11話
豪雨の中慌てて戻ったレリア達が目にしたのは、先ほどまでの静寂が嘘のように慌ただしくなった屋敷であった。
「どういう事だ! どこから侵入されたんだ!」
「フレイ様も見つからないし……ひょっとして誘拐されたのか!?」
「いや、フレイ様は例の騎士達と帰ってきたらしいぞ」
「わ、我々の警備に穴があったのか?」
混乱する騎士達の合間を縫う様に、レリア達は屋敷の奥へ進んでいく。レリア達がファウルハイトの私室に着くには、まだ時間がかかりそうであった。
やっとの思いで着いたレリア達を、見覚えのある顔が出迎えた。アベル・シュヴェンツエン、捜査の指揮を担当する騎士である。
「フレイお嬢、何処に行ってたんだ? 脅迫状が届いたと同時に居なくなったもんだから、てっきり誘拐されたのかと……」
「わりい、ちょっと気分転換に修行に行ってたんだ。レリア達に付き添ってもらってさ」
「この大雨の中で? 正気の沙汰じゃないね」
はぁ、とアベルは分かりやすくため息をついて見せる。その顔からは微かに疲労が滲んでいた。
「こっちは大変だよ。さらに警備を厳しくしたはずがお嬢は居ないし、脅迫状がまた届くし」
「犯人は分からなかったのか? 屋敷内の怪しい人物はマークしていると聞いたが」
レリアが問うと、アベルは顔をしかめる。
「全員シロ。2階の倉庫は普段誰も使わない事もあって、マークしていた対象は全員その部屋に近づいてすらいない」
「では、犯人のアテは?」
「皆無だね。内部のマークしていない誰かがやったのか、あるいは本当に外部からの侵入者か……ローブ姿の怪しい男が屋敷の近くで目撃されてるからね。そいつかもしれない」
どちらにしても、厄介な話だった。もし内部の人間だとすれば、その人物は騎士団に一切怪しまれる事なく2度も脅迫状を置いたのだ。しかも2度目は、屋敷内に大量の騎士が滞在する中で、だ。
外部からの侵入者だとすれば、もはやそれは人間業ではない。1度目は屋敷の奥深くまで侵入し、2度目はさらに警備が厳重になったにも関わらず再び屋敷に侵入した事になる。途轍もない潜入の腕前であった。
「そもそも、脅迫状が送られたこの状況で迂闊な真似はよしてくれよ。万が一お嬢に何かあったら、俺もタダじゃ済まないよ」
「ふん、どうだか。親父はあたしのこと、そんなに関心ないと思うぜ」
「……」
フレイが吐き捨てるように言うと、アベルは複雑そうな表情を見せる。少しの間、何か言いたそうな様子を見せたものの、結局口を開くことはなかった。
お互い何も喋らなくなったがゆえの気まずい沈黙。それを破るために、アベルはレリアに話を振る。
「で、君達はどうしてここに?」
「ローズ殿から2通目の脅迫状が届いたと聞いてな。我々も確認しようと来たのだ」
それを聞いて、アベルは呆れた様子だ。
「……それを俺が許可するとでも?」
「駄目なのか?」
「駄目に決まってるじゃないか。ファウルハイト団長が帰りたまえ! って言ってただろ!」
「そのファウルハイト団長は今、居ないじゃないか?」
だから構わないだろう、と言わんばかりに堂々としたレリアの態度にアベルは頭を抱える。
アベルは周囲の様子を伺った。フレイは言うまでもなくレリア達を捜査に参加させる気満々だし、オルレアとフリージアも乗り気だ。今回はローズも咎める様子はなく、事ここに至って抵抗は無意味であった。
「……脅迫状は2階の倉庫にあった。詳しくは現場に聞いてくれ」
「ふむ、君は案内してくれないのか?」
「出来る訳ないだろ!? そんなことまでしたら言い訳しようがなくなるじゃないか!」
焦った顔でそう語るアベルを見て、レリアはくすっと笑った。
「君、意外と面白いな」
「俺はちっとも面白くないけどね!!」
「この部屋は脅迫状が見つかった当時のままにしてあります。何か弄ったら元に戻しておいて下さい」
アベルの代わりにレリア達を案内した騎士は、そう話すと部屋を出て行った。これでこの部屋に残されたのは、レリア達とフレイ、ローズの5人だけである。
脅迫状が置かれていたという倉庫は、2階の北側にあった。大層ご立派な剣の鞘(剣はない)、欠けたティーカップ、埃を被った家具……倉庫というからにはそれなりの物があると思いきや、置かれているのはガラクタばかり。部屋の中は倉庫というより物置といった様子だった。
「で、脅迫状というのはこれか」
古めかしい机の上に、折り畳まれた1枚の紙があった。レリアがそれを拾って広げると、確かに中には文字が書かれていた。
『あんたは大切なものを奪った。今度はあんたが失う番だ』
糾弾するだけだった1枚目とは異なる、明確な犯罪予告。2枚目の脅迫状には、書き手は必ずや事を成し遂げると思わせるだけの、妙な迫力があった。




