鬼切花雪の女の子計画
森の中、月明かりの差す開けた草原の真ん中に一人の少女が正座していた。
体の横に鞘に納めた刀を置いて、瞼を閉じてじっと、何かを待っているようだった。
ひゅーっと吹く風に黒く長い髪の毛が靡く。一つに結われた髪の毛の房があちらこちらに踊る。
途端、彼女の周囲に異様な雰囲気が漂った。
優しく夜のひんやりとした空気を運んでいた風は木々を揺らし大きな音を鳴らす。そしてどこからともなく異形の生物が現れた。
「来た…!」
二足歩行で辺りの木と同じくらいかそれ以上の背丈、筋骨隆々な肉体、額に大きな一本角。それは古から日本の人々の生命を脅かしていた鬼だった。
その鬼は未だ正座を続ける彼女に向かって太い腕を伸ばした。
だが彼女は目にもとまらぬ速さで刀を抜きその腕を弾き飛ばす。
それが合図となって、俺は少し離れた草むらから飛び出し手にしていた火縄銃のような古臭い見た目をした銃を二、三発撃った。
内部構造は現代的でトリガーを引くだけで発砲できるが、いちいち弾を装填しないといけないところはアップデートされていない。なんでここだけ昔なんだよ。
文句を垂れながら撃った三発のうち、二発が鬼の背中に命中しそいつは少しよろめいた。そして態勢を崩し、頭の位置が大分下がった。彼女はそこを一閃。
鬼の太い首を撥ねた。
鬼はぴたりと動きを止めた。
雨のように飛び散る血を意にも介さず美しい所作で刀を収める。
「やっぱすごいな、花雪」
俺は羽織っていた上着を傘の代わりにしながら彼女、織ノ夜花雪に話しかける。
「いつも通りだ、こいつは動きも遅いし首も柔らかかった。…ところで大央。銃声は三つ聞こえたのだが、二発しか命中していないように見えたぞ」
「んな、見えてたのかよ…」
「侮られたものだ。いつも言っているがしっかり集中しろ、危険に晒されるのは私なんだからな」
任務を終えそく反省会。まったくなんとも厳しい相棒だ。
「てか、血すごいぞ」
花雪の髪の毛や衣服に先程の化け物の血がびっしりと跳ねていた。花雪はそう言われ顔周りの髪の毛を手で持ちながら言った。
「おじいさまはこれが鬼切としての勲章だと言う。お前こそまたそうしているとおじいさま方に怒られるぞ」
花雪は上着のおかげでほとんど血を浴びていない俺を見て言った。
「俺は本家じゃないからいいんだよ。花雪みたくどんなところにも気を配る必要がないんだ」
花雪は俺の言葉に、
「まぁ、それもそうだな。お前は分家の人間だからな」
少し遠い目をしながら答えた。
「…血浴びたらシャワー面倒だろ、他の人呼ぶから一旦離脱してうち寄ってさっさと風呂行って洗濯もしていけ」
「だがな…」
「いいから行けよ」
「…ああ、すまないな。毎度毎度恩に着る」
花雪は軽くお辞儀をするとさっさと歩き出す。
大変だな。女の子だってのに長女って理由で鬼切を任せられて、時代錯誤なやつらのよくわからん価値観を押し付けられて。
なぁ花雪。お前が四六時中笑顔でいられるように、無理して冷酷であろうとしなくていいように、なんとかできねぇのかな。俺がどうにかできたらいいのにな。
「おはよー大央」
朝を迎え、学校。もう騒がしい教室に入ると仲の良い友人が挨拶をしてきた。
「おう藍弥…ふぁあ、おはよ」
「眠そうだね。昨日も鬼切?の仕事だったの?」
「ああ。俺は鬼切じゃなくて追付だけどな」
目の前の席に座る藍弥に説明する。
古より人の情念や怨念から生まれるとされている鬼。鬼は放っておけば人を喰らうためその鬼を討伐する鬼切という存在がいるのだが、鬼切は織ノ夜家、またはその分家で生まれた長子か余程の才能の持ち主でなければ願ってもなれない。
「それで俺は分家なんだけど、長男でもないし刀の才能もなかったから追付っていう鬼切を補佐する立場なんだ」
「へぇー…前にもちょっと聞いたけどほんと大変そうだよね…鬼の討伐以外もというか」
「まぁそうだな、色々めんどくさい。主にしきたりだなんだっていってくるおじいちゃんたちが」
俺の話に藍弥が苦笑していると、急に教室中がわっと湧いた。多分花雪が登校して来たんだろう。
戸の辺りに視線をやると案の定花雪がいた。背中に竹刀をいれるようなケースを背負っているが、あれには急な鬼の出現に備えて刀が入っている。俺も同じようなケースに銃を入れている。
だがそんな事を知る由もないクラスメイトたちは花雪に挨拶しに行ったり、遠巻きに見つめては可愛いだなんだと言っている。
花雪はそれに笑みを浮かべながら対応していた。
「花雪が鬼切なの?」
「そう。あいつは織ノ夜家の長女だからな」
「そっか、大変なんだね…」
「そうだな、あいつは大変だ」
そうして花雪の話をしていると、彼女が隣の席までやってきてその席に座りながらこちらを向いた。
「おはよう大央、藍弥」
昨日の冷たい人形のような雰囲気ではなく、普通の、ただの女子生徒のような雰囲気で挨拶をしてきた。
花雪は鬼切だということを周りに隠している。小さな頃から修業に明け暮れていて友人たちが遊んでいる中彼女はずっと刀を振っていた。今は多分その反動で普通の学生、普通の女の子らしいことに憧れている。昔も認知されていたわけではないが今は絶対バレないようにと気を付けている。
なので小さい頃は習い事で忙しい子、今は由緒正しい家に生まれた美人で人当たりのいい女子生徒で通っている。
藍弥は俺の小さい頃からの友人で信頼できるため、俺の事も花雪の事も伝えてあった。
「おはよう」
「おはよ、花雪」
「大央、昨日は助かった。ありがとう」
気にするなというように片手をひょいっと上げて応えた。
「そうだ大央。ははう…お母さんから普段からお世話になってるからと」
花雪はそう言ってクッキーの入った小包を渡してきた。
「そんな、気にしなくていいのに。ほんと花雪の母さん律儀だな」
「でも実際世話になっているからな。なんか美味しいところのやつらしい」
だから気にせず受け取ってくれと言われたのでありがたく受け取る。
するとなんだか周りの女子たちがきゃーきゃーしていた。
「ん、なんだ?」
花雪はきょろきょろと周りを見回していた。
多分周りの女子は花雪が俺の事を好きなんだと思っている。何かと話しているし、帰りもお互い用事が無ければ一緒だから、周りには好きな人に手作りクッキーを渡してるみたいなシチュエーションに見えてるんだろう。
「お前の事、可愛い女の子に見えてんだよ」
「本当か?今女の子っぽいのか!?」
なので適当にそう言ってあげると花雪は身を乗り出してきた。
「ああ、作ったクッキーを友達に渡してるように見えてるだろうよ」
そう言うと花雪は昨日と違って下ろしている髪の毛を頻りにいじり始めた。こいつの女の子らしさのレパートリーの一つだ。
それを面白いなと思いながら貰ったクッキーを一口食べてみる。チョコチップがまばらに入っているクッキーはザクザクと楽しい食感で確かに美味しかった。
「藍弥、これうまいぞ」
そう言って藍弥に一つクッキーを渡した。
藍弥もそれを小さく食べるとほんとだおいしい、と食べ進めていた。
「花雪も食べろよ」
「え、何をだ?」
「クッキーだよ、うまいぞ」
一つ手に取って花雪の前に差し出す。すると花雪は少し何かを考えてから口を開いた。
何か言うのかと思って待っていたのだが花雪は何も言わない。なんとも間抜けな顔だ。
「おい大央、お約束を知らないのか?」
「え、なに?」
「こういう時はあーんなんだろ、それが女の子っぽいんだろ?」
だから早くと言ってまた口をぽかんと開けた。
正直一口でいくには中々のサイズだったし、俺的には女子が男子にするものだと思っていたのだが開けた口を塞ぐ気はないらしいので思い切って放り込んでやった。
その様子に辺りの女子だけでなく男子、藍弥までもがおおっと声を上げていた。恥ずかし…。
口の中の大きなクッキーに花雪は苦労しながらも、もぐもぐと小さく砕きながら味わっている。
「んぁ、たひあに、おいひぃ」
「食べ終わってから言え」
でも本当に美味しいようで、昨日は見られなかった笑顔を浮かべながらそう言った。
花雪は可愛い女の子に見られるように努めているが、今の素の姿はどこから見てもただの女の子だった。
「大央、今日は何か用事あるか?」
「今日は何もねぇ、帰るか」
そう言って鞄を持ち教室を後にする。
「今日も見回りは俺たちだったか」
「そうだな…正直、中々堪えるよな」
花雪はぐぐっと伸びをしながら言った。
昼間は学生じゃない鬼切が見回りをしているので、学生の俺たちは学校が終わった後に見回りをすることになっている。
追付や、鬼切の一つ下の小切だけで見回りに出ることもあるが、大抵鬼切の方が鬼や鬼が現れる前兆、鬼門の探知が上手なので大体鬼切が見回りに出ている。
「頭使った後に体使うのはな…まぁでも今日は何も連絡無いし、いないんじゃねぇか?」
「だが出ないという確証もないからな…」
「まぁ結局気を張ることには変わりはないか…。俺は探知も下手で基本遠くから援護するしかできねぇから…」
出来ることなら花雪の立場を変わってやりたいと何度思った事か。
でもこればかりは変なしきたりと俺の実力不足のせいだから何とも言えねぇ…。
「そんなに卑下するな、私はいつも助かってるぞ。昨日もその前も」
それに、と花雪は続けた。
「大央が私の追付で良かった」
そして頭を少し上に向けて俺を見上げ、目を真っ直ぐ見てそう言ってくれた。
「へ…?」
「知らないやつだったら嫌だしな。年上なら命令もしづらかったろうから」
「なんだよ、んなことかよ。花雪なら関係なく言えそうだけどな」
「そうでもないぞ。私だって緊張するからな」
花雪はまた上目遣いで少し怒った様子を見せながら言った。
やっぱり、ただの可愛い女の子に見える。ただ、家と血筋のせいで面倒な運命を背負っているだけで。
これを伝えたら、花雪は喜ぶのかな。でもこいつのことだ、私は鬼切だからと自分を律したりしそうだ。
一人でそんな事を考えながら、昇降口で上履きを履き替えた。
落ちかけている日が世界を橙色に染めている。綺麗なのに、これからまた命を賭けてあんな奴らと戦うことになるかもしれないと考えるとなんとも憂鬱だった。
「大丈夫か?大央。酷い顔してるぞ」
すると花雪が俺の顔を覗き込んでいた。
そんなに酷かったかと手で自分の顔をペタペタ触る。
「ふふっ、触ってもわからないだろう」
そして目線より少し低い位置に見える花雪が微笑んだ。だから、これを見られなくなるから憂鬱なんだ。
「悪ぃ、考え事してたわ」
「ったく、心ここに在らずだな。ちゃんと兜の緒を締めろ、私が大変になるんだからな」
「悪い悪い。しっかりリボン結びしとくわ」
「ふふっ、そう言うとなんだか可愛く思えてしまうな」
二人で顔を合わせて笑い合う。
この光景はさぞ、他の人から見たらただの高校生に見えるだろうな。
お互い家に帰って、装備を整えた時間になったらいつもの場所で落ち合う。
「追付、田浦大央ただいま参りました」
「ああ、ご苦労。よし、装備もしっかり揃ってるな」
街灯の下で待っていた花雪に跪きながら挨拶をすると、花雪もいつものように装備に不備がないか細かく確認する。
「それじゃあ今日も、生きて帰るぞ」
そして、至って真剣な眼差しで言った。
「ああ、生きて帰ろう」
それに応え、自分にも言い聞かすようにそう復唱して二人並んで歩き出す。
昼間には柔らかな印象を受けたその横顔も、今は何の感情も読み取れない。
「大央も分かっているとは思うが、今日は鬼の発見報告もそれらしい痕跡も無かった。だからと言って油断は禁物だがこういった時に気持ちを休ませておけ」
「昼はあんなこと言ってたのにか?」
「私は大丈夫だから心配するな。家に帰ってからも少し休んだ」
「だけどほんとに疲れてんだろ?」
「だから心配するな。それに大央の探知じゃあ不安だ」
花雪は、学校にいるときとは別人のように振る舞っていた。あくまで鬼切と追付、宿命を背負った者と才能もなにも持たない者というように。
だがそれは紛れもない事実だったので、言い返すことも何か行動を起こすこともできずに黙ることしかできなかった。
花雪は、ただ前を見ている。多分感覚を研ぎ澄ませて鬼が現れた痕跡などを探しているんだと思う。だから会話がすぐ終わるのもぶっきらぼうにあれこれ言われるのも仕方ない。それがいつも通りでもあった。
「…大央」
だけど珍しく会話が続いた。
「…なんだ」
「今のは言いすぎた。…すまん」
「…謝んなよ、追付に」
「今のは大央に謝っただけだ。鬼切ともあろうものが追付に謝ったりなんぞするか」
実際はそうだな、圧倒的な権力の差があるからな。
でも見回りについていてもこうして友人として名前を呼んでくれたことが嬉しかった。お偉方がいたらぶっ飛ばされてそうだけど。
瞬間、花雪が刀に手を伸ばした。
少し遅れて俺も異様な雰囲気を察知して背中に背負っていた銃を抜いて体の前に持ってくる。
「大央、おそらく学校だ」
そしてすぐさま走り出した花雪に聞こえてるかわからないが返事をしてついていく。
学校まで1kmくらいはあるのに俺でも感じ取れた。昨日よりも大分大物か…。
走り続けて三分ほど、花雪が先に校庭の方に見えたのでそちらに向かうと昨日と似たような背格好をしたやつがいた。
「大央、私に合わせろ」
花雪はそう言い残すとこちらを認知している鬼に向かって颯爽と駆けた。
低い姿勢で走りながら刀を抜いた。こういう時はまず足を切る。そう思いとろい動きで伸ばした腕に三発お見舞いする。
今度は全弾命中して鬼がよろめいた。その隙に花雪は右足を切断、くるりと回って右腕も。
「よし」
次弾を装填しながら、先ほど感じた雰囲気的には苦戦を強いられるかと思ったがこの調子でいけば余裕だな。と考えていた。だがもちろんそんなわけはなくて。
花雪が鬼の首に向けて刃を振ろうとした時、何かに気が付いたように目を見開いた。
「大央、そこに人がいる!」
花雪が刃を止め指を差した。そのせいで隙が生まれ、花雪は鬼の左手に吹き飛ばされる。
校庭に叩きつけられ土煙が舞った。
「花雪ッ!」
花雪も心配だが優先するは一般人の命。花雪の指差した方向を見るとそこには一人の、この学校の生徒だろうか、女の子がいた。そしてすぐそばにもう一体の鬼。
それを見て先ほど感じた強大な雰囲気の正体がわかった。そもそもの個体も昨日より強いが、二体の雰囲気が混ざっていたのだろう。
女の子は鬼からなんとか逃げているが途中で何かにつまずいたのか転んでしまった。
「くそっ!」
俺はもう一体の鬼に向かって二発撃ちこんだ。命中して鬼はこちらに注意を向ける。花雪は最初の鬼と戦っている、俺がやるしかないか。
炸裂弾を使えばもしかしたら頭を吹き飛ばせるかもしれないが、確信はなかったしかなり広範囲まで爆風がいく。あの女の子も危ないかもしれない。
だから走り出して銃を背中に戻し、花雪のと比べたら刀身が短い短刀を取り出し鬼に近づく。
これで戦ったことは無くはないが、あの時は小型の鬼だった。でもそんな悠長なことも言ってられない。刃渡りが30cmにも満たない刀で足を切りつけた。
腕がそこまで迫っていて避けることにリソースを割いたせいもあるが、花雪のように一撃で切断は出来なかった。というかこんな刀じゃあ切断は出来ないかもしれない。
それでも痛みに鬼は呻いている。その隙にまた銃を構えて顔面に数発撃ち込んだ。
そうして鬼は手で顔を抑えながら跪いた。背中が丸まって滑り台を逆から上るように頭まで行けると思いそれを実行した。
この短刀じゃあ首を撥ねるのは難しい。だがこの好機は逃せないと思い全力で刀を振るった。
刃は首に少しめり込むとそこで動きを止めた。更に力を加えても先に進む気配は無い。
「くっそが…!」
くそっなんだ、これは俺の実力不足か?それとも追付には大型の鬼の首も切れないほどやわい刀で十分だと言い続けるくそじじい共が悪ぃのか?それともなんだ、なんなんだ、覚悟でも足りねぇってかよ?
さっさと鬼の体から降りて策を練り直せばよかったものを、もう焦りでまともな思考が出来ない頭は刀を収めとりあえず銃を取り出して一発撃った。それは頭を貫通したかと思われたが鬼はなんとも言わない。
そのまま体を支えていた左手を俺に伸ばして力強く掴んだ。
「ぅぐぁっ!」
体が大きいからか、軽く握られただけで骨が砕けていそうな痛みが全身に走った。
でも手から銃は離れていない。なんとか炸裂弾を取って装填できれば、この至近距離ならいけるかもしれない。
そう思い大きな掌の中でもぞもぞと体を動かす。だがそれを脱出しようという抵抗と受け取ったのか、体を締め付ける力はどんどん強くなっていく。
「ぁ…」
もう外側からの力で勝手に息が漏れ、それが声帯を揺らしているのかと思うほど微かな声しか出なかった。
あんなに花雪の代わりになれたらとか思ってたのに、こんな呆気なく終わんのか。
ふと、女の子と目が合った。恐怖に怯えている。
ふと父が昔言ってくれた言葉を思い出した。
お前は追付以上にはなれないかもしれない、でも恐怖から人を守ることには変わらない。だから信念を持って抗え。
この世界では俺は上部の人間から蔑まれるだけでも、世間一般からしたら力を持ってる。ならその力を、力無いやつの為に振るうべきだ。目の前で誰か死ぬなんて怖いだろうしな。
冷静なのか熱でも出て情熱的になっているのかわからない頭でそう思い、持っている力を振り絞る。
さすがに手の中から脱出はできない、だから狭い空間の中刀を抜いて目の前に見える指に突き刺す。
鬼はまた痛みに怯んで俺を解放した。
多分二階くらいの高さがあったんだろう、地面に衝突すると全身に痛みが走ったが、先程までの苦しみと比べると何ともなかった。
「こっからどうするか…」
なんとか脱出できたものの満身創痍だった。このままではカッコつかないじゃないかなんて思っていると颯爽と人影が一つ現れた。
そしてそれは大きく跳ねて鬼の首を一閃。吹き飛ばした。
「すまない大央、遅れた」
そしてその人はくるっと回転しながら地面に着地すると何事も無かったかのように立ち尽くす。
先程まで花雪がいたあたりを見ると首を切られ消滅寸前の鬼が横たわっていた。
「ほんと、遅せぇよ」
「だからすまんと言ったろう」
助けてくれた花雪に冗談を飛ばすが、正直体が痛すぎるし視界も少し霞んでいる。
そんな眼で花雪を捉えると、花雪もまた体の所々に痣やら何やらがあるように見えた。
「花雪でも苦戦したか…?」
「ああ、昨日よりは強かったな。というか無理するな、もう満身創痍なのは見てわかるぞ」
「おう。…俺が倒れてても、追付だしなって言われて終わるしな。ちょっと寝てるわ」
そうして目を閉じ、花雪に介抱されながら体を硬い地面に預けた。と思ったが何やら頭に柔らかいものを感じた。
「あの、よければここ使ってください。私の事守ってくださって、お返しというか…私にも何かさせてください」
この声は先程の女の子だろうか。もしかして膝枕というやつだろうかと思い目を開けるとすぐそこに先程の女の子。
「え、あ、ああ。じゃあよろしく頼む」
そして花雪は何だかおろおろしている。何だ、私にもその女子っぽい事させろとか言いたいのか?
ほんと、可愛いヤツだな…。
目が覚めると白い天井、多分花雪の家だろうなとすぐ思った。今寝かされているのも布団っぽいしな。
節々痛む体を起こすと、枕元に花雪が正座していた。
「追付の事なんかほっとけよ。上になんか言われるぞ」
起きた事には気づいていない様子だったので、話しかけてみる。
「ん、起きたか。別に何を言われようが構わん」
今の花雪は学校にいる時の雰囲気に近い気がした。
「それより、大丈夫か?私が彼女に気づけていればもっとやりやすく動けていたかもしれないのに…」
「お前は悪くねぇだろ。一人でやれなかった俺が悪ぃ、てか普通に男として情けねぇよ…」
知らない子ではあるが女の子の前で醜態を見せてしまった事を悔やむ。最終的にも花雪に助けられてしまった。さすがにちょっとは良いところ見せたかった。
「何を言う、追付で大央ほど動けるやつはいない、ましてや大型相手だ」
むしろ褒められるべきだと花雪は言ってくれた。ちょっとだけ気恥ずかしかった。
鬼切が絶対のこの世界で認められることは少なかった。だから、相棒がこうして直々に褒めてくれるのは嬉しい。
そんな言葉をくれてありがとうとか言おうと思っていたら花雪は何かを悩んでいるようだった。
口元に手を当て、顔を少し下向きに何を考えているのかと思いきや突然顔を上げた。
「大央」
「え、なに」
「私がお前を褒める」
「は?」
いやさっき褒めてくれたじゃん、今度は何言うの。
おもむろに花雪は立ち上がると、突然枕をどけてそこに正座した。そして両手を広げた。
それが何を示しているか、一瞬でわかってしまった。
「いや、花雪、普通の枕の方が寝やすいかなー…なんて」
「来い」
問答無用だった。
さっき学校で俺が思ったこと、本当だったのかもしれない。
体を横にして仕方なく花雪の太腿の上に頭を乗せる。
先程は意識も飛び掛けで正直感触とかあまり覚えていなかったが、改めて膝枕をされると太腿の柔らかさと花雪の体温の温かさを感じられた。これは、何とも心地良い。居心地は微妙だが。
そうして感想を頭の中で述べていると頭にも温もりを感じた。
少し体を起こしてチラリと見ると、花雪と目が合ってしまった。俺の頭に手を置いているようだった。。
「大央、お前は強い。心も体も。いつも文句を言いながらもしっかりこなしてくれるし、私の願いも忠実に聞いてくれる」
そして、頭を撫でながら本当に褒めてきた。
いたたまれなさから、また体を横にして適当なところに視線を移す。
「どうしたよ改まって。まぁしおらしさは女の子らしいな」
「ふふっ、そうか?私は今女の子らしいか?」
「ああ。よくいる女の子だな」
「膝枕もずっとしてみたかった事の一つなんだ。大央にできて良かった」
直接は見えないが、多分優しい笑みを浮かべているんだろうなと声色で伝わった。
「このまま明日まで寝るか?大央」
「お前が正座で良ければな」
それもそうかと言って、もう一方の手も頭に触れた。
膝枕を終えてそのまま優しく床に頭を置いてくれるのかと思ったがそうではなかった。
代わりに上に感じている花雪の雰囲気が近くまで降りてきた。花雪の髪の毛も目の前に落ちてきて柔らかな香りが鼻をくすぐった。
左耳のすぐ真上辺りにいる気がする。花雪の熱を感じる気がする。
「大央、ありがとうな」
そして、俺の耳に直接囁いた。
「大好きだぞ」
そして今度こそ膝枕を終え、今度こそ優しく頭を枕に乗せ変えた。
「体も痛むよな、このまま泊まっていくか?」
「…いや、歩けると思う。お前の爺さんに会ったらなんか言われそうだし帰るわ」
「それもそうだな、じゃあ支度しろ。送っていくよ」
そう言って花雪は一度部屋から出て行った。ぺたぺたと廊下を歩く音が遠ざかる。
俺は体の痛みも忘れ布団から飛び起きた。
「だい…すき?」
その言葉が耳に張り付いていたからだ。
いや、花雪の事だ。昔から憧れてたとか言ってみたかったから言ったに違いない。そうだな、絶対そうだ。
でも、その言葉は先程花雪がくれたどんな褒め言葉よりも、胸に一番近いところまで歩み寄ってくれた気がした。




