第4話:別れのとき
空はどこまでも青く澄み切っている。
僕はもうすぐこの島を出ることになる。それは期待でもあるし、少し寂しい気もする。
「……そろそろだ。心の準備をしておけ」
僕は魔王が飼っているドラゴンで大陸まで運んでもらえることになった。この島から最も近い、レーメルという国まで。
「そうだ、これを渡しておこう」
そう言って魔王が差し出したのは指輪だった。ドクロマークの両目に小さな宝石がはめ込まれている。見るからに怪しげでいかにも魔王らしい。
「あ、ありがとうございます」
あまり喜べないけれど、僕は必死に笑顔を作った。
「絶対にそれを身に着けてはならんぞ」
「なんでですか?」
まぁ、言われなくても装備しないけど。
「呪われたアイテムだからな。身に着けた者は金縛りで動けなくなるのだ」
少し呆れてしまった。そんな危険な物を渡されても扱いに困る。
「はぁ、大事にします」
僕はため息混じりに言った。指輪を、クリスタルよりも丁寧に皮袋に入れた。
「お、やっと来たか……」
空には真っ黒なドラゴンが大きな翼を広げていた。ゆっくりと僕たちのもとへ降りてくる。
「魔王様、お待たせしました」
地面に降り立ったとき、ドラゴンがそう言ったので、僕は驚いてしまった。ドラゴンの中でも特に知能の高いものは言葉を話す。それは知っていたけれど、実物を見たのは初めてだ。
「うむ。さっそくだがこいつを……アルフを大陸まで送り届けてほしい」
ドラゴンはゆっくりとその目を僕に向けた。少しの間凝視されて、僕は戸惑った。
「に、人間ですか?」
ドラゴンが魔王に尋ねる。人間を乗せたことなんてないだろうから、驚くのも無理ないだろう。
「ちょっと事情があってな。運悪くこの島に来てしまったんだ」
魔王は運悪くって言ったけど、僕はこんな始まりも悪くないと思った。
ドラゴンは少し沈黙してから、
「わかりました。お任せください」
ゆっくりそう言った。
いよいよ別れのときがきてしまった。最初は魔族の島なんて早く出たいと思ってたのに、どうしてだろう。もう少しだけここにいたいって思うのは。
「アルフ……元気でな。無事を祈っている」
魔王が言った。本当に小さな声で。
「あの……少しの間だったけど、ありがとうございました。いろいろと……」
僕は言いたいことの半分も言葉にできなかったけれど、それでも魔王は笑っていた。
魔王との冒険は、本当に一瞬だった。一瞬だけど、忘れられない冒険。これから先、もしも辛いことがあったらきっと思い出そう。
「そろそろ行きましょうか、アルフ様」
そんな呼び方をされたのは生まれて初めてだった。礼儀正しいのはいいけど、ちょっと恥ずかしい。
ドラゴンの背中はあまり乗り心地が良くなかった。いつか授業で行った荒野の地面の感触を思い出させる。
「頼んだぞ、ウィル」
そのドラゴンがウィルという名前だと、僕はそのとき初めて知った。
「はい。それでは行きますよ。しっかり捕まってください」
どこに捕まればいいのか迷ったけれど、とりあえず首の付け根のあたりをしっかりつかんだ。
ウィルの体がゆっくりと上昇する。それにつれて、地面が僕から遠ざかっていく。
もう後戻りはできない。また戻ってくるとしても、いつになるかわからない。
「また来ます! 友達もたくさん連れて! 必ず来ますから!」
思わず叫んでいた。もうかなり魔王が小さく見えるところまで来ていたから、声は届かなかったかもしれない。魔王の顔は見えないけど、きっと笑ってくれているだろう。僕も笑っているから。
あっという間に、僕たちは雲の近くにいた。ウィルが黙っているのは、僕に気を遣っているのかもしれない。だけどもう大丈夫。さっきまでは寂しかったけれど、今は新たな旅立ちに自信を持って進んでいこうと、そんな気持ち。
「あの、ウィルさん」
僕は沈黙を振り払うようにその名前を呼んだ。
「ウィルで構いません。敬語を使われるのは慣れていませんから」
ゆっくりとした口調。かなり落ち着いた雰囲気。ウィルは何歳なんだろう。
「じゃあ、ウィル。レーメルまではどのくらいかかるの?」
「すぐに着きますよ。あまり人気の多いところでは騒ぎになりますから……森の中で降ろしましょう」
眼下には、真っ青な海ばかりが広がっている。少し傾き始めた太陽の光を受けて輝く水面を、いくつもの波が漂う。空から見下ろす海には、浜辺で見るのとはまた違う迫力があって、見飽きることはない。
「ウィルっていう名前は、魔王さんが付けたの?」
ウィルはまっすぐに前を向いたまま。よそ見していたら危ないから当たり前だけど。
「えぇ、そうです。正確にはウィルドラントというのですが。それを縮めてウィルです」
魔王にしてはなかなか素敵な名前をつけたもんだ。それにしても、なんだか落ち着かない。
「あの、ウィル……僕も敬語はあまり慣れてないんだ。だから……」
「アルフ。……で、いいのですね?」
本当は語尾のほうも直してほしかったけれど、きっとウィルにとってはこのままのほうが自然なんだろう。
「うん、ありがとう」
だから、それ以上は望まないことにした。
少しして、遠くのほうに陸地が見えてきた。
「アルフ、レーメルが見えてきましたよ」
レーメルは豊かな自然に包まれた平和な国。遠くからでも、美しい緑色がよくわかる。
「うん。ウィル、僕、楽しみで仕方ないんだ」
これからどんな出来事が、そしてどんな出会いが僕を待っているんだろう。
そんな期待を膨らませる僕の視界に、緑の国はどんどん大きくなってくる。
これから、アルフ君はレーメルという国を旅します。登場人物もどんどん増えていくのでお楽しみに☆★