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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

議事堂で朝食を

作者: 時輪 成
掲載日:2026/03/29


 これは、怪獣の出没する、パラレルワールドでの出来事です。

暴力シーンも性的シーンもあり、内容も大人向きの、15歳以上の読者を対象としたブラック·ユーモア·ミステリーです。


 名称や状況、あらゆる現実世界との類似点は、物語の舞台が「パラレル」ワールドであるがための類似で、それ以外の何ものでもありません。



用語説明


 経済制裁   国際法違反や武力侵攻などをした国にかけられる、貿易制限などの経済的規制。

 プロパガンダ 世論誘導のための、政治的宣伝。

 諸行無常   すべては変化し、永久不変のものはないという観念。

 ポリコレ   ポリティカル·コレクトネスの略称。政治的妥当性。

 スリーパー (本編では)他国に潜入しても、活動しないスパイや工作員。

 ハンドラー (本編では)指示役。

 ダーティ·ボム 放射性物質を含んだ爆弾。



 アイシャから、イーメールが届いた。

いつものように、遠い国に住んでいる、私の家族の近況から始まっていた。

父母のことはもちろん、今も健在な三人の祖父母についても書いてあった。

少し違うのは、五人いる妹弟の一人一人について、簡単ではあるが名前を挙げて書かれていることだった。

皆の元気な様子に、私はホッとした。

 いつもは政府に従順な祖国の人々も、激しいインフレに耐え切れなくなって、遂に表通りに出てデモを始めたのが数ヶ月前。

その後、一向に収まらないデモに政府は武力での対応を決め、インターネットを含めて一切の報道や通信網を遮断したのだった。

だから私には祖国で何が起こっているか分からなかったが、酷いことが行われているだろうことは想像できた。アイシャはきっと、私に気を遣って皆の生活ぶりを知らせてくれたのだと思った。

 メールを読み進め、最後の文章に私は、なぜか緊張した。

それは、「今度、議事堂で会いましょう」という言葉だった。

 議事堂は十年ほど前に、怪獣コジラによって破壊されたので、そのせいだったと思う。

北側諸国からの経済制裁を喰らって、どうしようもなく貧しい私の国でさえ、その様子を報道した。恐ろしい光景だった。その頃、私は小さな子供だったが、それでもはっきり覚えている。メールを読んで、私の脳裏には、議事堂にのしかかるコジラの姿が横切った。

その後、建物は再建されたと聞いた。怖かったが、行ってみたくもあった。


 今、私が住んでいるのは、舟の橋。

議事堂のある、日の元の首都にいたのは、数ヶ月前の、ほんの一週間ばかりの短い期間だ。

その後、色々な場所に連れて行かれ、やっと今の場所に落ち着いた。だが、落ち着いてからも私が行くのは、学生寮のある舟の橋と、そこからバスで行く学校、そしてサッカーフィールドくらいだった。

買い物は寮の近くのスーパーで済ませ、都内に一人で行ったことなどなかった。


 お分かりの通り、私は家族と別れ、一人で日の元で暮らしている。

事の起こりは、日の元で行われた女子サッカー国際試合に、私の国のチームが招待されたことだった。

もちろん、本番前のエキジビション·マッチである。

 私の国では女子サッカーの歴史は浅く、国際試合に参加できるほどの力はなかった。女性がスポーツをすることさえ、しばらく前まで禁止されていたのだ。男女共学などはなく、女は女学校で、神と政府、そして男に仕えるための教育を受けた。

ところが、数年前、突然のように女子サッカーチームが結成された。

一昨年、選考の最低年齢に達した私は、男子サッカーチームのコーチをしていた叔父のつてで選考会に行き、そして選ばれたのだった。

 男性の性欲を刺激する手足はもちろん、髪まで隠すユニフォームで練習した。砂漠である私の国の炎天下の中、お肌には良いかもしれないが、熱いなんてものではない。だが、私たち女性は耐えることに慣れていた。

しばらくして、近隣諸国の大会で名前が上がるようになった。

すると、保守的、封建的な私の国の女性がスポーツをできるようになったことを知った世界中の国々からも、注目されるようになった。

北側諸国で女性のスポーツが、テレビのゴールデンタイムにも放送されるようになった頃でもあった。

要するに世界的風潮を、私の国はプロパガンダの為に使うことにしたというのが、女性チームの結成された理由のようだった。


                    ***


 私たちは国際サッカー連盟から招待を受け、日の元の空港に到着した。

私は、海外旅行などしことはなかった。私のチームの誰も、そんな経験をしたことはなかった。だから小さな子供のように、皆、はしゃいでいた。

私の心も浮き立った。

だが、私には目的があったのだ。はやる心を懸命に抑えた。

日の元行きが決まった時から、家族とともに計画を練っていた。

だが、その計画をどのように実行するか、決定することは難しかった。状況次第なのだ。臨機応変に対応するしかない。

だが、VPNでソーシャルメディアを使えるとは言うものの、情報へのアクセスが難しい国に生まれ育ち、つい最近まで海外に行くなど夢にも考えられなかった私にとって、いつどこに転がっているかわからないチャンスをどう拾うか、考えるだけでも緊張することだった。


 私の国の神様は、全知全能の絶対神。

その神の使いたる人々が政権を握り、神の教えで国を支配していた。三権分立どころか、三権集中型の国家である。おまけに神様は男尊女卑、その神様が私に幸運をもたらすことなど、考えられない。

だから、ただの偶然だったのだろう。私たちの海外遠征の出発日のわずか数日前に、凄まじいインフレに音を上げた人々が、表通りに出て抗議デモを始めたのは。

都市で始まったデモは、あっという間に地方へも広まった。

 このようなデモは、前にもあった。

若者が中心になって、力ずくで国民を押さえつける政府に抵抗した。だが、デモは、すぐに国民軍によって潰されるのだった。デモに参加した人々は、行方不明になったり牢獄に放り込まれた。

廃人のようになって、牢獄から出てくる若者たち。人々は恐怖に支配され、国家を批判する声が大きく響くことはなかった。

 だが今回は、少し違った。

一ヶ所のデモが鎮圧されると、また別の場所でデモが起こった。若者だけではなく、老人でさえ参加した。経済制裁の上に重なる世界的なインフレで、皆、食べるにも困るようになっていた。飢え死にするか、政府に不満をぶつけて改革を迫るかの選択だったのだ。

 そのような社会情勢の中、私たちが出発できたことは奇跡に近かった。

デモのニュースは世界中に広がっていて、国際的行事への参加を中止したら、各国からそれ見たことかと嘲笑われるのを政府が恐れたからだと、私は思った。すべて平常通り、という政府の威信を世界に知らせたかったのだろう。

私にとってはラッキーなことだった。


 私たちは、日の元の空港で応援団に迎えられた。圧政から逃れ、母国を脱出した人々で構成された難民の応援団だ。

日の元で、母国語が聞けるとは思わなかった私たちは、ほっと一息ついたものだ。

私たちは、日の元の言葉など習ったことはない。

私がチームメイトと違うのは、国際共通語である大英国語が少し話せたことだ。両親の方針で、他の女性たちが受けられない学問を、私は習うことが出来た。

だから、出来る事なら大英国語圏を訪問したかったが、そう何もかも思い通りになるものではない。

民主主義の日の元に来られただけで、良しとするしかなかった。


 私たちは、ホテルに滞在することになっていた。小さな質素なホテルだったが、チームメイトたちは喜んだ。電子レンジやトースター、スイッチを押せばお湯が沸くヤカンすら、家にはない仲間もいたのだ。

応援団の一人が日の元語を通訳してくれたが、彼女がいないときの外部との会話は、大英国語が主流となった。キャプテンではないものの、国際共通語を話せる私を、チームの皆が自然に頼った。

 

 ホテルは四人部屋だった。だが、コーチと世話役は二人部屋。しかも少し広かったので、到着日の夜、私たちは彼らの部屋に集まった。

コーチと世話役は応援団長との会話に忙しく、私たちはただ、ソファーや絨毯の敷かれた床に座っていた。皆、少し不安そうに押し黙っていたが、徐々に会話が始まった。

話題は当然のように、母国での反抗デモ。いつもは直ちに鎮圧されるデモが各地に広がり、国民軍は手を焼いているようだった。

「私も彼らをサポートするような、何をしたい」

 誰が言い出したのか、もう覚えていないが、そんな声が上がった。

私たちは若く、理想に燃えていたのだ。何ができるだろうというチームメイトのつぶやきに答えるように、私は口を開いた。

「ね、試合の時、国歌を歌うの、やめない?」

 えっ?と皆、私をキョトンとして見つめた。

「武力で鎮圧されると分かっていながら、母国では皆が表通りに出て抗議の声をあげているのよ。遠く離れた日の元から、彼らの勇気を讃えるの」

 国の代表が、国歌斉唱をしないという重要性がわかるだろうかと、私は危うんだ。

だが、私のチームメイトは体は大人に近くとも、まともな教育を受けていない、深く考えることのない子供たちだ。

「あ、ちょっとクール」

「国際舞台で、世界中に宣言するのね!私たちにも、自由はあるって!」

「そうよね。北側諸国の人たちは、私たちを、ただ可哀想に思ってるだけだものね。私たちにだって誇りはあるって、知って貰いたい!」

 コーチが、応援団長と別れの挨拶を終えるのに気が付いた私は、

「コーチ達には内緒ね。大人の彼らが責任負わされたら、可哀想だから。明日の朝ごはんは、何だろうね」

 と話題を変えた。

 うん、うん、と皆、頷きあって、

「リカちゃん大国では、朝からステーキ、食べるっていうよ」

「私、パンケーキ食べたい!」

 と私に話を合わせた。


 初戦はラリア国だった。大きいばかりで、人の住める場所の少ない南半球の砂漠国。だが、政治的には北側諸国と深くつながり、女性の社会進出ではトップとも言える国だ。

加えて、ラリアの女子サッカーチームは、日の元のチームと同様、準決勝や決勝には必ず名前の挙がるサッカー大国だった。

負けるのは目に見えているが、胸を借りるという言葉もある。彼らから学ぶことは多いのだ。

サッカーフィールドに導かれ、私たちは、うきうきと誇らしく一列に並んだ。

 国歌斉唱、音楽が流れ始めた。

私たちは、背筋を伸ばし頭を挙げ、直立不動で立っていた。口を開くものはいない。ベンチ前に立っていたコーチと世話役は、ただあっけにとられて目を大きく見開いている。

音楽が止み、会場の片隅から大きな歓声が響いた。母国の応援団には、今、目の前で何が起こったか分かったのだ。

国際舞台で国歌を歌わない若者の胸の内を、理解してくれた。私の胸は高鳴った。応援団の歓声が会場の人々を揺り動かし、日の元の人々も何か大きなことが起こったことに気が付いた。サッカーフィールドに、雄叫びのようなものが響き渡った。

 試合が始まり、そして終わった。

野球と違い、試合時間が決まっているのが幸いだ。結果は惨敗。ハーフタイムにも、コーチのアドバイスはなかった。コーチと世話役は、まるで葬式にでも参列しているように体を固くして、何も言わなかった。

私のチームメイトが、それに気が付いたかどうかも疑わしい。キャプテンと私が積極的に発言して、彼らの心を高揚させる努力をしたからだ。

惨敗にもかかわらず、私たちは意気揚々と控え室に戻った。

ようやく世話役が口を開いた。

「国歌を歌わないだなんて、あなたたち、何をしでかしたか分かっているの?国に帰ったら、どういう扱いを受けるか、覚悟しているの?」

「だって、国では皆が表通りでデモをしているのよ。国民軍が催涙ガスを撒いても、必死に抵抗しているのよ!」

 誰かが、憮然とした面持ちで答えた。

「不特定多数の誰かが自国でデモをするのと、テレビ中継で世界中に放送される場所で、彼らを支援するジェスチャーをするのとは全く次元が違うって、あなたたちにはわからないの⁉」

「見なさい!あなたたちが、しでかしたことの結果を!」

 応援団長と話をしていたコーチが、タブレットを私たちの鼻先に突きつけた。

非国民!処刑しろ!との文字が並ぶ。

母国の国営放送は、ほぼ生中継でサッカーフィールドでの、私たちの行動を報道したのだ。私の頭に、帰国したばかりの私たちを取り囲む、武装した国営軍の姿が浮かんだ。

「私たちはただ、抗議デモに参加している人たちを、勇気づけたかっただけなの」

 誰かが涙声で言った。高揚した気分から一転して、崖下を覗いた子供のように皆、震えだした。

ど、どうしよう、と肩を寄せ合う。

「いつ、どこで、あんなこと決めたの⁉」

 世話役の声に、チームメイトは不確かそうにお互いを見つめあった。誰が言い出したのかを本当に覚えていないのか、それとも、仲間を庇う気持ちが働いたのかは、私にはわからなかった。

「アサイラム」

 私は緊張した声で囁き、そして応援団長を見た。

「それは、簡単なことではないのよ」

 その考えが、すでに頭にあったように、彼女は驚きもせず答えた。

 アサイラム·シーカー、つまり亡命希望者として、他国に住むビザを獲得するのだ。

「え?外国に住めるの⁉」

「あの恐ろしい国に、帰らなくてもいいの⁉」

 仲間が声を上げ、彼らの瞳に希望の光が宿った。

「日の元はともかく、母国と敵対する国からの申し出があるかもしれない。ともかく、メディアをフルに活用しましょう。ソーシャルメディアに、アカウントはある? あなたたち自身の言葉で、人々に訴えるの。宗教の名のもとに、虐げられてきた私たちの、声を聴いて貰うチャンスよ!」

 さすがに応援団長、人の心を高揚させる力強さが、声にも身振りにも表れている。

「準備はすでに、始めているわ。ともかく、応援団の他の人たちにも相談するから、あなたたちも自分の身の振り方をしっかり考えてちょうだいね」

 そう言って彼女は、部屋を出て行った。

 準備はすでに始まっている、そう聞いて私は、当然と思うと同時に、やはりほっとした。計画が、必ずしも実行できるとは限らないのだ。

同国人とはいえ、他国に住む人々の力を借りなくてはできないこと。しかも自由なコミュニケーションのままならない国で、始めた計画なのだ。ずれがあっても不思議ではない。

今のところ大きな問題は起きていないが、だからと言って、気を緩めるつもりもなかった。


 翌日になると、話題が話題を呼び、ある事ないことが報じられた。噂や誤情報に振り回されたくはないが、リカちゃん大国の大統領が誤情報の元となると、なんと考えていいかわからない。

彼の国が、反政府デモ隊に武器を供給する準備をしていると投稿したのだ。

 かく乱のためか頭がおかしいのかわからないが、彼は根拠のないことをどんどん投稿し、次の投稿でそれを否定するということを臆面もなく繰り返していたのだ。

「彼の言うことや投稿は、真面目に受け取らないことよ。行動だけに注目しなさい」

 と、数日後に、再びやって来た応援団長が言った。

だが、さすがに一国の大統領。彼は、私たちには大きな貢献をしてくれたのだ。

「何十年もの間、我々は、あの国が国民を虐げる酷い国だということを無視してきた。今、その国民が立ち上がり我々に助けを求めている。女子サッカーチームの若者たちが、国に帰れば糾弾されることを承知で、その勇気を国際大会で示したというのに、日の元では、彼女らに難民ビザを出すことも渋っていると聞いた。こんな情けないことがあるのか⁉」

 鶴の一声、大国大統領の一喝で、日の元の首相は態度を一転、私たちに難民ビザを出すとの申し出が伝わってきた。

私たちがそれを知ったのは、報道陣の集まった記者会見の現場でだった。

チームメイトは歓声を上げ、私も安堵のため息を漏らした。

日の元の行きが決まってから、緊張の毎日だった。やっと計画実現のめどが付いたのだから、当然だった。皆で抱き合って、喜び合った。

世話役は、無言だった。


 その彼女が、ホテルに戻るバスの中で言った。

「あなたたち、家族はどうするの?」

 笑い顔だった仲間たちの顔が、凍り付いた。

母国に残された家族がどうなるかなど、まるで考えていなかった小さな子供のような彼ら。

自分で考えることなどなく成長した女性たちが、異国に到着してから次々と変わる周りの状況に、ただ人の意見に振り回され重要な決断をしてきた。

その彼らが、いきなり冷たい現実を鼻先に突き付けられたのだった。

「ま、まさか、政府が私の家族に酷いことするの?」

「そんなこと、ないよね?」

「か、彼らは関係ないでしょう?私たちがしたことよ?」

 戸惑う彼らに、世話役は驚いたように言った。

「そんなことも考えずに、あんな大それたことをしたの?人を人とも思わないあの国で、糾弾されるのは自分だけだと思っていたの⁉」

 私には彼らが、遠い異国でしたことが、その日のうちに母国に伝わるとは考えてもいなかったと思えてならない。

反政府デモに加われなかった彼ら。

顔も体も隠し、男たちの機嫌を損ねないように自分を押し殺す毎日。日の元に来てその枷が緩み、少し大胆になった子供たちが、自分らの意見を言いたかっただけのこと。

 私とさして年の違わないチームメイトとはいっても、彼らは単純で純粋で、そしてナイーブといえば聞こえのいい、浅はかな頭と心を持っているのだ。右を向けと言われれば右を向き、嵐の過ぎ去るのを待って生き続けてきた。

教育もなく、考えることといえば、自分を大切にしてくれる男性に嫁ぐこと。男尊女卑の宗教国家では、有り得ない夢。それを夢見る小さな夢子。情けなくもあり、哀れでもあり滑稽でさえある。

 皆、あの記者会見の場で、日の元の首相に感謝し、今後の抱負を語ったのだ。ビザをすでに手にしたように喜び、これからもサッカーを続けたいと話したのだ。このことはすでに、母国に伝わっているだろう。

「反政府デモを支持する女子サッカーチーム、自由への切符を手に入れる!」というような、北側諸国の見出しが私の頭に浮かんだ。だが、母国では「神を恐れぬバカ女ども。家族共々、むち打ち刑にせよ!」と報道されるに違いない。私は家族の心配はしていない。彼らとは、、、小さな妹弟たちはともかく、少なくとも両親とは、十分に話し合っていたのだ。

チャンスを逃がすな、それが父の言葉だった。


 翌日、仲間の大半はビザの申し出を断った。家族が処罰されることを恐れたからだ。そして夕方には、あわただしく中継地に向けて日の元を離れた。

私とともに、日の元でビザを申請したキャプテンは、デモに参加した彼女の家族は、すでに逮捕されたり行方不明になっていると言った。母親と小さな妹だけは、難民キャンプに脱出できたようだったが、守りたい人が祖国にいない彼女に躊躇はなかった。

 このことについての母国での報道は、「腐敗した北側諸国のもくろみは崩れた!祖国を愛する選手たちが、彼らの誘惑を振り切り帰ってくる!」であった。日の元に残った私たち二人のことは、報道されなかった。

私たちの首に、懸賞金がかけられたと言う噂は届いたが、国に帰ったチームメートたちは、少なくとも表面上は糾弾を免れたようだった。

 私は、肩の荷が降りたような気がした。

計画的にしたわけではない。臨機応変に対応しただけだが、結果的には彼らの墓穴を私が掘ったようなものなのだ。

仲間の数人は、自分だけが悪いのだと総帥に嘆願すると、牢獄行きを覚悟で帰った。他の数人は、政府は私たちより、反政府デモの対応で忙しいはずだと楽観していた。


 その後、私やキャプテンには忙しい日々が続いた。住む場所や、今後の身の振り方を考えなくてはならない。

差し当たっては、日の元政府が生活を支援してくれる。だが、長期にわたって日の元に住むとなったら、将来のことを考えなければならない。

言葉の問題、文化や習慣の違い、そのようなことは、応援団の人々が協力してくれることになった。彼らはただのサッカー応援団というわけではなく、私の国から避難してきた人々で構成された、移住支援団体だったのだ。


                 ***


 私の国の、凍結された報道の網をかいくぐって、僅かな情報が入ってきた。

国民軍が、実弾を使って非武装のデモ隊に発砲している映像が!

死者の放置された広場、けが人であふれた病院、死体を前に悲鳴を上げる家族の姿、そして、北側諸国に助けを求めるプラカードを掲げた、無言の子供たち、、、。

私の目に涙があふれた。

なのに、北側諸国は沈黙のままだった。

彼らにとってはただの敵国、その敵国の庶民がどのような目に合おうと、自国民を犠牲にしてまで戦争を始めるつもりはないのだ。当然なのかもしれない。悲しいがそれが現実、、、。

 デモ隊は、鎮圧された。報道凍結は解除され、静かな街並みの映像がテレビに映った。私の心は沈んだ。


 だが、突然のように、敵対していた隣国イズラがミサイルを発射し、私の国の総帥ばかりでなく、側近の者たちも死んだというニュースが流れた。加えてリカちゃん大国も、原子力研究所やウラン貯蔵庫を攻撃した。

私の国で原子爆弾がもうすぐ完成するという秘密文書を、大国が手に入れたのが理由のようだった。

私の国は、総帥の死を否定しなかった。

彼の死を悼み、政府を支持する人々が町にはあふれている、そう国営放送は報道した。

 そんなはずはない、と私は思った。

総帥には影武者が沢山いるのだ。そんな彼が死んだことを否定しないのは、何かの計略だと思うのだ。

 記者会見に応じた国民軍リーダーは、「我々の組織は、北側諸国の考えているような軟弱なものではない。偉大なる総帥は死んだが、彼のご子息もまた偉大な指導者なのだ。その彼の下、我々は断固として戦う。非合法なこの戦いを、国際社会に訴える!リカちゃん大国は、この戦いを四週間で終わらせると豪語しているが、我々には、この戦争が一年続いても大丈夫なだけの武器と人材がある」と述べた。

そして、あきれたことに、戦争にかかわりのない他国の石油貯蔵施設を攻撃したのだった。ドローン群も発射され、近くの海峡を航行する数隻のオイルタンカーを無差別攻撃した。海に機雷を設置し、海峡封鎖を宣言した。

 近隣国との戦いに、大きく高価なミサイルは必ずしも必要ではない。昔の技術で作られ小型で安い代用品を、私の国は山ほど蓄えていたのだった。

対岸の火事とばかりに高見の見物をしていた北側諸国は、驚愕した。

リカちゃん大国の同盟国とは言え、戦いに直接関係のない国を挑発するような行為は、総帥を殺された国のパニックではなかった。

戦略的な意味があったのだ。


 石油生産国と消費国を繋ぐ海峡が、封鎖されたのだ。

石油の輸出入が止まると、燃料費が値上げされるだけではない。輸送を必要とする食料や資材の価格にも影響が出る。そして石油は、燃料として必要なだけではなく、プラスチックの原料でもある。紛争が長引けば電気製品や生活必需品の、すべてが値上がりするのだ。

石油生産国である、近隣の国々も震え上がった。

彼らが危惧したのは、食料の輸送が滞ることであった。海峡を通るのは、石油タンカーだけではないのだ。

 事実、海峡閉鎖という一報だけで、石油価格が一気に上昇し、リカちゃん大国の同盟国であるはずの北側諸国は、私の国との交渉を望んだ。

それどころか、私の国から塩水淡水化施設を攻撃された近隣諸国も、報復処置をとらないことが分かった。砂漠では水は貴重な資源、人々の生死にもかかわる重大な施設が、炎上した。それでも、近隣国は私の国を攻撃しない。

 これで、彼らに戦う意志がないことが、はっきりした。リカちゃん大国が主な敵で、もともと敵対していた隣国イズラはその尖兵。

本当の敵を確認するための、無差別攻撃だったのだ。

石油価格の上昇はもちろん、イズラの攻撃が続き、一般民に被害が拡大すれば、国際社会が黙っていないだろうとの予測もついた。

私の国の支配者たちは、国民を犠牲にして国際世論を動かし、リカちゃん大国の攻撃を止めようとしているのだった。そしてその計略は、成功しそうな流れとなっていた。

 だが、彼らにとっても、すべてが順風満帆というわけではなかった。

現体制に反抗し、近隣国で何十年も避難生活を続けていた人々が、武器を持って国境を越え始めたという。リカちゃん大国の大統領の投稿も本当だったようで、デモ隊への武器の供給が始まるという。反政府デモ隊は、反政府軍になりそうだ。

本当に、革命が起こるかもしれないのだった。


 「アメイル、議事堂に行ったこと、ある?」

 私は、私の頬を撫でる彼の手にキスして聞いた。

「議事堂そのものに、行ったことはないよ。どうしてさ?」

「怪獣に破壊されちゃったんだよね?あの建物?」

「うん。でも再建された。それに日の元の人たちは、怪獣が悪意を持っていたことを否定している」

「悪意?否定?」

 怪獣に、悪意も善意もないと私は思う。

「議事堂は地震で壊れる運命だったんだって。怪獣コジラは、人々に大地震を伝える為に、目覚めたんだって」

 そんなバカなこと、あるだろうかと私は思った。大地震で壊れるから、コジラは先に現れて、警告のため、それを壊した?そんなこと、納得できない。

あ、でもそういえば、、、と私は思い出した。

「ある種の鳥って、子育てしているとき巣を覗かれると危険を感じて、高まりすぎた母性愛のせいで、ヒナを殺しちゃうんだって」

「だったら、議事堂はコジラのヒナってことになる。理屈に合ってないよ」

 そう彼に言われて、私は少し萎んだ。

「あ、わかった!コジラの巣が議事堂の下にあって、そこに卵を産んでから地震が来るのがわかったの。危険を感じて、巣を壊そうとして議事堂も壊しちゃったの」

「そんな理屈ってないよ。こじつけとしか聞こえない」

 アメイルは顔をしかめた。

「それに、コジラってオスのはずだよ」

「爬虫類の中には、単為生殖するのもいるんでしょ?」

「まあ、コジラは恐竜みたいなものだし、恐竜は鳥の先祖だという説もある。頭はワニっぽくもあるし、ワニは爬虫類で鳥にも近いって言うから、習性が似ていても、おかしくはないかな?

でも、コジラの出現は、あの頃続いた原水爆の実験への警告という説もあるんだよ」

「原水爆への警告かぁ。私たちの国、本当に原爆を作るのに成功したのかな?」

「さあね。敵も味方も、軍部の言うことって、あんまりあてにはならないよ。前にもあったじゃないか?秘密兵器があるって信じて攻撃したけど、結局そんなもの、なかったってことが」

「コジラが知ったら、怒ってまた現れるかも。また、議事堂、壊されちゃう。その前に、見ておきたいな」

「日の元で作ったわけじゃあるまいし、そんなことで議事堂を壊されたら、とんだとばっちりだ。それにしても、議事堂に興味あるみたいだね?」

「自由に入れるって聞いたの。信じられない」

「まあ、僕らの国では信じられないだろうけど、この国の人々は、諸行無常の精神が根底にあるんだよ。それに、自由とは言っても手荷物検査はある」

「しょぎょうむじょう?」

 アメイルは、物知りだ。

説明してくれる彼を、私は尊敬の面持ちで見つめた。いくら見ても、彼の顔を見飽きることはなかった。なんて、きれいなんだろうと思う。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、、、不変なものは何もないという、遠い昔に書かれた、作者不明の物語*の冒頭さ」

 私は、彼の声も大好きだ。

 アメイルは、応援団の一員だった。

少し大英国語ができる私は、日の元語がわからなくても授業が受けられる、国際学校に通うことになった。そこで私は、ボランティアで日の本語を教えている彼と、急速に親しくなった。

 彼は子供の頃、家族と一緒に祖国を後にしたそうだ。難民キャンプで何か月も暮らし、ようやく受け入れが決まったのが日の元国。かなり戸惑ったそうだが、キャンプでの生活に疲れ果てていた祖母が心配で、家族と移り住んだのだった。彼は日の元の言葉を流暢に話し、それだけでなく日の元文化についても詳しかった。

 彼と知り合ってから、私は一方的なのセックスから解放された。男の欲求のはけ口ではない、優しい手や唇で触れられて、高揚する自分の心や身体を知った。

最初は恐ろしかった。身を固くする私を処女だと思ったのか、彼は優しくする、君が嫌がるようなことは絶対しないと言ってくれた。そして、彼は、本当に優しく暖かかった。

彼と過ごせる日を、私は心待ちにするようになっていた。

「議事堂に行きたいなら、今度、一緒に行こうよ」

「本当?」

「噓なんか言わないよ」

 彼が私の耳たぶを嚙むと、快感が全身に広がった。


 「リーアから、メールがあったよ」

 彼の腕の中、薄いカーテンの隙間から、沈んでいく夕陽が見える。

「リーアって、チームのキャプテンだっけ?西の京に行った?」

 そう、サッカーチームのキャプテンは、暫くは舟の橋の寮に一緒に住んでいたのだが、難民ビザを取得すると西の京に行ってしまった。遠い親戚がそこにいることが分かって、彼らを頼って行ったのだ。

「サッカー、やめたんだって」

「え?どうして?」

「サッカーでは、生活できないって。彼女の年と才能では、もう遅すぎるみたい」

 私は、彼女より若い。才能もアタッカーとしては、私の方が上。

だが、この国で、サッカーで身を立てるということは、私にも無理だと気が付いていた。

「アメイルは、どんな仕事に就くの?」

「難民を助けるような仕事に就きたかったけれど、両親は、そんなことはボランティアでやればいいって言うんだ」

「ご両親は、アメイルがいい仕事について、お金持ちになってほしいの?」

「金持ちはともかく、悲惨なことばかり見てきた彼らは、もっと平穏な仕事を選んでほしいと思っているみたいだ」

 ふ~ん、と私は呟いた。

私の今の夢は、アメイルと結婚すること。結局、私の夢も「私を大切にしてくれる男性と結婚する」という、夢子たちと同じだったのだ。それが悪いなんて、だれにも言えないはずだ。

「リーアは、親戚のしているベーカリーカフェを、手伝っているのだって。パティシエールになるのが、夢になったって言ってる。いつか、お母さんたちを呼びよせるんだって」

「観光地の傍なのかな?だったら、流行っているかもね。彼女のお店に行ってみたい。西の京は昔、この国の首都だった、歴史のある場所なんだよ」

「アメイルは、日の元の歴史や文化に興味があるんだね」

「寛大な宗教にも、興味ある」

 宗教と聞いて、私は身を固くした。それに気づいたのかアメイルは、

「あのね、この国の宗教は寛大なんだよ。いろいろな宗教が混在していても、互いを憎むこともない。平和に共存する方法を身に付けているんだ。それはきっと、元々この国に生まれた宗教が、多神教だったせいではないかと、僕は考えている」

「アメイルは、研究者向きだね。大学の教授とか目指したら?」

 彼は笑ったが、すぐに顔を曇らせた。

「僕らの国は、どうなってしまうのだろうね」

 反政府デモ隊が、武器を取って戦うようになって、何週間もたった。リカちゃん大国のミサイル攻撃で、戦闘機も戦艦も、石油施設さえ破壊されたというのに、私の国はドローンや移動型ミサイルで、近隣諸国を攻撃し続けている。リカちゃん大国の基地があるから、というのが理由だった。

この紛争が、大国の大統領が言っていた、一ヶ月や二ヶ月で終わることなどないと思えてきた。

 私は近隣諸国の対応にも驚いた。いくら戦争に加担したくなくても、無抵抗はないと思う。それとも彼らには、迎撃ミサイルがないのだろうか?

近隣の国々には、石油輸出で稼いだ莫大な資産があると聞いた。そのお金は、豪華ホテルやアミューズメントパークを作ることに使われ、消えて行ってしまったのだろうか?

彼らの石油に頼っている、北側諸国が守ってくれると思っていたのか?疑問ばかり沸いた。

「ラリア国は、コンサルタントとして特殊部隊を派遣するそうだよ」

 私たちのチームの初戦相手となったラリア国は、ポリコレ大国で、日の元以前に、難民ビザの発行を私たちに申し出てくれた。

本当は、大英国語圏であるラリア国に行きたかったが、難民ビザの獲得は、日の元で暮らしている私の国の組織と連絡をとって計画したことだ。彼らに世話になっている手前、やはり大英国語圏に行きたいなどと言うことは、あらゆる意味で難しかった。

それでも私は、ラリア国に関することは興味を持って聞いていた。

「ラリア国には、一か月分程度の石油しか貯蔵されてないそうよ。あの国では石油やガスを生産するのに、石油精製工場がほとんどなくて、外国から輸入しているのだって」

 アメイルは、また笑った。 

私は、こんなバカげた国ってあるのだろうかと思う。

戦争になれば、外国には頼れない。武力のほか、食料そして燃料の確保が勝敗の決め手となる。ラリア国は同盟国の助けを信じ、自由と平和に浮かれて、いざという時の蓄えがないのだった。いや、同盟国に助ける意思はあっても、その手段がなくなるとは考えてもいなかったのだろう。

情報戦争の時代とは言っても、情報の混乱や切断だけでは戦争には勝てない。最終的には、現地に行かなければならないのだ。

 他の北側諸国も同じなのだろうか?そんな、多角的視点も長期的展望もない国々の支援を受けて、私たちの国は、革命までたどりつけるだろうか?

「各国からの経済制裁で、輸出入のままならなかった僕たちの国は、そういう意味では自立しているね。しわ寄せは庶民に来るが、国民軍さえハッピーなら、それでいいという軍事宗教国家だ」

 いずれにしても、国としての在り方が、庶民生活に影響を与えるのは、どこの国でも同じなのだった。

「戦いの話なんか、やめよう。楽しい事、話そうよ。リーアに店の場所を聞いて、休みの時に西の京に行こうよ」

「議事堂が先よ」

「議事堂は、一時間で行けるところだ。今からだって行ける」

「でも、もうすぐ日が暮れるわ。私、中の見学もしたい」

「夜はさすがに入れないけど、今、国会は開かれていないから、日中ならいつでも入れるよ」

「予約とか、しないの?」

「確か必要ないはずだよ。レストランとかもあるから、そこで食事しよう。明日がいい?それとも、あさって?」

 アメイルとのデートが決まって、私は嬉しかった。


 議事堂に続く階段を登りながら、私は後ろを振り返った。階段の下は広場になっていて、大きな噴水があった。あそこでコインを投げればよかった、と私は思ったのだ。

水にコインを投げるという行為は、色々な国に、遠い昔からある風習だ。水は神聖で貴重なもの。そこに金や銀のコイン、あるいは宝石を沈めるのは、聖なるものへの捧げものなのだ。

私は、帰りにやればいいかな、とも考えた。

「これがコジラの爪痕?本当かしら?」

 階段には、立派な石の手摺がある。それを支える壁も、やはり石でできていたが、それには深いキズがついていた。大きな爪痕のよう見えるそれらのキズは、コジラの残したものだという解説がプラークに記されていた。

「中庭には、コジラの牙を保存した標本箱があるそうだよ」

「コジラは大地震の後、また眠りについたというのよね。どこで眠っているの?」

 アメイルは、知らないとでも言うように肩をすくめた。

「日の元湾に消えていったそうだ。どこに行ったか誰も知らないんだよ」

「もしかしたら、議事堂の地下深くの巣に戻ったのかも」

 昨日の会話を思い出して、私は言った。

「また、議事堂に危機が来たら、現れるのかしら?」

「議事堂はともかくとして、自分の巣が危険にさらされれば、現れるかも」

 アメイルは、私の手を取って階段を登った。

「あ、あそこで、荷物検査。果物ナイフなんて、持ってこなかったよね?」

 議事堂のロビーに入ると、彼は思い出したように言った。

 私がリンゴが大好きで、ランチボックスと一緒に小さな果物ナイフを学校に持っていくのを、彼は知っていたのだ。

「ここのレストランで、食事するんでしょう?持ってなんて来ないわよ」


 手荷物検査の警備員は愛想がよかった。ゲートのような金属探知機も通り抜け、難なく中に入った。

周りを見渡すと、大きな壁にコジラの姿が刻まれていた。

「思ったより小さいわ」

「あれは、三分の二の縮小図だよ」

「あ、そうか。あと三十三パーセント大きいと言うことは、、、」

 と吹き抜けの天井を見上げた。

「議事堂より大きい、ということさ」

「子供の時、議事堂のてっぺんに頭突きをくらわす、コジラの映像を見たわ」

「それは、僕も見た」

 本会議場はもちろん、ご休所も入れた。そして中庭にも行った。

「これがコジラの牙だよ。人間なんて、縦に串刺しに出来そうだ」

「レストランに、ケバブなんてあるかな?」

「よく、そんな連想ができるね?」

 とアメイルは、あきれたようだった。

「おなかすいちゃったんだもの」

「まあ、それは僕もだけど、、、」

 中庭見学の後、レストランに行った。混んでもいなかったので、すぐに座ってメニューを見た。

「議員見そばに、お子様衆議院ランチ。なんか嫌味みたい」

「見学者向け、と言うだけだと思うよ」

 デートは楽しく、アイシャからのイーメールのことはすっかり忘れていた。だが、彼と別れると気になり始め、寮に戻ると私は直ぐに、またメールを開いた。

 あることを、思い出したのだ。もしかしたら、読み違えたかと思った。

文面に変わりはなかった。何度読んでも、同じだった。五人の妹弟の名前が書かれている。三人の祖父母のこと、両親のこと。議事堂で会おうというのも同じだった。

私は、母国からの情報が届かないことが心配で、肝心なことを忘れていたのだ。アイシャは、私に気遣って彼らの近況を教えてくれたのではない。妹弟、一人一人の名前での表示、これは、事前に決められた暗号だ。これによって、三人の祖父母や両親にも、意味が加わる。

五月三日の二時に、議事堂で会おうということなのだ。文字でしかなかったメールに、急に現実の重さがのしかかってきた。

 なんで、どうして?と私は震えだした。

私は、スリーパーの役割を命じられたのだ。

叔父のせいだった。彼は私の国のスポーツ界では有名だった。有名になりすぎて羽目を外し、政府からの怒りを買った。

政府の怒りは私たちの家族にまで及び、私はその犠牲となったのだ。十八歳にもならない、北側諸国では子供でしかない私の肩に、家族どころか親戚全ての運命がかかった。

 スリーパーって何年も、いや、それどころか何十年も、敵国に潜むんじゃなかったの?その間、普通の生活をしていいのじゃなかったの?

一生、スリーパーのまま終わることだってある、そう父は言っていた。

結婚して、家族もって、敵国の社会に溶け込んで、その国の風習で生きていくんじゃなかったの?

 何をさせられるんだろう?

恐ろしいことばかりが、頭に浮かんだ。

 ああ、早すぎる。こんなの、酷い!まだ、やりたいことが沢山ある!見たいもの、食べたいもの、学びたいこと、やりたいこと!

リーアのお店に行くの!アメイルと行くの!彼女の作ったパイを食べて、彼とお寺や寺院をまわるのよ!

涙があふれた。わんわんと泣き続けた。泣きに泣き、疲れ果てていつの間にか眠った。


 朝、目が覚めた私の頭は、はっきりとしていた。

あまりにも突然な、アイシャのメール。何か重大なことが、私の国で起こったのだ。そうに違いない。

応援団長に、母国の最新状況を教えてほしいとメッセージを送り、ケータイで国際ニュースのサイトやソーシャルメディアを手あたり次第、読みまくった。

だが、決定的なことは分からない。

情報が豊富にあるのはいいが、誤報やプロパガンダが入り混じっている。それを読み解く力が、私にはないのだ。

そんな状態のまま、五月三日になった。


 議事堂駅から出て、ゆっくりと歩いた。ホームに到着してからは、緊張は一段と高まっていた。

もう、いつどこでアイシャに会ってもおかしくない。私のハンドラーのアイシャ。彼女は、私に何をさせようというのだろう?

 議事堂カフェと言う名前の、議事堂近くのカフェの前で、声をかけられた。男の声だったので戸惑った。こんな時に、知り合いなどには会いたくない。振り向いて、彼の顔を見て本当に困った。

応援団の一員として、何度かあったことのある男だった。

だが、名前が出てこない。

「応援団の、、え~っと、、、?」

 困惑した私を見て彼は、

「名前なんてどうでもいい。座ろう」

 と、カフェの表に並んでいるテーブルを指して言った。

「あ、でも私、用があって、、、」

「その用が、僕だ」

 私は驚いた。応援団の中に、政府の協力者がいたと言うことに恐怖を感じ、アイシャが来ないということにも、納得できなかった。

「あ、アイシャは?」

 彼のムッとしたような顔に、私は嫌なものを感じた。

アイシャに何かあった?どうして? 

胸がドキドキして、その音が私の耳に響いてくる。震えながら、示された椅子に腰かけた。

ウエイトレスが来ると、彼は勝手に珈琲を二つ注文した。オーダーが来るまで彼は何も言わなかったので、その間、私は考え続けた。

もしかしたら、アイシャは逃げ出したのではないだろうか? そんな考えが頭に浮かんだ。

 私はバッグに忍ばせていた、果物ナイフを探った。

そして、読み続けた国際ニュースのことを考えた。

私の国の政府は、リカちゃん大国とイズラの攻撃に加え、反乱軍の手で壊滅状態、、、。にもかかわらず強気の政府は、大国の同盟国の全てが攻撃目標となった、と宣言した。

リカちゃん大国の大統領は、私の国の政府関係者と、和平交渉が進んでいると投稿している。いつものホラなのか、本当なのか。彼が言うことが本当なら私の国が噓をついているのか?両方本当なら、私の国の上層部は、分裂しているのかもしれない、、、。

 アイシャは、崩壊寸前の政府の言うことを聞く必要はないと判断して、姿をくらましたのではないか? 私に何も言わず、逃げだした? そんなひどい、、、それって裏切りだわ!

子供と見くびられ、私は政府の最後の手先として使われ、散っていくのだ。

 怒りと悲しみが、私の体を満たした。羽目を外して政府の怒りを買った叔父も、私を人身御供に差し出した父も家族、皆に怒りを覚えた。

「まあ、そんなに硬くならないで」

 と運ばれてきた珈琲に口をつけて、男は言った。

カップルが隣の席に座った。日の元の人ではない。女性は髪を隠すようにスカーフを巻いていて、通りに近いテーブルについた。それだけで私は、二人が男の仲間だと感じた。

私たちの席は、四方を椅子とテーブルに囲まれている。逃げ道をふさがれた気がしたのだ。

「君にしてほしいのはね」

 と、彼は小さなバッグをテーブルに置いた。

「これを持って議事堂に入ってくれればいい。それだけ。あとは他の者がする」

 噓だ、と私は感じた。ペーペーの私は、捨て駒なのだ。バッグの中身はきっと爆弾。議事堂のホールで爆発するに違いない。放射性物質を飛び散らす、ダーティ·ボムの可能性だってある。

その考えに、私の怒りが爆発した。恐ろしいより、悔しかった。

案の定、男は私の手首を掴み「落とすと危ないから」と言って、鎖でバッグと私の手を繋ごうとした。

 だが、私の反射力と瞬発力は秀でているのだ。

全身の力を込めて、果物ナイフで彼の手を刺した。それと同時にバッグを取って、テーブルに飛び乗った。隣のカップルが、私を取り押さえようと立ち上がる。

そんな彼らの行動も、私は予想していた。

 私はアタッカーとして選手に選ばれた。敵を交わすのは、お手の物。

テーブルからテーブルに飛び移って地面に降り立つと、何台もの車を避けて議事堂への広い通りを駆け抜けた。

広場の噴水に、「爆弾よ!」と叫んでバッグを放り込み、一気に階段を駆け上がった。

休日のせいか、階段を上り下りするだけでなく、写真を撮るために立ち止まっている人も多かった。

彼らをかわして、私は走り続けた。

ジグザグに走る、突然方向転換をする。そんな私の身の動きを、人々はあっけにとられて見つめていたが、その中にも、私を止めようと向かって来る者たちがいた。

日の元中から私の国の政府関係者が、集まったのではないかと思ったが恐怖感はなかった。

私は今、命を懸けた本番試合に臨んでいるのだ。議事堂の荷物検査所には警備員がいる。そこまでいけば、何とかなる!

 私を捕まえようとする彼らの、直近で止まる。階段を下る、再び上がる。反則の足技で彼らの足を引掛け、練習ばかりで使ったことのない護身術で急所を蹴り上げた。

 杖を持った老人が、ぼんやり私を見た。私は彼を避けて通り過ぎたが、突然、背中に激しい痛みを感じた。

とっさに振り返って分かった。彼は老人などではなかった。そのような様子をしていただけで、杖は仕込み杖!

生温かいものが、背中から腰を伝う。思わず手を触れた。ぬめぬめとしたものが溢れ出てくる。それでも足は止めなかった。だが、速度は落ちた。

 このままでは、捕まってしまう。私は悲鳴を上げて、血にまみれた手を人々の前に差し出した。

「助けて!殺される!!」

 日の元の言葉で、必死に助けを求めた。だが誰も、私に救いの手を差し伸べてはくれない。ケータイを向けるばかりだった。

それは、私が死ねば、何かの証拠にはなるかもしれないが、今の、私の助けにはならない。

私は、いつの間にか、石の手すりに縋り付いていた。コジラの爪痕が目に入った。

 ああ!コジラ、 議事堂が汚染される!お前の巣穴が、危ないのよ!

 頭がクラクラしてきた。血を失い過ぎたのだろう。

何かのサイレンが鳴り響いているが、それは私の気のせいかもしれなかった。足元まで揺れ出した。

だが、周りから聞こえてくる声が大きくなり、悲鳴に変わった時に気が付いた。揺れているのは、私だけではなかった。

予測されていた大地震なのかもしれない。だが私は、そうは思わなかった。コジラが来るのだ。

男尊女卑もポリコレもない。人の命の重みなどは、歯牙にもかけずに踏み潰す!

 出て来い、コジラ!ダーティ·ボムが爆発する!!



                 おしまい


                                  *平家物語のこと。

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