10話
屋敷を出てどこかに向かうフレイに、レリア達はついていく。
「にしても、あの動きは凄かったな。ただの素人に出来るものじゃない」
「あたしをあっさり捕まえたあんたに言われてもなあ……」
フレイは分かりやすく肩を落とし、溜息をつく。先程の事はフレイにとって余程悔しいらしかった。
「何か訓練でもしているのか? そうでないとあれだけ出来るのは説明がつかない」
「……昔は騎士になるのが夢でさ。ちょっと前まではマジメにやってたんだよ」
「ちょっと前までは、という事は今はもうやっていないのか?」
レリアがそう聞くと、フレイは素直に頷いた。
「もったいない。私が君くらいの歳だった頃はここまで出来なかったぞ」
「ホントかあ? あんたとあたしってそんなに歳変わんねえだろ……」
2人の歳の差はせいぜい5年。長い人生からしてみればそこまでの差ではない。だが、肉体的にも技術的にもその5年の影響は大きい。何せ成長期なのだ。
レリアだってその5年を経て、大きく変わった。
「どうして、訓練をやめたんだ?」
「言っただろ、騎士になるって夢が昔はあったんだよ」
「……じゃあ、どうしてその夢を捨てたんだ?」
途端に、それまで笑顔だったフレイの表情が曇る。いつもは喧嘩してばかりのオルレアとフリージアも、今回ばかりは2人して止めに入る。やり過ぎだと思った様であった。
「たいちょー、会ったばかりのフレイっちにアクセル飛ばしすぎじゃないっスか?」
「そうです隊長、幾ら何でも踏み込み過ぎでは……」
フレイはそんな2人に、気にするなと言わんばかりに手を振る。
「良いよ良いよ……あんたのことだ、どうせ察しはついてるだろ?」
「まあ、な。君の父……ファウルハイトの悪評に関連していると考えているが、どうだ?」
「だいたいそんなとこだよ」
そうぶっきらぼうに答えると、フレイは顔を上げる。彼女に釣られて他3人も、視線の先を追う。そこには小高い山があった。
黙々と山を登るフレイにレリア達も着いていく。数分すると、見晴らしの良い山頂に辿り着いた。
「着いたぞ。あたしはしばらくここに居るから、あんたらも好きにしろ」
それだけ言うと、フレイは腰に携えた木剣を構え、素振りを始めた。
びゅんっ、びゅんっ、という風切り音が雨音の中に消えていく。これだけの雨にも関わらず、ひたすら彼女は剣を振り続けている。
レリア達の方は、大樹の木陰に雨宿りすることにした。
「ひょえー、何もこの雨の中でやる必要あるんスかね?」
「凄まじいですね……フリージア、貴女もフレイさんを少しは見習ったらどうですか?」
「勘弁して欲しいっス。流石に無茶っスよー」
雨は徐々に勢いを増し、風も強くなってきた。それでもフレイは一向に訓練をやめようとしない。
「……大したものだな」
「大したものっていうか、ここまでいくと異常っスねー」
「前言を撤回します。フリージア、流石にあそこまではしなくても良いですよ……」
「元々するつもりないっスよ!?」
一心不乱に剣を振り続けるその姿に、オルレアもフリージアも引き気味だ。
勿論、レリアとて同意見だ。
(疲労が大きいのだろうな、動きが緩慢になってきている。これ以上はまともな訓練になるまい)
ただでさえ寒くなってきたこの季節に、これだけの大雨だ。おまけに風まで吹き始めた。感覚で言えば相当寒く感じているはずだ。この環境でいつも以上に消耗しているにも関わらず、まだ訓練を続けられる根性は大したものであった。
(が、そろそろ止めねばなるまい。これ以上は危ない)
「流石にもう無理だろう、止めてくるよ」
「っスねー……無茶し過ぎっスよあの娘」
「低体温症が心配です。火魔法で温めてあげた方が良いかもしれませんね」
レリアは木陰から出て、一直線にフレイに近づく。出来る限り雨に打たれない様にそうしたのだが、一瞬でずぶ濡れになってしまい無駄だった。
(これは寒い。到底訓練どころではないな)
レリアは剣を振り続けるフレイに声をかける。
「随分頑張るな。だが、もう限界だ。訓練にならん」
そうして初めて、フレイはレリアに気づいたらしい。突然の声にフレイはびくっとした。
「……あ、あんたか。わりい、もうちょっとだけやらせてくれ」
「これ以上は命に関わる。そもそも、騎士になる夢を捨てた君がなぜここまで必死にやる?」
「……別に捨てたわけじゃねえよ」
そこで初めて、フレイは剣を振る手を止めた。レリアの方をちらりと見て、また剣を振り始める。
「昔の親父は凄かった。強くて、勇敢で、清廉潔白で。騎士になりたいって夢も、親父の背中を見て育つ中で自然に芽生えた。それがより強くなるきっかけはあったけどな」
びゅん、びゅんと風切り音が聞こえる。その剣先は今になってさらに勢いを増した様に見えた。
「だが、母さんが死んで親父は別人になった。昔より強くなったし、偉くもなったけど……それだけだ」
「それで、騎士への憧れは捨てたのか」
「言っただろ。捨てたわけじゃねえって。あたしはただ……何も守れなかった奴が騎士になれる訳ないって思ってるだけさ」
何も守れなかった。それは、随分抽象的でピンと来ない言葉だった。フレイは話を続ける。
「親父に思うところはある。でも今は、親父が昔みたいに戻ってくれればそれで良いんだ。昔みたいに本物の騎士だった頃の親父に……」
意外だった。あのファウルハイトにそんな時期があった事も。そしてこの少女が今になって、父への思いを垣間見せた事も。
「そのためなら何だってするさ。今はただ、その覚悟が足りなくて……でも、もう大丈夫だ」
「覚悟はついたか?」
「ああ。あんたと話してるうちに、心は決まったよ。ありがとな、ホントに」
そう言ってフレイは笑ってみせた。大雨が降り、風が吹き、辺りは真っ暗だ。
それでも、彼女の笑顔は一際輝いていた。
「フレイ様、それに3人共! 良かった、ここに居たのね!」
聞き覚えのある声にレリアは目を向ける。そこにはやけに焦った様子のローズが居た。よほど急いで来たのか、鎧の所々が泥に汚れている。
「どうかしたのか?」
「大変よ! 屋敷から2枚目の脅迫状が見つかったの! それに近場で、ローブを着た怪しい男の目撃情報もあって……」
予想外の出来事に、2人は目を合わせた。




