【7】煌桜の御使
*** 登場人物紹介 ***
◆荒木希美……訓練校1年。趣味はロリィタ衣装を作ることだが、自分が着ても似合わないのがコンプレックス。都外の専門学校に行き、ファッションブランドを立ち上げるのが夢。
◆猪狩美咲……希美のクラスメイト。背が低く、栗色の三つ編みがチャームポイント。煌桜の御使だが、周りには秘密にしており、普通の少女として学校生活を送る。
◆狩野美晴……猪狩家で侍従を務める。美咲が5歳の時から面倒を見ている。
*** 用語解説 ***
◆煌都……神木の加護を受けた、日本唯一の特例都。この地に足を踏み入れた者は、身体能力が上昇したり、感覚器官が鋭敏になったりという形で恩恵を授かる。しかし超人的な域に達する者は少なく、大半の都民は「都外の人間より身体が丈夫」程度に収まっている。
◆神木……太古より煌都を守る大樹「煌樹」と、煌樹が生み出した、桜に似ている「煌桜」の2柱が存在する。両神とも宝石のような結晶を生み出し、その結晶は高値で取引されている。また、神木は人間の中から「御使」を選び、その者に託宣を与えるとされている。
◆御使……神木の声を聞ける人物。身の安全を確保するために、正体は極秘である。しかし煌桜の御使は10代の少女であることが判明しており、彼女を「さくら姫」として讃える創作が広まっている。
家具屋の外で、2人の男は「依頼主」と連絡を取っていた。
「ったく……これって、金はどうなるんだ?」
『後払いの金、チョイッと削って振り込んどいたから。でも、金の分だけ最後まで働いてよ〜?』
「チッ、分かってるっての!随分前にメッセージは送ったが、まだ返事は来てねえぞ。本当に猪狩成海は来るのか?」
『んー、美咲ちゃん本人じゃないからなぁ……でも、水面下で動いてると思うよん』
黒いナイフを手に、男はその場を離れる。
「俺は辺りを見回ってくる。お前、アイツが逃げないように見張ってろよ!」
「あいよー」
***
運転手の男も黒いナイフを構え、辺りを警戒する。
「なー依頼主さんよー、アンタはここに来ないのか?どこにいるんだ?」
『ん〜、宝の山ってトコかなぁ〜』
「はぁ?何だそりゃ」
通信機から、けたたましい警報音が聞こえてくる。
『げえっ!マジかよ、こりゃあこっちに来ちゃうな!』
「何の音だ!?アンタどこで何やってるんだよ!?」
『ま、最低限の目的は達成したからいっかぁ!アンタらもさっさと逃げた方がいいよーん!バイバーイ!』
その声を最後に、通信機はブツッと切れた。
「……あれ、もう繋がらねえ……何だったんだ……?」
通信機には、口座への振り込みの通知が届いている。
「まあいいや。金は貰ったし、アイツも解散って言ってたし、ズラかるか」
運転手の男が車に戻ろうとした時、何者かが車の屋根にふわりと降り立った。
「……ん?何だ、あのガキ?」
三つ編みの、小柄な少女。
その胸元には、桃色の何かが光っている。
「おいチビ、人の車に乗っかるなー。小学生でそんなことも分からな──」
その言葉が終わる前に、美咲は男に飛び蹴りを喰らわせた。
「ぐわぁーっ!?」
「もうっ、小学生じゃなーい!立派な訓練生だもん!失礼しちゃう!」
美咲は倒れた男に近づき、額を拭い取るように撫でる。
男はがくりと気を失った。
***
希美がソファの上でうずくまっていると、外から男の悲鳴が聞こえてきた。
(えっ、何?誰か来てくれたのっ……!?)
希美が扉に近づくと、桃色の光が差し、バキッと音を立てて扉の蝶番が折れた。
「きゃあっ!?」
「希美ちゃん、大丈夫〜!?」
聞き覚えのある声と共に、小さな姿が飛び込んできた。
「あっ、えぇっ、猪狩さん!?」
(そういえば誘拐犯、猪狩さんのお兄さんに連絡したんだっけ……もしかして、猪狩さんはお兄さんと一緒に来てくれたの?)
美咲は希美に駆け寄り、手を取る。
「ごめんね、私のせいで!怪我はない?酷いことされなかった?」
「怖かったけど、大丈夫。悪いのは私だよ」
「そんなことない!希美ちゃん、私と間違われちゃったんだよ!」
「ううん、私ね、猪狩さんの家の近くまで行ってたの……でも、やっぱり、勇気が出なくて、みんなにどう言われるかって思うと怖くって……私がまっすぐ猪狩さんの家に行ってたら、こんなことにならなかったの」
「それでも希美ちゃんは悪くないよ!」
美咲はトコトコと後ろへ下がり、希美の姿をまじまじと見つめる。
「それに、そのお洋服、すっごくかわいいよ!ここで見られて良かったぁ!こんな服が自分で作れるなんて凄いよ、希美ちゃん!他にもあるの?色々見たいなぁ!」
美咲は顔を輝かせて迫ってくるが、希美は曇った顔で打ち明ける。
「それなんだけど、あのね……私、このお洋服のこと、今まで誰にも言ったことなくて。ずっと内緒で、一人で作ってたの……それもあって、お茶会のこと、迷ってたの」
美咲は驚いたように、目を丸くした。
「そうだったの?……ごめんね、見せに来てほしいって、迷惑だったよね」
「そんなことないよっ!」
自分でも大きな声が出てしまい、驚いた。
その勢いで、希美は気持ちを美咲に届ける。
「あのっ、私、この姿を、家族以外の誰かに褒めてもらったことなんて無くって、その、うっ……嬉しかった!……だからっ……今日、猪狩さんになら、見せたいって、思ったの……!思ったんだけど、やっぱり勇気が出なくって……」
美咲はじっと希美の言葉に耳を傾けていた。
「……それって、自分の好きなものを、勇気を出して伝えようとしてくれたんだよね?嬉しいなぁ……!」
美咲の心の中に、あたたかい光がポッと灯る。
今ならできる。
「あのね、希美ちゃん」
美咲はしっかりと希美の手を握る。
「私と親友になってくれない?」
「し、親友!?」
「私はかわいいものが好きでしょ?だから私のお友達は色んなものを見せてくれるの。でもそれは、お友達が心からかわいいと思ったものじゃない。加護がなくたって分かるでしょ?そういうの」
美咲は希美にきらきらとした笑顔を向ける。
「だからね、希美ちゃんとはお友達を超えた、親友になりたいの!」
「そんな、猪狩さんと親友なんて」
「猪狩さんもダメ!美咲って呼んで!」
「それはさすがに……じゃあ、よろしくね、美咲ちゃん」
「うん!」
遠くから微かに足音が聞こえてきた。
美咲はサッと振り向き、外を警戒する。
「ん?誰か来るね。まだいたんだ」
「あっ、私を誘拐したの、2人だったの……!」
美咲は何かを閃いた。
「あっ!そうだ!親友の秘密を一方的に知ってるのって、フェアじゃないよね?今から私の秘密を希美ちゃんに教えるね!」
「えっ!?別に、そんなこと」
見回りに行っていた男が、家具屋へ戻ってきた。
「あっ!?何だこりゃあ!?」
倒れた仲間と、外れた扉を交互に見て、目を白黒させている。
美咲は男の方へ歩いて行く。
「あっ、危ないよ!」
「大丈夫。そこで見ててね」
男は美咲に気付き、黒いナイフを向ける。
「お前っ、これは黒晶だぞ!」
美咲は怯むことなく近づいていく。
「コイツが当たったら、お前の身体から血が噴き出て、全身アザまみれだぞ!分かってんのか!」
「分かってないのはおじさんの方だよー。黒晶が人体に害を及ぼすのはね、対象に傷がある時なの。持ってる人の心は悪意に染まっちゃうけど、振り回したところで棒きれと変わらないのよー?」
美咲は桃色のペンダントを握り締め、もう片方の手を天に掲げる。
「煌めく桜よ、黒き悪意を清めたまえ!」
その時、美咲のペンダントが一層強く輝いた。
桃色の衝撃波が、ふわりと希美の頬を撫でて通り過ぎた。
(今の、何!?きらきらしてて、あったかい……)
美咲は希美の方を振り向き、恥ずかしそうに笑う。
「うふふっ、希美ちゃんの前だから、カッコつけちゃった!本当はポーズもセリフも要らないんだけどねっ」
男はナイフを構えたまま、美咲に向かって吼える。
「なんだ、てめえ!」
「おじさん、どうするつもり?その結晶じゃ、もう戦えないよ〜?」
いつの間にか、ナイフの黒い刃の部分は、透明に変わっていた。
「……はっ?何だよこれ!?」
美咲はナイフをじろじろと見る。
「傷をつけるための刃物が仕込まれてない……もともと宝刀だったものを、無理矢理汚染したんだね。もしかして、この間盗まれた宝刀なのかしら?」
男は宝具だったものを捨て、美咲にじりじりと近づく。
「フン、よく分からねえが、また染めりゃあいい話だ。こんな道具に頼らなくたって、素手でボコしてやる!」
美咲は男に厳しい目を向ける。
「神木の結晶は、煌都のみんなの善き祈りから生まれた宝物。それを悪意で穢すなんて、許せない」
「うるせえ!オラァッ!」
男が拳を振りかぶった瞬間、美咲は男の間合いに入り、顎をちょんと指で突いた。
「んなあああっ!?」
男は顎を殴られたかのように、ひっくり返って倒れた。
美咲は男の元にしゃがんで、額を拭うように撫でる。
「もしも私より先に兄さんが来てたら、それはもう、トラウマになっちゃうほど酷い目に遭わされたわよ?早く見つけた私に感謝してよね!……って、もう寝ちゃったか」
気を失った男をその場に残し、美咲は希美に手を差し伸べる。
「分かった?私が『さくら姫』なの。煌都を守る、煌めく桜の御使よ」
希美は美咲の手を借りて立ち上がる。
「あの人たち、どうなったの?秘密、知られちゃったよね」
「2人の記憶は消しておいたから大丈夫。多分、今日一日の記憶はまるっと消えちゃったかな。事情聴取する時に、私のことを話されたら困るもん。希美ちゃんも、私のことは隠して話してちょうだいね」
「うん……さくら姫って、何でもできるのね」
「私じゃなくて、煌めく桜の加護よ。私はお願いしているだけ」
希美が服の埃を払っていると、黒い車が猛スピードで駐車場に突っ込んできた。
「わっ!何!?」
美咲がバツの悪そうな顔をする。
「あちゃー、もう来ちゃったのぉ?何でこんなに早くバレちゃったんだろう?」
車から、怒り心頭の美晴が降りてきた。
「お嬢様っ!またお一人で無茶をなさって!」
「えへへ、ごめんなさい……私も希美ちゃんも大丈夫!」
「もうっ、少しは反省なさって下さい!帰ったら、たっぷりとお話をしますからね!」
***
男たちは警察に連れて行かれ、希美も警察署で聴取を受けた。
希美が誘拐される現場を、侍従の美晴が目撃した。そしてすぐさま追跡し、単身で男たちを制圧した。それが事前に打ち合わせした、今回の筋書きだった。
聴取が終わり、警察署を出る頃には、日が暮れていた。
正面玄関では、美咲と美晴、そして両親が希美を待っていた。
「希美ちゃん!」
「ママ……!」
母は希美を抱きしめ、涙を流す。
「無事で本当に良かった!怖かったでしょう……!」
「うん……でも、助けてもらったから、もう大丈夫だよ」
父が、美晴に頭を下げる。
「狩野さん、重ね重ねになりますが、娘を助けて頂き、本当に、本当に、ありがとうございます」
「お父様、どうか頭を上げてくださいませ。希美様を守れなかったのは、こちらの安全管理が至らなかった故にございます。今後お二人が会う際には、必ず私共がご自宅までの送迎を致しますので、何卒ご容赦願います」
母が希美の手を取る。
「そのようなお手間をお付きの皆さんに取らせてしまうのは申し訳ないけど、今回のことを思うと、その方が安心でしょ?希美ちゃん、いいかしら?」
「うん。よろしくお願いします」
希美たち家族の様子を、美咲は静かに見守っていた。
(希美ちゃんのパパとママ、優しい人たち。当たり前だけど、希美ちゃんのこと、大好きなんだね)
美咲が絶対に得られない、両親からの愛情。
ぎゅうっと心が切なくなって、美咲はその場を立ち去ろうと踵を返した。
「待って、猪狩さん!」
希美の声に、美咲は振り返った。
「ん……?」
「まだ、時間あるかな?私、猪狩さんの家に行きたい!」
美咲はきょとんとした後、にこりと笑った。
「うん、もちろん!でも希美ちゃん、私のことは美咲ちゃんって呼んでよね!」
「あっ、そうだった……美咲ちゃん、お願い!」
「いいよ!ちょっとだけ、お茶しよっか!」
数ある作品の中から選んで下さり、ありがとうございます。
物語の行く末を、最後まで見守って頂けますと幸いです。




