33話
アコナイトが去っていった後。控え室を出たレリア達は、劇場の中央に位置するホールに入った。
入ってみれば、既に多くの客席に人が座っている。巨大なホールと数えきれないほどの観衆は圧巻の光景だった。
「これは……」
驚きのあまり言葉も出ないレリア達を見て、ベリルは得意げだ。
「皆、ここを初めて見たときはキミ達とおんなじ反応をするよ。ボクも初めてここに来た時は似たような感じだったなあ」
レリアは興味津々で周囲を見る。ざっと見ただけでも座席数は1000を下らないだろう。
「このホールの座席数はどれほどなんだ?」
「ここは帝国最大だからね。確か2500くらいはあったはずだよ」
「に、にせんごひゃくですか!?」
あまりに膨大な数に、オルレアも目を見開いた。劇場に初めて来るレリアやオルレアにとっては、あらゆることが驚きの連続であった。
対してフリージアはというと、いつも通りの平然とした様子だ。明らかに場馴れしていた。
「キミはあんまり驚かないんだ。ひょっとして、ここに来たことがあるの?」
「まあ、何度かは。あんまり劇に興味ないんスけどね」
「ふーん……商家の出とは聞いていたけど、よっぽど裕福な家なんだね」
そのまま一行は、ベリルに案内されてホールの中を進んでいく。所狭しと敷き詰められた座席の間の道を進んでいくと、だんだんとステージが近づいてくる。
「ボク達の席はここだね」
レリア達の席は、最前列の真ん中。一番ステージから近い席だ。特等席と言って良いだろう。
実際に座ってみるとやはり、ステージがよく見える。
座席には左から、レリア、ベリル、フリージア、オルレアの順で座っていった。早速レリアはベリルに話しかけることにした。
「いい席だな。ここまで近いと役者の顔や仕草までよく見えそうだ」
「うん。最前列だとそういう細かい部分や臨場感を楽しめるんだよね……ああそうだ、はい」
そう言うと、ベリルは懐をごそごそと探って、折りたたまれた紙を取り出した。
「これは?」
「パンフレット。出入り口で配られてたから貰ってきたんだ。良かったらどう?」
「せっかくだし、読ませてもらおうか」
役者やスタッフのプロフィール、監督やアコナイトへのインタビューなどを飛ばして、劇のあらすじを探す。
(最低限のストーリーくらいは頭に入れておくか)
今回行われる劇「ソフィアの叶わぬ恋」の大まかなあらすじはこうだ。
農民のヨハンとソフィアは幼馴染。昔から結婚の約束をしていた2人は、村で仲良く暮らしていた。ところがある時、悪徳貴族のゲオルグが美人なソフィアを見初め、連れ去ってしまう。
ヨハンはそれに反発し、単身でゲオルグの屋敷に乗り込む。そしてゲオルグの騎士達を打ち倒し、最終的にはゲオルグすらも一騎打ちで倒す。ソフィアはそれによって救われたが、ヨハンは貴族に反逆したとして処刑されてしまう。
最後には、1人残されたソフィアが『私が助かっても、貴方が死んでしまったら意味がない』と泣き崩れる……
(劇としてはよくあるシンプルなストーリーだな。だが、だからこそ役者の技量が問われそうだ)
レリアがそんなことを考えていると、急に劇場を照らしていた明かりが消えた。それまでがやがやと騒がしかった周囲も静まりだす。
「そろそろ始まるみたいだ」
ベリルがぽつりと呟く。
そしてその言葉通り、遂に劇が始まった。
そこからは、あっという間だった。役者たちの熱のこもった演技、劇場という独特な空間の生み出す雰囲気、そして看板役者たるアコナイトの熱演。レリアは別世界に入ってしまったかのような感覚であった。
(ベリルがここまで勧めた理由も分かる……これはとても素晴らしい!)
そして遂に、劇はクライマックスを迎える。主人公ヨハンと悪徳貴族ゲオルグが、ソフィアをかけて決闘するシーンだ。
『ヨハン! あなた、どうしてここに?』
『助けに来たよソフィア! もう大丈夫、安心してくれ!』
ヨハンとソフィアは再会を喜び、熱い抱擁を交わした。
「会いたかった……あなたと一目会いたかった……!」
『俺もだよソフィア! どんなに君を恋焦がれたことか!』
ソフィアを演じるアコナイトの目からは、ひとしずくの涙が零れる。今までの演技も素晴らしかったが、このシーンは格別の出来だ。
(ベリルの言う通り、悲しみの感情表現がずば抜けているな。凄まじい)
だが、そんな2人の再会を邪魔する者が現れる。ソフィアを攫った張本人、ゲオルグだ。
『騒がしいから何事かと思えば。薄汚い平民め、私のソフィアを奪いに来たのだな!』
『ゲオルグ、お前は間違っている! ソフィアはお前のものではない!』
『ふん。何を愚かな、平民など全て貴族に従っていれば良いのだ!』
『俺たち平民にだって、平民の人生がある! 俺たちは、お前らの人形じゃないんだっ!』
ソフィアを巡って、そして平民と貴族の在り方を通じて対立する両者。その対立は白熱し、ついに2人は剣を抜いた。
『ゲオルグ! 俺たち平民の怒りを思い知れ!』
『反逆者め! この剣で貴様を誅殺してくれる!』
両者は何度も切り結ぶ。2人の剣の腕は互角で、互いに同じように傷が増えていった。そしてついに、両者とも満身創痍となったその時。
『はぁ、はぁ……次で最後だ、ゲオルグ! たあああああっ!』
『手こずらせおって、死ねええええっ!』
両者同時に、相手に向かって剣先を伸ばす。先に届いたのは……
ゲオルグの方であった。
『ぐ、ぐぅぅぅぅぅっ! へ、平民ごときがぁ……』
貫かれた胸を押さえ、よろよろと歩くゲオルグ。だが、刺し傷は致命傷であった。
『ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
そんな断末魔を残し、ゲオルグはどさりと倒れる。それと同時に、ゲオルグの倒れた場所に急に不可思議な紋様が浮かび上がった。
(うん?)
──そして次の瞬間。ゲオルグが燃え上がった。
「ぎあぁぁぁぁぁぁっ! あついあついあついあついっ!? いだいよお゛!」
唐突に炎上し、ごろんごろんと転がりまわるゲオルグ。あまりの事態に、その場にいる全員が一瞬理解できなかった。
一拍遅れて、悲鳴が響き渡る。
「きゃあああああっ!?」
「う、うわっ! な、なんだ!? 大丈夫ですかザンダーさんっ!」
舞台上のソフィアとヨハンが……いや、アコナイトと男の役者が慌てふためいている。
それは明らかに演技などではなかった。
「オルレア!」
「はい!」
レリアの呼びかけに応じてオルレアが水魔法を放つ。ばしゃり、と燃え上がる男に水がかけられた。それでも火が止まる事はない。
「なら、これでどうだっ!」
レリアが放ったのは、水で形づくられた龍だ。水龍は燃え盛る男に絡み付き、彼が纏う炎と激闘を繰り広げる。だが……
「だずげでえええ゛ あづぅい゛! あづいよおおおおおおっ!」
「し、しっかりしろ! ど、どうして火が消えないんだ!?」
炎は一切弱まらなかった。それどころか、むしろ勢いを強めてさえいた。
数秒もしないうちに、焦げた匂いが辺りに立ち込める。
「だず……げ……」
そして遂に、その声は絶えた。




