバカにしたように笑う。

 はうっデビルな五木君もいいっ!


 大声で「バカにしただろオマエ!」と叫んだ山村は五木君をどついた。目の前で繰り広げられる男同士のじゃれ合いに入れず、ただ眺めるしかできない。

 山村のヤツ、いつかシメる。いつもいつも、五木君にひっつきやがって。今だって、せっかく五木君と話していたのに……!

 顎に力を入れすぎて歯がギリッと嫌な音をたてた。


「ねーねー、こんな所に男子二人でなにやってたの?」


 唐揚げを食べ終えたのかユキの能天気な声がした。それにじゃれ合っていた五木君たちがこっちを見る。

 やっば、乙女にあるまじき顔してたかもしんない。


「ああ、実はここのお化け屋敷に入ろうとしたんだけどここ、男女ペアじゃないと入れないみたいなんだ」

「ちくしょう、アイツ……来いとか言っときながらリア充しか入れないってどーゆーことだ! 嫌味か? 嫌味なのか!」


 悔しそうに地団駄を踏む山村と、困ったように笑う五木君は、このクラスの友達かなにかに呼ばれてきたらしかった。

 モテない男の嘆きは醜い。それに比べて五木君は困った顔も素敵っ! ……って、五木君が困っているのに私ったら、不謹慎だぞ!


「ほー、じゃあアタシたちがいっしょに入ってあげよっか」


 ナイス、ユキ! いいこと言った! これで五木君と一緒にお化け屋敷に……いや、これは人助けだ、五木君だって困ってた訳だし、ふたりっきりになれるチャンス、まさしく一石二鳥!


「え、いいの?」

「私たちもお化け屋敷気になってたし、五木君たちがいいなら」

「そーそー」


 遠慮しがちに聞いてきた五木君に食いつき気味にならないように答える。このチャンス、のがしてなるものか。


「なんだよ、お前らもかー。いやー、しょーがねーなぁー彼氏のいないお前らのため……にぃ!?」

「いくぞ! 山村!」


 非常に失礼なことを口走ろうとした山村の腕をユキが勢いよく引っ張ってお化け屋敷の入り口に向かう。引きずられるように歩く山村は数分前の私を見ているかのようだ。


「がんばんなよ」


 すれ違いざまそういったユキの背中はとても漢らしかった。


「えっと、二人とも行っちゃたね」

「そうだね……森山さん、俺らも行く?」


 首を傾げながらこちらの様子を伺う五木君に私はもちろん頷いた。

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