12話
「殴り書きだな。よっぽど急いで書いたか、或いは怒りが抑えきれなかったのか……まあ、後者だろうな」
丁寧な文字で書かれた1枚目と対照的に、乱暴でぐちゃぐちゃな字だった。
「脅迫状を書いた人物は、2枚目を書いた時には余程腹が立っていた様だな。問題は、1枚目からはそれが読み取れなかった点だ」
「……つまり、1枚目と2枚目を書く間に、これを書いた人物がファウルハイト団長に怒る何かがあった。そういう事ですか?」
オルレアの推測に、レリアは首肯する。
「恐らくな。となると、それが何なのか……それが分かれば、犯人の見当も付くのだろうが」
「全く分かんないっスねー」
フリージアの一言で、話は振り出しに戻った。
「まあ、それは一旦横に置いておこう。1つ言えるのは、これで内部犯の可能性が高まったと言う事だ」
レリアがそう言うと、ローズが不思議そうに問いかける。
「あら、どうして? この脅迫状でそんな事が分かるの?」
「1枚目と2枚目が送られた間隔は、かなりの短期間だ。その間に犯人はファウルハイト団長に怒る何かを知った。つまり犯人は、直接彼と接触しているか、そうでなくとも高頻度で彼の情報を手に入れているかもしれない」
レリアの話を聞いてなお、ローズは反論する。
「でも、騎士団は屋敷内の怪しい人物をあらかたマークしていたのでしょう?」
「ああ。だからマークしていない人物に居るのだろう。犯人は騎士団も予想出来ない意外な人物かもしれないな」
例えば、同じ騎士団の人間。
レリアはその言葉まで口にする事はなかった。
「でも、外部からの侵入者の線も捨てるべきじゃないわ」
「やけに食い下がるな。何か思い当たりでもあるのか?」
レリアが問うと、ローズは少し逡巡した後、口を開いた。
「屋敷付近で目撃されたっていう、ローブの怪しい男。思い当たりがあるの」
「思い当たり、ですか。その人物とは一体、誰なんです?」
オルレアの疑問に、ローズははっきりと答えた。
「その男、アネモネのお父さんかもしれないわ」
「……何だって?」
浮上した、新しい容疑者。レリア達は、アネモネの父が住んでいるという家に向かう事にした。
「そう言えば隊長、出掛ける前にアベルさんとお話ししていましたね。何の話をしていたんですか?」
「それ、私も気になるっス! 2人とも、なんだか深刻そうな表情だったっスよ!?」
オルレアとフリージアが聞くと、レリアは何でもなさそうに答えた。
「野暮用だよ。そんな事より、ここがアネモネ一家が住んでいた家の様だね」
レリアの声に釣られて、2人も家を見る。
「何というか、趣あるお家ですね。ええ、その、歴史を感じられます」
「めっちゃボロいっス! 帝国学園にお子さんを通わせる財力は全然無さそうっスね!」
オブラートにそう表現したオルレアの気遣いは、フリージアにぶち壊された。
「……あのねえ、貴女はどストレート過ぎるんですよ!」
「いひゃい、いひゃいっス~」
何時もの如く喧嘩する2人を放っておいて、レリアは家の様子を伺う。窓から見える家の中には、痩せた男が居た。
(何だか少し、痩せすぎに見えるが……うーむ、この距離だとよく分からないな)
もっと観察しようとレリアが男をじっくり見ていると、ふとこちらを向いた男と目が合った。
「あっ」
男は軽く礼をすると、窓から見えない場所に向かって行った。その直後、家のドアが開き、中から男が現れる。
濁った目で、男はレリア達を見つめる。
「……騎士さん方、どうも。何か御用ですかな?」
痩せているというよりも飢えていると言った方が良さそうなくらい、骨が浮いている。あばら骨がはっきりと見えるほどに。男は今にも死にそうな程に弱々しかった。
男に案内され、レリア達は家の中に入っていく。
(酷い有様だ)
レリアは思わず、顔を顰めた。台所には洗われていない食器が大量に積み重なり、その内いくつかは欠けている。薄汚れた壁や天井は埃を被っていて、レリア達が少し動くと一部飛び散る。ここの空気を吸っているだけで病気になりそうである。
極め付けに、床は殆ど物で埋め尽くされていた。この家には、寝床や机周りを除いて足の踏み場も無い。
誰もここを片付ける人が居ないということは、1人暮らしだろう。
「奥さんがいらっしゃったと聞きましたが」
「娘が死んですぐに喧嘩になりましてね。だいぶ前に出ていきましたよ。あんたはおかしい、神がどうとか言ってましたね」
「……お辛い事をお聞きしました、申し訳ない」
「お気になさらず。人が変わってしまいましたからね、あれは。しょうがなかったんです」
机を囲む3つの椅子、子供が自由に遊べそうな広い庭、隅に飾られた入学を祝う親子の写真。かつてここにあった暖かみのある暮らしは、もうその一欠片も残っていない。
唐突に、男は話し出した。
「後悔してるんです、娘を守ってやれなかった事を」
「後悔ですか」
「ええ。あの時、私も妻も怖かったんです。相手は大貴族の息子、大事にすれば娘も私たちも……いや、単に自分が惜しかったんですね」
なんと声を掛ければ良いのか、レリア達には分からなかった。
「娘の為だと言いつつも、娘が我慢さえしてくれれば、何も起きない……そんな自己保身ばかりでした」
「……実際、かなりの妨害があったそうですから。貴方の懸念も間違っていなかったかと」
すぅ、と男は息を吸う。そして男は、あらん限りの声で叫んだ。
「そんな慰めは要りませんよ!!! 娘が1人で戦っている間、私は父親失格だ!」
あまりの勢いに、レリアは圧倒される。大きな、大きな怒りだった。そしてその全てが向けられているのは、彼自身だ。
「捜査についてはどの程度ご存じですか」
「ローズさんという騎士から全て聞きました……娘の意思も、ローズさんの奮闘も、ファウルハイトという男に全て潰された事も……」
「それは……」
そこまで知っているなら、ファウルハイトを恨んでもおかしくはない。レリアは意を決して、男に問いかけた。
「ファウルハイト団長を、憎んでいますか?」
「殺したいほどに憎んでいましたよ……昔はね」
背筋が凍る。男には本当にやりかねないと感じさせるだけの気迫があった。
「でも……今は考えが変わりました。あの時娘を守れなかった私や妻にも責任はあった。今はもう、そんなに恨んでいませんよ」
不気味なくらいけろっとした表情で、男はそう口にした。




