【5】狙われたお嬢さま
*** 登場人物紹介 ***
◆荒木希美……訓練校1年。趣味はロリィタ衣装を作ることだが、自分が着ても似合わないのがコンプレックス。都外の専門学校に行き、ファッションブランドを立ち上げるのが夢。
◆猪狩美咲……希美のクラスメイト。背が低く、栗色の三つ編みがチャームポイント。煌桜の御使だが、周りには秘密にしており、普通の少女として学校生活を送る。
希美が猪狩邸に近づいた時には、身体がじっとりと汗ばんでいた。
(トイレかどこかで着替えれば良かったかな……でも、荷物になっちゃうし……この服でこんなに歩いたことないから、そこまで考えられなかったな)
事前に通信機へ届いた位置情報と照らし合わせる。
(ここ、何回か通ったことがある。やたらと木に囲まれてて何だろうって思ってたけど、お屋敷のお庭だったんだ)
クリーム色の高い塀を辿り、入口を探す。
しばらく歩いて角を曲がると、彼方に大きな門が見えた。
(あった!あそこだ……!)
門の方へ踏み出そうとした時、高まる緊張感が、不安となって襲い来る。
(待って……私、本当にこの姿をみんなに見せようと思ってるの?)
中学生の時、初めてロリィタファッションの専門店に足を運んだ。
ここなら、自分の好きなものを、他の人とも分かち合えるはず。そう思っていた。
『ねえ、あの子デカくない?チョー目立つんですけど〜!』
『しーっ、聞こえるって!似合う服と好きな服が違う人だっているよ』
『ごめんなさいね、ここはフリーサイズで、サイズ違いのものは置いてないのよ』
あの頃の声が、今でも鮮明に思い起こされる。
その声は脳内で響き、ドッと汗が出てくる。
(やっぱりこんな姿、見せられない。私、何を思い上がっていたんだろう)
こめかみから伝ってくる汗を、手の甲で拭う。
(かわいい女の子と、好きなものを共有できるなんて、そんなわけないよ。私は今まで通り、こっそり自分だけで楽しむのが合ってるんだ……帰ろう)
日傘で目の前を覆い、ちょこちょこと足早に引き返す。
(猪狩さん、今はみんなと楽しんでるよね。後で、ごめんなさいのメッセージを送ろう)
希美が来た道を戻っていると、後ろからスーッと車が近づいてきて、誰かが降りた。
何者かは希美に近寄り、日傘を勢いよく跳ね除けた。
「きゃあっ!?」
羽交締めにされ、車内に連れ込まれる。
「やめてっ──」
希美の手首を掴み、連れ込んだ男が黒いナイフを突きつけてくる。
「大人しくしろ!」
「ひっ……!」
男は運転席に向かって吼える。
「おいっ、早く出せ!」
「あいよー」
間延びした返事とは裏腹に、車は勢いよく発進し、住宅地の十字路を突っ切る。
希美がいた場所には、開いたままの日傘が残っていた。
***
誘拐犯は、希美を攫った男と、運転手の男の、2人組だった。
男は希美の通信機をもぎ取り、なおも黒いナイフを希美に近づける。
「お前、これが何か分かるだろ!本物の黒晶だ!コイツが当たったらその瞬間、お前の身体からは血が噴き出て、全身アザまみれだぞ!分かったら大人しくしてろ!」
「うぅっ、はっ、はいぃ……」
男は半泣きの希美に向けてナイフを構えたまま、通信機のカメラを起動し、何者かと連絡を取る。
「おい、見えるか?妹を捕まえたぞ!このままそっちへ向かえばいいんだな!?」
通信機から、男の声が聞こえてくる。
『あぁ〜っ?誰ぇ、その子ぉ〜っ!?』
「誰って、猪狩美咲だろ!猪狩成海の妹!」
『はぁ〜っ!?違うってば〜!もー何やってんのぉ!』
男は語気を荒らげて希美に迫る。
「おいっ!話が違うじゃねえかっ!誰なんだよお前はっ!?」
「へっ!?えぇっ、あっ、荒木希美ですぅ……!」
「はぁーっ!?何だよお前っ!どう見てもいいとこのお嬢さんだろうが!紛らわしい格好すんじゃねえよ!」
「えぇっ!?ご、ごめんなさいぃっ!」
通信機の向こうの声も呆れ返っている。
『あーあ、下調べもしてないとかマジでさぁ……仲介手数料ケチったらこんなヤツら寄越されんのね〜、いい勉強になりましたよ〜っと……』
男は黒いナイフを煌めかせる。
「おい、どうする?ここでやっちまうか?」
運転席の男が、迷惑そうに首を振る。
「ここはやめろよー。血の掃除が大変だろー?」
(やる?血?……こっ、殺されちゃう!?)
『いいや、そのまま連れて来ちゃって〜。その子、さすがに美咲ちゃんの友達だよね〜?』
希美は通信機に向かってコクコクと頷いた。
『じゃ、猪狩美咲の友達を攫ったってことで、猪狩成海宛で支部に一報送っといて〜。それなら成海も無視できないっしょ』
男は通信機を操作した後、希美の顔のすぐ横めがけて拳を振るう。
「きゃっ!」
背もたれにゴンッと重い衝撃が来る。
「ったく、お前のせいでっ!」
「んうぅ、ごめんなさいぃっ……!」
通信機から男の声が聞こえてくる。
『ちょっとちょっと〜、人質に危害は加えないでよね〜!ちゃーんと無事な状態で連れてくること!じゃなきゃアンタらをシバき倒すからねぇ〜』
男は希美に怒鳴る。
「分かったか!黙って座っとけ!」
「はっ、はいっ……」
(私、ずっと静かに座ってると思うんだけど……拘束されてないのに、手足も動かしてないし……)
車は、人気のない裏道を進む。
やがて、廃業して何年も放置されている、アウトレットの家具屋の駐車場に停まった。
男は黒いナイフを突きつけたまま、希美を脅す。
「中に入れ!ちょっとでも逃げる素振りを見せてみろ、コイツでお前の命は無いぞ!」
「はっ、はいっ、逃げませんからっ……」
埃っぽい、真っ暗な店内に押し込まれる。
『お前、ここで大人しくしてろよ!ったく、こっちは猪狩美咲を攫うってんで前金貰ってんだぞ!どうしてくれんだよ!』
『うぅっ、ごめんなさいっ』
扉をバタンと閉められ、一瞬にして目の前が真っ黒になる。
「きゃっ!……えぇっ、電気は……?」
しばらくすると、目が闇に慣れてきた。他の出入り口があるのかもしれないが、あまり暗い中を歩きたくはない。
近くにあった、埃を被ったソファに腰を下ろし、ふうっとひと息つく。改めて自分の置かれた状況を思うと、手足が震えてきた。
(私、これ、大変な状況だよね……!?どうしよう、あの人たちに殺されちゃうの!?それとも、一生ここの中!?怖いよ……!)
ソファの上で小さく丸まり、希美はひとり、恐怖に震えるのだった。
数ある作品の中から選んで下さり、ありがとうございます。
物語の行く末を、最後まで見守って頂けますと幸いです。




