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【1】荒木希美の秘密

※小説投稿サイトTalesにも投稿予定

※Nolaノベルにて編集部限定公開中

足元が肌寒い、朝の玄関。

荒木(あらき)希美(のぞみ)は姿見の前に立ち、新品の制服に腕を通していた。

鏡に映った自分の姿を見て、ため息をつく。180cmに届くかという程の、目立つ上背。背が低い家系に生まれたはずなのに、自分だけが高身長だった。


つるっとした手触りの、赤いリボンを胸元で結ぶ。

(やだなぁ。こんなかわいいリボン、私には似合わないよ……男女共用のネクタイもあるらしいから、購買で探してみようかな)


リボンをいじいじと整えて、大きな革靴に足を通す。


「希美ちゃん、待って!」

台所から母が出て来て、何かを手渡してきた。

スリーブに入った写真だ。桜の木の下で、フリルのついたドレスに身を包んだ希美が佇んでいる。スリーブには、希美の姿を彩るかのように、小さな花のシールが散りばめられている。

「これ、この間、公園に行った時の?」

「そう!パパが現像してきて、ママがビニールにちっちゃいシールを貼ってみたの!これ、お守り代わりにしてね!」

「ありがとう、ママ……!」

希美はカバンの内ポケットに、そっと写真を滑り込ませた。


「希美ちゃん、ごめんね、パパを説得できなくって……学校が合わなかったら、パパも考えてくれると思うわ。何かあったらすぐに言うのよ?」

「うん、分かってる。行ってきます」

心配そうな母に微笑んで見せてから、希美は家を出たのだった。


***


特例都、煌都(こうと)。神木の加護を受けた、日本で唯一の巨大都市だ。とは言え、都外と何ら変わらない街並みには、神々しさなど微塵も感じられない。


駅までの道を歩いていると、ランドセルを背負った子どもたちが風を切って、希美を追い越していく。


「へへーん、おいついてみろーっ!」

「まってよぉ!」


子どもたちは目にも留まらぬ速さで走り、曲がり角へ消えていった。


神木は、この地に足を踏み入れた者に加護を与える。ある者は身体能力が上昇し、またある者は感覚器官が鋭敏になる。先ほど駆けて行った子どもたちは、走力や脚力に加護を授かっているのだろう。

しかし希美は、特定の身体機能が突出して優れているわけではない。そもそも、際立った加護を授かる都民の方が少ないのだ。そんな平凡な都民でも、都外の人間よりは身体が丈夫にできているらしい。希美は都外の人間と交流したことはないが、これは煌都の一般常識として知られていることだった。


(あの子たちみたいに、運動機能に加護を授かっていたら、スポーツ選手になれたのかな。運動が苦手だから、この身長なんて何の役にも立たないんだもの)


駅に着くと、大きなモニターで朝のニュースが報じられていた。


「昨日の深夜3時頃、照東郡南区の貴金属店で、何者かが宝具2点を持ち去る事件が発生しました。盗まれたのはいずれも小型の宝刀で、犯人は現在も逃走中です」


エスカレーターに乗りながら、ぼんやりとニュースを聞く。

(宝刀なんか盗んでどうするんだろう。お金に換えるの難しいんだから、普通の宝石にしとけば良かったのに)


煌都を守る神木は、宝石のように美しい結晶を生み出す。それらは宝具や宝飾の形に加工され、高値で取引されている。だがその希少性ゆえに、結晶が絡む売買は、都から認可を受けた業者を通じないとできないのだ。


「警察は防犯カメラによる捜索を続けていますが、今後は警護隊とも連携し、祈念の痕跡の探知や、見回りの強化を要請するとのことです──」


神木の結晶に祈りを込めると、結晶は光り輝き、その祈念に呼応すると言われている。その祈りや結晶の反応を探知できる人たちも存在する。そういった特殊な加護を授かった人や、身体機能が飛び抜けて優れた人たちは、警護隊と呼ばれる組織で働く。彼らはその身に授かった加護を駆使し、結晶を悪用する者を取り締まるのだ。その警護隊員を養成する機関が、希美が今日から通う訓練校である。


電車が来るのをホームで待ちながら、希美はカバンから写真を取り出した。

ピンクのドレスに、白いフリル、黒いレース。一般的にはロリィタ衣装と呼ばれる、華やかでかわいらしいドレス。それは、希美が一から自分で作ったものだった。


(このお洋服、自信作なんだよね。ママはそれを覚えていて、この写真を選んでくれたのかな)


そもそも希美は、都外の服飾コースのある私立高校へ進学したいと思っていた。しかし父は、希美が都外へ出ることに反対した。

訓練校の教育レベルは非常に高く、都内では訓練校卒が高く評価される。たとえ警護隊に入らなくとも、訓練校を卒業するだけで、都内での就職にはまず困らない。そのため、わざわざ都外に出なくとも、都内で安定した生活を送ればいいというのが、父の主張だった。

都外の専門学校に行きたいなら、煌都の訓練校を卒業してから、自分の力で資金を貯めること。それが希美に提示された、都外で働く条件だ。


(うち、私立に行くお金なんて無いもんね。それに都外なんて尚更……)


軽快な音楽が流れ、ホームに電車が入ってくる。


(いつか私だけのブランドを立ち上げる。そして、こういうかわいい服が似合う女の子に、私の服を着てもらうんだ……!)


希美は写真を大事にしまい、電車に乗り込むのだった。


***


駅からは多くの訓練生が歩いていたので、幸い迷うことなく辿り着けた。

大きな校舎に入り、教室を目指す。

そっと引き戸を開けると、中にいた生徒たちの視線が一斉に刺さり来る。


「えっ、でっか!?」

「しーっ、失礼でしょっ!」

驚いた男子の声と、それを嗜める女子の声。自分に向けられる好奇の目は、いつまで経っても慣れることができない。


「っと、失礼します……」

消え入りそうな声で、背を屈めてペコペコと会釈しながら、決められた席に向かう。生徒たちはすぐに興味を失い、それぞれの会話に戻っていった。


席順は、男女別で五十音に並んでいるようだ。希美は後ろから2番目の席に着いて、カバンの教科書を机の中へと移す。周りの雰囲気を窺ったところ、新入生ばかりとは思えないほど、既にコミュニティが出来上がった教室だ。


(ああ、そっか……訓練校って、附属中学があるんだよね。だからみんな、もう知ってる子同士なんだ)


希美のように、普通の中学から訓練校に進学する生徒だって、それなりにいるはずだ。しかし、新参者のオーラを纏う生徒は見当たらない。


(こういう時って、外から来た人同士で仲良くするのがいいよね?でも、そんな子いなさそう……どうして?)


希美のすぐ後ろの席は、まだ埋まっていない。カバンも机に引っかかっていないので、まだ来ていないのだろう。その空席の近くでは、多くの女子が集い、噂話で盛り上がっていた。


「ねえ、聞いた?さくら姫、この学校にいらっしゃるかもって!」

「そうそう!煌めく桜の御使(みつかい)さまなら、訓練校に通うはずよね!」

「えぇーっ、どうしよう〜!しっかりお祈りして、私の信心をお届けしないと!」


煌都の神木は、二柱が存在する。うち一柱は、桜の花びらに似た桃色の結晶を生み出すため、「煌めく桜」「煌桜(こうおう)」などと呼ばれている。神木は煌都の民の中から御使を選び、神託を授ける。そして、煌桜の神託を聞ける御使は、「さくら姫」と呼ばれている。


(さくら姫……みんな噂話が好きだな)


さくら姫が幼くして都を救ったという逸話は数多く存在する。御使の身の安全を守るため、誰がさくら姫なのかは明かされていない。


(私がいた中学では、神木へのお祈りとか、さくら姫とか、ほとんど信じられてなかったけどな。附属中学の人たちは、そういうの、ちゃんと信じてるんだ)


そこへ、雰囲気が異なる女子がズカズカと入り込んでいく。新学期の初日だというのに、もう制服を着崩している。


「ねーねー、これ見て〜!春休み中、アメリカに行ったの〜!」


さくら姫の噂話をしていた女子たちが、彼女に羨望の眼差しを向ける。

「えぇっ、凄い!志田(しだ)さんのお家って、休暇のたびに海外へ行ってない?」


その言葉に、彼女は得意げに笑う。

「まあ、メルのパパ、都議だから〜?仕事のついで的なね〜?」


その時、彼女の手から何かが落ちた。

(あっ……!)


それは希美の近くまで転がってくる。

希美が席を立ち、落とした何かを拾おうとすると、分厚い革靴が手の甲を踏みつけた。


「いたっ!」

「アンタ、何すんのよ!」


落とし主が、希美を見下ろし、睨んでいる。


(えっ?拾ってあげようとしたんだよ?何で怒ってるの?)


「ガイシンセイが、メルの物に気安く触らないでよね!」

「が、がいしんせい……?」

「外進生と、内進生!附属上がりじゃないってこと!」


彼女は落としたものを拾い上げる。翡翠色のバングルのようだ。


(あの色、神木の結晶……もしかして、本物?)


神木には、煌桜と煌樹(こうじゅ)の2柱が存在する。煌樹は太古より煌都を守っており、翡翠色の結晶を生み出す。しかし煌樹の結晶は年々生産量が少なくなっており、特にこの数年、その価値は跳ね上がっている。


(煌樹の結晶、すごく貴重なんだよね。アメリカに旅行してきたって言ってたし、お金持ちなんだ)


バングルを手首に着け直し、彼女は希美を睨んでくる。


「アンタ、名前は?」

「へっ?あっ、えっと、荒木、希美です」

「荒木?三閥(さんばつ)とは関係ないんだ」


三閥。煌都を牛耳る3つの名家の総称だ。どうやらこの少女は、こちらの出自を値踏みしているらしい。


「アンタ、親は?」

「えっ?」

「え、じゃない!親は!何してる人なの!」

「何って……お母さんは専業主婦で、お父さんは、学校の先生、です」


どうして同級生に敬語を使っているのだろう。頭の隅でそんなことをチラッと考えるが、この少女には従順な態度を取っておいた方がいい気がする。


「学校って?附属の学校?校長か教頭?」

「区立の工業高校で、普通の先生だとおも──」

「何それ!話にならないんだけど!」


希美が最後まで言い終わる前に、少女は声を荒らげる。


「あのね、このクラスはほとんどが内進生なの!何でか分かる?メルのパパの計らいで、メルみたいなお金持ちや、由緒ある家柄の子が集まってるの!何でアンタみたいな庶民が紛れてるのか、意味分かんない!」

「そ、そんな……」

「はーっ、貧乏が感染る!どっか行ってくんない!」


少女に睨まれ、希美はおずおずと席から遠ざかる。少女は希美の席に座り、脚を組んだ。


「で、何だっけ?そうそう、アメリカの、テーマパークに行って来たんだけど〜」


周りにいた他の女子たちは、こちらに申し訳なさそうな視線を送ってくる。しかし彼女たちも逆らえないようで、希美には何も言わず、土産話を聞いているのだった。


***


希美は教室の隅で、手の甲を撫でる。誰かに踏みつけられたり、怒鳴られたりしたのは、人生で初めてだ。


(どうしよう、怖い……あの子がこのクラスのボスってことだよね?私、もう目をつけられちゃった?こんなところでやっていけないよ……!)


後方の掲示板には、クラスの名簿が貼ってあった。

確か、周りの女子は、彼女を志田さんと呼んでいた。


(志田、志田……あった。志田、芽琉菜(めるな)……)


「あなた、大丈夫?」

「へっ!?」


急に声をかけられ、変な声を漏らしてしまった。

声の主は、すらりとした少女だった。まだカバンを手にしているので、教室に来たばかりのようだ。


(綺麗な子……この子もお金持ちのお嬢さま?)


少女は眉を顰めて希美の手を見る。

「手、擦りむいているわ」

「これは、その、ちょっと怪我しただけで、すぐ治るから、大丈夫」

「いけないわ。手を貸して。アレルギーは無い?」


少女はカバンからチューブを取り出し、白いクリームを押し出す。

「ただの保湿クリームよ。メントールは入っていないから、刺激は無いと思うわ」

そう言って、彼女は希美の手を取り、クリームを塗り込む。

「わっ……!大丈夫、ほんとに大丈夫だからっ」

「確かに都民は神木の加護を受けているから、都外の人間より治癒力が高いとされている。でも、保湿した方がもっと早く治るでしょう」


チューブをカバンにしまい、少女はこちらを見上げる。普通の女の子にしては背が高いが、もちろん希美よりは小さい。


「私、獅戸(ししど)侑理(ゆり)。何か困ったことがあったら、何でも聞いて」

「うんっ、ありがとう」


侑理はすたすたと自分の席に戻り、荷物を片付けると、本を開いて読書を始めた。希美は掲示板で名前を確認する。

(……あった!やっぱり、獅子に扉の獅戸……)


三閥と呼ばれる3つの名家は、猪狩(いかり)鹿鳴(ろくめい)、そして獅戸。

(きっと、あの獅戸家だよね?やっぱりあの子もお嬢さまなんだ……)


都議の娘に、名家の令嬢。自分は場違いなところに来てしまったのかもしれない。

そう思っていると、小さな姿がぴょこんと教室に入ってきた。


「みんな、おはよう〜!」


栗色の三つ編みがふわふわと揺れる。色白で、背が低くて、きらきらと輝く大きな瞳の、かわいい女の子。

彼女は希美の席の、すぐ後ろの机にカバンを置いた。


(えっ!?あの子、私の後ろの席なんだ!お友達になれるかなぁ……!)


群れていた女子たちは、席に着いた少女をぐるりと取り囲む。芽琉菜は希美の席に座ったまま振り向き、少女の机に頬杖をついた。ますます自分の席に戻りづらくなってしまった。


「あれっ?メルちゃん、そこ、自分の席じゃないよね?」

不思議そうにする少女へ、芽琉菜は小さな紙袋を突き出す。

「いいの!メルは美咲(みさき)ちゃんを待ってたんだから〜!これ、アメリカのお土産ね!美咲ちゃんが好きそうな、かわいいのにしといたから!」

「わぁ、ありがとう〜!」


美咲と呼ばれた少女は、紙袋を開ける。ふわふわのぬいぐるみがついたキーホルダーだ。


「ほんとだ、かわいい〜!汚れたらかわいそうだし、お家に飾っておこうかなぁ」


美咲はそう言って、キーホルダーをカバンにしまった。


「美咲ちゃんは〜?休みの間、家族旅行した?」

「ううん、どこにも行ってないよ。兄は仕事で忙しいから、そんな暇がなくって」

「えぇ〜っ、せっかくお金持ちなのに、もったいな〜い!」

芽琉菜の言葉に対し、美咲はにこやかに返す。

「お金持ちだなんて、うちは両親もいないし、兄が頑張ってくれているだけだもの。使用人を雇って、お屋敷を管理するので精一杯なのよ」


美咲の返答に、側にいた女子が反応する。

「お兄さま、最年少で支部将(しぶしょう)を務めていらっしゃるものね。本当にご立派だわ!」


支部将と言えば警護隊の幹部で、各支部の最高戦力だ。

(最年少?何年か前に、ニュースになってたっけ……確か、三閥の猪狩家の人だったような……)


再び掲示板で名前を確認する。荒木希美の下には、猪狩美咲の字があった。


(あの子も、猪狩家のお嬢さまなんだ……!)


希美が絶対になれない、小さくてかわいい女の子。仲良くなりたいが、お嬢さまでは難しそうだ。


「猪狩さんのお家、西洋風のお館だと聞いているわ。童話に出てくるお城みたいなのかしら?」

「うふふ、気になる〜?今度うちで春のお茶会を開く予定なの!みんなを招待しちゃおうかしら〜?」


美咲の言葉に、周りの女子たちが色めき立つ。

すっかり美咲に話題を奪われ、芽琉菜は面白くなさそうにしている。

「ふーん。ずっと煌都にいるなんてつまんないわよー」


***


希美が少女たちのやり取りを遠巻きに見ていると、中年の男性教官が教室に入ってきた。

「ほら、席につけ〜」


芽琉菜が自分の席に戻りながら、不満の声を上げる。

「えぇ〜、おっさんが担任とかマジ萎え〜」

「志田、そういうのは心に留めるもんだぞ〜?」


全員が席に着いたところで、教官は全体を見渡し、ニカッと笑った。

「お前らの担当教官、近衛(このえ)だ。1学期の間はこの出席番号順で座ってもらう。学期末に席替えするぞー」


芽琉菜が頬杖をついたまま、声を上げる。

「先生〜!獅戸さんが背も態度もデカいんで、前が見えませーん!」

侑理がゆっくりと芽琉菜の方を振り向く。

「志田さん。個人的な相談は後でいいでしょう。まずは肘をつかずに、背筋を伸ばしたら?」

「は?優等生気取り?てか目ぇ怖いんですけど〜」


近衛が呆れたようにため息をつく。

「はいはい、お前らの不仲は中学の先生方からよーく聞いてるぞ〜。あーあ、シシドとシダの間に入れる名前は来なかったからなぁ。後で好きに離れとけ!」


近衛は教室を見渡す。

「他に替わっといた方がいいのは……」


希美は小さく手を挙げた。

「あっ……私も後ろが……」

すぐ後ろには猪狩美咲がいる。小さな彼女では、板書が見えにくいだろう。


「おー、荒木は背が高いなぁ。じゃあ、荒木と猪狩も後で替わっとけ〜」


授業や時間割の説明がひと通り終わった後、近衛は教室の外を確認する。

「よし。じゃ、副担任の紹介だ。入れ〜」


近衛が手招きすると、後方の引き戸が動く。背の高い、黒髪の若い男が入ってきた。白衣のポケットに手を突っ込み、怠そうに歩く。


端正な顔立ちに、女子からは歓声が上がる。

「きゃあっ、カッコいい〜!」

「待って、めっちゃタイプなんだけど〜!」


黄色い声を物ともせず、男はロッカーに寄りかかって挨拶をした。

「どうも。(みなと)っていいます」


ざわついている中、近衛が声を張り上げる。

「湊先生〜!もうちょいシャキッと!」


湊はその言葉に顔をしかめながら、ポケットから手を取り出し、姿勢を直した。

「俺は正規の教官じゃなくて、講師としてちょっとだけ授業やってます。普段は研究棟にいるから、あんま会わないかもしれないけど、よろしく」


湊の挨拶が終わったところで、近衛が手を叩く。

「はい、注目〜!そこ、いつまでも後ろを見てないで!それじゃ、休憩の後は委員会や各係を決めるぞ〜。志田はどっかに移動して、荒木と猪狩は前後で入れ替わっとけよ〜」


***


休憩中、湊は興味津々の女子たちに囲まれていた。


「湊先生、下の名前は?」

陽輝(はるき)

「えぇ〜っ、名前もカッコいいんですけどー!」

「先生、結婚してるんですかー?」

「してない」

「独身?彼女いるの〜?」

「いてもいいでしょ、別に」

「えぇ〜っ、いるってことぉ!?」

「てかピアスの穴ヤバ〜!何個開けてるの〜!?」

「知らない。数えたことないし」


群がる女子を掻き分け、美咲がぐいぐいと湊に近づく。

「湊先生っ、こんにちは〜!兄がお世話になってますぅ〜!」

ニコーッと笑いかける美咲に、周りの女子が不思議そうに尋ねる。

「猪狩さん、知り合いなの?」

「そう!兄が先生と仲良しでね!その縁で、私は先生のお手伝いをしているの!」

「えーっ、いいなぁ、羨ましい!」

「ふふーん、そうでしょう〜!」


湊を囲んではしゃぐ女子たちの後ろで、希美は美咲に声をかけあぐねていた。


(どうしよう、猪狩さんに席を空けたよって教えた方がいいよね?休憩が終わるまでに、荷物を移動させないと……でも、楽しそうだし、割り込むのも悪いな……)


迷っていると、背の低い女子たちを飛び越えて、湊と目が合った。

眠たげな目が、こちらを捉える。


(あっ……!えっと、何て言えば……いや、先生には言うこと無いんだけど……)


希美がまごついていると、湊は美咲に声をかけた。

「猪狩、荒木が来てる」

「えっ?」

美咲に振り向かれ、希美はあたふたしながら声を絞り出す。

「あっ、あの、席、移動できるよ」

「んっ?ああ、そっか、席替えしなきゃ!湊先生、また今度ね〜!」


美咲は自分の席に戻り、いそいそと荷物をまとめる。

「荒木希美ちゃん、だよね?私のために替わってくれて、ありがとうね!」

「うっ、うん……」

きらきらとした笑顔が眩しい。


(猪狩さん、お嬢さまで育ちがいいから、こんなオドオドした私にも優しいんだ……この子と話す機会、もう無いんだろうな……)


美咲は希美がいた席に移動し、机の中に荷物を入れていく。

「……ん?何か残ってる」


美咲が机から取り出したのは、希美の写真だった。


「あっ!」

心臓がドキンと跳ね上がる。


(写真、カバンに入れておいたはずなのに!教科書に引っ付いて出ちゃったの!?)


「希美ちゃん、これ、忘れ物?」

咄嗟に美咲の手から写真をひったくる。

美咲はびっくりしたように希美を見上げた。


「ごめん、触っちゃいけなかった?」

「あっ……ごっ、ごめんなさい、これはっ……」


美咲は写真を覗き込んでくる。

「それ、希美ちゃんだよね?かわいい〜!モデルさんやってるの?」

「いや、えっと、違うのっ……」


そこへ、芽琉菜がやって来た。

「美咲ちゃん、何話してるの〜?」


美咲は希美の手を取り、写真を隠すように身体に押し付けた。

「うん、席替えしなきゃねって。メルちゃんは?」

「あーそうだった!やだやだ、態度デカ女ったら〜」

「メルちゃん、侑理ちゃん優しい子なのよ?そんな風に言わないで」

「あのね、2人の仲がいいのは名家のよしみってやつでしょ!そういうのは優しいって言わないの〜。うーん、誰と替わってもらおっかなぁ〜」


芽琉菜は自分の席に戻って行った。それを見送ってから、美咲はこちらへニコッと笑いかけた。

「それ、後で見せてね」

「えっ……」


湊は教室を出て行き、群がっていた女子たちは美咲を取り囲む。

「ねぇねぇ猪狩さん、どこに行ったら湊先生に会えるの?」

「うーん、研究棟ってパスコードが付いてるから、基本どこも入れないの。ま、私は兄の権限で入れるところもあったり〜?」

「えぇーっ、羨ましい!今度連れてって〜!」

「だめだめ、兄に怒られちゃうってば〜」


希美は写真をこっそりとカバンにしまった。

(お洋服のこと、誰にも言ったことないのに……どうしよう……)


***


放課後、希美は帰り支度をして、席を立った。美咲は芽琉菜たちと話している。


(写真、どうしよう……いや、そもそも、あれは社交辞令だったんじゃない?そうだよ、私が着たって、かわいくも何ともないんだから……)


教室を出る時、美咲が一瞬こちらを向いたような気がした。しかし希美は、足早に教室を出て行くのだった。


玄関で靴を履いていると、隣に荷物を背負った道着姿の女子がやって来た。


(あれっ、獅戸さん?早いな、もう着替えたの?)


希美の視線に気付き、侑理は笑うでも怒るでもなく、こちらを見つめてくる。


「あっ……えっと、見ちゃって、ごめんなさい」

「どうして謝るの。荒木さん、強化訓練は?」

「く、訓練?」

「他校で言う部活動。私、弓道部に所属しているの」


(ああ、それで道着……背筋がピンとしてるから、かっこいいなぁ……)


「荒木さん、興味のある活動は?」

「えっ?」

「弓道部、見ていかない?」

「えぇっ?えっと……」


(私、放課後は家でお洋服を作ってたから、部活動は入るつもりなかったな……手芸部も、中学には無かったし……)


希美が狼狽えていると、侑理は靴を履き替え、立ち上がった。


「困らせてしまったのならごめんなさい。ちょっと訊いてみただけだから、気にしないで。じゃあ、また明日」

「あっ……!」


希美が何か言う間もなく、侑理はすたすたと弓道場の方へ行ってしまった。


(せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないことしちゃった……!)


「侑理ちゃん、歩くの速いよねぇ」

「うん……って、猪狩さん!?」


いつの間にか、背後には美咲が立っていた。

侑理と話しているうちに、追いつかれてしまったようだ。


「希美ちゃん!約束、覚えてるよねっ!」

「えっ、あ、えっと……」

「今日はもう帰るの?強化訓練、どこか見て行く?」

「う、ううん、もう帰るところ……」


美咲は駐車場の黒い車を指差す。

「あれ、うちの車!良かったら、乗って行かない?」

「えぇっ!?」


***


美咲に連れられて、希美はピカピカの車に乗った。


「お、お邪魔します……」

「希美ちゃん、お家はどの辺り?」

「この辺じゃなくて、電車通学なの」

「じゃあ、駅まで行こ!美晴(みはる)さん、お願い」


美咲がそう言うと、運転手の女性は車を発進させた。


「猪狩さん、どうして……?」

「だって、見たいもん〜。ねっ!お願い!お願い!」


美咲は手を合わせて祈るように迫ってくる。


「わ、分かったから……」

希美は、観念して写真を取り出した。

美咲は写真を覗き込み、パッと顔を輝かせる。

「わぁ、かわいいなぁ〜!お人形さんみたい!」

「……そんなこと、ないよ……」


(こういうのは、猪狩さんみたいに、小さくってかわいい子じゃないと、似合わないんだもの……)


「この服、どこで買ったの?」

「えっと……自分で、作ったの」

「えぇっ!?作った!?生地とか型紙とか使うってことだよね!すごーい!」


美咲はしばらく写真を食い入るように見つめていたが、何かを思いついたように手を打った。


「そうだ!今週末、うちでお茶会やろうと思ってるんだけど、希美ちゃん、これ着て参加してよ!」

「えっ!?」


フリルがたくさん付いたドレスなんて、街中で着ていると浮いてしまう。普段は家の中でしか着ていない。この姿で外出するのは、母が近所の公園で撮影してくれる時だけだった。


「うちね、大きなお庭があるの!あと、植物園みたいな温室もあって、そこにお茶ができるスペースもあるんだよ!希美ちゃんの服、絶対うちのお庭に似合うと思うなぁ〜!」

「えっと、私……」

「ね、希美ちゃんお願い!ねっ!」


希美の心中を察したのか、運転中の女性が助け舟を出してくれた。

「お嬢様、間もなく駅に到着致します。急なお誘いですし、お返事するお時間を差し上げてはいかがでしょうか」


(あっ、運転手さん、ありがとう……)


「あの、猪狩さん、私、お茶会って参加したことなくって」

「大丈夫よ!テーブルマナーとか無い、普通のお茶会だもの!そうだ、通信機の番号、交換しよ!何か聞きたいことあったら、連絡ちょうだい!」

「う、うん……」


腕時計型の通信機を操作して、美咲が出してきた番号を読み取る。そうこうしているうちに、車は駅のロータリーに着いた。

「送って下さって、ありがとうございました」

「希美ちゃん、また今度、お返事聞かせてね〜!」


改札に向かいながら、希美はため息をついた。

(どうしよう、お洋服のこと、話しちゃった……秘密だってことも言えなかった……どうしよう……)


希美は浮かない顔で、帰りの電車を待つのだった。

数ある作品の中から選んで下さり、ありがとうございます。

物語の行く末を、最後まで見守って頂けますと幸いです。

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