32話
アコナイトに案内されるがままに、4人は控え室に入っていく。
部屋の中は、ほのかにバラの香りが漂っていた。
「わあ。良い香水を使ってるっスね」
「そういうの、分かるんだ。凄いわね、使ってる私にはさっぱり分からないの」
「え、そうなんスか?」
フリージアが驚くと、アコナイトは苦笑した。
「ええ。元々私は孤児だったから……まだ赤ん坊の頃、スラムに捨てられていたらしいの。だから、こういうきらびやかな世界とは本来無縁だったのよ」
そう話すアコナイトの目は、どこか悲しそうで……それ以上、レリア達は踏み込めなかった。
どことなく気まずい雰囲気を誤魔化すように、アコナイトはすぐに明るい声色で話し続ける。
「それでベリルお姉さま。この方々はどなたなの?」
「ああ、紹介しなきゃね。ボクの親友のレリアと、その部下のオルレアさんとフリージア。3人とも第六騎士団の騎士だから、一応ボクの部下になるのかな」
ベリルの話に合わせて、3人は一礼する。するとアコナイトは合点がいったとばかりに、納得したような表情を見せた。
「貴女達が、ベリルお姉さまがよく話をするローゼライ区の騎士さん達なのね! 3人とも凄い騎士で『信頼できる友人』だってお姉さまが褒め称えてたわ!」
「ちょっ……あ、アコナイト、その話はまた後で……」
途端にベリルは頬を赤らめる。そんなベリルを見て、レリアはちょっぴり調子づいた。珍しく照れる親友をおちょくりたくなった、とも言える。
「それは興味深い話だな。その話、もう少し詳しく聞かせてもらいたい」
「良いわよ! お姉さまは貴女達のことをね……」
「ちょっとぉ! や、やめてよもう!」
そんなレリアに追随するように、オルレアとフリージアも茶目っ気を見せる。
「かわいいトコもあるじゃないっスか、ベリルおねえさま~」
「……ツンデレ、というやつなのでしょうか?」
「あーもう! や、やめてってばぁ……恥ずかしい……」
その後も、4人の話は和やかに続いていった。ただおしとやかなだけでなく、時としておちゃめさも見せるアコナイトの話術は抜群で、あっという間に時が過ぎていく。
「このお菓子、めちゃんこ美味しいっス!」
「そう言ってくれて嬉しいわ。そのクッキーは私のお気に入りの店のものなの。良かったらお店を教えてあげましょうか?」
「是非お願いするっスよ!」
「やはり、一つの道を極めるというのは難しいことなのでしょうか?」
「そもそも、どんなことにも極めるなんてもの自体、私はないと思うの。どれだけ演技が上手くなっても、もっと上手くなりたいって私は思うわ」
「なるほど……常に高みを目指し続ける姿勢こそが、本当に大事なことなのでしょうか」
「さあ……それは私にも分からないわ。貴女の答えは貴女自身が出すべきだもの」
「ねえねえ、ボクの言った通り3人とも面白いでしょ!?」
「ええ。お姉さまの言った通り、3人とも凄い人なのね。すっかり私も話し込んじゃったわ」
その過程でレリア以外の3人は、すっかりアコナイトに魅了されてしまったようだった。まあ、ベリルの場合は元々だろうが……
だが、レリアにはそんなアコナイトが油断ならない相手に見えて仕方がなかった。ベリルにしろ、オルレアやフリージアにしろ、一筋縄ではいかない相手だ。3人とも、どこか普通の者とは異なる変わり者な部分が存在する。レリアとて3人と今の関係になるまで、相応に時間がかかった。
だが、アコナイトはあっという間にそんな3人の懐に入り込んで見せたのだ。傍から見れば、それぞれ相手が最も望む話題や回答を察知してその通りに機械的に答えているかのようにすら思える。それはどこか、計算されきった予定調和のようで少し不気味でさえあった。
(私がただ、ひねくれているだけなのだろうか……)
レリアがそう考えている間にも、どんどん時間が流れていく。ふと時計を見れば、劇が始まる30分前になっていた。
「……あら。楽しい時はあっという間に過ぎていくものなのね。そろそろ劇の準備をしなきゃ」
「うわ、ホントだ! もうそんな時間なんだ!」
「結構話し込んじゃったっスねー」
「本日はありがとうございます。色々勉強させていただきました」
残念そうにする3人に、アコナイトは笑ってみせる。
「出来る事なら、またいつか、貴女達とお話したいわ」
そう言うと、アコナイトはレリアの方に呼びかけた。
「レリアさん」 「……む、何か?」
イマイチ警戒が抜けきらないレリアは、固い表情で応答する。そんなレリアを見て、アコナイトは安心したような、そんな風に見えた。
「ベリルお姉さまって、良い人だけどどこか抜けたところもあるから……貴女みたいな人がお姉さまの傍に居て良かった」
「うん? ああ、お褒めいただき光栄だが……」
「お姉さまを、よろしくね」
それまでとは明らかに異なる、真面目な声色だ。その表情にもどこか、今までになかった影を感じた。
「よろしくって、急に何を……」
急な変化にレリアがアコナイトの真意を探ろうとした、その時。ベリルから横槍が入った。
「ちょっとぉ! 抜けたところがあるって酷い! ボクは騎士団一の切れ者だぞっ!」
「あはは、ごめんなさいお姉さま。……それじゃあ、私はこれで」
軽く手を振ると、アコナイトは去っていった。
(今のは、いったい……?)




