16話
世の中には、生まれからして恵まれた人間と恵まれなかった人間が居る。その2つに区分するとすれば、フレイツィヒ・ゾンネという少女は間違いなく前者であった。
燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳は目立ち、母譲りの美貌と父譲りのきりっとした目つきはフレイを生まれながらの人気者にさせたのだ。
「フレイ、剣の修行をするぞ!」
「うん! あたし、頑張る! パパみたいに強くて、凄い騎士になる!」
「フレイ、魔法の練習もしなさいよ?」
「ママ、分かってるって!」
両親から受け継がれたのは容貌だけではなかった。父母両方の才をも受け継いだフレイは、剣も魔法も才能があった。
その優秀さは、帝国学園の初等部に入ってからさらに際立った。
「今回の定期試験は、フレイツィヒが1番だ! 皆、フレイツィヒを見習って真面目に勉強するんだぞ!」
「フレイちゃん凄い! またテストで1番なの!?」
「お前、本当に何でも出来るな! 今度剣の稽古に付き合ってくれよ!」
「ずるい! フレイたんは私と魔法の特訓をするのっ!」
何の誇張もなく、フレイには何だって出来た。剣も魔法も勉強も。スポーツだって常に1番、クラスの人気は独り占め。
親子の関係も良好で、両親はこぞってフレイに剣と魔法を教えた。
何をやっても上手くいく。だから皆に賞賛される。フレイ自身はそうしてさらに成長する。だからフレイは、さらに圧倒的に抜きん出た。
……圧倒的すぎる、そう言っても良い程に。
「フレイちゃんは全部1番で凄いわねえ。イーナ、貴方もあの子を見習って魔法を頑張りなさいな」
「フレイちゃん相手だからしょーがないじゃーん。あの子何でも出来るんだもの」
「ゾンネ家のフレイツィヒ嬢は凄いな……剣も凄いのに、それ以外も何でも出来るとは。ウリオス、お前は剣しか出来ないんだからそれくらいは勝てよ」
「あいつ才能もあるし、お父さんが凄い騎士らしいし……父さん、俺がフレイに勝つのは無理だって」
そんなある日のこと。いつも通り学園に通っていたフレイの目に、ある少女が留まった。
「お前、テストまた赤点なの? よっぽどバカなんだなー」
「ふふ、貧しい平民なんかがここに入るからこーなるのよ」
「見ろよこのふるーい制服、お前んちお金ないなー」
少女は、何人かの生徒に囲まれていた。ただならぬ様子だ。フレイは近づいて止めに入る事にした。
「よう。お前ら、何してんのー?」
「あ、フレイじゃねーか! 見ろよこいつ! こいつ、何でも出来ねーんだぜ!」
「そーそー、フレイちゃんと真逆なの! おまけにおうちも貧しいし平民なんだって!」
「こいつ、叩いても反抗しないんだぜ! フレイ、お前もこいつ叩いてみろよ!」
囲んでいた生徒達は、皆フレイの知っている顔だった。彼らはまるで遊びに友人を誘うかのように、無邪気な表情で、なんの悪気もなさそうに、フレイを誘う。
……囲まれている少女は苦しそうだというのに。フレイには、それがちょっと怖かった。
だが、だからと言ってフレイは彼らを正面から否定する気にはなれなかった。そうすれば、フレイが彼らに嫌われるかもしれないと思ったのだ。目の前の行為は怖かったが、それ以上に皆に嫌われる方がフレイには怖かった。
……誰からも好かれるからこそ、嫌われる事を過剰に恐れていたのだ。
「い、いや、あたしは良いよ。……そうだ。そんな奴ほっといて今度のテスト勉強しようぜ!」
だから、フレイはどっちつかずな選択をした。
「えー、もうちょっとこいつで遊びたいけど……ま、勉強も大事かあ」
「それ良い! 今度テストで良い点取れたら、ママがアクセサリー買ってくれるの!」
「えー、俺は勉強より剣が好きだなー」
何だかんだ言いながら、彼らもフレイには逆らわない。その場は一旦、それで収まった。
「……な、なあ。あんた大丈夫か?」
「私? これくらい慣れっこだから……それより、さっきは止めてくれてありがとう」
口ではそう言うものの、少女の体にはあちこちに汚れや傷があった。フレイはそれを放っておける程薄情ではない。
「良かったら手当させてくれよ。あたしはフレイ。あんたは?」
「……私は、アネモネ。よろしくね」
アネモネの話を聞けば聞くほど、フレイは彼女をますます放っておけないと思った。
「そっか……アネモネの家は色々大変なんだな……あたしにも手伝えることがあったら言ってくれよな!」
「……遠慮しとく。うちは平民だし、家が貧しいから。あなたのところのご両親は、私と付き合いがあるって聞いたら、良い顔しないと思うわ」
フレイから見れば、フレイの両親は優しい。そんなことを言うとは思わなかったが、アネモネの言う事をあり得ないと言える訳でもなかった。
「じゃあ、うちの親には内緒にするよ。それならいーだろ?」
「え? でも、そんな事をして貴女にメリットがあるとは思えないけど……」
「あたしが仲良くしたいから仲良くするんだよ。宜しくな、アネモネ!」
「……うん!」
こうして始まった、2人の関係。
活発な優等生であるフレイと、内気な落ちこぼれのアネモネ。真逆な2人は、あっという間に仲良くなった。
「やべっ、宿題やってくるの忘れた! わりいアネモネ、それ写させてくれ!」
「しょうがないな、良いよ。はい、これ」
フレイが宿題を忘れれば、アネモネに写させてもらったり。
「それだけじゃ足りねーだろ。あたしの弁当もちょっと分けてやるよ」
「そう言って野菜ばっかりよこすのやめてよ、もー……」
いつもあまり食べれていないアネモネにフレイが(苦手な)弁当の具を中心に分けてあげたり。
誰とでも仲良く出来たフレイだったが、アネモネは特別だった。フレイにとって唯一、一緒に居て安心出来る相手だったのだ。
初めて出来た親友に、フレイは舞い上がっていた。何をやっても上手くいって、両親から愛されて。友人も沢山居て、親友まで出来た。
……フレイの人生が順風満帆だったのは、そこまでだった。




