【8】美咲ちゃんとのお茶会
*** 登場人物紹介 ***
◆荒木希美……訓練校1年。趣味はロリィタ衣装を作ることだが、自分が着ても似合わないのがコンプレックス。都外の専門学校に行き、ファッションブランドを立ち上げるのが夢。
◆猪狩美咲……希美のクラスメイト。背が低く、栗色の三つ編みがチャームポイント。煌桜の御使だが、周りには秘密にしており、普通の少女として学校生活を送る。
*** 用語解説 ***
◆煌都……神木の加護を受けた、日本唯一の特例都。この地に足を踏み入れた者は、身体能力が上昇したり、感覚器官が鋭敏になったりという形で恩恵を授かる。しかし超人的な域に達する者は少なく、大半の都民は「都外の人間より身体が丈夫」程度に収まっている。
◆神木……太古より煌都を守る大樹「煌樹」と、煌樹が生み出した、桜に似ている「煌桜」の2柱が存在する。両神とも宝石のような結晶を生み出し、その結晶は高値で取引されている。また、神木は人間の中から「御使」を選び、その者に託宣を与えるとされている。
◆御使……神木の声を聞ける人物。身の安全を確保するために、正体は極秘である。しかし煌桜の御使は10代の少女であることが判明しており、彼女を「さくら姫」として讃える創作が広まっている。
猪狩邸に着いた頃には、辺りが薄暗くなっていた。
美咲は希美を温室へ案内した。
中は真っ暗で、何も見えない。
「美咲ちゃん、ごめんね。もう暗くなっちゃった」
「大丈夫よ、ここは電気が点くから」
スイッチを点けると、あたたかな光の中、華やかな植物が並ぶ空間が広がった。
「わぁ……!綺麗なところ!」
「うふふ、そうでしょう〜?さ、入って入って!」
温室の最奥には、白いテーブルと椅子が置いてあった。
「さあ、ここに座って!」
希美は美咲に言われるまま、椅子に腰掛けた。
美咲は離れたところから希美に拍手を送る。
「思った通り!ここの雰囲気にすごく似合ってる!」
侍従の女性がティーセットを運んでくる。
「わざわざありがとうございます。ごめんなさい、無理を言って」
「お気になさらず、ごゆっくりどうぞ」
女性が去り、温室は再び二人きりの空間になる。
美咲はティーカップを口に運びながら、ぽつりと呟く。
「ここね、お母さんの好きな場所だったんだって」
「えっ、美咲ちゃんのお母さんが?ごめんね、ここに座って大丈夫だった?」
「うふふ、私が案内したんだからいいに決まってるでしょ?希美ちゃんの方からうちに来たいって言ってくれて、すごく嬉しかったんだもの」
美咲は温室を見渡す。
「両親はね、私が赤ちゃんの頃に事故で死んじゃったの。だから両親と過ごした記憶って、私には無くって。お母さんがお庭をお手入れするのが好きだったとか、お母さんがここでお茶をするのが好きだったとか、そういう情報を辿ることでしか、お母さんに触れられないの」
普段の明るさとは打って変わって、翳った表情。
これが彼女の素顔なのだろうか。希美は黙って話を聞いていた。
「私ね、善き祈りを届けるには、どんな気持ちが一番いいのか、ずっと考えてるの。でも、一番真っ直ぐで、一番あったかい気持ちって、両親からの愛情なんじゃないかなって思う時があって」
美咲は憂いを帯びた口調で続ける。
「善き祈りを届ける者が、そこが欠けている私で良かったのかなぁって。この役目は誰とも交代できないんだから、考えたって、どうしようもないんだけどね」
(これは、美咲ちゃんの、御使としての悩みってことなのかな……)
煌都は、普通に暮らす分には都外とさして変わらない。希美も実際、祈りや加護とは無縁の生活を送ってきた。
しかし今日、事件に巻き込まれて分かった。結晶を悪用し、煌都の安全を脅かす人間は、確かに存在する。
美咲は黒晶のナイフを突きつけられても動じていなかった。今まで何度もあんな経験を乗り越えてきたのだろう。
今までの希美の生活は、美咲が御使として煌都を守ってきたからこそ、平穏に保たれていたのかもしれない。
何も知らずに生きてきた自分が、彼女に何か言葉をかけるなど、烏滸がましいと感じてしまう。
「私はどうして美咲ちゃんが選ばれたのか、美咲ちゃんがどれだけ苦労して、思い悩んで、頑張ってきたのか、それは分からない……そこを理解できるなんて、思い上がっちゃいけないんだと思う」
ゆっくり言葉を紡ぐ希美を、美咲はじっと待っていた。
「でも美咲ちゃん、私の好きなお洋服を、もっと見たいって言ってくれたでしょう?お母さんの好きなものに触れたいのもそう。誰かの好きなものに興味を持って、知りたいって思えるのは、すごいことだよ。私なんて、自分のことにしか一生懸命になれないのに……。それができるってことは、きっと美咲ちゃんが、善き祈りに向き合って、届けようと頑張ってきたからだよ。美咲ちゃんが選ばれたのはきっと、頑張ることができる人だったからだよ」
(知ったような口をきくって思われたかな……でも、今の美咲ちゃんを、肯定してあげたいよ)
「まあ、本当は、人間じゃ分からない事情があるんだと思うけど……どう解釈するかは、それぞれの自由なんじゃないかな」
美咲はじっと聞いていたが、やがて紅茶を口にした。
「うん……希美ちゃん、ありがとうね」
その表情は、いつものきらきらとした笑顔ではなかった。
この温室の光のように、あたたかく、静かに灯るような、そんな笑顔。
きっと、彼女がこんな表情を見せることは、もう二度と無いのだろう。
でも、自分は一生この表情を忘れることは無いのだと思う。
希美がそんな確信を胸に抱いた、夜のひと時だった。
数ある作品の中から選んで下さり、ありがとうございます。
物語の行く末を、最後まで見守って頂けますと幸いです。




