20話
「最初にその噂を聞いた時、嘘だと思った。親父がそんな事する訳ないって……そう思ってたよ」
だが、噂は本当だった。
「親父さ、普段自分の部屋に騎士団の書類とか置きっぱなしなんだ。……盗み見るのは、いつも夜中に抜け出してるから楽だったよ」
「……あったんだな」
「ああ。しっかりあったよ。捜査を中止しろ、って命令がさ……」
じわりとフレイの瞳が潤む。
「憧れだったんだ……あの時守れなかったからこそ、親父みたいに人を守れる騎士になりたかった」
ぽろぽろと、瞳から涙が零れ落ちる。
「でも守れなかった……守れなかったんだよあたしは!」
「フレイ…」
「おまけにあいつを殺したのは親父も同然だ! はは……何が騎士だよ、何が今度こそ守るだよ!」
今度こそ守るというフレイの決意は無為に終わった。それどころか彼女は、親友と自身の憧れを同時に失ったのだ。
その悲痛な思いは察するに余りあった。
(だとしても、フレイを死なせるわけにはいかない)
フレイの注目を自分に向けさせる為、レリアは声高に叫ぶ。
「だが、君が自殺するのは違うだろう?」
「……許せないんだよ」
フレイはポツリと呟いた。小声なのに、嫌に透き通って聞こえた。
「許せないんだよ! 親父も……アネモネを守れなかったあたし自身も!」
「フレイ……例えそうだとしても」
「もういいよ!」
フレイは突如として怒鳴り声を上げた。その瞳孔が大きく開いていて、激しく興奮しているのが分かる。
下手な事を言えば、彼女は背後から飛び降りるだろう。その事を考えると迂闊に口を開く事は出来なかった。
「もういいよ……誰が何を言ったって、あたしが何も守れなかったのは変わらないんだ」
そこまで話すと、フレイはチラリと左右を見る。
「あんたらもあたしの話にあんまり興味ないみたいだしな」
──隠れている2人も気付かれている。そう判断したレリアは声を発する。それと同時にフレイの方へ走り出す。
「行け!」
その声とほぼ同時に、オルレアとフリージアが飛び出した。だが、彼女らとフレイとの距離はまだ遠い。
一歩一歩下がっていくフレイ。そこから1番近い位置に居るのはレリアだった。
「じゃあな」
「させるか!」
ふっと微笑んで、フレイは崖の下へ消えていく。だがその寸前、レリアはフレイに抱きついた。
2人は一緒に落ちていく。
「隊長っ!?」
「な、何やってるんスかあの人ぉ!」
オルレアとフリージアは、2人を見つめる事しか出来なかった。
空気抵抗を浴びながら、2人は真っ逆様に落ちていく。ふと目の前のフレイを見ると、『なんであんたも』と言わんばかりの表情に見えた。
(仕方ないだろ、そもそも君が飛び降りなければこうならなかったんだが……)
なんて愚痴めいた言葉は口に出せなかった。喋る事すらままならない。
走馬灯が駆け巡る。両親、オルレア、フリージア、第六騎士団の部下達……色んな人物との出来事が脳内にふっと浮かんでは消えていく。
最後に思い出したのは、親友からペンダントを貰った時の事だった。あれは、レリアが奢ってばかりいた時のことだった。彼女はそのお礼と称して、よく分からないペンダントを持ってきたのである。
『いざという時、これが君を助けてくれるはずだよ』
普段はおちゃらけた親友が、その時ばかりはわざとらしく真面目そうな表情を作ってみせたのだ。女神の加護がどうとか、それっぽい説法まで完璧に。普段はあまり笑わないレリアもあの時ばかりは爆笑した記憶がある。あれは酒の席の与太話としては最高であった。
(最後の最後にこれか……全く……)
ペンダントをぎゅっと握りしめて、最期の時を待つ。そっと目を閉じて、そのまま……
ふわり。
柔らかく、温かい感触が肌を撫でた。思わず目を開く。そこには何もなかった。……いや、風が吹いていた。
優しい風が、2人を包んでいた。ふわり、ふわりと2人は低速落下していく。
手元を見れば、握りしめたペンダントが眩いばかりに輝いていた。
思い出すのは、あの親友の事ばかりだ。ボクなんて気取った一人称を使うカッコつけな癖に、普段はおちゃらけてばかりで……その癖やけに強くて、やる時はやるのだ。
「……礼を言わなくてはな」
ふふっ、と笑みが溢れる。
そして2人は、無傷で地上に着地した。
「隊長! 返事をしてくださーい、隊長!」
「たいちょーー! だいじょーぶっスかーー!?」
聞き慣れた声が上から聞こえる。遠くからでも、オルレアとフリージアが心配そうなのがよく分かった。
「ふたりともーー! だいじょーぶだぞーー!」
はち切れんばかりの大声で叫ぶ。そしてぶんぶんと手を振ってやる。すると2人は、めいっぱい手を振り返した。




