閑話 彼らの日常1
今回は閑話です。
アッシュside
アッシュは悩んでいた。
(うーん、やっぱり長剣かな。…いやでもあの刀もよさそうだし。そういえば確か貴明さんは本来一番得意なのは刀と双剣だって言ってたような…。だとしたらボクもそれに…。いや、でもそれだと自分に合うものをといった貴明さんの指示に逆らうことになるし…)
彼がいるのは帝都のメインストリートに面する冒険者ギルド系列の武具店だ。いま彼は自分と同様ギュイーズの魔手から助け出された仲間たちとともに、自分専用の武具を選んでいる真っ最中である。
「軍資金は潤沢だから遠慮せずに、とにかく自分に一番あったものを選ぶこと」
これは貴明の言である。当初貴明たちに遠慮し、質ではなく値段で装備を選ぼうとしていた子供たちを見た貴明は、とにかく金のことは考えずに体に合うものを探すよう命じた。
しかしいくらギルド系列であるため比較的安価で武具の販売をしているこの店の商品でも、もともと内戦のため貧しい生活をラービア連邦で過ごしてきた平民のアッシュたちにとって武器や防具はあまりにも高価なものであった。
「ねぇねぇ。この剣とこっちのレイピア、どっちがいいと思う?」
「あなたの体つきならレイピアのほうがいいと思うわよ」
「お!これすげぇ手になじむ!……金貨2枚…だと」
アッシュの周りでも子供たちがそれぞれ思い思いに武器を手に取っていた。しかしやはりその値段にみなためらい気味である。
「ねえイリスさん。あなた本当にそんな大剣を使うんですか?すごく重そうですけど」
「……だいじょうぶ」
「あはは、イリスちゃん力持ちだもんねぇ」
アッシュの近くではサーシャ、イリス、ナユタの3人組が和気藹々と武器を選んでいたが、彼自身はなかなか決めきれずにいた。
「どうしたアッシュ、まだ武器を選んでないのか?」
「ガリウスさん…」
その様子を見ていたガリウスがアッシュへと声をかける。15歳にして170㎝の体を持つアッシュよりもさらに20㎝は背が高いガリウスは、アッシュのうすい金髪をくしゃくしゃと撫でまわしながら視線をアッシュに合わせ目を見ながら言った。
「お前の考えを当ててやろうか。自分に合った武器を使ったほうがいいのはわかるが貴明と同じ武器を使って戦いたい、ってところだろう?」
「……その通りです。ボクには長剣が一番いいのはわかるんですが、やっぱり刀も使ってみたくて。それにいくら遠慮しなくていいといわれても値段が高いからためらってしまいます」
その答えを聞くとガリウスはやはりな、といった具合に頭をかく。
「何度も言ったが値段に関しては気にするな。おれも貴明もほかのみんなも、お前らが思っている以上に金ならある。貴明なんて下手したらガルーダの国家予算並みだぞ」
さすがに言いすぎか、と笑うガリウス。実際のところ貴明は貴重品などをすべて売り払ってしまえばそれこそ天文学的な数字の財産を保有しており、ガルーダの国家予算どころの話ではなかったりする。
「武具というのは自分の命を預ける命綱のようなものだ。高くて当然だろう。しかし武具は消耗品だ、これからも頻繁に買い替えることもあるだろう。お前たちは成長期だから余計にな。今からそんな遠慮してたら冒険者なんかできないぞ」
その言葉を聞いてもアッシュは決めきれなかった。アッシュは訓練の時貴明が手本として見せた魔獣との戦いで、そのあまりにも鮮やかな手並みに強い憧憬の念を抱いたのである。
「これからお前がどういう冒険者になるのか、それは誰にもわからない。名を馳せるかもしれないし、あまり功績を残さないかもしれない。しかし大事なのは、誇れることを行ったかどうかだとおれは考えている。今回の武器選びだって、人に対して自信を持って『おれの選択は間違ってなかった!』といえるものを選ぶべきじゃないか?」
おれに言えることはこんなところだ、といいガリウスは去って行った。その背中を見送ると、アッシュは一度深呼吸をし再び武器が陳列されているほうを見る。
その目にはもう迷いはなかった。
ナユタside
ナユタは今、この場にいることを激しく後悔していた。
「……ナユタ、はやくやろ?」
「いやですよ!勝てるはずないじゃないですか!?」
ナユタがいるのは武具店の敷地内にある簡易修練場である。己の武器を選んだナユタは、同じくすでに選んでいたイリスと連れ立って使い勝手を確かめるためにこの場へ来た。
しかしそれがいけなかった。2人が店主に許可を取り修練場へ向かうのを見ていたユリウスが、せっかくだから模擬戦をやってみたらどうかと提案したのである。
しかしこの提案はナユタからしたらたまったものではない。ダークエルフのナユタは基本的に火属性魔法の使い手でメイン武器も杖である。戦闘も魔法が中心であり近接戦は得意ではなかった。
それに対しイリスはというと、その手に握られているのは先ほど店内で見つけた長さ1.5mはありそうな巨剣。完全にイリス自身の身長より大きい。それを軽々と振り回し、ナユタが構えるのを待っている。
イリスは獣人種の中でも筋力と敏捷性に優れた狐獣人であり、さらには訓練によって得たスキルポイントをすべて武器術に振っている。その力量はフィーネ、アッシュに次ぎ第3位であり今のナユタでは到底太刀打ちできる相手ではない。
焦ったナユタは買ってもいない売り物で模擬戦はできないとイリスを説得しようとしたが、その時にはすでに店主が同じ規格の訓練用模擬剣を用意しており断念。イリスの慈悲にすがろうとしたが、貴明にいいところを見せたいイリスはやる気満々でありすでに準備完了。
ナユタはなす術もなく追い詰められ、今に至るのであった。
(なんでこんなことになっちゃったのかしら、わたしはただ練習がしたかっただけなのに!あ、でも負けて落ち込んだわたしを兄さんが慰めてくれたりして。それで今日はそのまま2人で帝都散策に出かけたり!)
落ち込んでいたかと思ったら何やらいやんいやんと盛り上がるナユタ。その様子を見たイリスが怪訝な顔をする。
「2人とも頑張って!勝ったほうはご褒美として『貴明さんに何でも1ついうことを聞いてもらう権』が与えられますよ!」
『!?』
若干現実逃避を始めたナユタと、今か今かと開始の時を待つイリスの耳にフィーネの声が届く。すでに修練場には貴明、フィーネをはじめユリウスやグレン、そのほか現役冒険者組が観戦の態勢に入っており開始の時を待っていたのだが、フィーネが貴明の了承なしにいきなり商品(?)を提示した。
いきなりのことに驚いた貴明はいたずらっぽく笑い貴明にウィンクするフィーネに抗議しようとするが、その発言で目の色を変えたナユタとさらにやる気を出したイリスがこちらを見ていることに気づく。
すでに撤回不可能であることを理解した貴明はため息をつきながら2人にうなずく。その様子を見たサーシャが拗ねたような目で貴明を見つめ、グレンが慰めるように貴明とサーシャの肩をたたいた。
仁義なき戦いが今始まろうとしていた。
フィーネside
(ふふ、作戦成功♪)
イリスとナユタを見守りつつ横目で貴明を観察しながらフィーネは内心微笑む。
フィーネは今の自分がものすごく充実しているのを自覚していた。少なくともヴェルディア王国にいた時はこんなに楽しい生活を送ったことはなかった。ギュイーズの手先に捕まってからは言うまでもない。
貴明たちに助け出されてから数日しか経っていないが、フィーネは今までの人生の中で今が一番楽しいと胸を張って言える。ヴェルディアでもラービアでも、フィーネは碌に笑ったことがないのだ。
しかし今は違った。自分より1歳しか違わないのに想像を絶するレベルを誇りみんなを引っ張る貴明。落ち着いた雰囲気と経験に裏打ちされた自信でみんなをまとめるガリウス。同い年でフィーネを見るたび顔を赤らめるユリウス。ほかにも豪快な性格ながら気配りができるグレンやほかの冒険者たち、弟や妹の様に可愛くフィーネによく懐く子供たち。彼らに囲まれた今の生活でフィーネは笑顔を絶やさない日はなかった。
ついに始まったナユタとイリスの模擬戦を観戦しながら再び貴明に視線を送る。貴明は試合の様子を穏やかな顔で見守りつつ、何かあればすぐに行動できるよう注意を払っていた。よく見ればユリウスやグレンなども同様に彼女たちが怪我をしないか注意深く見守っている。
その様子を見たフィーネは、常に自分たちのことを気にかけてくれている彼らに改めて感謝しつつ、改めて貴明のことを思い浮かべる。
フィーネにとって貴明という人間の位置づけはいまだあやふやなものだった。自分をつらい境遇から助け出してくれた人たちの一員。さほど歳が変わらないにもかかわらず歴史にも登場しないほどの高レベルを誇り、それなのについ先ほど冒険者になったばかりの異色な存在。
聞いたところによるとこのリベラ大陸とは違う大陸からやってきたらしいが、詳しい話はほかのだれも全く知らないらしい。
そういうこともありフィーネは当初貴明に対して警戒していたのだが、いざ一緒に行動してみると不思議と貴明に対する不信は感じなくなった。貴明ほどの高レベルな者を前にすると緊張を強いられそうなものなのだが、逆に安心感を覚えたのである。
さらにフィーネが貴明を観察すると、普段は歳の近いユリウスと談笑することの多い貴明の表情に、時折寂しさが浮かぶことに気付いた。それは貴明が日本のことを思い浮かべているときなのだが、事情を知らぬフィーネはなぜ貴明がそのような顔をするのかわからなかった。
それ以来フィーネはサーシャたちと一緒に訓練をしつつ、それとなく貴明に話しかけるように心がけた。妹分のサーシャやイリスたちが貴明に好意を抱いているのはバレバレだったため、彼女たちを貴明にけしかけながら交流を深めていったのである。
(でもわたしも気を付けないと、サーシャちゃんたちと彼を奪い合うことになっちゃうかな?)
フィーネの視点から見ても貴明はなかなかいい男だ。今のところそのつもりはないが、もし今後貴明にほれ込んだ場合、妹分たちと熾烈な奪い合いが発生するかもしれない。
「ウフフ、それはそれでいいかもしれませんね」
「何か言ったか?」
フィーネの呟きが聞こえた貴明が反応する。
何でもありませんよ、とだけ返し、フィーネはイリスとナユタの試合に今度こそ集中した。
彼女たちの戦いはまだまだ続きそうだった。
まだフィーネフラグはたってません。