【2】猪狩美咲の秘密
*** 登場人物紹介 ***
◆荒木希美……訓練校1年。趣味はロリィタ衣装を作ることだが、自分が着ても似合わないのがコンプレックス。都外の専門学校に行き、ファッションブランドを立ち上げるのが夢。
◆猪狩美咲……希美のクラスメイト。背が低く、栗色の三つ編みがチャームポイント。煌桜の御使だが、周りには秘密にしており、普通の少女として学校生活を送る。
◆狩野美晴……猪狩家で侍従を務める。美咲が5歳の時から面倒を見ている。
*** 用語解説 ***
◆煌都……神木の加護を受けた、日本唯一の特例都。この地に足を踏み入れた者は、身体能力が上昇したり、感覚器官が鋭敏になったりという形で恩恵を授かる。しかし超人的な域に達する者は少なく、大半の都民は「都外の人間より身体が丈夫」程度に収まっている。
◆神木……太古より煌都を守る大樹「煌樹」と、煌樹が生み出した、桜に似ている「煌桜」の2柱が存在する。両神とも宝石のような結晶を生み出し、その結晶は高値で取引されている。また、神木は人間の中から「御使」を選び、その者に託宣を与えるとされている。
◆御使……神木の声を聞ける人物。身の安全を確保するために、正体は極秘である。しかし煌桜の御使は10代の少女であることが判明しており、彼女を「さくら姫」として讃える創作が広まっている。
駅舎へ入る希美を見送ってから、美咲は運転席へ話しかける。
「じゃあ美晴さん、研究室へ」
「かしこまりました」
車は駅のロータリーを出て、訓練校へ戻った。そして裏口から構内に入り、研究棟が立ち並ぶ通りを進んで行く。
「お嬢様、訓練校はいかがでしょうか」
侍従・狩野美晴。彼女は美咲が5歳の時から面倒を見ている。
「うーん、まずまずって感じ。う〜、希美ちゃんとお友達になりたいなぁ!」
美晴はバックミラー越しに美咲を見る。
「私は十分仲がよろしいように見受けましたが」
「ううん、希美ちゃんからは壁を感じる!もっと、仲良くなるきっかけが欲しいの!」
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、少々押しが強かったかと」
「だって、お茶会来てほしいんだもん〜。後でダメ押しのメッセージも入れとこうっと!」
車はやがて、白い建物の前で停まった。
「ありがとう、美晴さん。また連絡するね」
***
車を降りた美咲は、パスコードを入力し、重たい扉を開ける。
推進研究室。
幼少期は遊び場であり、今は仕事場である、美咲にとってはお馴染みの場所。
そして、大好きな人と会える場所。
美咲は息を弾ませ、階段を駆け上がる。
廊下を走り、ある扉の前で立ち止まった。
「当直室」の札の上から、黒マジックで「湊」と書かれた画用紙が貼ってある。
美咲は引き戸に手をかけ、勢いよく開けた。
「湊さんっ、ただいま〜!」
書類が山のように積まれたソファから、長身の男が起き上がる。黒髪を掻きながら、欠伸をした。
「ああ、もうこんな時間か……おかえり、美咲」
研究室の職員にしてこの部屋の主、湊陽輝。
最初は職員寮に住んでいたが、やがて当直室を寝床として使うようになり、今ではこの部屋が住処となっている。
「湊さん、帰ってからずっとお昼寝してたの〜?」
「ずっとじゃない。他のこともやってるから」
伸びをしながら、湊は美咲を睨んだ。
「てか、朝のアレ、何?誰かに怪しまれない限り、俺とは面識が無い設定で行こうって打ち合わせしたじゃん」
「ふん、どうせいつか怪しまれるんだから!それなら最初から言ってもいいでしょ!」
「はぁ……まあいいや。どうせすぐバラすと思ってたし。みんなの前では猫被っちゃってさ」
湊は素っ頓狂な裏声を出し、美咲を真似てくる。
「おしぇわになってましゅ〜!みなとしぇんしぇ〜!」
「やめて!そんな言い方してない!全然似てないから!湊さんこそ彼女いないくせに、カッコつけちゃって!彼女いないくせに!」
湊は立ち上がり、美咲には聞こえないようにボヤく。
「いたらいたで発狂すんのに、よく言うよ……」
「ん?何て言ったの?」
「何でもない。とにかく、忘れないでよ。普通の子なんでしょ、美咲は」
「そうよ、私は普通の子!見た目がかわいく生まれちゃっただけの、普通の女の子〜!」
そう言って、美咲は頬に手を当て、ふわりとターンを決めて見せる。
「はー、うっざ……あのさぁ、学校で上手くやれてんの?絶対反感買ってるから、その態度」
「えぇっ?本当のことを言って何が悪いの?みんなもかわいいって言ってくれるもん!」
「程々にしときな。いつかビンタされるよ」
湊は手洗い場に向かい、鏡を覗き込んだ。
「あー、やっぱ白衣が無いと見えそうだな」
そう言って湊はハイネックを引っ張る。左の首筋から、赤黒いアザが覗く。そのアザが首から背中、そして肩から手首まで広がっていることを、美咲は知っていた。
「湊さん、どこかへ出るの?」
「職員会議。俺、一応講師だし」
「えぇーっ、今から〜!?」
ソファの背もたれに投げてあった白衣に腕を通し、首のアザが隠れたのを確認してから、ボタンを留める。
美咲はベッドの掛け布団を押しのけ、ボフンと飛び込んだ。
「もうっ、せっかく私が来たのに出て行っちゃうなんて、ありえないっ!」
我が物顔でベッドに寝転がった美咲を、湊はジトッと見下ろす。
「そこで寝ないの。俺の寝床」
「ねぇねぇ、湊せんせ〜?会議なんか休んで、一緒にねんねしようよぉ〜」
美咲は甘えた声を出し、頬杖をついて上目遣いをする。
湊はうんざりした顔でため息をついた後、ファイルを手に取り書類をまとめ始めた。
「ちょっと、湊さん!私がかわいくおねだりしてるのよ!無視しないでよぉ!」
「はいはい、かわいいかわいい。えぇーっと、前に貰った資料がここら辺に……」
雑にあしらわれ、美咲はベッドを転げ回った。
「嘘っ!心の底から出たかわいいじゃないもん!私はこんなに愛くるしいのにっ!湊さんの分からずやーっ!」
美咲は寝転がったまま、湊を蹴ろうと足をバタつかせる。
「バタバタしないの。パンツ見える」
「見えませーん!上に履いてるもんねー!」
スカートをはぐって見せようとする美咲に、湊はブランケットを掴んで投げつけた。
「きゃっ!湊さんひどいーっ!」
「どっちがだよ。セクハラしないで」
持参する資料を拾い上げ、湊は当直室を出る。
「じゃ、測定忘れないでよ」
「湊さん、かわいい私が待ってるのよ!早く帰って来てね!」
「はいはい、じゃあね」
***
湊が出て行った後、美咲は枕を抱き寄せ、顔を埋める。
(いいもん、ここで湊さんの匂い嗅いでるもん!湊さんはやめろって言うけど、私に隙を見せるのが悪いのよ!)
あったかい匂いとお酒の匂いが入り混じった、どこか懐かしくて、どこか大人っぽい匂い。美咲はこの匂いが好きだった。
(私はこんなに湊さんのことが好きなのに、湊さんは私を子ども扱いしてばっかり……早く大人になりたいなぁ)
美咲が目を閉じて匂いに浸っていると、足音が近づいてきて、当直室の扉が開いた。
「ああ、やはりここにいたのか。おかえり、美咲嬢」
「あっ!明石さん!」
主任研究員・明石耀一郎。美咲がベッドで枕を抱きしめているのを見て、彼は微笑んだ。
「その様子を見るに、また湊くんと喧嘩したのか?」
「喧嘩じゃないけどぉ……湊さんが冷たいの〜」
そう言って、美咲はぐりぐりと枕に頬擦りする。
(湊くんは講師として働き始めて以降、生徒である美咲嬢との距離感を考えているようだからな。しかし美咲嬢にとっては家族のような……いや、それ以上の存在だろう。今から離れるのは難しいと思うのだが)
「明石さん、どしたの〜?湊さんに用だった?」
「いや、美咲嬢がここにいるかと思ってね」
明石はアタッシュケースを持ち上げて見せる。
「美咲嬢、これを頼む」
美咲はぷっと膨れて見せる。
「なーんだ、お仕事!明石さん、お仕事の時しか会いに来てくれないんだから!」
「すまない、美咲嬢。また今度、皆でご飯に行こうか」
「本当?前はイタリアンだったから、今度はフレンチがいいなぁ〜!」
「分かった。調べておくよ」
***
明石が去った後、美咲はベッドの上でアタッシュケースを開けた。
「もう、湊さんも明石さんもお仕事ばっかり!」
黒い石の入った瓶が姿を見せる。
(これ、大きいな。こんなのも普通に出回ってるの?)
黒晶。神木の結晶を、特殊な環境下で汚染させたもの。
これに長期間触れた人は、自分が持つ願いを歪められてしまうと言われている。そして悪意を込めた黒晶は、人体の傷を通じて害をなす。湊の半身に広がるアザは、黒晶の悪意を受けた呪いの跡だった。
この黒い結晶を見ていると、心がざわざわする。直に触れずとも、その禍々しい力は美咲にも感じ取れた。
(こんなに大きいと、ちょっと頑張らなきゃだなぁ。さくらちゃんと遊んでからにしよっと!)
美咲は瓶をしまい、アタッシュケースを抱えて当直室を出た。
***
研究室の地下。
厳重な警備の下で、それは保護されていた。
パスコードを入力し、分厚い扉を開ける。
「さくらちゃん、ただいま〜!」
桜の花弁のような結晶がきらきらと舞い散る中、その神なる桜は、桃色に輝いていた。
猪狩美咲。彼女こそが煌桜の御使。
煌めく桜の神託を届け、黒晶の穢れを浄化する。それが彼女の仕事だった。
美咲の言葉に、桜の煌めきが増す。
『美咲、おかえり〜!美咲の楽しい気持ち、いっぱい伝わってきたよ!』
「うん!今度、希美ちゃんって子とお茶会するんだ〜!だから今日は測定した後、お茶会の練習しようね!」
小さな踏み台を移動させながら、枝や幹にメジャーを当てていく。「さくらちゃん」は、人間に枝を折られたことがあって、それがとても痛かったらしい。だから、直に触れることを許されているのは美咲だけなのだ。
「はい、測定終わり!うーん、おっきくなってるのかなぁ?ま、こういうのは湊さんが分析してくれるからいっか!じゃあさくらちゃん、ねんねするね!」
美咲は踏み台を片付けて、壁際に置かれた簡易ベッドに入る。桜がひときわ輝くと、美咲はすぐに眠りに落ちるのだった。
***
白い砂浜に横たわった状態で、美咲は目を覚ました。
目の前には、青く美しい海が広がっている。
「美咲〜!」
桃色の目と髪を輝かせ、「さくらちゃん」が駆けてくる。目と髪の色は違うが、その姿は幼い美咲を模している。
白いふわふわのワンピースを揺らし、さくらは美咲に飛びつく。美咲はさくらを軽々と抱き上げた。この不思議な空間では、いくら走っても疲れないし、いくら重いものでも持ち上げられる。
「さくらちゃん、お茶会やるよっ!」
「うん!何人いる?」
「そうだなぁ、とりあえず4人!」
「分かった!」
さくらは美咲の抱っこから降りて、波打ち際まで走って行く。海水をすくい上げ、砂浜の方へ水を放る。水の塊は空中で4つにまとまり、それぞれが幼い美咲の形になった。
さくらは「美咲たち」と手を繋ぎ、トコトコ走る。
「美咲〜、できた〜!」
「ありがと!」
美咲は手を組み、目を閉じる。
「春のお花の中で、お茶会をするの。きっと素敵な時間になるわ……!」
砂浜から色とりどりの花が生え、咲き乱れる。広がった花畑の中央には、ケーキの乗った大きなテーブルが現れた。
「きれい〜!行こ行こ!」
さくらたちはテーブルに着き、それぞれが手掴みでケーキを頬張る。
美咲はその姿をしばらく見ていたが、また手を組み、目を閉じる。
「希美ちゃんのお洋服、かわいかったなぁ。あんなお洋服になれっ!」
美咲とさくらたちの服が、ピンクのワンピースになる。
「わぁっ!美咲すごーい!」
さくらは歓声を上げるが、美咲は首をひねる。
「うーん、違うなぁ。やっぱり実物をしっかり見ないと再現できないかぁ……」
さくらは美咲の裾を掴み、納得いかない表情を見上げる。
「さくらは十分“善い”と思うけどなぁ。美咲はダメなの〜?」
黒晶を浄化するには、「善き祈り」を届けなければならない。それは、誰かを守りたいと思う気持ちや、何かを愛おしむ気持ち。美咲が「かわいい」にこだわるのは、それが一番「善き祈り」として通しやすいからだった。
しかし、今日は上手くいきそうにない。
「うーん、今日はダメそう。こういう時はスパッと諦めるに限る!さくらちゃん、実際にお茶会やってから、またチャレンジしてみよっ!」
「じゃあ、他の遊び、やる?」
「うーん、今日はここで終わっておこうかな」
「そっかー、分かった!さくらはみんなで鬼ごっこやろうーっと!」
さくらがそう言うと、4人の「美咲たち」はケーキを食べるのをやめ、めいめいに走り去っていく。
「ごめんね、さくらちゃん」
「いいのよ!さくらはみんなで遊べるもん!じゃあ、またね〜!」
***
簡易ベッドの上で、美咲は目を覚ました。
足元のアタッシュケースを開き、瓶の中の黒晶を確かめる。
「あーあ、やっぱり浄化できてない!こんなに大きい黒晶だと、今は浄化できないや〜」
美咲の頭に、さくらの声が届く。
『美咲、焦らなくっても大丈夫!この世界には、まだまだ善き祈りが溢れてるから!美咲が満足できるような気持ち、楽しみにしてるね〜!』
「うん、ありがと!」
***
美咲は当直室に戻り、今日の報告書にペンを走らせる。
「今日の神託……えーっと、さくらちゃん何言ってたっけ?この世界には善き祈りが溢れており、煌都は安泰である!っと……そこまで言ってなかったかな?まあいいや!で、備考、さくらちゃんも美咲も、お茶会が楽しみです……終わり!」
美咲の脳裏に、渋い顔をする湊が思い浮かぶ。
『あのさ、ちゃんと真面目に書いて?遊んでると思われるじゃん。偉い人たちに報告するの、俺と明石さんなの』
美咲は首をぶんぶん振って、その想像を掻き消した。
「うぅーっ、うるさいうるさいっ!さくらちゃんはね、私と遊ぶのが好きなの!神託とか知らないっ!」
美咲はペンを置き、報告書をパタンと閉じた。
(でも、最近まともに浄化できてないからなぁ……これじゃあみんなが偉い人に怒られちゃう)
美咲は、部屋の隅に並んだアタッシュケースに目をやる。美咲の祈りが浄化の域に達すると、美咲のいる地区全体が浄化の影響を受ける。この黒晶たちも、一気に浄化できるはずなのだ。
(今度のお茶会で「かわいい」を摂取して、浄化できるように頑張らないと!)
美咲はひとり、お茶会への意気込みを高めるのであった。
数ある作品の中から選んで下さり、ありがとうございます。
物語の行く末を、最後まで見守って頂けますと幸いです。




