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愚かな恋

でも、素敵な恋(愚かな恋 続編)

愚かな恋の続編です。

「ごめん」

 孝臣と一晩過ごした翌朝。孝臣は私に頭を下げた。

「本当にごめん」

「…孝臣は悪くないよ」

「いや、俺が悪いよ。本当にごめん」

 彼が謝るたび、昨日のことがすべて過ちだったと言われているようで、胸が苦しくなった。彼の顔を見ていられなくて、視線を逸らす。

その私に彼は言った。囁くような、小さな声だった。

「努力する」

「…え?」

「努力するよ。理子を好きになれるように」

「…」

「だから、付き合おう」

 何を言っているんだろうと思った。そんな真剣な瞳で、何をバカなことを言っているんだろうと。

努力で人を好きになれるくらいなら、私は初めから孝臣を好きになっていない。

努力で気持ちを変えられないことを、一番知っているのは孝臣ではないか。

「好きになれるよう頑張るから」

 ただまっすぐに彼は残酷なセリフを吐く。

 私は首を横に振った。

そんな私を無視して、孝臣は私を抱きしめる。

「…一人にしないでくれ」

 懇願の響きを含んだその言葉。彼が今にも泣きだしてしまう気がして、私は思わず、彼の背中に腕を回した。

「好きだよ。理子」

 耳元で囁かれる言葉。

 昨夜何度も「好き」という言葉を聞いた。同じ言葉のはずなのに、まったく違う言葉に聞こえる。

感情が含まれない言葉というのはこんなにも胸に響かないものなのだとこの時初めて知った。


「理子はどうして、彼の隣にいるの?」

 そう問うたのは、同じサークルの悟。

あの夜からもう2か月が経とうとしていた。日差しは強くなり、季節が一つ過ぎようとしている。私はずっと孝臣の隣にいた。「孝臣くん」と呼び続けている。

 応えを待っている悟に向ける言葉は、なぜか、口から外には出なかった。

「好きだから」

 たったそれだけの言葉をどうしても、言うことができない。

「なんでだろうね?」

 ごまかすように笑った。そうすることしかできなかった。

「俺なら、そんな顔させないのに」

 小さい、けれど力強い言葉。悟はまっすぐ私を見つめていた。

「…え?」

「考えておいて」

 そう言って去っていく悟の背中は大きくて、身長があまり高くない孝臣とは違うなと思った。


 そのあとだった。里美に家に誘われたのは。

2か月前のあの日から、私は里美を避けていた。里美は悪くないのに、どうしても里美の前に立てなかった。

「孝臣くん」と言う私は、しょせん里美の代わりでしかなく、本物にはどうあがいても勝てないことがわかっていたから。

 けれど、私は卑怯者だから、里美との友情を捨てることもできない。

「なんか、久しぶりだね。紅茶でいい?」

「なんでもいいよ。体調、大丈夫?」

「うん。だいぶ落ち着いてきたよ」

 里美のお腹に視線を移す。少しだけ、前に出ていた。

「なかなか会えなかったよね?」

 紅茶の入ったカップを私の前に置きながら、里美が言う。

「…ごめんね。なんか最近忙しくて」

「謝らなくていいのに。私の方も、色々ばたばたしてたし」

 そう笑う里美の表情にはどこか疲労が見えた。入籍から、今後の準備とやらなければならないことがたくさんあるのだろう。

 里美がうかがうように私を見る。けれど、すぐに視線を下に移した。

それは、里美の癖だった。大切なことを言い出す前の里美の癖。彼を紹介すると言った時、結婚を報告した時、何度かそのしぐさを見てきた。

「どうしたの?」

 言いにくそうな里美に先を促す。

「…あのね」

「うん」

「…私ね、来月で大学辞めるの」

「……」

 突然の言葉に、声が出なかった。

けれど、すぐに理解する。

 それは至極当たり前のことだった。私たちはまだ、3年で、あと2年近く、大学生活が残っている。けれど、里美のお腹には赤ちゃんがいた。

退学にしろ、停学にしろ、大学を辞めなければならない。そして、里美の立場に立ったなら、多くの人が前者を選ぶだろう。

 自分のことしか考えていなかったことを思い知る。

 里美の旦那さんは、社会人になったばかりだ。お金も、社会の目も、きっと厳しい。里美の両親も子どもを産むことには反対していた。

 相談をしたかったのかもしれない。答えは一つだとしても、話を聞いてほしかっただろう。それなのに、私は、里美の「会おう」という誘いを断っていた。

自分ばかりが、「可哀想」だと思っていた。

「…ごめんね。急に、暗い話して。…まだみんなには内緒なんだけどさ。でも、理子には言いたかったから」

「…うん」

「今ね、彼が暮らしてるアパートで一緒に住んでるの。この部屋ももうすぐ引き払うよ」

「そうなんだ」

「彼、大学の近くの会社に勤めたって言ったでしょ?だから大学からすぐのアパートだからさ…」

「遊びに行くよ」

 里美の言葉を遮ってそう言った。

「…ありがとう」

「愚痴もいっぱい聞く」

「惚気も?」

「惚気も」

 私が繰り返すと、里美は笑った。私もつられて笑う。

「…正直さ、大変だなって思うんだ。…小さな子どもがいたら働き口がないだろうし、彼だってまだ社会人になりたてで給料少ないし。大学だって本当はちゃんと卒業したかったよ」

「…」

「本当に、問題山積み」

「そうだね」

「でもさ、…お腹に手を当てると、日に日に大きくなっていって、ここに赤ちゃんがいるんだなって思うと、頑張らなきゃ、って思えてくるの」

「うん」

「彼も、私たちのために、頑張るって張り切ってくれてる」

「そっか」

「毎日ね、仕事から帰ってくるとお腹を触って赤ちゃんに呼びかけてるんだ。幸せにするからって」

「もう惚気?」

「えへへ。…楽観視してるわけじゃないけど、でも、幸せなんだ」

 そう笑う里美の顔は幸せそうで、「幸せな顔」というのは、こういう表情のことを言うんだと思った。

「そういえばさ、理子、最近、孝臣くんといつも一緒にいるよね?どうなってるの?」

 きっと、もっと話したいことがあるに違いないのに、里美はそう私に聞いた。

赤ちゃん抱えて、彼も働き始めたばかりで、親にも頼れなくて。

それでも、私のことを気にしてくれる。

「何もないよ」

「え~、嘘。だってずっと一緒にいるよね?」

「…ただの友達」

「もしかして私、余計なこと言った?」

「え?」

「だって、理子。泣きそうな顔してる」

 そう言って、里美は私の頭を撫でた。その手つきがあまりに優しくて、私は思わず涙をこぼす。

里美は何も言わず、ただ、頭を撫で続けてくれた。

 私に里美の代わりは務まらない。里美の代わりなどなれるはずはなかったのだ。

だってこんなにも私とは違う。自分のことしか考えていない私とは。

 問題を抱えながらも、懸命に前に進もうとしている。大変な状況にいるのに、周りに気を配ることができる。そんな里美だからこそ、「幸せ」が似合うのだ。

 孝臣が私といるのは、私への罪悪感と一人でいたくないという幼い心のせい。

私が孝臣と一緒にいるのは、同情とつたない独占欲があるから。そんな2人が一緒にいて、里美のように笑えるはずなどない。

 だから、私は決断しなければならない。


「昨日のこと、考えてくれた?」

 午後一番の講義を終えた後、悟は私にそういった。顔を少し上げなければ、悟の顔は見られない。

見上げれば、優しい表情がそこにはあった。

「悟、…ありがとう」

 優しかった。いろんな人に優しくされている。そう実感する。

「…やっぱ、彼がいい?」

「うん」

 ためらわず頷いた。悟の表情が少しだけ歪む。

「どこがそんなにいいの?」

「どこだろうね?」

「はぐらかすなよ」

「…そういうつもりじゃないんだけどね。…うまく言えないんだ」

「…」

「ただ…、孝臣の視線の先に映りたかっただけだと思うの」

 それが、恋に変わっていた。自分でも気づかないくらい、静かに。

「俺は、理子だけを見るよ」

「それでも…孝臣がいいの」

「……そっか」

「うん」

「やっぱり、そう言い切る理子が好きだよ」

 まっすぐ見つめる視線が、痛かった。こんな風に見つめてもらえる資格など私にはない。

「…」

「彼に飽きたら、俺のとこに来ればいいよ」

「ずっと先かもよ?」

 笑みを浮かべ冗談めかして言ったので、こちらも冗談で返した。

「いいよ。待ってる」

 冗談とも本気とも取れかねるその言葉に口を閉ざす。

「…」

「じゃあね」

「…悟!」

 手を振り、去ろうとする悟を呼び止めた。広い背中に一度だけ、ぎゅっと、抱き着く。

周りに人がいることなど、気にしかなった。

「待ってないで」

「…」

「悟のところには行かない」

「…」

「悟は間違えないで」

「…お前は、いつも、笑ってろよ。彼の隣でも許すから」

「…ありがとう」

「ああ」

 そう言って今度こそ、去っていく背中を見送った。

「悟を好きになればよかった」なんて、残酷なことを思いながら。

「理子」

 聞きなれた声が私を呼んだ。振り向けば、孝臣が立っていた。

「孝臣…」

「くん」とつけそうになるのを堪えた。

孝臣が呼び名の違いに気づいた様子はない。

「もう講義終わったんだろ?行こう」

 少し不機嫌そうに言った。私の手を掴む。そのまま歩みを進めた。

孝臣が知り合いのいるところで「恋人」のような振る舞いをするのは初めてだった。

孝臣の突然の行動に少しだけ戸惑う。

「孝臣…?」

「…」

「ね、ねぇ、今日は、どこかに行くんじゃなくて、私の家にしない?DVDでも借りてのんびりしようよ」

「…夕食は手作り?」

「うん。作るよ」

「じゃあ、それでもいいよ」

「ありがとう」

 お互いの暇な時間が合えば、会うのが当たり前になった。映画を見たり、服を買いに行ったり。それは、まるで「恋人」同士のようだった。

けれど、私たちは「普通」とは違う。わかっているはずなのに、当たり前のように孝臣が隣にいる日が続くと、その現実を忘れそうになった。 

けれど、もう、それも終わりだ。

「孝臣くん」と里美の呼び方で、呼ぶたび、歪む孝臣の表情に気づかないふりはもうできない。

すべてが始まった私の部屋で、きちんと終わらせる。


 家に着くと、2人分のコーヒーを入れ、孝臣の隣に座った。

孝臣は、首をゆっくり動かし、部屋の中を見ている。あの日以来、孝臣が私の部屋に入るのは初めてだった。

「理子の部屋って感じだな」

 初めて来たような感想。あの時の孝臣に、部屋を見る余裕などなかったことを思い出す。

「それどういう意味?」

「ん~?…うまく説明できないけど、理子って感じがする」

「何、それ?私の部屋なんだから当たり前でしょ?」

「だから、うまく説明できないんだってば」

 孝臣の言葉に私は笑った。つられて孝臣も笑う。

「DVD見ようか?どっち見る?」

 帰りにDVDを2つ借りてきた。一つは私が選んだラブストーリもので、もう一つは、孝臣が選んだアクションもの。

「なあ、理子」

「ん?」

「あいつ、誰?」

「あいつ?」

「今日一緒にいたあいつ」

「…悟のこと?」

「…」

「えっと…サークルの友達だけど?」

「友達なのに、抱き着くの?」

 次の講義の移動のため、他の学生たちは忙しなく講義室を出ていた。騒然としていたあの中で、私と悟の話を聞いていた人など限られているだろう。孝臣も内容までは聞いていないはずだ。

 けれど、私は悟に抱き着いた。それは遠目に見ても、わかる行為で、講義室まで私を迎えに来てくれた孝臣が見ていても不思議はなかった。

「…」

 やめてほしいと叫んでしまいそうになるのを必死でこらえる。

問い詰めるその言葉の裏に、かすかな嫉妬を感じてしまう。

「…抱き着くよ?だって、私は、友達と寝れるじゃない」

 私の言葉に、孝臣は目を丸くした。

表情を歪める。

 孝臣は悪くない。だから、表情を歪める必要などないのだ。

孝臣を誘ったのは私だ。「代わりにしていい」と言ったのも私。

「理子…」

 私の独占欲なんかで、孝臣を縛りつけておいていいはずがない。

「ごめんね。代わりはもうお終い。…私が言ったことなのにね。でもさ、孝臣もそろそろ新しい恋を見つけるべきだよ」

 そう言って笑った。引きつったかもしれない。けれど、できる限りの精一杯の笑顔を作った。

「…」

「代わりにもなれなかったかな?」

「…理子」

「『孝臣くん』って呼んで、服装も里美が好きそうな服に変えたんだけどな」

「代わりなんかじゃない」

「え?」

「代わりなんかじゃないよ」

 そう言い切る孝臣の声が鼓膜を揺らした。

必死で保っていた笑みが消えそうになる。

 何を言っているんだろう。

あの夜、私の顔を見ながら「里美」と言ったのは誰だったか。私を抱きながら、里美を思い浮かべていたのは、誰だったか。

「何、言ってるの?」

 言うな、と頭の中で声がする。それを望んだのは私だ。

 言ってはいけない、もう一人の自分が懸命に叫んでいる。そうさせたのは私だ。

「…何言ってるの?」

 けれど、止まらなかった。

「私なんか、見てないくせに」

 自分が招いた結果だ。けれど、苦しい。苦しくて、苦しくて、息ができない。

里美のように笑うことも、里美の好きそうな服を着ることも、里美の呼び方で孝臣を呼ぶことも、もうできない。だって、見てほしい。

私自身を見てほしい。

「里美の名前を呼びながらキスして、里美の名前を呼びながら抱いたくせに!」

 堪えていた思いが涙と一緒に出た。

「あの日から、一度も触れないくせに。…頑張らなければ、私なんて、触れられないよね。努力しなければ、抱けないよね」

 酔いがさめたら、夢が覚めたら、孝臣にとって私は、ただ寂しさを紛らわす存在で、「代わり」にすらなれなかったのかもしれない。

 あの夜から、ずっと一緒にいた。でも、孝臣が私に触れることはなかった。時々手を繋ぐことはあっても、孝臣の部屋に2人でいてもキスすらしてこなかった。

「ごめん」

 孝臣が頭を下げる。私は首を横に振った。

「ごめん。…確かに、……あの夜は、里美の代わりにした」

「…!」

 知っていた。わかっていた。

それでも、自分で思うのと、本人の口から出るのとでは、重みが全く違う。

「…ごめん」

 さらに深く下がる孝臣の頭。

どうして、「代わりでいい」なんて思えたのだろう。

こんなにも、切ない。切なくて、苦しくて、涙が止まらないのに。

孝臣に笑ってほしかった。苦しむ孝臣を楽にしたかった。

でも、夢はしょせん夢でしかなくて、覚めない夢などないのだ。

「もう、終わりにしよう」

 あの夜から、私たちはずっと、眠り続けている。夢を見ようと必死になっている。

「え?」

 でも、どんな深い春眠だとしても、いつかは暁が訪れるのだ。

「縛りつけてごめんね。もう、私は大丈夫。孝臣も大丈夫。…だからもう、努力なんてしなくて」

「嫌だ!」

 私の言葉を遮って、孝臣が叫ぶ。

「嫌だよ」

「…」

「確かに、あの夜、俺は理子を里美の代わりにした。代わりにして、抱いた」

「…」

「最低だった。本当に、ごめん。…でも、もう無理だよ」

「何…言ってるの?…もう、無理って何?」

 まだ、私に偽れというのだろうか?夢から覚めてしまった私に。

 けれど、孝臣は首を振った。

「違うよ。…もう、理子を手放せないって意味」

「…」

 頭が理解できないと叫んでいる。けれど、孝臣の目は、真剣で、嘘や偽りを言っているようには思えなかった。

まっすぐ見つめる視線。

「…俺、里美が好きだった」

 頷いた。

孝臣が微苦笑を浮かべる。

「バカみたいだろ?彼氏がいることなんて知ってたのに。知ってたのに、好きになった」

 それを言うなら、私の方がもっとバカだ。里美を好きだという孝臣の視線を見て、好きになったのだから。

「一年間、ずっと想ってた。傍にいて、好きだって言いたくて、触れたくて。…でも、できるわけがなかった。あんなに幸せそうに彼氏の話をする里美に、言えるわけなんてなかった」

 里美が彼の話をするときは、いつだって頬が緩んでいた。

「好きなんだ」と誰にだってすぐにわかるような表情だった。

「…でも、隣で想うだけならいいかなって思ってた。……いつかはこっちを向いてくれるかもしれないなんて、淡い期待も持ってたけどね」

「…うん」

「でも、籍入れて、子どもまでできて…」

「…」

「これ以上あいつを好きでいたってどうしたって振り向いてもらえないってことをようやく理解したんだ」

「…」

「でもさ、告げられないってのはつらいよな」

「…うん」

「だから、言いたかったんだ。『好き』だって。里美に言えない代わりに、理子に聞いてもらった」

「…」

「それなのに、俺は理子を抱いた。里美の代わりにして。…本当にごめん」

「…言い出したの、私だし」

「でも、先に手を出したのは俺だ。理子は、俺を拒めなかっただけだろう?励ましてくれただけ。…悪いのは俺だ。本当に、ごめん」

「孝臣…」

「でも、もう無理なんだ。…何もしないで諦めるのは、もう十分。…理子は手放せない」

 言っている意味がわからなかった。

「…里美が籍を入れて、もう淡い期待すら抱くことができなくて、…もう、笑えないと思った。そのくらい、好きだったんだ」

「…うん」

「でも、俺は笑えた。…理子が隣にいてくれたから」

「…え?」

 問い返す私に、孝臣は微笑んだ。

「理子が隣にいてくれたから、俺は笑えたんだ。里美の傍にいても、大丈夫だった。…あの夜も、そのあとも、ずっと俺の隣にいてくれたから」

「…」

「支えられた。理子が隣にいて、笑ってくれるだけで、それだけで、大丈夫だと思えた」

「それは、私が…里美のように振る舞っていたからでしょう?」

 私の言葉に、孝臣は首を横に振る。

「里美の好きそうな服を着たって、里美の呼び方で俺を呼んだって、理子は理子だろう?」

「…」

「理子だってつらいはずなのに、俺の隣にいてくれた。離れないでいてくれた。…いつもの笑顔で笑っててくれた」

「…」

「その笑顔が嬉しかったんだ。隣にいてくれると安心した」

 そう告げる孝臣の表情は優しくて、泣きそうになった。このまま、自分の都合のよいように、勘違いしまっていいのだろうか。

「だから、これからも傍にいてほしい。…傍にいたい」

「……それは努力の成果?」

 私の問いに孝臣は一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐに笑った。

「バカだな、理子は。努力でどうにもならないことなんて、俺が一番証明してるだろ?」

 卑怯だ。

笑顔にそう言い切るなんて、卑怯すぎる。なんて、この男は、こんなに卑怯なんだろう。

悔しくて、でも嬉しく感じてしまう自分がいた。

「私、里美みたいにいい子じゃないよ?」

「知ってるよ。友達の時も、あの夜からも、いろんな理子を見てきたから」

「…」

「臆病で、少し卑怯で、ずるくて、でも、優しくて、笑顔が似合う」

「…」

「たぶんまだ、俺の知らない理子がいっぱいいるんだろうね。…卑怯なところも、ずるいところも見てきた。でも、…どんな理子を知っても傍にいたいって思う。それが好きだってことだと思うから」

「…」

「もう、無理だよ。理子が嫌だって言っても傍にいる。諦めるのはやめたんだ。理子が俺を好きじゃなくても、好きにさせてみせるよ」

「…」

「好きだよ、理子」

 それは、あの朝から一度も言われなかった言葉。

あの時とは全くちがう響きに泣きそうになる。

 孝臣が抱きしめるためか、手を伸ばしてきた。ゆっくり伸びてくるそれを振り払うのは簡単だ。

 身長の割に大きな手。その手をじっと見つめる。

掴んでもいいのだろうか。この手を掴んで、里美のように笑えるだろうか。

「孝臣」

「ん?」

「好きだよ」

 私がそう告げたのと、孝臣の腕が私を包むのと同時だった。

暖かい腕の中。けれど、もう夢は見ない。

 ずっと怖くて言えなかった。「好きだ」と告げてしまえば、余計に「代わり」でいるのがつらくなるから。

でも、孝臣が私の名前を呼んでくれるなら。

「孝臣が好き」

 私が「孝臣」と私の呼び方で呼べるのなら、言える気がした。

堪えていた涙が孝臣の胸元を濡らす。

「明日、買い物に行こう。それで、理子の好きな服を買おうよ」

「孝臣のおごり?」

「しょうがないから買ってやるよ。だから、もう、『代わり』なんてなるなよ。俺は、里美のふりをした理子じゃなくて、ただの理子が好きなんだ。くん付けで呼ばなくていいし、理子の好きなものを着てほしい」

「孝臣も、努力なんてしないで」

 私の言葉に孝臣は、回した腕に力を込めた。

「だから、努力なんかでどうにかできるほど、簡単じゃないんだって。恋ってやつは」

 本当にそうだと思う。

努力なんかで変わるくらいなら、とっくに私は孝臣を見ていない。

こうやって抱きしめあったりもしていないだろう。

「ねぇ、名前を呼んで?」

「え?」

「私の名前」

「…理子」

「うん」

「理子」

「うん」

「理子、好きだ」

「私も好き」

 孝臣の手が私の髪に触れた。胸に埋めていた顔を上げる。

目が合うと2人して笑った。そのまま、目を閉じる。

 触れる手も、唇も、あの夜と同じなのに、それでもやっぱり違うのは、夢ではないからだろうか。

 私たちは、卑怯で、ずるくて、夢に逃げてしまう臆病者だけど、それでも、2人で手を繋いでいけばきっと幸せになれる。

 だから、名前を呼ぼう。好きな人の名前を、自分の呼び方で。

「孝臣」

 夢じゃない現実で、大好きな彼の名前を。


書けないと言いつつ、そう言った翌日にUPするという(笑)

どうでしょうか?理子は幸せになれたのだと思います。

そして、孝臣…。

自分が、理子の兄とかなら、「お前、ちょっとこの後、校舎裏来いよ」って

呼び出しちゃうなきっと(笑)

ま、孝臣も孝臣でいろいろ大変だったんですが…。


続編を待っていてくださった方の期待に応えられる作品に

なれなかったかもしれませんが、

理子は幸せですよ。そこは、安心してくださいね!!


いつも、コメントや評価。お気に入り登録本当にありがとうございます!

これからも、よろしくお願いいたします!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 里美イイコですね。 結果幸せな理子だけど、ここはキッパリ別れて新しい恋をしてほしかったかな。 反省してるとはいえ、いくらOKと言われても他の子の名前呼びながら抱くような男は生理的にちょっと(…
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